【完結】黒獅子の王は、運命を愛でる【獣人】

Sena

文字の大きさ
59 / 59

最終話 未来の予感

しおりを挟む
澪はその胸に額を預け、弱々しく息を吸い込む。
熱で滲む視界の奥、リクの心臓の音が確かに聞こえる。
荒れていた呼吸が、彼の温もりに合わせて少しずつ整っていった。

「……リクさん……」

名前を呼ぶ声はかすれているのに、まるで祈りのように澄んでいた。

リクは澪の背を包む手に、そっと力を込めた。

「大丈夫だ。もう一人にしない。俺がずっとそばにいる」

その穏やかな声音が、澪の胸の奥の“不安の残滓”に触れた瞬間だった。


澪の背中で、番の印が激しい光を放った。

だがそれは、さっきまでの“焼けつく痛み”ではない。
胸の奥から溢れた温もりが、光になってふたりを包むようだった。

リクもまた、胸元の同じ場所にじんわりと熱を覚える。
見えないはずの印が、澪と重なるように脈動しているのがわかる。

痛みは完全に消え失せ、代わりに体の芯まで満たされるような深い安堵が広がった。
光が静かに収まり、寝室にはしんとした静寂が落ちる。

リクは、全身から力が抜けたように澪を抱き寄せた。

「……終わった……のか?」

吐息は震えているのに、笑みは静かで優しい。
心の底から安堵した人間だけが浮かべる表情だった。

「これで、もう二度と離れない。
何があっても、俺たちは……離れようがない」

澪は、先ほどまでの激痛が嘘のように消え、
ただ彼の腕に包まれる安心に身を預けた。

「……うん」

その声は、小さくても揺るぎない。
ふたりの心は今、永遠という名の絆で静かに結ばれたのだ。




数日後。
澪の体はすっかり回復し、あの夜の痛みは、遠い記憶のように薄れていった。

部屋に差し込む朝日が、白いカーテンを揺らしている。
澪はキッチンで、パンを焼きながら軽く鼻歌を歌っていた。

ふと、背後から伸びてきた大きな腕に、そっと抱きしめられる。

「……おはよう、リクさん」

リクは澪の首筋に顔を埋め、静かに息を吸う。

「おはよう。……本当に、こうして朝を迎えられるのが幸せだ」

番の印が、熱くはないのに静かに共鳴している。
触れた場所から、互いの鼓動が伝わるような親密な感覚。

「リクさん、朝ごはんできるから……離れて?」

澪が笑って促すと、リクは少しだけ腕に力を込めた。

「あと少し。……お前がここにいるって、それだけで夢みたいで満たされるんだ」

そう呟く声は甘く、どこか照れくさそうでもある。
澪は頬を緩め、そっと彼の頬を手でなぞった。

「夢じゃないよ。……私、リクさんのお嫁さんになるんだもんね?」

その無邪気な一言が、リクの理性を軽く揺らす。

「……っ」
喉の奥で低い息が漏れる。

「そんなこと言われたら、本当に離れられなくなる」

澪はくすっと笑って、焼き上がったトーストをトングでつまみ上げた。

「もう離れられないよ。番なんだから……ね、リクさん」

その言葉に、リクのまなざしが柔らかくほどける。
深い安堵と、満ち足りた愛が静かに滲んでいた。

彼は澪の額にそっとキスを落とす。

「おはよう、澪。
……俺の、たった一人の番」

澪は頬を染め、目を閉じて微笑む。

「おはよう、リクさん」

光の満ちた朝のキッチンで、ふたりはしばらく抱き合っていた。
鼓動が重なるたび、永遠という言葉が現実の形を帯びていく。

二人でいる限り、光は決して途切れない。



ある日の朝、澪は小さな違和感に眉を寄せた。
胸の奥にふわりと立ちのぼる、優しい熱──

「……あれ?」

キッチンで軽く眩暈を覚えてシンクに触れると、
背後からすぐに腕が伸びてきた。

「澪、どうした?大丈夫か」

振り返ると、心配そうに眉を寄せたリクが立っている。
澪は小さく首を振って笑った。

「うん、大丈夫。ちょっと、変な感じがしただけ」

「無理はするな。少し座れ」

手を取って椅子へ促しながら、リクは澪の手の甲にそっと親指を滑らせる。
その触れ方があまりに丁寧で、澪はつい頬を緩めた。

けれど──胸の奥の温かさは、消えるどころか
じんわりと満ちていく。

(この感じ……なんだろう)

