悪役令息に憑依したけど、別に処刑されても構いません

ちぁみ

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2章

ユーリアスの愛②

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シアンと知り合って、2週間が経った。

「なぁ、シアン。私はあと1週間でこの教会には来れなくなる」

「そうか」

「もう会えなくなるんだぞ。公爵邸へ戻るのはいつだ?そなたの家まで遊びに行く」

「そうだな…。いずれバレるなら、まだ教えない。きっとお前は俺のことを知れば軽蔑する」

「軽蔑だと?そんなことするわけないだろ」

「代わりに…お前に俺の秘密を教えてやるよ」

シアンは私の目の前に立ち、ビー玉のような大きな瞳でじっと見つめた。
そして、右目の黒い眼帯を外すと…
眩く光り輝く金色の瞳が現れた。
不思議なことに、本来なら浮いて見えるだろうその瞳は彼の浮世離れした美しさを更に高めていた。
私は思わずその容姿に魅入られ、少し間を置いてようやく声を発した。

「…それは、魔石の義眼か?」

「そうだ。これは、永久的に使える特別な魔石から作られた義眼だ。つまり、俺は人工的な石持ちだ」

「…何故私に秘密を明かしてくれた?」

「……お前は特別だ」

「特別…。ありがとう、言ってくれて。だが、すまない…私もそなたに秘密を明かしたいが、怖い…受け入れてもらえるのか」

女神が謳う愛とはまるで違う、自分の歪んだ本心を知られたらシアンにどう思われるのか…私は怖かった。

「馬鹿だな。同じように秘密を言って欲しくて打ち明けたわけじゃない。こんな大事なこと打ち明けたのはお前が初めてなんだからな。その…俺が実は誰かに話したかっただけなんだ。信頼出来る誰かに…」

「私を信頼しているのか?」

「ああ」

誰かに信頼されるなんて、初めての経験だった。
増してや重大な秘密を打ち明けてしまうほどの信頼をこの私が向けられようとは…。
心の中にふわりと温かな感情が湧いた。シアンといると、度々このような感覚を覚えるから不思議だ。

(…シアンが秘密を明かしてくれたように私もそうしたい。そなたに応えたい…)

「もし私が秘密を…いつか打ち明けたら、受け入れてくれるか?」

「…正直わからない。受け入れるって難しいことだ。でも、お前はそうしてくれたもんな。頑張るよ。約束する」

そう言って、初めて私に向けて柔らかく微笑んだ彼の顔を何故だか忘れられなくて…その日の夜はなかなか眠りに付けなかった。




翌日、あまりにも早く彼との別れが訪れた。

いつも通りシアンと会うため森の中へ行くと、あのペンダントを埋めた穴が掘り返されていたのだ。

私は急いで礼拝堂へ行った。
礼拝堂では、シアンが司祭に怒鳴られていた。

「シアン・シュドレー!2週間前にペンダントを盗み、隠したのは貴様だな!彼らが教えてくれた」

"彼ら"と指差したのは、この田舎に住む伯爵令息たちだった。

「当然だが、教会では階級は重んじられない。いくら公爵家の子息であっても許されないことだ。貴様がやったことは、女神への冒涜なのだぞ!それも、度々起こる教会への落書きもお前がやったそうだな!」

「……は?」

「は?じゃない!この子たちが昨日の昼、お前が落書きしている所を見たと言っていたのだ」

助祭が次いで言う。

(…シアンは落書きはやってない。昨日の昼は私といたのだから。あいつら、この機に乗じて自分がやった罪をシアンに被せたな…)

伯爵令息たちはニヤニヤと笑って他人事のように見ていた。

私は唇を噛み締め、前へ出て一言言ってやろうと思った。しかし…

「ええ、私が全てやりました。しかし、だから何だと言うのですか?仰る通り、私はシアン・シュドレーです。我が家門は、女神など端から信仰しておりません。公爵家子息の私がなんて事ないペンダントを隠し、ただの建築物に落書きをしたとして何の罪に問われるというのでしょうか?信仰していない私にとっては、貴族の子どものいたずらで済むのですよ。何なら、父上をお呼びいただいても構いません」

「なっ、詭弁を…」

「やはり噂通りですね、神父様。父親も父親なら、息子も息子。悪逆非道のシュドレー公爵家の子息です」

(悪逆非道…。シアンは、あのシュドレー公爵家の子息だったのか)

