成金令嬢の幸せな結婚~金の亡者と罵られた令嬢は父親に売られて辺境の豚公爵と幸せになる~

山夜みい

文字の大きさ
32 / 44

第三十一話 かくて黒幕は動き出す

しおりを挟む
 

 プロポーズから少し経ち、お互いにテンションも落ち着いた頃。
 わたしは執務室に赴いてアルと話をしていた。

「ジェレミー殿下は一人で此処に来たのでしょうか?」
「守衛の話では、そうみたいだね」
「……なるほど」

 王太子であるジェレミー殿下が護衛もつけず、ただ一人で。
 王都から公爵領まで乗合馬車に乗って来たわけじゃないだろうし……。

「まぁ大丈夫でしょ。君のおかげで彼の弱みは握ったし」
「……いえ、不味いかもしれません」 

 録音水晶レコーダーをひらひらと振るアルにわたしは首を横に振る。
 わたしの予想が正しければ、もう……。

「オルロー騎士団に連絡を。今すぐジェレミー殿下に護衛を付けてください!」
「分かった。急いで手配しよう」

 わたしの真剣な声に迷わず頷いてくれるアル。
 本当にこの人のこういうところは……うん、好ましく思うわ。

 と、その時だ。

「公爵閣下! ご報告申し上げます! 実は……!」

 騎士の一人が執務室に駆けこんできた。











 ◆◇◆◇












 血のように赤い夕陽が石造りの街並みを不気味に染め上げる。
 カァ……カァ……と飛び立つ鴉の鳴き声が、一人の男を追い立てていた。

「クソ、クソ、クソ……っ! 早く、早く逃げないと……!」

 公爵家で醜態を晒したジェレミーは城下町で乗合馬車を探していた。
 王家の馬車が待っていたはずなのに、どこにも見当たらなかったからだ。
 今すぐにここを離れ、王都でレノアと合流、その後、宮廷魔術師のオズワルドに会いに行き、事情を説明する。

「必要なのは腕のいい護衛と、当分の資金、身を隠せる場所」

 ぶつぶつと独りごちるジェレミー。
 もはや彼の中に公爵家やベアトリーチェのことなど頭にはない。

 確かに連れ戻せなかったことは残念だし、恥をかかされたのも事実だ。
 しかしそんなもの、生きていればいくらでもやり直せる。
 今はそれ以上の危機が迫っている。じっとなんてしていられなかった。

「馬車を手に入れよう。寝泊まり出来る奴を。それから、」

 必要なものを頭の中にメモしながら歩く彼は、ふと気づいた。

 彼が乗合馬車を探し始めてから一時間が経つ。
 しかし、一向に馬車が帰ってこない。

 それだけではなかった。
 いくら夕暮れで町民たちが家に帰る頃合いとはいえ……

 静かすぎる。

「……っ」

 それは本能的な直感だった。
 固まっていた足をほぐすためにたまたま足を上げたような、奇跡といってもいい。そうしてジェレミーが足を退けたところには、短剣が刺さっていた。

 しかも、刃先は何やら透明な液体が滴っていて……。

「ひッ!?」

 悲鳴を上げたジェレミーはすぐにその場から走り出した。
 カァ、カァ、と鴉が鳴く。
 後ろから足音が聞こえる。
 幻聴ではない。現実の人間。それも複数。

「ハァ、ハァ、ハァ。嫌だ、嫌だ、嫌だ……誰か、俺を助けろぉ!」

 大通りまで出よう。人を呼べば助かるはずだ。
 大声で叫ぶジェレミーは路地裏をひた走り、そして。

(見えた……大通りだ!)

