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第三話 唯一の安らぎ
しおりを挟む「お姉様、聞きましたわよ!」
ばんっ!! と扉を開いて現れたのはわたしの愛する妹だ。
お風呂上りなのか、父譲りの淡い金髪に石鹸の匂いを纏わせた彼女は眉を怒らせながらわたしの下まで駆け寄ってくる。
「婚約破棄の上に借金まで背負わされるなんて……身売りに行くというのは本当ですか!?」
「身売りって……まぁ、婚約支度金を貰うことを身売りというならそうだけれど、滅多なことを言うものではないわよ、フィオナ」
「言葉を繕って本質が変わるわけではないでしょう?」
フィオナのこういうところは本当にわたしによく似ている。
それがいいことか悪いことかは分からないけれど。
わたしはバツが悪くなって目を逸らした。
「……まぁ、そういうことよ」
「そんなのあんまりです!」
フィオナは納得しなかった。
「確かにお姉さまはお金にがめついしケチだし時々変な顔もしますけど!」
「フィオナ?」
「でも、とっても優しい私のお姉さまなのに!」
目に涙を溜めた妹の言葉にわたしは胸を衝かれた。
「フィオナ……」
「それに、お姉さまが新しい婚約を受けたのも私のためでしょう?」
「……」
フィオナは来年から貴族院に通うことが決まっている。
けど、貴族院は高位貴族になればなるほど金がかかるのだ。
見栄であったり舞踏会やお茶会の主催であったり、流行を生み出すためにドレスを何着も買ったり……正直、かなり馬鹿にならない金額がかかる。本当は貴族院入学に備えて貯金をしておくものだけど……ラプラス領の経営は三年前まで赤字だったから、そんな余裕はなかった。
「あなたのことは関係ないわ。どうせ婚約破棄で傷物になったんだから売れる時に売らないと。それが商売の基本だと教えたでしょう?」
「ご自身を商売道具にするのは止めてください、お姉さまのバカ!」
ぐうの音も出ないわたしである。
「大体、お父様もお父様です! なんでお姉さまばっかり責めるんですか! へっぽこおデブのへんちくりんの癖に、お姉さま抜きで領地を経営できると本気で思っているのでしょうか! お母様が夜逃げしてから、あの人はただ酒を飲むばかりで何も──」
「それ以上はダメよ、フィオナ」
いくらフィオナでも父親の悪口は言わせたくない。
たとえわたしを愛さない父親であっても、フィオナはこれからいくでも接する機会があるだろうから。
(この子を置いていくのは、本当に心苦しいのだけど)
これはわたしのミスで、わたしの責任だ。
フィオナの未来を守るためにも、わたしは婚約を受けないといけない。
「でも、でも……よりにもよって相手は豚公爵なんですよ!?」
「……フィオナも知ってるのね。オルロー公爵のこと」
「まだデビュタントしたばかりの私の耳にも入ってきますよ……あの人は確かに先々代王弟殿下の直系にあたる方で、血筋としては申し分ない分でしょうけど……彼の容姿はとても人間とは思えないほど横に太くて、しかも好色家で、今まで何人も婚約者が逃げ出している絶倫男なのだとか」
加えて言えば、オルロー公爵領は亜人たちが多く住まう『野蛮の住処』と呼ばれている。それもあって、体型が太い公爵を人間扱いしない貴族は多かった。
「フィオナ。会ったことのない人の悪口を言ってはいけません」
「でも……」
「でももなんでもない。そういうのは……」
「相手を潰したい時に、効果的に、秘密裏に使う。ですよね」
「分かっているならいいの」
まぁ、この教訓が生かせなかった結果がわたしなのだけど。
わたしはフィオナに自分の轍を踏まないようにと、強く言い含めた。
「お姉さま、本当に行っちゃうんですね……」
「仕方のないことよ」
「お姉さまも私を置いていくんですか。あの人みたいに」
「……いい、フィオナ」
わたしは膝を突き、フィオナを抱きしめた。
「わたしはあなたを世界一大切に思ってる、それは本当よ」
「……はい」
「お父様と一緒に居るのに罪悪感を感じる必要なんてない。愛されているうちに、いっぱい甘えなさい。そして出来れば、侯爵領を良い方向に導いてあげて。それが出来るのは……声を届けてあげられるのは、フィオナだけだから……」
「お姉さまぁ……」
わたしの肩に顔を押し付けて涙をこぼすフィオナ。
可愛い妹の甘えた姿にわたしは心が癒された。
「今日は久しぶりに、一緒に寝ましょうか?」
「うん!」
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