ひとまず、その場では女性の聖職者が間に入ったことで落ち着き、後ほど話がつけられることになった。


「どうして、落書きはやってないのにやったなんて言ったんだ?」

「……まぁ元々悪い噂のある家門だから、罪を被せられたところで特に変わらないしな。だから、別にいいやって思ったんだよ。ていうか、お前は俺と話してていいのか?」

「何故そんなことを聞く?」

「だってお前は信者なのに…。知ってるだろ?シュドレー公爵家は女神を信仰せず、加えて悪評だらけだ」

「そんなこと気にしない。シアンがどこの家の者であっても構わない。しかし、それよりも、濡れ衣を着せられたことに対して怒るべきだろ。この私が抗議してくる」

「やめろって…。いいんだ、こんなの慣れてるし」

「慣れるだと?どういうことだ?」

「まぁ色々あるんだよ、公爵家にはな。でも、ユーリィが今怒ってくれたから助かった。俺の家のこと知ってもそんな風に接してくれるんだな、すげぇわ。俺が逆だったら無理だろうな」

「それで、これから大丈夫なのか?」

「ああ。心配ない。父上が来て下さる」

「そうか…」

午後になると、彼の言う通りシュドレー公爵と名乗る黒髪の目つきの悪い男が教会へ来た。
私は公爵と会ったことがあるため、なるべく対面しないように影から見ていることにした。
結局、シュドレー公爵が間に入ったことで今回の件はシアンを責め立てた司祭が何故か謝ることになって話が丸まった。傍から見れば、いかにも悪評の1つに加わりそうな話だと思った。

「こんなことでお呼び立てしてしまい申し訳ありません、父上」

教会の裏で、シアンとシュドレー公爵が話をしているのを私はこっそりと隠れて見ていた。

「全くだな。せっかく目の療養の為、この田舎の別荘に泊まらせていたというのにここでも簡単に悪行がバレるとは…。まあ教会の面目を潰せたから良いことにしよう。それで、あれは手に入ったのか?」

「はい。こちらが司祭の裏帳簿です」

シアンが懐から取り出したのは、祭壇の鍵のかけられた引き出しにペンダントと一緒に入っていた資料だった。

「ほう…。偽のペンダントを購入し、その浮いた分の金額は…ははっ、慈善活動に使っていただと?なんともつまらん。拍子抜けだ。しかし…ふむ、よくやった。内訳を改竄し、裏で手を回せばこの教会を潰せるだろう」

「はい」

「ところで…私がここに来たのにはもう1つ理由がある。どうやら、第一王子がこの教会に内密に通っているという。プラチナブロンドの少年だ。見たことはあるか?」

「……………いいえ」

「そうか、それなら良い」

「父上、そろそろ目の療養は十分です。私も本日父上と公爵邸へ戻りたいのですが、御一緒してよろしいでしょうか?」

「構わん。それでは荷物を纏めたら来なさい。馬車で待っている」

「はい」

シュドレー公爵は裏帳簿を懐に入れると、馬車を止めている教会の門の方へ歩いて行った。

「シアン!」

「……聞いていたのですか」

シアンはよそよそしく私に敬語で問いかけてくる。

「何故態度が変わるのだ」

「…当たり前ではありませんか、殿下。今までの度重なる無礼、お許しください。全ては私の無知故の振る舞いでございます」

「すぐに発つとはどういうことだ」

「その通りのままです。私は元いた場所へ戻ります。お互いにここ2週間の出来事は忘れた方が良いでしょう。今後のために」

「貴様…!本気で言ってるのか?」

「はい」

「シアン…私たちは友ではなかったのか?私はまだそなたに本心を打ち明けていない。昨日話した、受け入れられるように頑張るという話は…どうなるのだ」

「殿下、お分かりでしょう?…私たちの関係性はそんな次元の話ではないのです。いずれ敵対すると分かっていて、本心を打ち明け合う友になどなれるはずがありません。それでは、失礼します」