 数十メルト先に見えた大通り。そこに大勢の人が行き交っている。
 その出口が塞がれた。何の紋章もついていない、高級な馬車によって。

 どす、と。

 背中に熱いものが突き刺さった。

「あ、ぇ……?」

 猿轡を噛まされ、悲鳴を封じられたジェレミーは地面に倒される。
 地面に沁み込んでいく赤い液体が自分の命だと、彼は理解できない。
 刺し傷から入り込んだ猛毒が彼の舌から言葉を奪う。

「もう少し見込みがあるかと思っていたけれど、お前は本当に出来損ないでしたわね」

 声が、聞こえる。
 馬車の窓から響く声。感情のない淡々とした声音。
 いつだってこの声に踊らされてきた。この声が自分を縛ってきた。

 そこから自由になりたくて。
 もがいて、もがいて、もがいて、その末路が──これか。

「は、は、う、え……」
「あなたに生きて居られると困るのよ。愚かなあなたは弱みをたくさん作ってしまったし……」

 まるで遊び飽きたおもちゃを捨てる時のように、彼女は言った。

「不肖の子といえど、あたくしの息子なわけだしね。今、あたくしが立場を危うくすれば国が傾く。だからジェレミー。国のために死んで頂戴? それが王族としてあなたの出来る、唯一の償いよ」
「ぁ」

 馬車の窓が閉じられ、嘶きをあげた馬が走り出す。

 声はもう聞こえない。
 大通りから人がやってきて、ジェレミーを発見した彼らは騒ぎだす。

 感覚のない彼には知るよしもないことだが、背中にはたくさんの刺し傷があったのだ。もしかしたらそれは腹を痛めて生んだ息子への、彼女の唯一の慈悲だったのかもしれない──

 尤も、彼がその真意を知ることは二度となかった。

しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

『婚約破棄されましたが、孤児院を作ったら国が変わりました』

ふわふわ
恋愛
了解です。 では、アルファポリス掲載向け・最適化済みの内容紹介を書きます。 (本命タイトル①を前提にしていますが、他タイトルにも流用可能です) --- 内容紹介 婚約破棄を告げられたとき、 ノエリアは怒りもしなければ、悲しみもしなかった。 それは政略結婚。 家同士の都合で決まり、家同士の都合で終わる話。 貴族の娘として当然の義務が、一つ消えただけだった。 ――だから、その後の人生は自由に生きることにした。 捨て猫を拾い、 行き倒れの孤児の少女を保護し、 「収容するだけではない」孤児院を作る。 教育を施し、働く力を与え、 やがて孤児たちは領地を支える人材へと育っていく。 しかしその制度は、 貴族社会の“当たり前”を静かに壊していった。 反発、批判、正論という名の圧力。 それでもノエリアは感情を振り回さず、 ただ淡々と線を引き、責任を果たし続ける。 ざまぁは叫ばれない。 断罪も復讐もない。 あるのは、 「選ばれなかった令嬢」が選び続けた生き方と、 彼女がいなくても回り続ける世界。 これは、 恋愛よりも生き方を選んだ一人の令嬢が、 静かに国を変えていく物語。 --- 併せておすすめタグ(参考) 婚約破棄 女主人公 貴族令嬢 孤児院 内政 知的ヒロイン スローざまぁ 日常系 猫

婚約破棄に、承知いたしました。と返したら爆笑されました。

パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢カルルは、ある夜会で王太子ジェラールから婚約破棄を言い渡される。しかし、カルルは泣くどころか、これまで立て替えていた経費や労働対価の「莫大な請求書」をその場で叩きつけた。

