恋愛相談から始まる恋物語

菜の花

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自己嫌悪

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あの後、どうやって帰ってきたのかは覚えていない。

目が醒めると、俺はソファーに座っていた。

どうやって帰ってきたのかは分からないが、昨日の服装のままだったので、帰ってきてから風呂にも入っていなかったのだろう。

時計を見ると、既に太陽は沈んでいく時間になっていた。

着替えを持って風呂場に行く。

今日も熱いシャワーを浴びよう。

何もかも洗い流してしまいたい。

身体を洗う力が、いつもより強くなる。

頭を必要以上にかき乱してしまう。

そんな事は意味がない事は分かっていたけど、こうせずにはいられなかった。

風呂から上がり、冷蔵庫から冷えた麦茶のペットボトルを取り出して、そのまま口を付けて飲み出す。

冷たい液体が、熱を帯びた喉を急激に冷ましていく。

すごく、気持ちが良かった。


ピンポーン

 
すると、俺の家のインターホンが鳴り響いた。

俺は何も考えずに玄関へと向かった。

ドアを開けると、そこには頬を赤く染めて息を切らした、少女の姿があった。

そして、その少女は勢いよく、俺の元へと駆け寄ってきた。

「なんかあったら連絡してって言ったじゃん!」

彼女の第一声は、俺に対する怒りの言葉だった。

俺はそんな水無月の言葉を、何も言わず受け止めていた。

そして、寒空の下に響き渡る一瞬の乾いた音。

しばらく経ってから、頬に伝わる鈍い痛みが、目の前にいる少女、水無月の手によって叩かれたことを教えてくれた。

そして、彼女は泣いていた。

そして、まだ痛みの残る頬に、彼女は優しく触れてくる。

そして、俺に優しく抱きついてきた。

「・・・ごめん。叩いて」

「大丈夫だ」

「でも、あたしの気持ちも少しは考えてよ」

「ごめん」

「・・・あたしじゃ、そんなに頼りない・・・かな?」

違う。

そうじゃない、そうじゃないんだ。

頼れるとか頼れないとか、そんなんじゃないんだ。

諦めていた物が手に入りそうになった時、人は流されてしまうんだ。

否定した意思をすぐに変えてしまう、曲げてしまう。

でも、それは仕方がないことだと思った。

だって、それほどまでに欲しいコトだったから。

甘くて緩くてチョロいけど、それが人間らしさって感じて妙に気分が良かった。

目の前にいる少女を泣かしておいて、とんだクズだなと、自分でも自覚はしてる。

でも、俺自身もどうすれば分からなくなっていた。

諦めかけて、何度も考えて、やっとの想いで諦めたこの感情を、天使の笛あくまのささやきがもう一度気持ちを揺らしてくる。

「・・・理屈じゃないだろ? こういうのって」

「こんな時くらい、逃げないでよ」

「悪い、俺はズルい男だから」

「ほんとっ。ズルくて最低な男。でも——――」






「あんたに・・・溺れてるから」






「・・・あたしは、あんたに負けないくらいにバカなんだなって」

「水無月・・・」

「そろそろさ、寒いから部屋に入れてくれないかな?」

「ん、ああ」

言われて嬉しい言葉のはずなのに、必要とされたいと思われている言葉だったはずなのに。


『そんな優しくされたら・・・私、わからないよ・・・』


どうしても比べてしまう。

互いに違った良い所があり、また違った気に入らない所もある。

その両方を天秤にかけた時に、ふと浮かび上がるのは四月バカのあの涙だった。




・ 




ソファーに座る水無月の元に、ホットココアをソッと置く。

水無月は何も言わず俯いている。

俺も隣に座って、ただ時計を眺めていた。

しばらくすると、俺の右手が優しさに包まれる感覚を覚えた。

手元を見ると、水無月が俺の手をにぎっていた。

そして、その彼女の手は震えていた。

「・・・なんで連絡無視したの?」

か細く弱々しい声音で、彼女がそう言ってきた。

連絡?

そういえば、家に帰ってきてから、スマホなんかは見ていなかった。

だから、無視したわけじゃない、気がつかなかっただけだ。

ソファーに、裏返しで置かれていたスマホを手に取る 。

そこには、水無月からのメッセージアプリでの連絡 や、着信履歴があった。

俺が返事をしなかったから、水無月は心配になってここへやってきたのかと、今になってようやく自覚した。

本当に水無月はお節介野郎なんだなって、実感した。

だからだった。

それが、四月に完全にシフトできない理由の1つになっていた。

「すまん、スマホ見てなかった」

水無月からの連絡を、スクロールしながらそう答える。

水無月の純粋な思いが伝わってくる。

それなのに、スマホを見ていなかったで済ませた自分に腹が立つ。

でも、それが事実なのでどうしようもないのだが。

「心配するから」

「・・・すまん」

「そんな言葉はいらないから、行動で示してよ。今後のね」

「善処する」

「うん」

そう言って水無月は、俺の肩に自分の頭を預けてきた。

握られた右手と、右肩の一部が、急激に熱を帯びていく。

そして、時計の秒針の音しか聞こえない静かな空間が、2人を包み込み、ただ時間だけが過ぎていった。









「そろそろ帰った方がいいんじゃないか? 送ってくから」

「大丈夫。今日は泊まるから」

「は?」

「着替えもちゃんと持ってきたから。シャワー貸してね」

相変わらず水無月は、俺の肩に身を預けながら自分勝手なことを言ってきた。

「いくらなんでも勝手過ぎるだろ・・・」

「だから性格悪いって言ってんじゃん」

「こーゆー時だけそれ使うよな。そんな便利な言葉じゃないからな」

「いいの。ダメ?」

水無月の握ってくる手が震えていたが、でも力が少し強まる。

「ダメってわけじゃないけど」

「うん、知ってた」

少し声音を弾ませながら、水無月が言ってきた。

「水無月・・・」

「ん?」


支えてくれてありがとうって伝えたい。


甘えてばかりでごめんなさいって伝えたい。

 
感謝の言葉も、謝罪の言葉も、考えたらきりがない。

でも、そんな簡単で当たり前の事が、言えないでいた。

「・・・なんでもない」

「ん、そっか」

そう、水無月はこうやって察してくれる。

本当に俺の扱いを分かっている。

だからこそ、四月といる時よりも安心感はある。

「結果を出すのは時間がかかるし焦らなくていいって言ったじゃん。1人で抱え込まないでよ。あたしは飾りで、あんたの側にいるんじゃないから」

何回もかけられた慰めの言葉。

何度も言われた励ましの言葉。

俺は、あと何回、水無月にその言葉を言わせるのだろうか。

何回、水無月を傷つければ気が済むのか。

今はもう、1番が四月ってわけじゃない。

かといって、水無月が1番ってわけじゃない。

自分でもよく分からない。

恋愛をする事が、人を好きになるって事が、こんなにも辛い事だとは知らなかった。

どちらかを選んで、どちらかを傷つけるくらいなら、俺自身が目の前からいなくなればいい、だなんて、そんなくだらない事ばかり考えてしまう。


『傷つけてよ・・・傷つける努力をしてよ・・・』


俺にはまだ、そんな勇気はなかった
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