それを機に、シアンと以前のように気さくに話す事は無くなった。
その1週間後、私がいた田舎のあの教会は潰れた。何でも、司祭と助祭がペンダントを偽装し、国王からの高額の寄付金を私腹を肥やすために横領していたという。証拠は、シュドレー公爵が提出した裏帳簿だという。明らかに仕組まれたことだと分かっていたが、そんなことはどうでも良かった。あれから私はいつもシアンのことを考えていた。
何故、私の元からああも簡単に去ることが出来たのか。何故、よそよそしい態度になったのか。特別だと言っていたのに、何故変わってしまったのか。
素知らぬ振りをしても分かっていた。私は女神を信仰する国王の息子。彼は、女神と王族の存在に反対する貴族の筆頭シュドレー公爵家の息子。自分たちは相容れないのだと。しかし、それでも私はそれを信じたくなかった。どうやってでも、共にいられる方法を探してみせると決意した。
魔力の波長が合えば、魔法学園でコンパネロとなり、いずれ婚約を結べるかもしれない。そうなってしまえば、誰にも文句は言えないだろう。私はそれに一縷の望みをかけ、秘密裏に彼の魔力の波長を調べさせた。しかし、何処までも運命は物語っていた、私たちは相容れないのだと。魔力の相性は非常にも全くかみ合わなかった。相性どころか、魔法すら使うことが出来ない。これでは、どうやっても彼の傍にはいられない。毎日森の中で話していたのを思い出して、とてつもなくかけがえのない時間だったのだと気付かされる。あの時間は、誰にも邪魔されなかったのに…今は障害だらけだ。

何度か、王宮に公爵と一緒に来ている彼の姿を見た。変わらず彼は子どもなのに、誰も寄せつけない蠱惑的な美しさを持っていた。あれから私と離れても何も変わることなく、何て事無いような顔をしている彼に苛立ち、私は彼の目の前に現れた。

「…ごきげんよう、ユーリアス殿下」

「はっ、よくも挨拶が出来たものだ。貴様みたいな奴が王宮を出入りするとは」

「………」

挨拶をし終えれば、彼は決まって私が何を言っても言い返すことはしなかった。

「シアン、どこだ?」

しかし、この日は少しいつもと違った。公爵の声が聞こえると、シアンは下を向いていた顔を上げて答える。

「父上、今参ります」

「ああ、ここにいたのか。おや、これはこれはユーリアス殿下。ご機嫌よう。私の愚息が失礼な真似をしてはいないでしょうか?」

「……いえ、まだ彼のことは分かりかねますので。シュドレー卿、少し彼と話をしてみたいのですが」

「殿下が、シアンと…?はは、ええ。もちろん構いません。実は今から少し陛下とお話がありまして参った次第でございます。すぐ終わりますのであまりじっくりお時間は差し上げられないかもしれませんが、その間どうぞお話ください。シアン、無礼を働かないようにな」

「…はい」

貼り付けたような笑顔で公爵はこの場を去っていった。

「公爵の言うことなら聞くのだな?」

「…殿下、私とお話されたいこととは?」

彼の目線は常に私の肩にあった。もう、以前のように美しい左目が真っ直ぐと私の目を見ることは無くなった。

「お前の右目のことを私が公にしたらどうなると思う?」

彼の淡々とした顔つきがピキっと氷のように固まるのが分かった。

「…脅すつもりですか?」

「いいや、私は容易いことを望んでいるだけだ。そなたが以前のように私と接すること。愛称で呼ぶこと。私を見ること。常に望むのはそれだけだ」

「……それは容易いことではございません。殿下もおいおい分かってくるでしょう。私たちが一緒にいることは許されないと。父は表向きはあのように言っておりましたが、内心穏やかではないのです。陛下もきっとそのように思われてるはずです」

「父上には私から言えばどうにかなる」

「いいえ、どうにもなりません。殿下とこのように話すのは、今日が本当に最後です」

「何?」

「シアン!帰るぞ」

もう話を終えたのか、少し遠くから公爵が怒鳴りに近い大声を出した。

「それと、右目のことは別に公にしていただいても構いません。…秘密でもなんでもありませんから」

彼はそう冷ややかに笑って、公爵の元へ走って行った。

心の中で何かが破れたような気がした。

いいや、シアンにとってあの秘密は決して明かされたくないことのはずだ。万が一公になれば、身を滅ぼす程重大な秘密だ。それなのに、彼は何故あんなことを言ったのか?虚栄心からでは無いだろう。あれは私への拒絶だった。秘密をバラすと脅されたとしても、勝手にしろ、お前が何をしようとどうでもいいと撥ねつけられたようだった。
彼は私に"特別"と言って秘密を明かし、心を開いてくれた。私の話を聞き、私の目を見て、私に触れた…あの2週間の出来事は全て夢だったのだろうか。私だけがおかしくなってしまったというのか。まるで私たちが出会い、過ごした時間など初めから無かったかのようにシアンは去っていったのだ。
公爵と話しながら振り返る素振りなど一切見せず歩いていくシアンの姿。彼はどんどん遠ざかっていった。
この日を境に、彼らは王宮に来ることは無くなった。シュドレー公爵はここ最近、例の教会の件を踏まえて各教会の不正調査をするべきだと国王に申し立てていた。恐らく、調査を行うことであの時のように手を回し、それなりの不正をでっち上げて民衆からのリース教会の信用を堕とそうと考えていたのだろうが、結局裏帳簿を改竄したことがバレてしまった。しかし、教会側が偽のペンダントを購入していたことは事実でありそれはそれで問題である為、今回はお互いに見逃そうという話で決着がついたようだった。それでもシュドレー公爵にとっては、反逆を企てる絶好の機会を逃してしまった訳だから腹を立てたことだろう。
また、国王も国王で一公爵家が公然と悪行を犯し、王族を脅かそうとしている現状を厳しく見ていた。普通の公爵家であるなら国王も容易く処理出来るのだが、数ある貴族の中でシュドレー公爵家はかなり特別な家門だ。