地味令嬢を見下した元婚約者へ──あなたの国、今日滅びますわよ

タマ マコト
ファンタジー
王都の片隅にある古びた礼拝堂で、静かに祈りと針仕事を続ける地味な令嬢イザベラ・レーン。 灰色の瞳、色褪せたドレス、目立たない声――誰もが彼女を“無害な聖女気取り”と笑った。 だが彼女の指先は、ただ布を縫っていたのではない。祈りの糸に、前世の記憶と古代詠唱を縫い込んでいた。 ある夜、王都の大広間で開かれた舞踏会。 婚約者アルトゥールは、人々の前で冷たく告げる――「君には何の価値もない」。 嘲笑の中で、イザベラはただ微笑んでいた。 その瞳の奥で、何かが静かに目覚めたことを、誰も気づかないまま。 翌朝、追放の命が下る。 砂埃舞う道を進みながら、彼女は古びた巻物の一節を指でなぞる。 ――“真実を映す者、偽りを滅ぼす” 彼女は祈る。けれど、その祈りはもう神へのものではなかった。 地味令嬢と呼ばれた女が、国そのものに裁きを下す最初の一歩を踏み出す。

『胸の大きさで婚約破棄する王太子を捨てたら、国の方が先に詰みました』

鷹 綾
恋愛
「女性の胸には愛と希望が詰まっている。大きい方がいいに決まっている」 ――そう公言し、婚約者であるマルティナを堂々と切り捨てた王太子オスカー。 理由はただ一つ。「理想の女性像に合わない」から。 あまりにも愚かで、あまりにも軽薄。 マルティナは怒りも泣きもせず、静かに身を引くことを選ぶ。 「国内の人間を、これ以上巻き込むべきではありません」 それは諫言であり、同時に――予告だった。 彼女が去った王都では、次第に“判断できる人間”が消えていく。 調整役を失い、声の大きな者に振り回され、国政は静かに、しかし確実に崩壊へ向かっていった。 一方、王都を離れたマルティナは、名も肩書きも出さず、 「誰かに依存しない仕組み」を築き始める。 戻らない。 復縁しない。 選ばれなかった人生を、自分で選び直すために。 これは、 愚かな王太子が壊した国と、 “何も壊さずに離れた令嬢”の物語。 静かで冷静な、痛快ざまぁ×知性派ヒロイン譚。

婚約者を奪った妹と縁を切ったので、家から離れ“辺境領”を継ぎました。 すると勇者一行までついてきたので、領地が最強になったようです

藤原遊
ファンタジー
婚約発表の場で、妹に婚約者を奪われた。 家族にも教会にも見放され、聖女である私・エリシアは “不要” と切り捨てられる。 その“褒賞”として押しつけられたのは―― 魔物と瘴気に覆われた、滅びかけの辺境領だった。 けれど私は、絶望しなかった。 むしろ、生まれて初めて「自由」になれたのだ。 そして、予想外の出来事が起きる。 ――かつて共に魔王を倒した“勇者一行”が、次々と押しかけてきた。 「君をひとりで行かせるわけがない」 そう言って微笑む勇者レオン。 村を守るため剣を抜く騎士。 魔導具を抱えて駆けつける天才魔法使い。 物陰から見守る斥候は、相変わらず不器用で優しい。 彼らと力を合わせ、私は土地を浄化し、村を癒し、辺境の地に息を吹き返す。 気づけば、魔物巣窟は制圧され、泉は澄み渡り、鉱山もダンジョンも豊かに開き―― いつの間にか領地は、“どの国よりも最強の地”になっていた。 もう、誰にも振り回されない。 ここが私の新しい居場所。 そして、隣には――かつての仲間たちがいる。 捨てられた聖女が、仲間と共に辺境を立て直す。 これは、そんな私の第二の人生の物語。

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

婚約破棄された令嬢、気づけば王族総出で奪い合われています

ゆっこ
恋愛
 「――よって、リリアーナ・セレスト嬢との婚約は破棄する!」  王城の大広間に王太子アレクシスの声が響いた瞬間、私は静かにスカートをつまみ上げて一礼した。  「かしこまりました、殿下。どうか末永くお幸せに」  本心ではない。けれど、こう言うしかなかった。  王太子は私を見下ろし、勝ち誇ったように笑った。  「お前のような地味で役に立たない女より、フローラの方が相応しい。彼女は聖女として覚醒したのだ!」

処理中です...