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第二話 父からの決別宣言
しおりを挟む「──よくもやってくれたな」
舞踏会から帰ったわたしを迎えたのは父の冷徹な言葉だった。
婚約破棄について相談しようと思ったのに、ずいぶんと耳が早い。
「申し訳ありません、ですが……」
「言い訳はいい」
お父様はわたしの言葉を遮った。
「お前のせいで我が商会の看板に傷がついた。せっかく王妃に気に入られたというのに、すべてを台無しにするとはどういうことだ?」
「それは……ですから、アレは冤罪で……」
「なら、この場で証明できるか?」
「……っ」
(どうして、信じてくれないの?)
(舞踏会で晒し者にされたわたしに、何か言うことはないの?)
(一緒に慰謝料をせしめようって、そう言ってよ、お父様……)
「出来ないなら全部お前が悪い。侯爵家の恥晒しめ」
「……そもそもわたしと婚約破棄したら王妃が黙ってるとは思えません」
そもそも、わたしとジェレミーの婚約を望んだのは王妃だ。
第一王子ジェレミー・アウグストは正妃の嫡子ではあるが出来があまり良くなく、武勇や知略に優れた第二王子を国王にと望む声が大きかったため、大商会を運営し、西側諸国との貿易を任されているラプラス侯爵家が婚姻を結ぶことで、経済面で優位に立とうという話だったはずだ。
「お父様、時間を稼げますか。わたしが何とかして見せます」
「もう遅い」
「え?」
お父様はわたしに一通の手紙を差し出してきた。
つい先ほど届いたのだという。
「読んでみろ」
「……」
どことなく嫌な予感を覚えながら、手紙を手に取る。
そこには……
「なんですか、これは!?」
わたしは思わず叫んだ。
「ふざけないでください! ありえないでしょう、こんなの!」
「それが王家の決定事項だ」
手紙にはこう書かれていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『化粧品開発費請求および商品売買の権利について』
ジェレミー・アウグスト(甲)とベアトリーチェ・ラプラス(乙)の婚約破棄に伴い、共同で進めていた今回の事業は終了とし、商会は畳むものとする。なお、今回の婚約破棄は乙の過失につき、甲が本商品における全権利を有し、開発にかかった費用はすべて乙が負担とするものである。よってここに鉱山掘削費をはじめとしたすべての費用500万ゼリルを乙に請求する。尚、支払い期限は本日より一ヶ月以内とし、支払えなかった場合は保証人である侯爵家に全額請求するものである。以下に契約事項を明記する。
『ジェレミー商会閉鎖における契約事項』
・商会の名義はジェレミー・アウグスト家(甲)・ベアトリーチェ・ラプラス家(乙)の両名とする。
・万が一甲と乙に何らかの過失が生じた場合、全費用をすべて過失側に請求するものとする。
・なお、上記項目が履行される際、賠償金として未過失の側がすべての商品権利を有する。
※過失の定義:婚約破棄、名誉棄損など。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「こんなの、って……」
わたしは手の震えが止まらなくなった。
確かにわたしはこれにサインをした覚えがある。
当時は婚約破棄なんて想像してなかったし、過失なんてしないだろうと思ったのだ。
でも過失なんて冤罪だ。
それに──
「……この事業を主導してきたのはわたしですよ?」
──商品を考えたのもわたし。
──流通経路を確保し、各種根回しを済ませたのもわたし。
──腕のいい職人を集めて一緒に商品をつくったのもわたし。
つまりこういうことかしら?
成果だけ盗んでやるから、費用は全部お前が持てと。
つい昨日、婚約破棄を突きつけたわたしにそう言ってるわけ?
「当然の話だが、我が家にこんな賠償金を払う蓄えはない」
お父様は冷たく言った。
「この婚約破棄はお前が起こしたことだ。お前が責任を取れ」
「待って……待ってください。わたしは本当に何もしてないんです」
(お父様。せめてこっちを見て。わたしの名前を呼んでよ……)
さっきからずっと、お父様は窓の外を見ている。
まるでわたしのことなんてもう興味ないとばかりに……。
「お前にはもう一度婚約してもらう」
「……わたしを売るつもりですか?」
「元よりお前が招いた種だ。当然だろう?」
わたしに婚約破棄という傷がついたとはいえ、ラプラス侯爵家は依然として力を持っている。今後ジェレミーがどう動くかは分からないけれど、王妃と結びつきが強い我が家の影響力を考えれば婚約したいという家もあるだろう……第二夫人あたりにと望む男もいるかもしれない。
(わたしの意志は……関係、ないのよね)
「幸い、我が家にはフィオナがいる。お前よりもよっぽど愛想が良くて、可愛らしい子だ。あの子の婿を探して侯爵家の跡継ぎにすればいい」
──たった一言でよかった。
辛かったな、と。
もう大丈夫だ。悪いのはあいつらだと。
お父様がそう言ってくれたなら、わたしは頑張れた。
でも……。
(お父様にとって、わたしは要らない子なんだわ)
「婚約の打診が来ればすぐに知らせる。それまで部屋に居なさい」
「…………分かりました」
わたしはこれ以上、返す言葉を持たなかった。
そして翌日。
婚約破棄早々、わたしに婚約の打診が来たのだ。
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