かつて、我が国アルティア王国は2つの勢力が共に助け合い王という統率者は存在していなかった。しかし、年月が経てば当然小さな軋轢から大きな争いが生まれ、広がっていった。いつまで続くか分からぬ戦いが続く最中、女神リースが現れた。女神は平和と正義と愛を説き、それを守る者には祝福として魔力を授けると言った。女神を見た2つの勢力は自分たちの行いを恥じ争いを止めた。彼らはお互いの長同士の話し合いで、統率者を立てることにした。そこで、ちょうど2つの勢力の長にはそれぞれ、もう間もなく子どもが生まれるのだという。ならば、どちらか1人の子に女神リースの祝福を受けて生まれたとすれば王とし、その子の血族はみな王族としよう、ということになった。そうして初めて生まれた石持ちが初代国王グリテである。
では、もう1つの勢力はどうなったのか。彼らは、王を支える貴族という括りになった。あくまで王に付き従う身分であるがその中でも統率者が必要となり、彼らの筆頭となったのはグリテと同じ年に生まれたもう一方の長の息子であった。彼は、石持ちとして生まれず国王とはなれなかったが実に聡明で、グリテに忠実に仕えたという。そう、つまり、そんな彼を先祖に持つのがシュドレー公爵家なのである。王族との繋がりどころか、建国にも関わる名誉ある家門で貴族の中心ということもあり、どれだけ悪評が囁かれても余程のことでない限り咎めることは難しい。だからこそ、国王としても他の貴族と比べてシュドレー家には強気に出られないところがある。

そして、昔2つの勢力が対立したように、今また王族とシュドレー公爵家筆頭の一部貴族が対立を起こそうとしている。対立しようというお互いの勢力の息子たちが共にいることなど、確かに許されないだろう。一体どこのロマンス悲劇の話か、笑ってしまう。
分かっていても、私は彼を求めて止まなかった。息の詰まる社交の場では、いつだって私は彼だけを見ていた。しかし、彼が見ているのはどんな時も私ではなく公爵だった。
シアン・シュドレーという人間を調べ上げれば調べ上げる程、子どもながらに周囲の人々からも呆れられる卑劣な出来事の数々が出てくる。しかし、それらの出来事にはほとんど彼の父親がどこかで関与してくるため、なるほど公爵の言う通りにしているのだとすぐに分かった。あの教会の時も、彼は"いたずらだ"と言っていたが、本来の目的は父親に頼まれた裏帳簿を盗み出すことにあったのだろう。

そなたは、そうやってずっとずっと公爵だけを見て、公爵だけの言うことを聞き、私などにはもう目もくれず生きていくのか?いいや、そんなことは許さない。彼が私を見ないと言うのなら、そうならざるを得ない状況にすれば良いと思った。公爵と私で密約を交わし、そなたが望むように表向きは対立しよう。しかし、いずれ公爵を罠にはめ消した後、必ずそなたを手に入れてみせる。結果的にそなたを傷つけることになったとしても。

幼い頃、王宮の大きな窓から美しく飛ぶ鳥を見ていた。私は今、その鳥を捕まえ翼を毟ってへし折る。これでもう自由に飛ぶことは出来ない。そうして私の手の中に永遠に収めておくのだ。

シアンは女神の愛に対してこう言った。

"こんな愛が存在する訳がない"

ああ、私もそう思う。
なぜなら、そなたに向けるこれが女神の言う正しい愛とは全く異なるのだから。
しかし、それが一体なんだと言うのか。そなたは私がいずれ打ち明けることを受け入れられるように"頑張る"と言っていたのだ。破ることは決して許さぬ。

「あのように言われたからには、私も応えねばなるまい。シアン、そなたはこれから私の愛を全身全霊で受け入れられるよう精々努めよ」








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