自分の体なのに、どこか“自分だけのものじゃない”ような、
かすかな変化が確かにそこにあった。

その時、リクがふと澪の手を握り直し、
ゆっくりと視線を合わせてきた。

「……澪。その……最近、体調、どうだ?」

「えっ?」

「なんとなくだが……お前の気配が、前よりあたたかい。
……いや、変な意味じゃなくて。
番としての“繋がり”が、いつもより柔らかく響くんだ」

言いながら、彼自身もどう扱っていいか迷っているような表情で、
それでも真剣な眼差しを向けてくる。

澪は胸に手を当て、そっと目を閉じた。
確かに──内側で、ほんの小さな鼓動のような気配が揺れている。

「……リクさん。もし……もしだけどね」

彼が息をのみ、澪の言葉を待つ。

「私たちの“未来”が……もう、始まってるのかもしれない」

リクの目が見開かれ、次いで静かに熱が灯った。

「……未来、か」

言葉にするのが怖いように、けれど確かめるように呟いた後、
リクは澪をそっと抱き寄せた。

腕の力は強すぎず、けれど離す気配はなく、
まるで胸の奥の小さな鼓動まで守るように優しかった。

「……そうだとしたら、これ以上の幸せはない」

低い声が震え、澪の肩をそっと撫でる。
澪もその胸に頬を寄せると、不思議と涙が滲んだ。

印が定着した夜、ふたりが誓い合った“永遠”が、
静かに姿を変えて、今ここに芽吹こうとしている。

抱きしめ合う背中で、番の印がふわりと呼応する。
熱くはないやわらかな光が混ざり合い、
まるで未来をそっと祝福するようだった。

リクが澪の髪に口づけ、小さく囁く。

「……一緒に迎えよう。これからの“日々”も、“未来”も全部」

澪は目を閉じ、彼の胸の奥の温もりにそっと微笑んだ。

「うん。一緒に……ずっと」

そしてふたりは、海から差し込む朝の光の中に溶け合うように、
静かに寄り添った。

永遠の番として結ばれた未来が、
今──新しい命の気配とともに、そっと動き始めた。

光は、これからも途切れない。
二人が共に歩む限り、永遠に。


しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

【完結】呪いを解いて欲しいとお願いしただけなのに、なぜか超絶美形の魔術師に溺愛されました!

藤原ライラ
恋愛
 ルイーゼ=アーベントロートはとある国の末の王女。複雑な呪いにかかっており、訳あって離宮で暮らしている。  ある日、彼女は不思議な夢を見る。それは、とても美しい男が女を抱いている夢だった。その夜、夢で見た通りの男はルイーゼの目の前に現れ、自分は魔術師のハーディだと名乗る。咄嗟に呪いを解いてと頼むルイーゼだったが、魔術師はタダでは願いを叶えてはくれない。当然のようにハーディは対価を要求してくるのだった。  解呪の過程でハーディに恋心を抱くルイーゼだったが、呪いが解けてしまえばもう彼に会うことはできないかもしれないと思い悩み……。 「君は、おれに、一体何をくれる?」  呪いを解く代わりにハーディが求める対価とは?  強情な王女とちょっと性悪な魔術師のお話。   ※ほぼ同じ内容で別タイトルのものをムーンライトノベルズにも掲載しています※

