獣神娘と山の民

蒼穹月

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本編

ロキ医師の思い

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 ロキ医師は湯呑みを手に、けれども一口も飲まずにリリの話を聞きました。
 リファラの人々にリリが申し訳ないと思って話ているのがとても辛いです。けれども最後まで黙って聞いていました。そして全てを聞き終えると一度視線をお茶に落としました。目を瞑り、話をしっかり飲み込み「うん」と呟くとはなしに呟きました。

 「先ずはリリや、この爺に話してくれてありがとう。自分で話すのはとても勇気がいったろう」

 震災にしろ、人災にしろ、当事者にとっては深い傷となって心を痛める出来事です。周りの人が思う程、簡単に口に出来る事ではないでしょう。何故なら話すと同時にその当時の出来事を思い出して、尚の事心に傷を付けてしまうのだから。

 「わしはその光景を見た訳ではないからの」

 リリが「いいえ」と謝罪を口にしようとしましたが、ロキ医師はそっと手の平を向けて止めました。

 「じゃがのう。ハンナや」
 「はい」

 ハンナは柔和な笑みで呼ばれ、スっと背筋を伸ばします。

 「お前さんリリが大好きじゃろ」
 「勿論です」

 問い掛けには即答で答えます。それ以外の言葉が出ない程の条件反射で。

 「ほっほっほ、良い返事じゃのう。
 ふぅむ。そんなハンナを大切にしてくれた国の者達もまた、リリが大好きなんじゃないかのう」
 「姫様は国の宝です」

 又もやの即答に、ロキ医師は快活な笑い声を上げ、リリは顔を赤くしました。

 「リリや。リリが悔やむ気持ちも勿論大切じゃ。でものう、大好きな者を守りたいと思うのはリファラの人々も同じじゃろうて。きっと彼等もリリを守れて誇らしく思っておるよ。
 そんな彼等の気持ちも大切にして欲しいのう」

 そう言ってロキ医師はやっとお茶を口にしました。しかし長いお話の間にお茶は冷めきっていて、眉毛をヘニョリと下げます。

 「入れ直すかの」

 ロキ医師が湯呑みを回収しようと手を伸ばしましたが、それより先にリリは先に飲み干しまた。
 葛藤ごと飲み込んだリリは、湯呑みを離した時にはニッコリ笑顔を作ります。

 「私、リファラに生まれて良かったわ。
 だって、とっても素敵な人達に出会えたんだもの」

 何処かぎこちない笑みです。暗い思いはそう簡単に消えないけれど、それでもこれ以上悔やむのは止めようと心に決めた顔です。その目はとても強く輝いていました。

 「そうじゃの。リリを見ていればどれだけ良い国か手に取るようにわかるよ」

 ロキ医師もニッコリ笑顔を返します。
 今度こそお茶を入れ直すと、それからはリファラで楽しかった事をいっぱい聞いてロキ医師は大満足するのでした。
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