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第30話 愛の救済
しおりを挟むそっと抱き寄せ、額にキスを落とすリクの声は甘く優しい。けれど、その奥に潜むかすかな葛藤に、澪は気づいた。
「……リクさん? まだ何か、不安なことある?」
その問いに、一瞬だけ視線を逸らしたリクは、やがて静かに口を開く。
「獣人と番になるには、互いを深く受け入れて儀式を終える必要がある。肌を重ねることで、番として繋がるんだ」
一拍置いて、リクはまっすぐに澪を見つめる。
「だが……今まで、前戯以上のことはしてこなかっただろう?」
澪は、そっと頷いた。
リクはどんなに強く求めていても、決して無理をさせず、ずっと澪のペースを大事にしてくれた。
そして、ふっと息を吐き、告げる。
「それは……俺の、“モノ”を……澪に見せたくなかったからだ」
その静かな告白に、澪はきょとんとした後、じわじわと顔を赤らめる。
(……モノ……って、まさか……)
頬を染める澪の前で、リクは自嘲気味に口元を歪め、顔を伏せた。
「……人間とは、形状が違う。俺の種族の雄は、特に……特殊なんだ」
その声には、深い戸惑いと、どこか劣等感のようなものがにじんでいた。
「こんなものを見たら、澪を怯えさせるかもしれない。俺をただの“獣”だと思うんじゃないかって……ずっと怖かった」
誰よりも強く、完璧に見えた男が、愛する人に嫌われることを、本気で恐れている。
その心の奥に潜む繊細さに、澪の胸はきゅうと締めつけられた。
静かに、彼の手に自分の指を絡ませ、逃がさないように握りしめる。
「リクさん」
視線を合わせると、彼の金の瞳が微かに揺らいだ。
「大丈夫だよ。私、リクさんのすべてをちゃんと知りたい。“獣”の部分も──全部」
驚きに見開かれる瞳。
「だって、リクさんはずっと、私を大事にしてくれた。怖がらせるどころか、誰よりも優しかった。
だから……私にとっては、リクさんが“獣人”かどうかなんて、関係ないの。私の番は……リクさんだけだから」
その言葉は、リクの胸に深く突き刺さった。しばらくじっと澪を見つめた後、堪えきれずに強く抱きしめる。
「……澪……っ」
震える声が、胸の奥から溢れ出す。
澪が、自分のすべてを愛しいと言ってくれた。それは、どんな言葉よりも強く、リクの心を救った。
「……それにね、リクさんが私に見せてくれるものなら、なんだって愛おしいよ。
それが“全部”なんでしょう? それなら、私が拒む理由なんて、どこにもない。私……リクさんのすべてが欲しいの」
恥じらいと決意が混ざったその微笑みに、リクの喉がごくりと鳴る。落ちそうになった涙を堪える彼の仕草までも、澪には愛おしくてたまらなかった。
「だから……安心して。リクさんの全部、私に見せて。
……そして、私に……ちゃんと受け止めさせて?」
その囁きは、まるで祈りのように優しく──けれど、確かな熱を伴ってリクの奥底に届いた。
彼がずっと求めていたのは、この言葉だった。
全身が、解き放たれていく感覚に満たされていく。
もう、何も隠す必要はない。
この世界でたった一人、すべてを見せられる相手が、今、目の前にいる。
「……澪」
呼びかけは、深い感謝と抑えきれない愛情に満ちていた。
(……一秒だって、我慢したくない)
そう思った瞬間、リクの理性が焼かれるように熱を帯びる。
けれど。
獣の激情に支配されそうになりながらも、リクは一度だけ深く息を吐き、なんとか理性を呼び戻した。
「……すぐにでも、儀式を始めたい。でも……そうはいかない」
「えっ?」
思わぬ言葉に、澪は目を瞬かせる。
「獣人を初めて受け入れるには……準備がいる。澪の体を、少しずつ俺に馴染ませる必要がある」
「準備……って、具体的には……?」
緊張と期待が入り混じる中で尋ねると、リクは真剣な眼差しで答える。
「……最低でも、一週間」
「い、一週間!?」
「そうだ。誰にも邪魔されない場所で、一週間、ゆっくりと丁寧に整える。澪が、俺を完全に受け入れられるようになるまで……毎日、少しずつ慣らしていくんだ」
その“整える”という言葉に、澪の奥がじんわりと熱を帯びる。
わかるようで、わからない。でも、確かに胸がざわついていた。
リクの手が、そっと澪の柔らかな下腹部に触れる。
そこに宿る熱を感じ取るように、指先で優しく撫でる。
「……痛くしない。怖くないように、丁寧に……
そして、ちゃんと“番”としての証を、お前の身体に深く刻む」
その囁きが、耳朶から背筋を甘く震わせる。
澪は小さく息を飲み、頷いた。
「……わかった。リクさんの全部、受け取る準備……私、ちゃんとする」
その一言に、リクの瞳が熱く揺れた。
「澪……本当に、お前は……」
熱いものが込み上げ、言葉を失う。
ただ、澪の隣が、この身のすべてを注ぎ込む、唯一の場所だと知った。
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