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第一章
第四話 女神の寵愛
しおりを挟む冥界の神々が反逆した際、他の神々も黙っていたわけではない。
死の概念を狂わせた者達を許すまいと、彼らは地上に降りた冥界の神々に戦いを挑んだのだ。
この戦いを終末戦争といい、世界の形が変わるすさまじい戦いだったと言われている。戦いの結果は引き分けに終わり、神々は天界と冥界それぞれに還って傷を癒している。
だが、その爪痕は計り知れないほど大きかった。
大陸の形が変わり、天界に存在する第五元素、エーテルが流出。
カガクを発展させた旧世界の人類は一部を除いて全滅し、世界は生まれ変わった。
善なる神々が人類に悪魔を倒す手段を与えたのは、その時のことだ。
人類の意思を統一するため、神は人類の言語を統一し、神の力たる加護を与え、神の代理として悪魔と戦わせるようになった。
それから五百年ーー。
エーテルが変質させた土地に悪魔が住み着いた場所を、人は未踏破領域と呼んだ。そしてそこから採掘される魔石からエーテル粒子を抽出し、魔導工学が発展。人類はかつてと違う豊かさを取り戻しながらも、地上を支配している悪魔と戦い続けている。
ーーそんな神々の領域に、ジークは招かれていた。
眼前、優美にたたずむ女神は楽しそうに笑い、
「ーーふふ。何が何だか分からないって顔ね?」
「……はい。正直に言えば」
神が人類に干渉するのは加護を与えるときや試練を超えた時だけだ。
そういう時も頭の中に声を聴かせるだけで、姿を見せることは殆どないと聞く。
ましてや神域に招かれるなど聞いたこともない。
さらに言えばーー
「僕、神様に嫌われてると思ってたんですけど」
ジークは一度、加護を得るために儀式を受けさせられた事がある。
もちろん遊び半分のいじめ半分であり、アーロンの粘質な監視の上での話だ。
その時はそもそも儀式が行えず、ジークは雷に打たれたように意識を失った。
周りは「神々の呪いだ」「半魔だから」「穢れた血」などと言っていたけれど。
「んー。まぁ、神意を図ろうとすること自体、無駄なことなんだけど。私たちは気まぐれだからね」
でもあえて答えるなら、とアステシアはおとがいに指を当てる。
「今回は、あなたが試練を超えたから、かな」
「試練を……?」
「そう。私は知恵を求める者に救いを与える叡智の女神。言ったでしょう? あなたの問いに答えましょうって」
「……なるほど」
納得するジークを見ながら、女神は内心でほくそ笑んだ。
(なーんてね。ほんとはそんな試練設けてないし、 私が神域に他人を招いたこと自体初めてよ)
叡智の女神たるアステシアがジークを神域に招いた理由は単純。
彼の存在が、未知そのものだったからだ。
(こうして直接見るとますます謎だわ、この子。私の権能にも引っかからないし)
叡智の女神の全知を用いれば、知りたいと思った殆どのことはすぐに理解できる。だが、ジークに関しては女神の神域に招いてすらブラックボックス。まるで彼の存在だけが世界にぽっかり空いた闇のようなーーその場所だけが、理解できない感覚。
(あぁ。なんて、素晴らしいの……!)
