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6章
行き先
しおりを挟むシアン・シュドレーの本当の結末を見た。
彼は、自分に与えられた使命を為さなかった。やり直す選択肢を取らなかった。
しかし、それ故に不幸な最期だっただろうか?
俺はそうは思わなかった。
傍から見れば、愚かで滑稽な人生だったかもしれない。数々のチャンスをみすみす逃した人生だったかもしれない。
けれど、彼は最後の最後で自分の道を貫き通した。自分の意思を通した。
あの処刑こそが、彼にとって恐らく人生で初めての自分の決断だった。
そんな彼に俺は、頑張ったなと言ってやりたかった。
「シアン・シュドレーの記憶を見たのですね」
夢の中ではない、謎の白い空間にいた俺の目の前に女神リースが現れた。
「…はい。シアンは、自ら処刑されにいったんですね。この懐中時計で時空を操る能力を得ても、彼は結局一度もその能力を使うことはしなかった。そして、あの卒業前夜、シアンは能力を完全に捨てる為に眠るユーリアスの懐に懐中時計を預けて、シュレイを襲いに行った」
「そうです。前にも言った通り、懐中時計を手放すということは、それ以降完全に能力が使えなくなることを意味します。彼はユーリアス・クラインと与えられた能力に決別を告げました」
「…ですが、女神リースよ…疑問はまだ残っています。何故俺はこの世界でシアン・シュドレーに憑依し、また一からシナリオを歩むことになったのですか?」
「それは、シアン・シュドレーの記憶には当然ないことですから知らないはずです。何故なら、彼が死んだ後にある問題が起きたのです」
「問題?」
「私は先程言いました。懐中時計を持っていなければ、時空を操る能力は使えないと。しかし、有り得ないことが起こりました。死んだはずのシアンの体が時空を操る能力を暴走させていたのです」
「…そんな馬鹿な」
「私も目を疑いました。しかし、シアンの場合は特別でした。彼は、人工的な石持ちです。つまり、他の石持ちとは決定的に違って、天然の魔石そのものがエネルギーを持っています。普通の石持ちの場合、死んでしまえば魔石そのものもエネルギーを失いその人の魂と共に死ぬ。しかし、シアンの場合は、体が死に魂が消えても魔石のエネルギーは生きたままで魔法を使える状態になっていました」
「…しかし、それでどうして時空を操る能力まで使えることになるのですか?懐中時計はユーリアスが持っていて…」
「……ユーリアス・クラインは、狂気の人間でした。シアンを目の前で失った後も、それを信じようとしなかった。処刑されて直ぐに、彼はシアンの遺体を回収して、どうにかして生き返らせる方法を探していました。もはや今まで保ってきた仮面を破って、シュレイに治癒を頼みましたが、それでも体のみしか治すことは出来ず、彼は絶望に浸った。周りの声を聞かず、病んでいきながらも、毎日彼は冷たくなったシアンの傍を離れませんでした。そして、そんな彼の懐には懐中時計があった。何の因果か、そんな不運が重なって、シアンの中にある魔力が記憶が無い状態でも懐中時計と呼応することになり、時空を操る能力を暴走させてしまうことになったのです…」
「そ、うですか…」
流石にユーリアス気持ち悪いな、という言葉が出かかったが、女神の前なので俺は口を噤んだ。
「過去へ戻っても懐中時計がユーリアスの手元にあり続けていたのは、懐中時計の特性です。あれは不変であり、時空を渡っても元の時間で所有していた者から離れることは無いため、過去へ戻ってもユーリアスは持っていた。ちなみにシアンがユーリアスに懐中時計を渡したということを今のユーリアスが何故覚えていたのか、私も不思議に思っていましたが、恐らく彼が肌身離さずあの懐中時計を持っていたことで少しだけ時計が記憶していたことを見ることが出来たのではないかと考えられます」
「そういうことだったのですね」
ユーリアスの執着は相当なものだなと思った。しかし、他にもいくつか気になることはある。
「ですが、俺が何故この場にいるのか分かりません」
「私があなたを呼び寄せました。魂が空っぽのシアンの能力が暴走し、どんどん時間が巻き戻っていくことに私は焦りを感じました。2つの能力を分け与えたことで、私はそれ以上彼らの世界に深く干渉することは許されず、どうにも出来ませんでした。しかし、1つだけ方法がありました。別の世界で眠る魂を暴走するシアンの体に憑依させる。そうすれば、いずれ懐中時計を手に入れて記憶を取り戻し、力を制御出来ると思ったからです。あなたは気づかなかったと思いますが、実は憑依している間も力を暴走させていたのです。不思議と相手と話が噛み合わなかったり、時間の流れが早いと感じることはありませんでしたか?」
「そういえば…」
心当たりがあった。
イブリンへ重大な問いかけをした時の噛み合わない感じ、イベントの間隔の異常な早さ…。あれは無意識に俺の魔力が暴走して、時間を操っていたのか。
「あなたの魂はある世界で、まるでこの世界にはいたくないと、ずっと目覚めたくないというようにして、深く深く眠っていました。その魂の形は、本物のシアン・シュドレーと似ていた。だから、あなたを選びました」
まるで神視点の自分勝手な理由だ。
けれど、こんな世界に連れてこられたからこそ得られたものがあった。
女神に感謝をすることは出来ないが、文句を言うこともあえてしないでおこう。
「それで、俺は元の世界へ戻れるんですか?」
「可能性はあります。本物のシアン・シュドレーに会ってみてください」
「え、本物のシアンの魂は消滅したんじゃ…」
「消滅はしていません。せめてもの償いで、私は彼の望みを叶えました。ユーリアスにも誰にも見つからない場所で、彼の魂は眠っています。しかし、私の呼びかけで彼が起きることはありません。あなたであれば、もしかしたら…と思い…」
「ですが…」
シアンの今までの記憶を振り返ると、とても俺から何か話す気なんて起きなかった。
増してや、俺が元の世界に帰るために戻ってきませんかなんて言える訳がない…。
「…あの子の最期を思うと本当に私は可哀想に思うのです。彼のやったことは許されないことでしたが、それは不遇故でした…。私は、彼に愛と希望を持ってやり直して欲しかった」
「それは違います、女神様。彼は、そう思われることの方が遥かに辛かったはずです。彼は不遇だったかもしれないけれど、それを言い訳にはせず、一つ一つ、間違っていたことも背負っています。だから、あの最期を選んだんです。どう罵られても当然かもしれませんが、彼のあの自分で決めた最期だけは可哀想だと、そんな一言で終わらせないであげてください」
「………すみません、あなたの言う通りです。私は、彼の気持ちを分からずに、一方的に能力を与えてしまった」
「やっぱり、少しだけ…本物のシアンと話したいことができました」
「案内します。こちらへ」
俺は女神に導かれるまま、真っ白な空間を歩いていった。
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