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

私から何でも奪い取る妹は、夫でさえも奪い取る ―妹の身代わり嫁の私、離縁させて頂きます―

望月 或
恋愛
「イヤよっ! あたし、大好きな人がいるんだもの。その人と結婚するの。お父様の言う何たらって人と絶対に結婚なんてしないわっ!」 また始まった、妹のワガママ。彼女に届いた縁談なのに。男爵家という貴族の立場なのに。 両親はいつも、昔から可愛がっていた妹の味方だった。 「フィンリー。お前がプリヴィの代わりにルバロ子爵家に嫁ぐんだ。分かったな?」 私には決定権なんてない。家族の中で私だけがずっとそうだった。 「お前みたいな地味で陰気臭い年増なんて全く呼んでないんだよ! ボクの邪魔だけはするなよ? ワガママも口答えも許さない。ボクに従順で大人しくしてろよ」 “初夜”に告げられた、夫となったルバロ子爵の自分勝手な言葉。それにめげず、私は子爵夫人の仕事と子爵代理を務めていった。 すると夫の態度が軟化していき、この場所で上手くやっていけると思った、ある日の夕方。 夫と妹が腕を組んでキスをし、主に密会に使われる宿屋がある路地裏に入っていくのを目撃してしまう。 その日から連日帰りが遅くなる夫。 そしてある衝撃的な場面を目撃してしまい、私は―― ※独自の世界観です。ツッコミはそっと心の中でお願い致します。 ※お読みになって不快に思われた方は、舌打ちしつつそっと引き返しをお願い致します。 ※Rシーンは「*」を、ヒロイン以外のRシーンは「#」をタイトルの後ろに付けています。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

人形となった王妃に、王の後悔と懺悔は届かない

望月 或
恋愛
◆第18回恋愛小説大賞で【優秀賞】を戴きました。 ありがとうございました! 「どちらかが“過ち”を犯した場合、相手の伴侶に“人”を損なう程の神の『呪い』が下されよう――」 ファローダ王国の国王と王妃が事故で急逝し、急遽王太子であるリオーシュが王に即位する事となった。 まだ齢二十三の王を支える存在として早急に王妃を決める事となり、リオーシュは同い年のシルヴィス侯爵家の長女、エウロペアを指名する。 彼女はそれを承諾し、二人は若き王と王妃として助け合って支え合い、少しずつ絆を育んでいった。 そんなある日、エウロペアの妹のカトレーダが頻繁にリオーシュに会いに来るようになった。 仲睦まじい二人を遠目に眺め、心を痛めるエウロペア。 そして彼女は、リオーシュがカトレーダの肩を抱いて自分の部屋に入る姿を目撃してしまう。 神の『呪い』が発動し、エウロペアの中から、五感が、感情が、思考が次々と失われていく。 そして彼女は、動かぬ、物言わぬ“人形”となった―― ※視点の切り替わりがあります。タイトルの後ろに◇は、??視点です。 ※Rシーンがあるお話はタイトルの後ろに*を付けています。

第3皇子は妃よりも騎士団長の妹の私を溺愛している 【完結】

日下奈緒
恋愛
王家に仕える騎士の妹・リリアーナは、冷徹と噂される第3皇子アシュレイに密かに想いを寄せていた。戦の前夜、命を懸けた一戦を前に、彼のもとを訪ね純潔を捧げる。勝利の凱旋後も、皇子は毎夜彼女を呼び続け、やがてリリアーナは身籠る。正妃に拒まれていた皇子は離縁を決意し、すべてを捨ててリリアーナを正式な妃として迎える——これは、禁じられた愛が真実の絆へと変わる、激甘ロマンス。

【完結】愛する人はあの人の代わりに私を抱く

紬あおい
恋愛
年上の優しい婚約者は、叶わなかった過去の恋人の代わりに私を抱く。気付かない振りが我慢の限界を超えた時、私は………そして、愛する婚約者や家族達は………悔いのない人生を送れましたか?

処理中です...