恋愛相談から始まる恋物語

菜の花

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仲直り

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流石にあの件があってからは、四月は俺の元へと訪れる事はなかった。

メッセージアプリでの連絡も、一切無しだ。

とは言っても、俺の方からも連絡はしてないからイーブンか。

そんなこんなで、今日も無事に学校が終わり、鞄に荷物を詰めていた。

未だに帰らないクラスの連中を置いて、俺はそそくさと教室を後にする。

下駄箱に着き、靴を履き替え歩き出そうとした時に、後ろから首根っこを掴まれた。

「ぐへっ!」

急に首が絞まった為、そんな変な声が出てしまった。

後ろを振り向くと、そこには水無月がいた。

「いきなり何すんだよ」

「ちょっと待ってって言ったの」

「言ってねぇだろーが・・・」

「うるさい、一緒に帰るよ」

すると、水無月も下駄箱から自分のローファーを取り出し、俺の元へとやってくる。

「今日は何もお世話になってないぞ」

「そーゆー気分なだけ」

「四月とは帰らないのか?」

「今日は、明日のデートの服とか見に行くって、とっくに帰ったよ」

そっか、明日だったな。

例の先輩と四月のデートの日は。

すっかりと忘れていた。

いや、考えない様にしていただけか。

「一緒に行かなくていいのか?」

「あたし、そーゆーのあんまわからないから」

「四月よりはマシな頭してるだろ」

あいつ、服を買いに行くとか言って、絶対食べ物に走るからな。

まともな奴が一緒についていないと、全然進まないからな。

「たまには自分で考えることも必要でしょ? それに、先輩の方から誘ってきたらしくてさ、気合いが違うんだよ」

それは知らなかった。

てっきり、連絡先を交換した時の延長線上の話だと思っていた。

それとは別で、先輩が四月を誘ったということか。

純粋に遊びの案件を2つもゲットするなんて、四月もちゃっかりしてんな。

「ほう、だいぶ飛躍したもんだな」

「あんたのお陰なんじゃない」

「俺は何もしてない。頑張ったのはあの四月バカだろ」

「ほんと、カッコよくないよ」

「うっせ。ほっとけ」

ってか、これもう俺と四月が関わる理由ってなくないか?

俺の助け無しでも、四月と先輩は十分に仲を深められるだろう。

元々、人懐っこい性格の四月だしな。

「今日は、どっか寄るのか?」

「ううん。予定があるから、まっすぐ帰るよ」

「了解」

俺と水無月は2人で帰るのだった。

今日は不思議とお互いに会話がなかった。

ただ2人で並んで歩いているだけだった。

何だかんだ言いながら、俺の心配もしているから、こうやって俺と一緒に帰ってくれてるのだろう。

俺とは違い、カッコいい彼女の優しさが、今の俺には眩しかった。

無事に水無月を家まで送り届け、俺も自分の家へと帰る。

時には岩を砕く波のように俺を叱り、時には雪のように周りの騒音雑音を消して、静かに俺に寄り添う。

まさに、母親の様な温かさだった。

実際の母親の温もりは分からないが、俺の想像する母性と水無月が重なった。

そんな優しい親友を持っている四月が、羨ましく思った。








 
次の日、俺は自室のベッドで寝転がっていた。

何をする訳でもなく、ただ真っ白な天井を見つめていた。

ふと、部屋の壁に掛けている時計に目をやる。

時刻は13時を過ぎた頃だった。

今頃四月は、先輩とのデートを楽しんでいる頃だろう。

変なドジをしてなきゃいいけどな。

そんな事を思いながら俺は再び目を閉じた。


ピンポーン


静寂の中に聞こえる呼び鈴の音。

誰かが訪ねてきたのだろう。

郵便か、新聞の勧誘か。

だが、今日は親父が家にいる為、対応は任せておこう。

そのままどんどんと深い眠りに入っていく。

すると、俺の部屋のドアが開いた。

部屋に入る時くらいノックしろよな。

俺はそのまま目を開けずにいた。

「えいっ!えいっ!」

すると、親父が俺の頬を突いてきた。

ん? 俺の親父ってこんな声高かったっけ?

