【完結】黒獅子の王は、運命を愛でる【獣人】

Sena

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第50話 熱に焦がれて

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その頃——

リクは、郊外の山間にある小屋の縁に、ひとり腰を下ろしていた。

人里離れた質素なその場所は、代々、獣人たちが発情期を乗り越えるために用意してきた隠れ家だ。
その隔絶された空間に、今、彼は自らを閉じ込めている。

「……はぁ、っ……」

喉奥で押し殺した吐息が、かすれた音を立てて漏れる。額に滲む汗を無意識に拭っては、また深いため息を落とした。

澪の香り、声、肌、熱——すべてが、脳裏にこびりついて離れない。

その名を呼ぶだけで、喉が焼けるように熱を帯び、全身の血が逆流するような衝動に襲われる。
それは、ただの欲ではない。本能そのものが、彼女を求めて悲鳴を上げている。

「……こんなに、なるとは……思ってなかった」

獣人としての発情期は、何度か経験している。
だが、“番”を得た身で迎えるそれが、これほど激しく、どうしようもない衝動だとは想像もしていなかった。

あの夜、夕食の席で浮かべた彼女の不安そうな顔が、頭から離れない——

《どうしたの?》
《私、何か気に障ることしちゃった?》

「……そうじゃないんだ、澪……」

唇の隙間から、くぐもった声が漏れる。
本当は、触れたい。抱きしめたい。
澪の髪に顔を埋めて、あのやわらかい体温に包まれたい。

けれど——もし、あのまま傍にいれば。

「……澪を、押し倒してた……」

自嘲気味に笑いながら、リクは頭を抱える。

今の自分は、理性を保てない。
彼女の細い身体を、何も考えずに貪ってしまう。
——それだけは、絶対に避けなければならない。

(今の俺に……彼女を抱く資格も、触れる資格もない)

だから、離れた。
守るため、愛する者を傷つけないために。

「……俺、本当に……バカだな」

木壁に背を預けたまま、リクは目を伏せる。
この部屋には、誰もいない。ただ、熱に焼かれる己の肉体と、空虚な孤独だけがあった。

けれど、その胸にふいに浮かんだ名を、彼は零さずにはいられなかった。

「……澪」

愛しい。
恋しい。
狂おしいほど、会いたい。

彼女の肌に触れたい。それは、本能を超えた願い。
彼女を壊さず、抱き締めたいと思うのは、ただ、心が澪を愛しているからだ。

人気のない森の奥——
リクは深く息を吐きながら、手のひらを木の幹に押し当てた。
吐く息が白く濁るほどに、彼の身体は内側から火が灯ったように熱を帯びていた。

脈が跳ね、視界がかすむ。
指先にまで熱が伝い、胸の奥が疼く。

(……もうすぐだ。始まる……)

ぎり、と唇を噛みしめる。
ざわめく風の音さえ、彼の内に潜む“獣”を煽っている。

「っ……くそ……」

唸るような声が喉から漏れる。

番を持つ獣人の発情期は、より濃密で破壊的なものになる。
澪を求める声が、肉体の奥底から這い出てきて、リクの神経を焼き尽くそうとしていた。

(……触れたら、もう……抑えられなくなる)

リクは背を起こすと、ゆっくりと歩を進める。
誰にも見つからない場所へ——
愛する番から遠く離れた、獣を閉じ込める檻のようなこの場所で。
ただひとり、燃え上がる本能をやり過ごすために。
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