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第三十三話 暗殺と黒幕

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「宰相を暗殺って……その、まずくないですか、色々と」

 思わず小声で言ってしまう私である。
 だって宰相って国の重鎮よ?
 それこそ国を運営する位置にいる人間を暗殺って……。

「一体どんな悪いことをしたんですか?」

 私もシン様が国に混乱をもたらす破壊者じゃないことは分かっている。
 この人は冷徹そうに見えて正義感が強く、とても優しい人なのだ。
 だから、彼をして暗殺対象となるからにはよっぽど悪いことをしたのだと思ったけど。

「奴はアイリ・ガラント暗殺事件の首謀者だ」
「はぁ、そうですか。それは殺されても仕方がないかも……」

 私は手を止めて振り向いた。

「は?」

 ちょ、ちょっと待って。
 聞き間違い? さっきの人が? え? どういうこと?

「さ、宰相が私を、殺した黒幕?」
「そうだ」
「なんで!?」

 私、宰相に恨みを買うようなことしてませんけど!?
 こちとら元平民だし銀髪で虐められてたくらいのアレな女ですけど!?
 
「ていうかエミリアや王子が犯人じゃなかったんですかっ」
「あんな小物共が暗部を動かせるわけがない。合理的に考えてな」
「……っ、ちょ、ちょっとこっち来てください!」

 こうなってくると気になって仕方がないのである。
 婚約披露宴どころじゃない。私はシン様を引っ張って控室に行った。

「ちょっとアイリさん、まだお客様が」
「お義母様ごめんなさいちょっとそれどころじゃなくて!」
「?」
「急にいちゃいちゃしたくなったので!!」
「まぁ」
 
 お義母様や周りの人が恥ずかしそうに視線を逸らした。
 あとでとんでもない誤解を招くような発言をしたかも……。
 まぁ今は気にしている場合じゃないわ。

 幸い、大体の招待客は捌き終わっている。
 無事に控室についた私はシン様を椅子に座らせて前に立った。

「それで? どういうことなんです?」

 シン様は肩を竦める。

「そもそも一連の発端は君の父上が子爵になったことだ」
「はぁ。父が」
「冒険者から子爵への徐爵が異例であることは分かるな?」

 ……そういえばそうだったかも。

 今となっては何でも屋みたいになった冒険者も昔は傭兵まがいの汚れ仕事だった。魔物のせいで職を失った人や食うに困って冒険者になる人は多く、未だに良い印象を持っていない人は多い。私も小さい頃、ごろつきの娘だー! とか言って石とか投げられたっけ。それでも魔術の発展と共に生活水準が向上し、戦争が少なくなっていったため、冒険者の質が向上。類まれな実力を持つ者が現れ、国も扱いに困り始めた。

 そこで発案されたのが『冒険者の徐爵』である。
 一つの土地に根付かない冒険者を土地に根付かせ、実力のある冒険者に土地を与える。こうすれば他国へ戦力が行くこともないし、訳アリの土地を押し付けて税金を回収することもできる。ただ、平民以下のスラム出身の人でも貴族になれてしまうのが、この制度の厄介なところで……。

「要するに宰相様は父を貶めたかったわけですね?」
「恐らくは、な」

 お父さんはS級冒険者だけど、元平民でスラム街出身だ。
 そんな男が貴族になったとなれば貴族という位の価値が落ちる。
 ならば娘を悪女に仕立て上げて父を引きずり下ろしてやろう……と、そういうことか。

 貴族の位を守るため。

 私、殺され損では? 
 ……いや死んでないけどね!

「それでいうと、辺境伯であるシン様と私が婚姻を結ぶのもよく思ってなさそうですね」
「まぁ、奴は君が子爵令嬢であったことを知らないから問題ない」

 知っていたとしても問題ないらしい。
 隣国への対処や荒れ地をあてがって力を削いでいるくらいだ。
 彼らはシン様が高貴な身分の者と婚姻して力をつけるのを逆に恐れている。

「故に私と君が婚姻することに何も問題はない。むしろ子爵くらいがちょうどいいだろう。母上もそのことについては何も言わなかったしな」

 私の言いたいことを先回りして言われてしまった。
 むぅ。見透かされたみたいでちょっと不満。

「でもでも、暗殺とか大丈夫なのでしょうか。国の宰相というくらいですから、暗殺貴族のことも当然知っているのでは?」
「知っているが、それがどうした?」

 シン様はこともなげに言った。

「欲のために暗部を動かし、罪なき民を殺すように仕掛ける宰相など不要。それに、奴にはこの場で言うのが憚られるような余罪もたっぷりある……心配するな。業務の引継ぎはスムーズに行えるように準備もしている。ただ殺すのは二流の仕事だからな」
「そ、そうですか」

 それなら別にいい……のかな?
 いや良くないか。人が死んじゃうって話だし。
 シン様が殺すって話だし。

 でもでも……うーん、どうなんだろう。
 社会的に殺された私が考えるのもあれなんだけど。

 でも悪人だし、国が問題ないならいいのかな……?

「君が気に病むことではない」

 え?

「アイリ」

 シン様は私の手を掴み、騎士のように見上げた。
 フ、と端正な顔立ちが頼りがいのある不敵な笑みを浮かべる。

「君はただ、俺の側で笑っていればそれでいい」
「……っ」

 ドキッとした。
 あまりにも真摯な瞳に見つめられ、顔に急速に熱が集まる。
 とても直視していられずに視線を逸らすと、シン様はいたずらっぽく笑った。

「どうだ。惚れたか」
「ほ、惚れません! シン様のばか!」
「効果なしか。ふむ……今後の参考にしよう」
「参考にしないでください!」

 真面目くさった顔で顎に手を当てるシン様。

 もう、もう、もうっ、
 そういう私に気を遣わせないようなやり口、ズルいと思います!
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