冤罪令嬢は信じたい~銀髪が不吉と言われて婚約破棄された子爵令嬢は暗殺貴族に溺愛されて第二の人生を堪能するようです~

山夜みい

文字の大きさ
29 / 46

第二十八話 心がささやく

しおりを挟む
 
 ふわふわ、もふもふ、もふもふ。
 柔らかくて、温かくて、獣っぽいに匂いに身体を包まれる。
 時折動く尻尾が背中をこっそり撫でるようで、とてつもない安心感だ。

「うぅ、シィちゃん……どうしよう」

 ──本物の妻にならないか。

 旦那様の言葉がぐるぐると頭を回っている。
 胃の中のものは吐き尽くして、思考が上手くまとまらなくてつらい。

「あれって……プロポーズ、なのかな」
「きゅう!」
「そうだよね……違うよね」
「きゅぅん……」

 シィちゃんは切なげに鳴いたけど、額面通り受け取ることなんて出来ない。
 彼は暗殺貴族で、二つの顔を持つ。
 きっとあの時は、不甲斐ない私のために叱咤したのだろう。

『本物の妻にならないか』
 ↓
『本物の夫婦に見えるようにもっと二人で頑張ろう』

 これだ。間違いない。
 だって旦那様だもの。日頃の彼の態度を見ていれば自明の理だ。

 合理的に考えなさい、アイリ。
 元平民の私に暗殺貴族辺境伯でカッコいい旦那様が求婚するわけないでしょ。

 ──でもでも、もし本当に言葉通りだったら……?

 私はまた顔が熱くなってしまって、もふもふに顔を押し付けた。
 ばたばたと足を動かす私にシィちゃんはめんどくさそうに鳴いた。
 シィちゃん、見捨てないでよぉ。

「もし、本当だったら……」

 旦那様は私のことが好きで、妻にしたいって思ってくれたなら。
 ありえないほどの可能性だけど可能性としてはないこともない。
 それこそ魔光多元世界論に基づけば、現在は無限の可能性が絡まって出来ているのだ。そのなかに彼が私のことを好きな可能性だって一つくらいあるのではないか。

「そしたら、私は──」

 なんだか頭が回らなさすぎて、眠くなってきた。
 瞼が開いては閉じて、だんだんと重くなっていく──。


 ◆


 どれくらい経っただろう。
 ぼんやりとした意識のなかで、ノックの音が響いた気がした。

「アイリ、入るぞ」
「キシャァァっ!」
「主を守っているのか。偉いな」

 ……だぁれ?

 ようやく聞きなれはじめた声、なぜか安心できる声。
 薄目をあけてみれば、シィちゃんのもふもふが威嚇するように逆立っていた。
 銀色の大草原に包まれ、その向こうは何にも見えない。

「アイリ。起きてるか」
「……旦那様?」

 ぱち、と目を開く。
 頭だけ上げると、旦那様が私を見下ろしていた。
 シィちゃんに身体を預けていた私は、のっそりと起きて礼をする。

「……おはようございます」
「あぁ、おはよう」
「……」
「……」

 会話がないまま時間だけが過ぎていく。

 き、気まずい。
 何を話していいか分からないし旦那様の目が見られないわ……。

「少し話でもいいか」
「は、はひ」

 私はコクコクと頷き、ベッドの縁に腰かけた。
 大丈夫よね。髪とか……かなり乱れてるけど。
 ちょ、ちょっとだけ直しておこうかしら。ちょっとだけ。

「それで、アイリ」
「はい」
「先ほどの話だが」

 き、来た!

「俺は君を手放したくないと思っている」
「て……!?」

 ま、待て待て。落ち着け私。
 これはあれだ。偽の妻として非常に便利だから傍に置きたいだけで……。

「これは契約とは関係ない」
「え」

 私の思考を読んだみたいに先回りする旦那様
 まっすぐで誠実な暗殺貴族の言刃ことばが私の胸に突き刺さる。

「俺は、君を異性として魅力的に思っている」

 そ、それって……。

「君は元素魔術のように独特で、つかみどころがなく、それでいて初級魔術師のように抜けているところもある。そして、女神のような懐深さも魅力的だ。こんな俺を受け入れくれた君には本当に感謝しかない」
「ちょ、あ、あの」

 な、なんだか褒められているのは分かるのだけど。
 最初の二つはたとえが独特過ぎてよく分かりません!

「正直なところ、俺は女性に恋をしたことがなかったのだが」
「……っ」
「俺は君を、愛おしいと、感じている」
「ぁ」

 心が、震える。
 選び抜かれた、飾り気のない気持ちが心を満たしていく。

 ──本当に、私を?

