無自覚な少女は、今日も華麗に周りを振り回す。

ユズ

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女神の愛し子

話の長い公爵

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「殿下、別の馬車を用意しましたのでそちらを使ってください」

出発する直前にお父様がエドに話しかけたと思えば、突然そんなことを言い出す。

うーん、一見気遣っているようだけれど、これはただお父様が意地悪をしたいだけね…

「気遣いありがとう。でも同じ馬車で構わないから、その馬車は下げていいよ」

その表面上の『気遣い』をエドにあっさり断られてしまったお父様が、密かに舌打ちをしたのを私は見逃さなかった。

…王太子に舌打ちするなんて、私が図太いのはお父様譲りなのかもしれないわ…

いつもエドに対し敵意が丸出しのお父様のことだから、気遣いではないのは一目瞭然だ。当然エドもそのことに気づいているのだろう。それなのに全く不快な様子を見せないのだから、これではどちらが大人なのかわからなくなる。

しかし私もこれまでの経験上、思ったことを口に出せば大体面倒くさいことになるということは学習済みなのだ。ここは無視するのが得策だと考え、私は先に馬車へ乗り込んだ。

「あ、アイシャ、パパにお別れのハグはないのかい!?」

…お父様、お別れとは言っても昼には帰ってくるのだから、ハグは要らないのでは…? 

とは思いつつも、やっぱり私は家族に弱いようで断ることが出来ないのだ。私は仕方なく乗ったばかりの馬車を無言で降り、駆け足でお父様に抱きついた。

「うぅ、気をつけて行ってくるんだよ。ぐすっ、もうこんなに大きくなってしまったなんて…」

「……」

ああ、また始まったわよ…これは早く逃げないと一時間以上続きそうね…

ここは鑑定式に遅れないためにも逃げたほうがよいと判断し、私はお父様の腕からの脱出を試みる。けれど皮肉にも、お父様の腕の力が強すぎて失敗に終わった。

な、なんて力なの…! もしや毎日筋トレしているのね!? だからこんなにも強いのだわ!

うぐぐ…と踏ん張りながらなんとか腕から抜け出そうとしていると、私が苦戦していることに気づいたのか、エドが残念な子を見るような目で見つめてくる。

えっ? そんな馬鹿な! どうしてお父様じゃなくて私をそんな目で見てくるの!? い、いいえ、納得は出来ないけど、今は抜け出すことが最優先よ…!

声は出さずに口を動かすだけで『た・す・け・て』とエドに伝えてみれば、今度は微妙な顔をされた。読唇術も得意なエドのことだから、私の伝えたいことが分からなかったはずがない。じゃあ微妙な顔をしたのは、ただ単に面倒くさそうだからだろうか。

「…公爵、そろそろ令嬢を放してあげたらどうかな? 令嬢も鑑定式に遅れたくはないだろうからね」

ようやく観念してくれたエドが、ありがたいことに助け舟を出してくれた。

この恩は一生忘れないわ――と心の内でエドに感謝の言葉を述べていると、何故かお父様は勝ち誇ったような笑顔を浮かべる。

「おや、これはこれは! いくら私がアイシャ・・・・に好かれていてアイシャ・・・・から抱きしめられたとはいえ、天下の王太子殿下が嫉妬とは見苦しいですね」

「……」
「……」

これはやはり、エドのほうが大人なのでは? 黙っていたほうが得策だとはいえ、流石にもう限界だ。

「…お父さま! エドの言う通り早く放してくれないと遅れてしまうわ!どうしていつもエドに対してマウントを取ろうとするの! 正直に言って大人げないわ!」

「うぐっ」

「それに、毎回そうやって話を長びかせていると時間のむだになるわ! 泣き言を言うのは良いけれど、早めに終わらせてちょーだい!」

「ぐほっ」

「最後に! はずかしいから身内以外の人の前ではデレデレした顔をしないで!」

「ぐはっ!」

私に言われた言葉が相当ショックだったのか、お父様は膝から崩れ落ちた。

うーん、ちょっと言い過ぎたかもしれないわね…

「…流石の僕でも、これは公爵に同情する」

胸を抑えながら項垂れている私の父を、エドはそう言って遠い目で見詰める。

まあエド、お父様に散々嫌な思いをさせられただろうに同情するなんて…って、違ーう!

「えっ、それは裏切りかしら!? 私に対する裏切りなのかしら!?」

私に問い詰められたエドは、分かりやすく目を逸らした。

んまあ! ついさっき言っていた『僕はいつでもアイシャの味方だからね』って言葉はなんだったのよ!?

「…いや、裏切りというか、僕も将来ああなるのかもって考えたら――」

「そんな将来はない! ないって言ったらない! 変な妄想をするな!」

…またよくわからないことで張り合っているわね。いや、お父様が一方的にエドを敵視しているだけだったわ。

既にお父様の腕から抜け出すことには成功している。ということで私は今度こそ2人を無視して馬車に乗り、席に座った。

結局お父様の話が長引き、予定していた出発時刻が30分以上も先延ばしになったのは、言うまでもない。
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