アステシアは上気した頬を抑え、恍惚とした息を漏らした。
未知、未知だ。
いかなる過去も、きたる未来も、何も分からない。
権能を使っても見通せない、完全なる未知がそこにある。
それは叡智の女神である彼女からして、極上の一品。
いかなる英雄も持ちえなかった、神生で求め続けてきたもの……!。
(知恵を求めてくれて助かったわ……いくら私でも、求めがないと神域に招けない)
そんな神意を隠しながら、女神は見る者がうっとりするような笑みを浮かべた。
「分かってくれたかしら。じゃあ、あなたのことを教えて?」
「僕のことを……?」
「えぇ。あなたはどこで生まれたの? どうやって生きてきたの? 何が好きで何が嫌いで何が得意で何が苦手で何が気持ちよくて何が気持ち悪くて何を大切にして何が要らなくて何を求めてるの?」
「ぇ、ぁ、ちょ。そんなに聞かれても……!」
「はぁ、はぁ、教えて、ねぇ、早く……! 私、待ちきれないわ……!」
頬を赤くした彼女は興奮した様子だ。
ジークは意味が分からない女神の態度に困惑する。
「えっと……そのぅ」
「あーもうじれったい! いいわ、ちょっと失礼するわね」
「ほえ!? あ、ちょ……!?」
アステシアはジークの頭を引っ掴んだ。
額と額を合わせると、二人の間に陽力のスパークが起きる。
『……!?』
ハ、と女神はジークを離した。
自分の手とジークを見比べて、納得したように息を漏らす。
「これは、封印……私の権能でも断片的にしか読み取れない……そんなことが出来るのは…………なるほど。あの方が絡んでいるのか」
「えっと……?」
「あぁ、ごめんなさい。こっちの話よ」
「そうですか……」
女神の神意が読み取れず、ジークは首を傾げた。
「それで、僕の問いに答えてくれるって話ですけど……?」
「あぁ、そう、そうね。そういう話だったわね。うん。もちろん覚えてるわ?」
「なんだかさっきまで忘れてたみたいな言い草ですね……」
「そそそそ、そんなことないわよ!」
アステシアは汗をだらだら垂らしながら首を振った。
続いて咳払いし、表情を真剣なものに変えてジークを見る。
「半魔であるあなたの願いは……要約すると、誰かと共に居たい。だったわね?」
「えぇっと、まぁ、そんな感じ、です」
「ならばその問いに応えましょうーー」
女神の瞳が金色の光を放った。
パラパラと本のページがめくれ上がり、空の色が星空へと変わる。
そして、叡智を司る女神は言い放つ。
「英雄になりなさい。ジーク・トニトルス」
「え」
「英雄になるしか、あなたの願いを叶える道はないわ」
「えい、ゆう」
「そう」
アステシアは微笑んだ。
「雌伏の時は終わり、新たな人生を歩む時が来たのよ」
女神の手のひらに淡い光がはじけて消える。
「そのために力をあげましょう。神の使徒になれる女神の加護を」
「加護……加護!?」
「えぇ。あなたには才能がある。地上を跋扈する悪魔たちをなぎ倒し、七人の死徒を打ち破り、忌まわしき冥王の命を終わらせてこの世に平穏を取り戻す、誰もがうらやむような才能が眠っている」
「才能なんて……」
「あるの。叡智の女神が言うんだから間違いないわ。あなたには運命に縛られない力がある」
だから、さぁ。
「私のものになりなさい。ジーク」
「……」
アステシアの言葉に、ジークは迷うように目を伏せた。
そんな彼を叡智の女神は暖かな目で見つめる。
(断片的にだけど、この子の過去は視た……普通の人間なら発狂するほどの地獄。行く先々で蔑まれ、虐げられてきた。ありうべかざる、半魔という存在の宿命。こんなにまっすぐ育ったのが奇跡そのものだわ)
そんな彼の行く末を、叡智の女神は誰よりも近くで見守っていたかった。
そして何より、ジークが気に入ったのだ。
神に何とかしてもらおうとするのではなく、その方法を見つけ、人生を切り開こうとする姿勢に。
だからこそ加護を与え、使徒に加え、その人生を見届けようとしているのだ。
(この子なら、もしかしたらーー)
ジークは顔を上げた。
意を決してたように唇を結び、頭を下げる。
「ごめんなさい」
まさか断られるとは思わず、女神は目を丸くする。
「なぜ? 力が欲しくないの?」
「要らないと言えば嘘になりますけど……要りません」
「英雄になれるのよ? 神の使徒となって戦えるのよ。光栄に思わない?」
「英雄になりたくないんです」
ジークは自分の、人よりも鋭く尖った耳に触れて奥歯を噛んだ。
「だって英雄って、人間を守る存在ですよね?」
「……そうね」
「どうして、あの人たちを助けないといけないんですか?」
「……」
ジークは、人として扱われたことなんてなかった。
誰もがジークを、半魔だからという理由で迫害し、蔑み、石を投げつけてきた。
何も悪いことはしていないし、話したこともないのに。
「僕はただ、普通に暮らしたいだけなんです」
友達と買い物をして、普通に遊んで、普通に笑いあって。