「俺の側にいてくれないか、アイリ」
「……わ、私は」
「俺のことは嫌いか?」

 私はぶんぶんと首を横に振った。
 確かに私をからかうところや意地悪なところは、性格が悪いと思うけど。
 それでも嫌いなわけがない。命を助けてもらった恩人だ。

 実は誰よりも優しいところを知っている。
 冤罪を見過ごせない正義感も、私を守ろうとしてくれる男らしさも。
 好きか嫌いかで言えば、答えは決まっている。

「私も」

 顔を上げて、旦那様の顔を見る。
 私の心を射抜いた紺碧の瞳に吸い込まれそうになって。

「私も、旦那様が」




 ──




「……っ!」

 思考は途切れた。
 届けかけた言葉が、こぼれ落ちる。
 どす黒く染まった内なる声が、恋の炎を呑み込んでいく。

 ──忘れたの? 信じてどうなったのか。

 ──また繰り返すの? どうせ裏切られるのに決まっているのに。

(あぁ、そうだ……)

 私は俯いて、ぎゅっと拳を握りしめた。

 ──エミリア・・・・のことを・・・・忘れたの?・・・・・

 今はこんなことになったけど、エミリア・クロックは私の親友だった。
 図書室で本を読んでいる時に声をかけてくれた女の子。
 銀髪が浮いているせいで虐められている私に寄り添ってくれた友達。

 彼女がいれば学校だって怖くなかった。
 たった一人、私を受け入れてくれる人がいればなんとかなると思った。

 ──その結果、どうなった?

 エミリアは最初から私を裏切っていた。
 親友だと思っていたのは私だけで、彼女は私を利用しただけだった。
 第三王子もそうだ。彼の本音を聞いただろう。

(今は好きだって言ってくれても、きっと旦那様も……)

 人の顔には裏がある。
 辺境伯と暗殺者という二つの顔を持つ旦那様も、きっとまだ隠してる顔がある。

「アイリ」

 仕方ない。それが人間だから。
 そのことをどうとは思わない。きっと悪いことではない。

「……」

 でも、信じることはできなかった。
 肩を掴んできた旦那様の手を、優しくほどく。

「……旦那様の『好き』は……偽の妻として、ですよね」

 私は顔を上げて、空虚な笑みを張り付けた。
 どす黒く染まり切った心は、誠実な真心を受け付けない。

「旦那様の気持ちは嬉しいです」
「アイリ!」
「私も本物の妻らしく見えるように、もっと頑張りますね」

 そこで話は終わりだった。それ以上は続けられなかった。
 旦那様を部屋から追い出して、私は顔を覆う。
 視界がにじんで、ぽろぽろと零れる涙が止まらなかった。

「……ごめんなさい」

 臆病でごめんなさい、怖がりでごめんなさい。
 こんな女で、本当にごめんなさい。

 でも私は、誰も信じられないから。
 どれだけ愛を囁かれても、きっと言葉の裏を読んでしまうから。

 だから──

「なら、今はそれでいい」
「え?」

 突然、後ろから抱きしめられた。
 私の肩に顔を埋めた旦那様が、強く強く、私を抱きしめてくる。

「信じてもらうように努力する」
「だ、旦那様……?」
「君の心を癒せるように尽力しよう。だから、君が心を許せた、その時は──」

 旦那様は私の髪に口づけを落とした。

「すまない。ゆっくり休んでくれ」
「あ」

 身体が解放され、静かな足音が扉に向かっていく。
 私は振り向き、その背中を掴んだ。

「……アイリ?」
「あの……私も」

 これだけは、伝えないと。
 言い知れない使命感にかられて私は口を開いた。

「私も、信じたい、です」
「……」
「いつも優しくしてくれて嬉しいのも、本当です」
「……!」
「だから、明日からもよろしくお願いしますね、シン様・・・

 本物の妻らしく振舞うなら、名前呼びは必須だろう。
 シン様は目を見開いて、柔らかく微笑んだ。

「あぁ、よろしく頼む。アイリ・アッシュロード。我が妻よ」
「はい」

 偽物の夫婦で、二つの顔を持つ宮廷魔術師にして暗殺者。
 まだまだ心の傷は癒えなくて、彼の言葉を信じることが出来ないけど──


 それでも。
 冤罪令嬢は彼を、信じたいと思ったのだ。



 第一章 完
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

『婚約破棄されましたが、孤児院を作ったら国が変わりました』

ふわふわ
恋愛
了解です。 では、アルファポリス掲載向け・最適化済みの内容紹介を書きます。 (本命タイトル①を前提にしていますが、他タイトルにも流用可能です) --- 内容紹介 婚約破棄を告げられたとき、 ノエリアは怒りもしなければ、悲しみもしなかった。 それは政略結婚。 家同士の都合で決まり、家同士の都合で終わる話。 貴族の娘として当然の義務が、一つ消えただけだった。 ――だから、その後の人生は自由に生きることにした。 捨て猫を拾い、 行き倒れの孤児の少女を保護し、 「収容するだけではない」孤児院を作る。 教育を施し、働く力を与え、 やがて孤児たちは領地を支える人材へと育っていく。 しかしその制度は、 貴族社会の“当たり前”を静かに壊していった。 反発、批判、正論という名の圧力。 それでもノエリアは感情を振り回さず、 ただ淡々と線を引き、責任を果たし続ける。 ざまぁは叫ばれない。 断罪も復讐もない。 あるのは、 「選ばれなかった令嬢」が選び続けた生き方と、 彼女がいなくても回り続ける世界。 これは、 恋愛よりも生き方を選んだ一人の令嬢が、 静かに国を変えていく物語。 --- 併せておすすめタグ(参考) 婚約破棄 女主人公 貴族令嬢 孤児院 内政 知的ヒロイン スローざまぁ 日常系 猫

