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第二十四話 はりぼての矜持
しおりを挟む僕にとってエミリア・クロックという女性は癒しの女神だった。
第三王子という立場に生まれた僕は王族としての義務を放棄することも出来ず、さりとて王位継承権からは程遠いという損な立場にいた。別に妾の子だったわけじゃない。ちゃんと正妻から生まれたのだけど、貧乏くじを引かされた感は否めない。
王として教育を受ける長兄や補佐としての育てられていく一つ次男。
それに比べ、僕は王族という血を引くだけの景品に過ぎない。
いずれは隣国や有力貴族の元に婿入りして政治の道具になるか、降家して公爵として兄たちを支えることになるのは目に見えていた。
それが嫌で、僕は勉強に励んだ。
知識を溜め込み、人脈を築き、いずれは商会を興す。
王族が無視できないほどの経済力を身に着ければ、少なくとも政治の道具として利用されることはないだろうと思ったのだ。
誰も僕を認めない、誰も僕を見ようとしない。
勉学ばかりで国の政治に興味がないボンクラ息子。
周りに後ろ指を指されている時に出会ったのが『彼女』だった。
エミリア・クロック。
僕の女神であり、僕を唯一認めてくれる女だ。
『殿下、殿下の苦しみは私がよぉく分かっていますわ』
『殿下はこんなにも頑張っていますのに、周りは愚鈍ですね』
『私は結ばれなくてもいい……ただリチャード様のおそばで支えたいのです』
自分の商会を持つという夢を押してくれた彼女。
日陰者の自分を持ち上げてくれる慎ましさに、どれだけ救われたか。
エミリアに告白をするのに時間はかからなかった。
そして、
『私は子爵令嬢。あなたは第三王子。今のままでは結ばれませんわ』
『ならどうすればいい?』
『大丈夫。私に策があります。一人の女を、悪者にしてしまえばいいのです──』
彼女のために元平民一人を犠牲にすることに、何の躊躇もなかった。
──馬鹿な女だ。
アイリ・ガラントに対するリチャードの評価はその一言に集約される。
エミリアのような守ってあげたくなる慎ましさと愛らしさを持ち合わせているならまだしも。
愛想は悪いし、物静かで何を考えているのか分からないし、そのくせ成績だけはいいという女に僕のような高貴な男が告白するわけないのに。
それにあの銀髪!
まるで幽鬼のようで気味が悪いではないか。
エミリアによれば、かつて王国が滅ぼした北方蛮族の血を引いている証らしい。
アイリを女として見たことなんて一度もない。
むしろ汚物のようなものだと思った。
だから手に触れたこともないし、贈り物をしようなんて思ったことがなかった。
「あんな女、死んでせいせいしたよ!」
伯爵令息である友人のデイヴィットに愚痴れてよかった。
エミリアには誰にも言ってはいけないと言われているが、彼なら大丈夫だろう。
教えてもらった店のワインも、なかなか悪くない味だ──
え?
ごりごり、べちゃ。
「うぇ」
思わず吐き出すと、虫の死体が手のひらにあった。
「な、なんだこれ!?」
「?」
さっきまでワインに入っていなかったのに。
なんで? どうしてだ?
「おい、どうしたんだよチャーリー?」
「いや、ワインに虫が入って……うぷッ」
虫からはみ出た内臓がまだ口の中に残っている。
思わず吐き出して、僕は衝動的に店員へ怒鳴りつけた。
「おい店員! ワインに虫が入っていたぞ!?」
「……失礼ですが、それは絶対にありません」
はぁあ?
誰に向かって言ってるんだよ、、クソが!
「嘘つけ。こんなワイン、お金は払わないぞ。ほら、ここに証拠が」
僕は立ち上がり、店員に証拠を見せつけるように手のひらを突き出し、
「え」
何もなかった。
僕の高貴な手のひらは綺麗なままだ。
騒がしかった酒場が一瞬にして静まり返った。
「まだ何か?」
店員や客たちの非難するような目が突き刺さる。
今や僕は、店に難癖をつけて料金を踏み倒そうとする嫌な客でしかなかった。
心なしか、デイヴィットまで引いているような感じがする。
「おいチャーリー、謝っとけよ」
「い、いやでも、確かに見たんだ……」
何かがおかしい。
そう思うけど、何がおかしいのか全く分からない。
「大体、ワインに虫が入ってたら誰でも分かるだろうよ。本当にどうした?」
「いや、でも……
はたと、僕は気付いた。
(そういえば、エミリアもお茶の中に虫がいたって)
ぶわり、と全身が粟立った。
彼女は言っていた。アイリの話をしている時に虫が出たと。
僕は見た。アイリの話をしたあと、ワインに虫が入っていたのを。
そしてそれを、誰にも見られなかったところまで共通している──
(ま、まさか、あの女の呪いなのか!?)
次の瞬間、僕が座っていた椅子が、ガタガタと揺れ始める。
視界の端に、死んだはずの銀髪が揺れて見えた──。
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