時には冗談を言い合い、喧嘩し、仲直りして。
下品なことで笑ったり、お互いの悩みを相談しあうのもいいかもしれない。
人間ならば誰しも経験したことのある平凡な暮らし。
そんな些細な幸せが、ジークは何よりも欲しい。
「なら、どうするの? 英雄にならず、どう生きるつもり?」
「僕を受け入れてくれる場所を……誰かを、探したいです」
「無理よ」
女神はきっぱりと告げる。
「平和で安穏とした旧世界ならいざしらずーー死の概念が狂わされたこの世界で、あなたの居場所はどこにもない。戦うしか、みなに認められる方法はないわ」
ましてや普通の暮らしなんて無理だと、全てを見通す知恵の女神は告げる。
(権能なんて使わなくても、歴史が証明している。人間は、自分と違うものを本質的に受け入れられない)
人類の歴史は迫害と戦争の繰り返しだ。
旧世界でも、新世界となった今でも、それは変わらない。
だからこそアステシアは言ったのだ。
英雄になり、誰もが必要とする存在になるしかないのだと。
それでも、ジークは首を横に振る。
「僕は、諦めたくない。それがアステシアさまの答えだっていうなら……ごめんなさい。あなたの加護はいりません」
「……!」
「僕は僕の道を行く。これはーー僕の物語だから」
これからも、何度も同じことを繰り返すかもしれない。
それでもジークは信じたいのだ。
いつか半魔である自分を受け入れ、対等に接してくれる人が見つかるのだと。
ーー人と悪魔の間で結ばれた、父と母のように。
「ご助言ありがとうございます。僕、頑張りますから」
(ジーク・トニトルス。この子……)
アステシアは驚愕に打ち震えていた。
神の知恵を求め、得られなかった答えに絶望するでもなく。
神が示した答えを知り、なおその先へ行こうとする少年の目に、見惚れたのだ。
(神の威光に屈しないその態度。神意をものともしない心の強さ……この子は、本当に……!)
「……そう。なら、仕方ないわね」
女神はそう言ってため息を吐いた。
雰囲気が和らぎ、仕方なさそうな笑みを浮かべた。
諦めてくれたかーーとジークが思った瞬間だった。
「でもごめん。もうあげちゃった♪」
「……………………はい?」
聞き間違えか、とジークが首をひねると。
「……!?」
ジークの胸に光が金色の光が灯っていた。
身体の中に染み渡るような光は全身に広がり、やがてドクン、と心臓が脈を打つ。
「これ、は」
「てへ。一度あげたら取り上げられるようなものでもないし……まぁ、あって困るようなもんじゃないから良いわよね?」
「えぇぇぇぇぇええええ!? な、なんで!? 本人の同意はなしですか!?」
「神に同意を求められてもねぇ」
「押し売りですか!? 要らないって言ったのに!」
「いいじゃない。私、あなたのこと気に入っちゃたんだもの」
女神はそう言って笑った。
威厳さのかけらもない、年頃の少女のような笑みで。
「神を崇拝し、利用しようとする者はいてもーーあなたのように対等に接してくる人間は初めてだわ。例えここで私が手を出さなくても、運命があなたを翻弄する。抗いなさい、ジーク」
女神が手を掲げる。
その瞬間、ジークの意識はこの場所から遠いのいていく。
「ちょ、待ってください、まだ話はーー!」
「人と魔を超越した未知を、私に見せてちょうだい。かわいい坊や」
アステシアが別れを告げた瞬間、ジークは神域から姿を消した。
長い間訪れなかった訪問者が去り、アステシアはほっと息をつく。
額からは汗が流れ、顔は少し青ざめていた。
「ちょっと力を使いすぎちゃった……さすがに神域に招くのはやりすぎたかも」
もう少しとどめていればこちらの身が危うかったかもしれない。
だが、それだけ興味をそそられる存在だったのだから仕方がないだろう。
それだけの価値はある対話だったと女神は確信している。
加護を与えることができたし、契約は成った。
これからはいくらでも呼びかけられるし、神域にも呼びやすくなる。
「まぁ、これくらい安いものね。あの方の封印も解いたし…………ぁ」
アステシアはぽかんと口を開いた。
「そういえば、言うの忘れてたわ」
先ほどまでジークが居た場所を見て、
「あなたには既に私以外の加護が宿ってるって……しかも、あの方の……」
数秒、考えていたアステシアだったがーー
「まぁいっか。これはこれで面白いし……♪」
そして本の続きが気になる少女のように、下界を覗き込むのだった。
ーーこの時、叡智を司るアステシアも気づかなかった。
ジークを神域に招いたことで、彼の存在が他の神々に知れ渡ってしまったことを。六柱の大神ですらジークに興味を持ち、神々のほうから接触を試みようとしていることを。
彼の物語が気になるアステシアは、気づきもしなかったのだ。
序章 完
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