魔王降臨する。日本に

蒼穹月

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第3話

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「温泉は良い……」

 カポーンという音をBGMに、魔王は温泉に浸かっている。
 肩どころか顎まで浸かる姿はだらけきっている。
 因みにこの魔王、本来髪が長いがTPOに則って短くしたりしている。鬼軍曹している時は短い。
 しかし今はその長い髪を高い位置で結い上げ、湯船に付かない様にしているだけである。

「魔王って髪長いんだ……」

 ポツリと呟くのは魔王が初見の人。
 観光好きと言っても普段の生活は首都圏だ。地方には魔王を見た事が無く、未だに恐怖の対象としている人も居るには居る。
 呟いたのは少年だったが、直ぐに青い顔をした父親に口をバチンと塞がれた。痛そうである。
 気付いた魔王が少年に向くと、父親が息子を隠すように震える体で前に出る。

「自衛隊で仕事する時は短いぞ。今は短いより結わった方が湯船に髪が落ちないからな」

 ニカリと笑って魔王が答えると、少年は青い顔の父親なんてどこ吹く風で嬉しそうに笑った。そして父親の手から逃れるとザブザブと温泉を掻き分けて魔王に近付く。

「その角本物?」

 魔王は耳の上に角を持っている。悪魔なイメージの角だ。耳も若干尖っているが、角に目が行くのでそれを気にされた事は無い。

「本物だぞ。触ってみるか?」
「良いの!?」

 興奮する少年に触り易いように頭を下げる魔王。
 少年の父親は魔王に迂闊に近寄れず、ハラハラと見守っている。ちょっとウチの息子馬鹿なの!?と思っているが、それを正確に察知している者はいない。

「うわあ!スゲェ!固い!ゴツゴツしてる!刺したら痛い?」
「そりゃ痛いさ。興味本位で指刺すなよ」

 ワクワクと指で角先をツンツンしている少年に、魔王が注意する。誤って刺さない様に注意深く見守ってくれている。

「魔法!魔法見たい!」
「それは危ないからダメ」

 ヒートアップする少年に反して魔王は何処までも冷静に注意している。

「えー!?何で!良いじゃんちょっと位!」
「俺の魔法は世界を滅ぼせるの。父ちゃん怪我したら嫌だろ」
「う。うん……」

 滅ぼせる魔法なんて怪我じゃ済まない。居合わせた面々は口に出せずに勢いよく頷く。

「滅ぼさない魔法無いの?」

 しゅんとした少年に見上げられ、魔王は目を閉じ呻る。

「そうだな……。使った事は無いが……やってみよう」

 脳内で如何に安全に事を済ませるか綿密に計算していく。この子も将来素敵なエンターテイナーになるかもしれないのだ。怪我一つ負わせる気は無い。
 魔王はワクワクしている少年をしっかりと視界に収めて魔法を練り出す。
 キンと静かに鋭い音が発生して、少年は見えない壁に包まれた。

「!バリア!」

 少年が手を伸ばせば途中で手が見えない何かに阻まれて進まない。
 それだけで興奮していた少年を、魔王は更に浮かせて見せた。
 丸い球体のバリアは少年と一緒に温泉も浮かす。これで湯冷めしない。

「スゲェ!高い!かっこいい!」

 バシャバシャと燥ぐ少年に、バリアが揺さぶられて魔王は一瞬操作に神経を使った。直ぐに慣れて安定させたが。
 少年をグルリと一周させてゆっくり湯船に戻す。
 結界を解けばパシャリと音がして阻まれていた温泉が他の温泉に混ざって行く。

「もう一回!もう一回!」

 バシャバシャと燥ぐ少年は、しかし直ぐに父親に抑え込まれた。
 魔王は少年を父親の前に降ろしていたのだ。

「我が儘を言うな。魔王様はお前の玩具じゃないんだぞ」

 魔王に怯えていた父親は何処にも無かった。寧ろ今はウチの息子がすみませんという顔だ。

「良い。沢山学び、大きくなったら良い物を沢山生み出すのだ」

 ペコペコと頭を下げる父親に、魔王は片手で制する。
 父親はこの後、お詫びとお礼に入浴後のコーヒー牛乳を魔王に奢って大層喜ばれた。

「うむ。温泉上がりにはこれが効く」

 片手を腰に当てて仰いで飲む古風な飲み方を、魔王はするのだった。
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