冤罪令嬢は信じたい~銀髪が不吉と言われて婚約破棄された子爵令嬢は暗殺貴族に溺愛されて第二の人生を堪能するようです~

山夜みい

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第五話 暗殺者は裏の顔

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冷たい井戸の水を汲むのが、私は好きだった。
顔を水でぬらすと眠気が吹っ飛んでいく感覚がくせになる。
確かに冬は凍えるような寒さだけど、そのあとに暖炉に当たると、ぽかぁ……って温もりが広がるのが好きだし、収穫した野菜を水で磨いていく作業も嫌いではなかった。

貴族学校の学生寮でそんなことをしている令嬢は私くらいだったけど。
それでも私は、愚かにも信じていたんだ。

「おはよう、アイリ。迎えに来たわ。一緒に行きましょう?」
「おはようエミリア。今行くわ」

たった一人の理解者さえいれば、どんな境遇にあっても辛くはないのだと。
愚かで無垢な私は、確かに信じていた──……。







パチリ、と目が覚めた。
綺麗なタイル張りの天井が見える。ここどこだろう?

(私……死んだはずよね?)

暗殺者さんに殺されて、そのまま冥界に行ったはずだ。
しかも、ベッドがふかふかで、枕もずっと触っていたくなるくらい柔らかい。

「もしかして……ここが楽園なのかしら?」
「──ベッドこそ地上の楽園と呼ぶ奴は、少なからずいるが」
「!?」

聞き慣れない低い声が聞こえて私は弾かれるように起き上がった。
ベッドの横に、黒髪のかっこいい男の人が座っている。

「君の言葉は、奴らのいう意味とは違いそうだな。アイリ・カランド」
「………………………………だ、だれ?」

ずっこーん! と黒い人がずっこけそうになった。
……座ったままずっこけるなんて大丈夫かしら?
心配する私の前で姿勢を正しながら、黒髪の人は苦笑する。

「あぁ、そうか。あの時は顔を隠していたからな……俺だよ」
「俺……あ、分かりました」
「気付いたか」
「あの、今流行りのオレオレ詐欺……ですね? 私は騙されませんよ」
「違う」

違うのか。ちょっと残念。
黒髪の人は咳払いをしていった。

「君を殺そうとした男だと言えば分かるか?」
「………………暗殺者さん?」
「気付いてくれてありがとう」
「どういたしまして?」

く、く、と暗殺者さんはおかしそうに身体を揺らした。

「あの……」
「なんだ」
「えっと」
「……」
「……」
「わ、私は……なぜ生きてるんでしょう?」
「いや、君は死んでいるよ」
「……暗殺者さんは死神なのですか?」
「ある意味そう呼ばれてもいるが。というかなんだ、君はちょいちょい話の腰を折りに来るな? 無口なように見えたのだが。存外違うようだ」

かぁ、と顔が熱くなった。
面白がるような目から逃れたくて私は俯いてしまう。

「わ、私はお喋り好きです……よ? ただ……考えをまとめるのに時間がかかって…………それで、みんなが諦めて……」
「……」
「…………あ、暗殺者さんは、違うようですね?」
「待っておいたほうが合理的だからな」
「合理的」
「せっついて萎縮させるよりそのほうが話しやすい。合理的だ」

あまりにも多用するものだから、私のなかで暗殺者さんが合理的なゴーリさんという名前になっている。ゴーリさんは話の続きを促した私に頷き、

「君は死んだことになっている」
「死んだことに」
「魔術で仮死状態にした君を騎士団に見せた。傷は幻覚魔術で作ったからバレることはない。アイリ・ガラントは死んだ。この事実は既に王都中をめぐり、簡素ながら葬儀も行われた」
「え……私、死んだのですか」
「望みどおりにな」

そういえば私が望んだんだった。
あまりにも淡々と言われるものだから実感が沸かないけれど、この人は私の望みを叶えてくれたんだ。

……というか、魔術って人間を仮死状態に出来るものだっけ?

嘘を見抜いたみたいな魔術を使っていたのも、私の無実を悟ったのも。
並大抵の魔術じゃない気がして、私はじぃっと暗殺者のゴーリさんを見つめる。
すると、こちらの意図を察したのかゴーリさんは言った。

「まだ名乗っていなかったな。俺シン・アッシュロード。アッシュロード領をおさめる辺境伯だ。よろしく頼む」
「はぁ、辺境伯さんですか。それはどうもご丁寧に……」

え? ちょっと待って。辺境伯?
………………辺境伯って言った!?
頭を下げかけた私は弾かれたように顔を上げた。

「え、えぇぇえええええええええええええ!?」
「自分が死んだと聞かされた時より驚いているな」
「だ、だだだだだだだ、だって!」

驚くのは当たり前だ。暗殺者のゴーリさんが辺境伯だったのだし!

「へ、辺境伯様って、宮廷魔術師の……!」
「そうだな」
「親指一本で災害危険魔獣を倒したっていう伝説の!」
「入念な準備と魔法陣によるものだがな」
「ご、ゴーリさんが辺境伯だったなんて……!」
「ゴーリさん?」
「あ」

しまった口を滑らせた。
思わず両手で口を塞いだ私にゴーリさん改めてアッシュロード様は指を二本立てる。

「アイリ・ガラント。君には選択肢が二つある」
「はひ」
「一つはこのまま社交界を抜けて平凡な娘として生きていく道。ある意味一番幸せかもしれない」
「平民に……戻れる?」

私が貴族になったのは父が貴族になったのと同時期だ。
つまりまぁ、私は生まれた時から生粋の貴族だったわけではない。
平民とどちらがいいかと言われれば──平民のほうがいいのだけど。

「うむ」

アッシュロード様は予想外の選択肢を突きつけてきた。

「もう一つはアイリ・アッシュロードとして生まれ変わり、この俺の妻役になる道だ」
「つ、妻!?」


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