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第十七話 もふもふは正義
しおりを挟む「この馬鹿者」
話の次第を聞いた旦那様は、開口一番にそう言った。
私は叱られた子供みたいに肩が縮こまってしまう。
「そ、そんなに怒らなくてもいいじゃないですか……」
「死にかけの魔物ほど人間に牙を剥く生き物はいない。それをなんだ、治療? 馬鹿か君は。いや馬鹿だ。魔物の糞を利用して畑を耕すところは許容しよう。だが、自ら危険に飛び込む者を助けるほど、俺はお人好しではないぞ」
旦那様の言い分は私にも分かる。
せっかく偽の妻を用意したのに台無しにされても困るだろう。
それは分かっているけれど、私にも言い分があるのだ。
「あの、銀魔狐は本来、魔物の中でも大人しい部類です。人に積極的に攻撃を加える手合いではありません。それに、あの時のあの子は死にかけで弱っていました。私に攻撃を仕掛けてくるような元気はなかったと思います」
「む」
なんとか言い訳をひねり出すと、旦那様はピクリと眉を上げた。
彼の目がリーチェを見る。リーチェはコクコクと頷いていた。
ふぅ、と怒っていた雰囲気がやわらぐ。
「なるほど、根拠なくやったわけではないと言いたいのだな?」
「です」
「……分かった。ならば許す。俺も悪かったな。きつい言い方をした」
「いえ、そんな。旦那様が私を失ったら困るのは分かります」
旦那様は苦笑した。
「確かに困るが、君のいう困るとは少し違う」
「?」
「分かってくれ。これでも心配しているんだよ。妻である前に、友人としてな」
「友人……」
あれ?
もしかして私、本当に心配されている?
辺境伯様が? 平民出身の私を? 本気で?
でも確かに、眉尻は寂しそうに下げられているし。
普段は凛々しい顔が、どこか儚げに見えるような……。
──いえ、きっと気のせいね。
「で、件の魔物だが」
「はい。この子です」
「きゅー!」
私は膝の上で丸まっていた銀魔狐の子供を持ち上げる。
「シィちゃんと名付けました。可愛いでしょう?」
「危険はないのか?」
「大丈夫だと思います。ねー?」
顎に裏を撫でたら、ごろごろと喉を鳴らすシィちゃん。
もふもふの身体に顔を埋めたら、すごく気持ちがいい。癒されるわ……。
「……確かに、魔物を使役して戦闘に使う冒険者もいると聞くが」
「リーチェが触れても大丈夫だったので、大丈夫だと思いますですよ!」
「……そうか」
旦那様はほっと息をついた。
「君は調教師の才能があるかもしれないな」
「確かに、昔から動物に懐かれることが多かったです。人間以外ですけど」
「さらっと重い発言をぶっこむな」
「でも、シィちゃんを飼うと旦那様にもメリットがあるかもですよ? お仕事で使えます」
「ほう?」
あ、興味を持ってもらえたかも。
ふふん。平民時代に蓄えた知識を披露する時が来たようね。
「銀魔狐の毛には睡眠導入作用があるのです。可愛い見た目をしていますから、近づいて来た獲物を眠らせるためでしょうね。なので、旦那様がお仕事をするときに使えば、相手を苦しませずに逝かせてあげることができます」
「……」
あれ? 思ったより旦那様の反応が微妙だわ?
「君は……怖くないのか?」
「なにがですか?」
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初めて会った時も、そういうものがあるのかと思っただけだ。
もちろんかの有名な『氷の貴公子』様が暗殺を生業にしているとは思わなかったけど。
私が命を助けてもらったからかな?
「怖いと思ったことは、一度もありませんよ?」
「……」
「旦那様が悪い奴を懲らしめてくれるから、平和な日常があるんだと思いますし」
あ、驚いたように目を見開いたわ。
別に変なことは言ってない……わよね? 本当のことだし。
この人が罪なき人を見捨てない正義感のある人だっていうのは、私で証明されてるしね。
「……そうか」
旦那様の口元が、優しい感じに緩んだ。
あ、今のお顔。ちょっとかわいい。
「では、ありがたく利用させてもらおうかな」
「はい。一本百ジェリーになります」
「んん?」
旦那様は首を傾げた。
「お金が要るのか?」
「もちろんです」
あれ、辺境伯様にこんなこと言っていいのかしら。
一瞬そんなことを思ったけど、すぐに首を振る。
「旦那様。平民にはタダほど高いものはないと言います。お金が発生しないやり取りには責任が発生しません。私は旦那様にきちんとこの子の毛をあげるために、お金をもらう必要があります。お分かりですか?」
「あぁ、うむ。それは分かるが」
「そういうことなのです」
良かった。分かってもらえたみたい。
辺境伯様が話せば分かってくれる方でよかったわ。
もちろん、それでもタダでというなら無理強いはしなかったけどね。
私、養われている身ですから。
「まったく……君には毎度驚かされるな」
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