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第一章
第二十話 二人の結束
しおりを挟む気恥ずかしいやり取りを終え、二人は改めて互いに向き直っていた。
「それで、わたしの友達に相談に乗ってほしいことがあるんですけど……」
「あ、うん。もしかして課題のこと?」
「そうです」
現状、リリアの課題は停滞中だ。
一〇八ある的を各個破壊する。無理難題というのも生ぬるい苦行。
これを達成するにはどうしたらいいのか、リリアには全く思いつかなかった。
「頑張ってはいるんですけど……的に狙いをつけるのが難しくて……」
「うーん」
問われたジークも、考えたことがないわけではない。
リリアの訓練を見て「自分ならどうするだろう」と首をひねったものだ。
そして出した結論は、
「僕なら無理かなぁ。できっこないよ」
「えぇ……」
「だってさ。僕は剣を避けるだけだけど、リリアは動いている的に当てないといけないんでしょ?」
ジークはリリアが取り組んでいる課題のほうを見やる。
今は沈黙している魔導機械は、まるでジークたちを睨み返すように佇んでいた。
「動いている的なんて卑怯だよ……もういっそ動かないようにして二人でやっつけちゃう?」
リリアは苦笑した。
「それはさすがに……お師匠様に怒られそうです」
「でも、課題を一人でやらなきゃいけないなんて、師匠は言ってないよ?」
「!」
「一人で出来ないなら、二人でやっちゃえばいいんだよ」
「…………」
本気で言うジークの言葉に、リリアは引っかかりを覚えていた。
彼の言葉を疑っているわけではない。
そう、大事な何かを、彼は口にしたような……。
「ーーぁっ」
リリアの脳裏に電撃が走った。
「?」
「そうだ。確かに、この魔導機械を壊しちゃいけないなんて、お師匠様は言ってない……!」
さすがに動いている前に壊すのはアウトだろうが、稼働している最中なら?
課題を取り組む際、動いている的を、動かないようにしてから壊すのは、アリではないか?
というよりそれしかない気がする。
こんな無茶苦茶な課題、自分には絶対に無理なのだ。
「稼働してから魔導機械を壊す……もしくは停止させることができれば……」
課題の難易度は大幅に引き下がる。
「時間をかけて的の数だけ弾を用意したらいい。いや、でも」
リリアは表情を曇らせた。
そう、そうだ。
今の自分は、二〇以上の『氷』を分けて作ることができないのだ。
それ以上作ろうとすると集中力が乱れ、頭がおかしくなりそうになる。
「もうちょっとだと思ったんですけど……」
唇を噛むリリアに、ジークも頭を悩ませた。
「うーん。まずリリアの加護って、どの神様の加護なの?」
「冬の女神アウロラ様ですよ。『冰華の加護』という加護で、氷系の攻撃が得意なんですけど……」
「じゃあ、全部的を凍らせるとかは? あ、でも、そしたら各個破壊にならないか……」
「そうなんですよ」
リリアは悩まし気にうなずいた。
彼女の中ではとっくに検討済みの案だったのだろう。
ジークは何とか力になりたくて、さらに頭を絞り出す。
「冬の女神様かぁ……どうにか機械を壊して動きを止めるとして……それから全部壊すのは……うーん」
氷、雪、氷柱、氷山、雪崩、吹雪……などなど、
冬に関することをいくつも連想するジークだが、一向に思いつかない。
思いつかないあまり、脇道にそれた話題を持ち出した。
「……冬ってさ。美味しい季節だよね。昔父さんと熊狩りしたことがあるんだけど、父さんひどいんだよ。僕を熊の巣に突き落としてさ。僕を囮にして出てきたところを狙うんだ。そのおかげでひどい目にあったよ。穴のところにこーんな大きな氷柱が生えててさ。頭打ったし……」
「そ、それは大変でしたね……」
やはりそれは虐待ではないかと思うリリアだが、ジークが気にしていない以上言っても仕方あるまい。
ともあれ、昔は昔、今は今だ。
ジークの幼いころには大変興味があるが、まずはこの課題を何とかしないと……。
「いえ、ちょっと待ってください。氷柱……氷柱ですか」
またしても、何か掴めそうな気がする。
ジークの思い出話の中に、リリアは何かを見出せそうな気がした。
「ジーク、その時の氷柱ってどんなものでした?」
「え、だから、こーんなに大きいのだよ。こーーーんな感じ」
ジークは両手を大きく広げて、丸のようなものを作る。
大きく広がった氷柱。滝や洞窟で見られるようなそれを表現しているのだろう。
「ーーそれです!」
リリアは思わず立ち上がった。
ジークもつられたように立ち上がる。
「何かわかった?」
「はい。それですよ。それしかないです。的を壊す弾を一個ずつ作るんじゃなくて、一気に広げるんです!」
リリアは居てもたってもいられなくなって、思わず的のそばまで駆けだした。
ジークも慌てて後に続く。
「ジーク。お願いします」
「うん」
ジークはリリアの指示を受け、魔導機械を動かした。
ブゥン、と音を立てて動き出す機械に、リリアは手を掲げる。
「《凍てつく氷よ》」
虚空から氷の結晶を生み出すリリア。
きらきらと光る結晶が彼女に降り注ぎ、幻想的な気配を生み出す。
「《咲き誇れ》《茨のごとく》《貫け》」
(……きれい)
雪の結晶の下にいる彼女に、ジークは束の間見惚れた。
そうしている間にも、氷の結晶から徐々に氷柱のようなものが伸び始めた。
そしてーー
「『雪華・破壊棘』!」
凛とした声で、リリアは叫んだ。
その瞬間、氷から生えていた氷柱が茨のごとく伸び盛り、的に向かって一斉に魔の手を伸ばす。
その数、実に五〇以上……!
