じじいと娘ちゃん

狐守玲隠

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1.雨上がりの出会い

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その日は、気が滅入るような雨の日だった__

今まで一度も顔を合わせたことがない親族が死んだらしく、その葬儀に貴仁たかひとは呼ばれた。
貴仁は生まれてから56年、今日まで一度も葬儀に呼ばれたことがない。そのためか、葬儀というものに不謹慎ながら以前より少し興味があった。
だが、1つ問題がある。それは、今日の今日まで縁もゆかりも無かった親族の葬儀だということだ。

呼ばれても正直、どういう心情でいればいいのか分からない。周りはひくひくと鼻を啜っては涙を拭うを繰り返しているのが、貴仁は無表情でただ、坊さんのお経を聞いていた。

新崎にいざきさん、とてもいい方でしたのに……。残念ね」

貴仁の隣に座る女性は、故人と親しい間柄だったらしく、悲しみを彼女の友人らしき女性に語った。

「火災が原因だったらしいわよ。それはもう、遺体が見つからないほどの大火災だったらしくて」

「そうだったのね……。それにしても、あおいちゃんはどうなるのかしら、まだ小学生だったわよね……」

__
その言葉が少しだけ貴仁の無表情を動かした。
故人と関係がある人物の名前だろうか。よく分からないどころか知りもしないあおいちゃんという名。
なぜ、その名に心が動いたのか、貴仁には理解できなかった。

そして、しばらくの間、坊さんのお経が続き、終わった頃には雨が止んでいた。

貴仁は、年季を感じるパイプ椅子から立ち上がると手を天に掲げ、一度、伸びをした。
それから、ずらずらと流れていく人々の後につき、出棺を見届ける。

初めから、葬儀に参加しても付き合うのは、出棺までと貴仁は決めていた。
見ず知らずの自分が火葬にまで同行するのは少し違うと思ったからだ。
最後の最後まで、貴仁は、その親族が自分とどういう関係の親族なのかすら分からずじまいだった。

葬儀の全てが終わり、周りは少しずつ帰っていく。残る理由もない貴仁は荷物をまとめ、帰ろうとした。その時だった。

貴仁の視界に一人佇む女の子が映ったのは。
葬儀場の廊下に、置物のように微塵も動くことなく佇むその女の子は虚ろだった。
どこを見るでもない光を失った瞳。無気力な立ち姿。葬儀だからという理由では片付けられないほどのものだった。

「ねぇ、君何かあったのかい?」

貴仁は気づけば女の子に声をかけていた。
なんとなく、放っておけないと思ったのだ。

「…………嫌いだ」

ぼそっと独り言をこぼすように返された言葉は貴仁にとっては少し意外なもの。

「嫌い?何がだい?」

「おやじと母さんを殺した火も、『大変だったわね』と知ったような口を利くやつも、みんなみんな大嫌いだ!」

苦虫を噛み潰したような顔で泣き叫ぶ女の子の言葉が貴仁の心に突き刺さる。そして、この女の子こそ、なのだと気づいた。

大嫌いか。この年齢で両親を失えば、その口から出てきても違和感のない当たり前の言葉だ。そんな不憫な幼子に自分は何と声をかけるのが正解だろうか。
貴仁にはよく分からなかった。

だが、何も声をかけないというのも間違っていると思うし、ならばテキトーな声かけをというのも間違っていると思った。だから、貴仁は自分にとっての一番の正解だと思う声かけをあおいちゃんに送る。

「そうだよね。大変なんて、言われたくないよね。悲しいとか寂しいとか泣きたいとかそんないっぱいの君の苦しみをなんて一言で表せるわけがないのにね」

貴仁は、あおいちゃんが今までどんな人生を過ごしてきたのか、どんな子なのかすら何も知らない。だが、それを知らなかったとしてもあおいちゃんの苦しみがどれほどのものだったか考えるだけで自分の胸がいっぱいになった。

「いいんだよ。悲しいなら悲しんでも。寂しいなら寂しんでも。泣きたいならたくさん泣いても。いいんだよ」

貴仁の目には涙が浮かぶ。そして、女の子の目にも僅かながら光るものがあった。

「あんた、ね」

「そうさ。おじさんはだよ」

貴仁は、変な人であることを誇るかのように微笑む。
あおいちゃんは、まさか貴仁が認めるとは思っていなかったらしく、少し驚いて、少し笑った。

「君、これからどうするんだい?」

「そうね、よく知りもしない親戚の家を転々とするのも面倒だから、施設に行こうと思っているわ」

たんたんと語るあおいちゃんに、ただ、そんな悲しいことを言わずに笑って暮らしてほしいと思った。

「そうか。なら、一つ提案があるんだが、君さえよければ、うちの子にならないかい?」

それは、単なる同情からの言葉では無い。貴仁の心からの言葉だった。ただ笑って暮らしてほしいという願いのこもった言葉。あおいちゃんは、少し迷ったあと、心を決めたのか言葉を紡ぐ。

「そうだね、それも悪くないかもしれない。おじさんは面白いから。だから、よろしくね、

その瞬間、まるで、2人の出会いを祝福するかのような一筋の光が差す。2人の顔は、雨上がりの空のように晴れていた。
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