『胸の大きさで婚約破棄する王太子を捨てたら、国の方が先に詰みました』

鷹 綾
恋愛
「女性の胸には愛と希望が詰まっている。大きい方がいいに決まっている」 ――そう公言し、婚約者であるマルティナを堂々と切り捨てた王太子オスカー。 理由はただ一つ。「理想の女性像に合わない」から。 あまりにも愚かで、あまりにも軽薄。 マルティナは怒りも泣きもせず、静かに身を引くことを選ぶ。 「国内の人間を、これ以上巻き込むべきではありません」 それは諫言であり、同時に――予告だった。 彼女が去った王都では、次第に“判断できる人間”が消えていく。 調整役を失い、声の大きな者に振り回され、国政は静かに、しかし確実に崩壊へ向かっていった。 一方、王都を離れたマルティナは、名も肩書きも出さず、 「誰かに依存しない仕組み」を築き始める。 戻らない。 復縁しない。 選ばれなかった人生を、自分で選び直すために。 これは、 愚かな王太子が壊した国と、 “何も壊さずに離れた令嬢”の物語。 静かで冷静な、痛快ざまぁ×知性派ヒロイン譚。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

辺境の侯爵令嬢、婚約破棄された夜に最強薬師スキルでざまぁします。

コテット
恋愛
侯爵令嬢リーナは、王子からの婚約破棄と義妹の策略により、社交界での地位も誇りも奪われた。 だが、彼女には誰も知らない“前世の記憶”がある。現代薬剤師として培った知識と、辺境で拾った“魔草”の力。 それらを駆使して、貴族社会の裏を暴き、裏切った者たちに“真実の薬”を処方する。 ざまぁの宴の先に待つのは、異国の王子との出会い、平穏な薬草庵の日々、そして新たな愛。 これは、捨てられた令嬢が世界を変える、痛快で甘くてスカッとする逆転恋愛譚。

【完結】聖女を愛する婚約者に婚約破棄を突きつけられましたが、愛する人と幸せになります!

ユウ
恋愛
「君には失望した!聖女を虐げるとは!」 侯爵令嬢のオンディーヌは宮廷楽団に所属する歌姫だった。 しかしある日聖女を虐げたという瞬間が流れてしまい、断罪されてしまう。 全ては仕組まれた冤罪だった。 聖女を愛する婚約者や私を邪魔だと思う者達の。 幼い頃からの幼馴染も、友人も目の敵で睨みつけ私は公衆の面前で婚約破棄を突きつけられ家からも勘当されてしまったオンディーヌだったが… 「やっと自由になれたぞ!」 実に前向きなオンディーヌは転生者で何時か追い出された時の為に準備をしていたのだ。 貴族の生活に憔悴してので追放万々歳と思う最中、老婆の森に身を寄せることになるのだった。 一方王都では王女の逆鱗に触れ冤罪だった事が明らかになる。 すぐに連れ戻すように命を受けるも、既に王都にはおらず偽りの断罪をした者達はさらなる報いを受けることになるのだった。

婚約破棄に、承知いたしました。と返したら爆笑されました。

パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢カルルは、ある夜会で王太子ジェラールから婚約破棄を言い渡される。しかし、カルルは泣くどころか、これまで立て替えていた経費や労働対価の「莫大な請求書」をその場で叩きつけた。

地味だと婚約破棄されましたが、私の作る"お弁当"が、冷徹公爵様やもふもふ聖獣たちの胃袋を掴んだようです〜隣国の冷徹公爵様に拾われ幸せ!〜

咲月ねむと
恋愛
伯爵令嬢のエリアーナは、婚約者である王太子から「地味でつまらない」と、大勢の前で婚約破棄を言い渡されてしまう。 全てを失い途方に暮れる彼女を拾ったのは、隣国からやって来た『氷の悪魔』と恐れられる冷徹公爵ヴィンセントだった。 ​「お前から、腹の減る匂いがする」 ​空腹で倒れかけていた彼に、前世の記憶を頼りに作ったささやかな料理を渡したのが、彼女の運命を変えるきっかけとなる。 ​公爵領で待っていたのは、気難しい最強の聖獣フェンリルや、屈強な騎士団。しかし彼らは皆、エリアーナの作る温かく美味しい「お弁当」の虜になってしまう! ​これは、地味だと虐げられた令嬢が、愛情たっぷりのお弁当で人々の胃袋と心を掴み、最高の幸せを手に入れる、お腹も心も満たされる、ほっこり甘いシンデレラストーリー。 元婚約者への、美味しいざまぁもあります。

処理中です...