蝉の鳴く季節

蝉の鳴く季節（一）

蝉の鳴く季節、僕は死んだ。
いや、正確には"死んだことにされた"のだ。

夏の終わりを告げるような蝉の声が響く中、大学からの帰り道で僕の人生は変わった。
見知らぬ男たちに囲まれ、一枚の死亡届を手渡される。
僕の名前と住所が記された紙片には、既に役所の受理印が押されていた。

「理由なんて聞かないほうがいい。今日からお前はこの世界の住人じゃない」

反論しようとした僕の言葉は、蝉の声に溶けていった。
男たちの姿も、夕暮れの闇に紛れるように消えていく。

その日から、僕の存在は世界から消えていった。
両親の目は僕を通り抜け、友人たちの記憶からも消え去り、スマートフォンの連絡先も白紙になった。
教室では、見知らぬ学生が僕の席に座っている。

そんな日々の中で、僕は奇妙な存在に気づくようになった。
街角や駅のホームに、人の形をした影が佇んでいる。
彼らもまた、この世界から消された者たちなのだろうか。

ある日、一人の少女と出会った。
赤いワンピース姿の彼女は、僕にだけ微笑みかけた。

「君も"死んだ"んだね」
彼女の声は、蝉の声と同じように透明で儚かった。

「でもね、たまに戻れる人もいるの。誰かが君を思い出してくれたら、ね」

それから毎日、僕は知っている人々の前に立ち続けた。
家族、友人、恋人。
けれど、誰の目にも僕は映らない。

夏の終わりが近づく頃、少女は僕にこう言った。
「君もそろそろ影になるね」

その瞬間、遠くから僕を呼ぶ声が聞こえた。
振り向くと、母が涙を流しながら僕の名前を叫んでいた。

僕は立ち尽くし、そして走り出した。

蝉の声が静かに止み、世界に色が戻っていく。
その時、僕は初めて「生きている」という言葉の意味を知った。

終わり