「わぁ……!」
これはやったか、と思ったジークだが、そこまでうまくはいかなかった。
茨の大部分は的から外れ、壁にぶつかって砕けたからだ。
「ぁ……!」
「ハァ、ハァ……!」
しかも、リリアの消耗が大きい。
普段なら氷柱を何発放とうと平気そうなのに、今の彼女は全身から汗を流している。ジークは何と言ったらいいか分からず、おそるおそる近づいた。
「あ、あの、リリア……」
「……た」
「え?」
「やりました! あとはこれを極めて魔導機械を止めれるだけです! そしたら絶対に課題達成できますよ、ありがとうございます、ジーク!」
「わ!?」
リリアは感極まったようにジークを抱きしめた。
背の低いジークはたわわに実った彼女の胸にうずめられ、目を白黒させる。
「り、リリア……!?」
「今まで手も足も出なかったのに、今のはすっごく手ごたえがありました! わたし、これ出来る気がします!」
「よ、よかった。でもちょっと苦しいから離してくれる?」
「あ、ご、ごめんなさい。わたし、つい嬉しくて」
「いや、それはいいんだけど」
ジークは首を横に振る。
リリアが喜んでいるのを見ていると、不思議と胸がぽかぽかと暖かくなった。
「僕もうれしいよ。なんか自分のことより嬉しい。すっごいドキドキする」
「あ、ありがとうございます。でも、ジークのおかげですよ。わたし一人じゃ、思いつきもしなかったし……」
「それも込みで、師匠の課題だったんじゃない?」
酒飲みでいつも酔っぱらっているように見えるが、見ているところは見ているテレサだ。きっと彼女は、一人で抱え込みがちなリリアに頼ることを覚えさせたかったのだろう。力や陽力だけに頼るわけではなく、知恵と工夫を織り交ぜることを覚えさせたくて。
「それに、僕は思い出話しただけで、そこから発想を繋げたのはリリアだよ。リリアが自分で思いついたんだから、もっと偉そうにしていいと思う」
「ジーク……」
ほう、とリリアは熱い吐息をつく。
顔が上気して見えるし、目が潤んでいるようにみえるが、陽力の使いすぎだろう。
それだけ彼女が頑張ったということだ。
負けていられないな、とジークは思う。
「よーし。この調子で課題を達成して、師匠を驚かせよう! 頑張ろうね、リリア!」
「はい!」
リリアは手を掲げた。
何かを待っている様子の彼女に、ジークは首をかしげる。
「どうしたの?」
「ハイタッチです。嬉しい時とか何かを達成した時は、こうして、手と手を合わせて祝い合うんです」
「こう?」
ジークはちょん、とハイタッチ。
遠慮がちなジークに微笑み、リリアはその手を取った。
剣の豆だらけで男の子らしい手をぎゅっと握り、彼女は眦に涙を浮かべる。
「本当に……ありがとうございます。ジーク」
「……それはこっちの台詞だよ。リリア」
気恥ずかしそうに笑い合う二人。
そんな二人の様子を外から見守っていたテレサは口元に笑みを浮かべ、静かにその場を後にした。
◆
一方、そのころ天界ではーー
「きゃー! 見て見てギル! うちのジーク、もうあんなに上達してるわよ! すごいわ、かっこいいわ!?」
「一気にエーテル適合率が上がってるな。剣術もちゃんと生かしてる。加護の発動もスムーズだ。ううむ。これが半魔のなせる業なのか本人の資質なのか……興味深い。ま、さすがオレの弟子ということだな!」
「何よ。ジークに最初に唾をつけたのは私よ? あんたの弟子である前にうちの子なんだから。勘違いしないでよ?」
下界の様子を立体映像のように映し出し、感想を言い合う二柱の神々。
アステシアは成長著しいジークの横にいる少女に目を付けた。
「この子、アウロラのところの子ね。ジークの友達……むぅ。ちょっと怪しくない?」
「ワッハハハ! なんだ。嫉妬してるのか?」
「しししし、してないわよこの筋肉神! ジークの友達に相応しいかってこと!」
「それなら問題なかろう! 優しい子に見えるし、何より愛らしい。将来は器量良しだぞ。伴侶にもふさわしかろう」
「はははは、伴侶ですって!? ジークにはまだ早いわ! 早すぎるわ!?」
「そんなことより剣術だな。オレはそろそろ腕が疼いてきたぞ! 夜になればまた神域に招かねば」
「そんなことって何よ! 剣術よりもジークの伴侶のほうが重要でしょ!? ほかに重要なことなんてある!?」
「いくらでもあると思うが……?」
と、そんな風に騒ぎ立てていたのだった。
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