冤罪令嬢は信じたい~銀髪が不吉と言われて婚約破棄された子爵令嬢は暗殺貴族に溺愛されて第二の人生を堪能するようです~

山夜みい

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第二十七話 たった一つの合理的なやり方 ※シン視点

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「旦那様、奥様に何をしたんですか?」

 アッシュロード領。辺境伯の執務室。
 メイド姿のリーチェが両手を腰に当てて凄んでいる。

「夕食もお取りにならず部屋に引きこもってるですよ。家に着いた時に旦那様と話してからです。さぁ吐きやがれってなもんですよ。何をしやがったですか!」

 ふんす、と鼻息を荒くするリーチェに俺は苦笑をこぼした。

「……まったく、随分と懐いたものだ。それが主に対する口の利き方か」
「ししょー、これでいいって言いましたよね」

 まぁそうなのだが。
 この遠慮のない物言いが気に入って弟子にしたのだが。

「それにしても、だ」

 アイリの侍女兼護衛を任せているうちに、すっかり打ち解けたみたいだ。
 むしろ、今は俺よりも仲が良いんじゃないか?
 …………………………はぁ。

「で、何があったんです?」
「求婚したら逃げられた」
「旦那様、求婚は付き合ってるうちにするものですよ?」
「知ってる」

 実際、俺たちは付き合ってすらいないのだから正しい。
 婚約もせず、ただ俺の都合のために妻になってくれたのがアイリだ。
 よくよく考えれば、こんなものでよく求婚したものだ。

 何も知らないリーチェは俺の言葉を聞いて首をかしげている。

「よく分かりませんが、夫婦喧嘩ということですね?」
「まぁ、そうなるな」
「なら、旦那様が悪いです」

 リーチェは即答した。

「夫婦喧嘩は男が原因だと古来より決まっていると言いますです」
「そうか? 女が悪い場合もあるだろう」
「うだうだ言ってねーでさっさと話し合ってきやがれですぅ!」

 リーチェは風の魔術を行使して俺の身体を浮かせ、執務室から放り出した。
 扉の内側で主のように立って、彼女は言う。

「仲直りするまで帰ってくるなです!」

 バタンッ!と勢いよく扉が閉められる。
 誰も居ない廊下に放り出された俺は「ふむ」と顎に手を当てた。

「かなり腕が上がったな。アイリのおかげか?」

 別に防ぐことも出来たのだが、今回に関しては俺も悪いと思ってる。
 このままではいけないが何をしたらいのか分からず途方に暮れていたところだ。

 そのせいで仕事に逃げてしまった。
 その仕事も、手につかなかったわけだが。

「まったく……合理的ではない」

 自分の行動と言動に嫌気が差し、ため息が出る。

「なぜ俺はあんなことを」

 あのままの関係でいれば、それが一番合理的な道だったはずだ。
 偽の夫婦を演じている俺たちは共犯者。

 二人が協力しあっている現状、あえて仲を縮める必要などない。
 計画通りにことを進めて行けば、いずれはアイリの冤罪も晴れるだろう。
 そうすれば彼女は望み通りの人生を送ることが出来る。
 暗殺貴族の妻ではなく、日向の当たる温かいところに……。

 ずきん、と胸が痛んだ。

「……いやだな」

 俺は今まで、ずっと合理的に生きてきた。
 他人は利用して踏み台にして目的を果たすための道具。
 任務の遂行のためなら友ですら利用する。そうあれかしと育てられた。

 『命令に従い、ただ殺す』
 『一切の私情は捨て、ただ敵を屠る刃であれ』

 それがアッシュロード家の家訓だ。
 父が王族に冤罪をかけられて死んだ瞬間、俺はその家訓を破り捨てた。

 ──何が道具だ。俺は一人の人間だ。
 ──殺す相手は自分で選ぶ。無実の人間を殺すなど冗談じゃない。

 暗部に冤罪をかけられた人間は秘密裏に逃がした。
 ただ人を殺しているわけじゃない……その一点が心の支えだった。
 しかし、俺もまた暗殺者の宿命からは逃れられない。

 孤独だった。
 どこに誰の目が潜んでいるかもわからず、誰一人信用できない日々。
 近付いてくる女は敵対貴族のスパイを疑い、極力使用人は少なくしていた。

 表社会では笑顔の仮面をかぶり、裏社会では正義の刃を振るう。
 二つの顔を続ける精神的負担は着実に俺を蝕んでいく。

 そんな時に、彼女に出会った。

 父と同じ冤罪をかけられ、死を望んでいた彼女。
 人生に絶望したほどの女なら自分を裏切ることはないと思い、利用した。

 利用して、手放すつもりだった。

『旦那様が悪い奴を懲らしめてくれるから、平和な日常があるんだと思いますし』

『こういう暗殺なら、私でもお手伝いできそうですね』

 手放したくないと、思ってしまった。
 暗殺貴族である自分を受け入れてくれただけじゃなく、寄り添うと言ってくれた。偽の妻として利用されているのに、幸せそうに食事をする彼女の顔から目が離せなかった。

 アイリが他の男と話していると胸がむかむかする。
 なぜだか居てもたっても居られなくなって、抱きしめたくなる。

 なんだこれは。まったく合理的ではない。
 手放したくないなら偽の夫婦を演じればいい。
 今までのように本音を隠して偽りの仮面をかぶればすべて解決する。

 一番合理的な手段があるのに、それを選ぼうとしない。
 違う。選びたくないんだ。もう、偽りの仮面をかぶるのに疲れてしまった。

 他の誰でもない、アイリの前でだけは──
 誰に裏切られても健気に生きていく彼女の前でだけは、嘘はつきたくない。

「……行くか」

 俺は立ち上がり、アイリの部屋へ向かう。
 リーチェの言う通りだ。
 拒絶されるかもしれないが、一度きちんと話したほうがいい。

 それが一番、合理的なやり方だからな。


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