明らかに女性っぽい声じゃないか。

そう思い、目をか開けた。

だが、俺の目の前にいたのは、親父ではなかった。

「あ、起きた」

そんな呑気な声で俺を見てくるのは、本来ここにいるはずのない四月の姿だった。

俺が驚きの表情をしていると、四月が何やらニヤニヤしだした。 

「大天使七ちゃんに会えて、そんなに嬉しいのか~!?」

「いや、お前今日はデートなんじゃ・・・?」

「あ、そっちか! んとね、断ったの」

は? どうしてだ?

そんな疑問しか浮かばなかった。

四月が何を考えいるのか全く分からなかった。

理解不能だった。

むしろ、理解しろと言う方が無理な話だった。

「すまん、全く理解できない」

俺は素直に思っている事を四月に言った。

大好きな先輩との初デート、念願だった2人っきりでのお出かけ。

それに、先輩の方から誘ってもらえて、それを断るなんて自殺行為もいいところだ。

折角のチャンスを棒に振ったのだ。

それほどの事をして、今の俺の所に来る理由が何一つ浮かんでこない。

だが、次の四月の行動には驚かされた。

「ごめんなさい」

そう言って俺に頭を下げて謝ってくる四月。

ますます理解が追いつかなくなる。

「・・・ごめんなさい?」

「うん。如月くんは私の為にいろいろ考えてくれてたのに、私は自分勝手だったなって。だから、ごめんなさい」

そう言って再び俺に頭を下げてくる四月。

は? もしかしてこの為に?

わざわざデートの約束を蹴ってまで、四月がしたかった事はこれなのか?

「いや、それは俺の方こそごめんなんだけど、それを言う為に今日ここに来たのか・・・?」

「うん。大切な事だから」

「はぁ・・・お前って、本当バカだな・・・」

心底呆れてしまう。

こんな事の為に・・・。

本当、俺に気を使う必要なんてないのに。

切ろうと思えばすぐに切れるほどに、俺と四月の関係は、細く浅いものだろう。

そうまでして、俺に拘る理由はなんなんだよ・・・。

「うん、バカなんだ、私って・・・」

すると、四月は俯きながら弱々しくそう言葉を零した。

「バカだから、変な事しちゃうし変な事も言っちゃうし、周りの人に助けて貰って、支えられてるの」

「私の事を助けてくれる大切な人を、自分のわがままで傷つけて・・・。何もしないで、自分だけ楽しい事しようなんて・・・。私にはできない・・・」

頭を、鈍器でガツンと殴られた様な衝撃だった。

まっすぐに向けられた四月の言葉に、俺は何も返す事ができなかった。

「だから、ちゃんと謝って仲直りしたいの。先輩とのデートも大事だったけど、それよりも今の私にはこっちの方が大事だから」

「・・・ほんっとバカだな」

「これがバカって言うんだったら、私はずっとバカでいいもん」

最高に馬鹿げてる、四月らしい理由だった。

その思いに、俺は思わず笑ってしまった。

「え~、そんな笑う~?」

「仕方ないだろ、お前がこんなにもバカなんだからよ」

「私がバカなら、如月くんは変態だもん!」

「その理由は、いくらなんでも身勝手過ぎだろ……」

湿っぽい雰囲気から温かい雰囲気へと変わっていく。

未だに四月の気持ちは理解できなかった。

だが、四月なりに考えがあって、譲れない思いがあったのなら、それはそれでいいんじゃないかとも思えた。

「あ、これ・・・はいっ!」

すると、四月は自分の鞄から小さな袋を取り出して俺に渡してきた。

その中身はクッキーだった。

「あ? また先輩にあげる為の失敗作か?」

イダズラ気味に、四月に聞いてみる。

「違うよ、これは如月くんの為に作ったよ」

っとまさかの俺の為に作られたものだった。

これも予想外だった為、言葉に詰まってしまう。

「仲直りの印だよ!」

「食べ物で釣ろうってか?」

「うげぇ・・・そんな意地悪な言い方しなくてもいいじゃ~ん・・・」

「冗談だよ、ありがとな」

「うん!」

俺は四月にお礼を言って、早速そのクッキーの袋を開け、口の中へと放り込む。

四月が俺の為に作ったクッキーは、ほどよい甘さで美味しかった。
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