冤罪令嬢は信じたい~銀髪が不吉と言われて婚約破棄された子爵令嬢は暗殺貴族に溺愛されて第二の人生を堪能するようです~

山夜みい

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第二十五話 暗殺の流儀

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「な、なんで、お前は死んだはずだ!」

 リチャードの席だけガタガタと揺れるテーブル。
 何もないところに指を差して叫ぶ彼は滑稽なことこの上ない。
 突然の凶行に、もはやその場にいる者達は呆然とするしかなかった。

「暗殺というのにも種類があってな?」

 小声で楽しむような声に、ハッと我に返った。
 私がゆっくり視線を戻すと、旦那様は続ける。

「まずは普遍的な暗殺──肉体的な死を与えるもの」
「お、おい。チャーリー落ち着け! どうしたんだよ一体!?」
「うるさいうるさいうるさい! 僕は選ばれし者なんだお前ら愚民とは違うんだっ、偉そうに指図するなぁ!」

 どうやら今、リチャードは幻覚魔術で私の亡霊を見ているようだ。
 テーブルを揺らしているのも旦那様の魔術である。
 よく見れば、彼の指はリズムを刻むように動いていた。

「俺が最も得意とする方法でもあるが──やはりこの場合にも、二つの場合に分かれる。すなわち、出来る限り虐めて殺すか、ひと思いに殺すか。何で判断するのかって? 対象の記憶を読み取って罪の重さによって決めるのさ。クズには惨たらしい死を与える」

 ひゅん、と空気を裂く音が響いた。
 続いて肉を裂き骨に当たる嫌な音も。
 テーブルから落ちたナイフが、リチャードに突き刺さっている。

「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああ!!」
「お客様!?」

 え? うそ、これ刺さるの?
 思わず口元を覆って自分のナイフを見るけど、そこまでの鋭利さはない。
 しかも、テーブルからナイフが真下に向かって落ちる確率は……

「旦那様?」
「ナイフの切っ先に風魔術を付与すれば容易いことだ」

 旦那様は何となしに言うけど、それはすごいことなんじゃないだろうか。
 少なくとも無詠唱で誰にも気づかれず、離れた場所にあるナイフに魔術をかけるなんて、S級冒険者のお父さんにも絶対出来ない。って、そうだ。リチャードは……

「お客様、じっとしていてください!」
「さ、触るな、お前ら僕に触るな、触るなぁああ!」

 ……もしかして貫通してる?

 足の甲から床まで貫通して刺さってるから、動けば動くほど痛いんだわ。
 そんなことも知らずに、リチャードは暴れ回って骨をごりごりと削ってる。
 連れの人や店員さんがナイフを抜こうとしているけど……。

「……抜いたら死んでしまうのでは?」
「いや、ギリギリ死なない」

 旦那様は確信をもって言った。

「ここから貴族街に足を引きずりながら駆けこんで救助されるまで生きてるはずだ」

 私はぱちぱちと瞬いた。

「……殺さないのですか?」
「殺してほしいか?」

 私は黙って首を横に振る。
 リチャードがどんな目に合おうと構わないけど、目の前で人が死ぬのはやっぱり嫌だ。死ぬなら私の知らないところで好きに死んで頂きたい。そう思っていると、旦那様は安心させるように微笑んで、

「暗殺には二種類あると言ったろう?今回取る暗殺方法はもう一つの方法だ」
「肉体的な死じゃないほうの……?」
「そう。さて、ここからが見ものだぞ」

 旦那様が顎をしゃくるのを見て私は視線を辿る。
 見れば、リチャードの連れの人がナイフを抜いて、店員が包帯を巻いているところだった。

「チャーリー、大丈夫か?」
「大丈夫に見えるか、これが!」

 リチャードは机を支えに立ち上がり、

「お前、お前らっ! 覚えとけよ、この僕をこんな目に合わせやがって!」

 人相の悪い顔で店員に怒鳴り始めた。
 さっきまでリチャードを心配していた彼らだけど、そんな言葉をぶつけられて黙っていられるわけがない。確かに不幸だったかもしれないが、傍から見れば事故にしか見えないのだから。それなのにあんな理不尽に罵るなんて……。
 あんな男と婚約していたことが恥ずかしくなってきたわ。

