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第四話 虚ろと真実の狭間で

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(い、言い残すことって……)

 首筋に刃物を突き付けられると、思考がうまくまとまらない。
 どくん、どくん、と自分の心臓の音ばかり聞こえて、何も出来なくなる。
 ガタガタと震える私の首筋から、つぅ、と血が滴り落ちていく。

「……」
「……」
「……」
「……」

 私が黙っていても、黑い人は何も言わない。
 ただこちらの言葉をじぃっと待ってくれている。
 時間が経つにつれて諦めと理解が追いついて来て、私は口を開いた。

「言い残すことは……ありません」
「ほう?」

 私の言葉に眉根をあげ、黑い人は古代語を紡いだ。

「《虚実は消えうせセンスただ真実を暴くトゥルー・ライ》」

 頭上から魔法陣が現れ、私の頭から足先まで包み込んでいく。
 おそらく魔術の一種だろうとは思うけど……痛くはないわね。何の魔術かしら。

「……嘘は言っていないようだな」

 なぜか黒い人──暗殺者らしき人は刃を引いて頷いた。
 首筋から刃が離れる解放感が去来し、どっと肩の力が抜ける。

「ハ、ハ、ハ……こ、殺さない、ですか……?」
「今のところは、な」

 暗殺者さんは周りを見渡して、ぶつぶつと呟いた。

「余計な物がなく、必要最低限の家具しかないボロ小屋のような部屋……情報とはずいぶん違うな。これが夜な夜な遊び呆けている女の部屋か?」
「……あの」
「女」
「はひ!」

 鋭い眼光がちょっと怖い。

「なぜ、言い残すことがない。抗弁があるなら聞くが」
「だ、だって……」
「なんだ」
「その」
「……」

 私が言葉をまとめながらつっかえつっかえ話しても、暗殺者さんは口を挟まない。
 その大らかさに惹かれたからだろうか?
 私の口は、素直な本音を吐き出していた。

「もう、疲れたんです」
「……」

 乾いた笑みを浮かべて、告げる。

 人を信じることに疲れた。生きることに希望を見出すことに疲れた。
 たとえここで死ななくても私に待っているのはむしろ破滅だ。
 エミリアは徹底して私を追い込み、猶予をくれた騎士さんを黙らせるだろう。

 そして私は稀代の悪女として名を残し、死ぬ。
 死んだあと家族はどうなる。叙爵されて喜んでいた父は?
 第三王子相手に不貞行為を働いたのだ。殺されるかもしれない。

 そうなるぐらいなら、いっそここで殺されたほうが……。

「……なるほど。少し失礼する」
「え?」

 暗殺者さんは私の頭と自分の額をくっつけた。
 いや、え? ちょっと、近くない!?

「《めぐる記憶モルス秘めた水鏡よウォーレン汝が心を映せジ・ハート》」

 不埒な想像をした私の頭が暖かい光に包まれ、暗殺者さんに流れ込んでいく。
 どれくらいそうしていただろう?
 やがて暗殺者さんは私から離れ、盛大に舌打ちした。

「クズ共がッ、また自分たちに都合の悪い奴を……!」
「あの……?」
「女……いや、アイリ・カランド令嬢」
「え!?」

 暗殺者さんは地面に頭をこすり付けた。

「君は無実だったのだな。怖い思いをさせてしまい済まなかった。この通りだ」
「そんな……えっと、あの、か、顔を、あげてください……?」
「……だが」
「結果的には殺されなかったわけですし……構いません」

 それがいい事なのか悪いことなのかは分からないけれど。
 ここで死んでおいたほうが、あるいはよかったのかもしれないけれど。
 でも、暗殺者さんにも事情があるようだし、仕方ないことだわ。

「……君は優しすぎるな」
「えっと………………よく、言われます」

 恥じ入るように告げると、暗殺者さんは笑った気がした。

「君の記憶を覗いた罰だ。よければ何でも一つ願いを叶えよう」
「願い、ですか」
「俺なら君の無実を証明することができる」
「…………」

 なんというか、私は返答に迷ってしまった。
 前夜祭の会場でそう言われたら一二もなく頷いていたのだけど、なんだか今はそれも馬鹿らしくなってきた。エミリアはどうやっても私に罪を着せようとするだろうし、もしこの場を逃れても何らかの方法で追い込んでくるに決まってる。それなら、いっそ……

「じゃあ……殺して、ください」
「……それが君の願いか」
「その代わり……家族は。家族だけは助けてもらえると、嬉しいです」
「分かった」

 名前も知らない暗殺者さんは覚悟を決めたように頷き、手を掲げる。

「安らかに眠れ。優しすぎるアイリ・ガラント」

 私の視界は真っ白に染めあがった。
 それが、私が私の部屋で見た最後の景色だった。



 ◆


 翌日。

 アイリ・ガラントの死体発見の知らせが王都をかけめぐった。
 現場には大量の血痕が残されており、魔術の跡が残されていた。
 王都警備騎士団は見張りが眠らされていたことを公表し、再発防止に努めると謝罪。
 アイリ・ガラントの死体は焼却処分され、ガラント子爵の処分が待たれることになった。

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