「チャーリー、落ち着け!」

 その瞬間だった。

「え、な、なんだこれ、熱い熱い熱い熱い熱いあつぅぅあああああああ!!」

 連れの男が燃え上がった。
 蒼い炎を巻き上げた男は悲鳴を上げてのたうち回る。
 火花はたちまちリチャードにも延焼し、二人はまとめて燃え始めた。

「火、火だ! 火を消せ!」

 さすがに客や店員も大露わになって水を運んでくる。
 私も目の前で人が火あぶりになるとは思わなくて、慌てて旦那様を見た。

「こ、殺さないのではなかったのですかっ」
「よく見ろ、アイリ」
「え? あ……燃えてない?」

 よく見ればリチャードも連れの男も燃えてはいなかった。
 なぜだかすごく熱がっているけれど、目の前にいる私にも熱は感じない。
 しかも、周りの人たちが水をかけてもまったく火が消えなかった。

「な、なんだこれ……」
「さぁ。でも彼ら以外に燃えてないし……」

 その場にいた人たちは自分に危害が及ばないのを見て、むしろ見世物のように楽しみ始めた。なにせ先ほどのリチャードの発言である。私の時がそうだったように、嫌なやつがひどい目にあうのを見るのは楽しいものだ。

 まぁ、私は完全に冤罪なんですけど!

「特定の物を燃やし、熱だけを感じる炎だ。あいつらには傷一つ付かないさ」
「傷一つ……え、じゃあ何を燃やしたのですか?」
「ふふ。少し目に毒かもしれないな」

 パ、と。
 まるですべてが幻覚だったかのように炎が消えた。
 見れば、リチャードと連れに傷はない。
 えぇ、その……傷がないと分かるほどに肌が露出していた。

 つまりは全裸だった。

「あら」

 思わず目を覆った私は指の隙間から彼らを見る。
 頭から下に下げていくと、特定の部分が目についた。

 あ、そういう感じになってるのね。なるほど。
 やっぱり本で見るのと実物は違うわ。
 ……いやそうじゃなくて。

「な、な」

 彼らは乙女のように恥じらい、股間を隠した。
 その場にいる御婦人方からは「」との声が聞こえる。
 まぁそのことは同情するとしても、もっと隠さないといけないところがあると私は思う。

(旦那様、絶対わざとよね)

 服が燃えて全裸になったリチャード。
 その身体には傷一つないけれど、同時に燃えていたのだった。
 
 店員への理不尽なクレーム、意味不明な凶行、突然の発火現象。
 狂人めいた彼の正体が露わになる。
 第三王子リチャード、全裸で酒場にご登場だ。

「あ、ぉ」

 あの人もようやくそのことに気付いたみたい。
 両手で股間と顔を隠そうとするけど、足が傷ついているせいでどちらかの手が塞がってしまう。諦めて股間を隠すことにしたらしい。まぁ顔は今さらだしね……。

「~~~~~っ、お、覚えてろお前ら! 行くぞデイヴィット」 
「あ、あぁ!」

 全裸の男二人が肩を支え合いながら夜の街に繰り出す。
 あの様子じゃすぐに憲兵隊に捕まりそうなものだけど……。

「それにしても……ふふッ」

 二人が扉の奥に消えると、胸の底から笑いがこみ上げてきて、

「王子なのに、三下みたい……ふふ。あはは、あははははは!」

 どうしよう。笑いが止まらない。
 あんな目に合わせたというのに、身体も心も浮き立つように軽くなった。
 眦に浮かんだ涙を拭うと、旦那様は優しく問いかけてきた。

「少しはスカッとしたか」
「はい。ありがとうございます」
「言っただろう? 俺はを泣かせた男を絶対に許さない」

 得意げに、彼は笑う。

「これがもう一つの暗殺方法──『社会的暗殺』だ」

 私と旦那様は迷惑料としてチップを大量に残し、一緒に店を出た。
 陰鬱な気分はどこへやら。夜に浴びる風がひどく心地よかった。


 ◆


 この日、貴族街に全裸の男二人が徘徊するという事件が起きた。
 情報操作により犯人は平民の酔っぱらい二人だとされているが、人の口に戸は立てられない。

「リチャード様には露出癖があるらしい」
「見られることに興奮するみたいだ」
「酔っぱらうと本性が出るぞ。かなり厭らしい性格だ」

 この日以降、リチャード・ヒューズは『全裸王子』のあだ名で呼ばれ、国内外に広くその変態性が知られることになる。

 なお、不気味な発火現象やポルターガイストが起きたとして憲兵隊は件の酒場を調査したが、魔術の痕跡一つ発見できなかったという。その店は逆に特定の界隈で有名になり、今までよりもさらに繁盛することになった──。
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