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第三十二話 婚約披露宴
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『魔姫』アイリ・アッシュロード。
領民たちの間で広がり始めた噂に私は頭を抱えた。
曰く、荒れ地をまたたくまに農地に変えた女神の化身。
曰く、魔物を従え、意のままに操る。
曰く、曰く、曰く──。
「なんだか不本意な呼ばれ方をしているのですが」
「いいじゃないか」
「よくないですよ。姫ってなんですか。私は姫じゃありません」
「そう言う問題か?」
そういう問題じゃなかったらどういう問題?
お父さんも冒険者としての二つ名を持っているし、別に二つ名は珍しくないわ。
「ただ、すごいのは私じゃないんですよねぇ……」
私が領地改革に手を出してから荒れ地が農地に変わったのは事実だ。
でもそれだって二週間か一ヶ月くらいかかったし、方法を伝授して各地に監督官を配置する手続きを取っただけ。確かに多少、魔物をしつけるために餌を用意したりちょっと痛い目を見てもらったのはあるけど、最初の蛇牛のようにシィちゃんが大活躍した場面のほうが圧倒的に多い。だからこの功績はすべてシィちゃんのものなのだ。つまりもふもふは至高である。
「なんだかすごいことになりましたね、シン様」
「一番すごいのは君なんだがな……」
シン様は頭が痛そうに言った。
今度頭痛に効く薬草でも煎じてあげようかしら。
「領民の方たちが喜んでくれて嬉しいです」
「……うむ。それは確かに。諸々の問題は俺たちが片付ければいいしな」
「アイリさん、シン。そろそろ受付に来てちょうだいな」
「はい、お義母様」
現在、私たちは再び王都に訪れていた。
領民たちの顔見せは一通り終わったから、今度は国内に向けて大々的な婚約披露宴だ。婚約してからずいぶん時間がかかってしまったけど、まぁ辺境伯という大事な位についているシン様なので、準備はしっかりしなければいけないとのことだった。私への夫人教育も終わったばかりだしね。普通の婚約でも結婚までは準備期間として時間を空けるらしいし、こんなものだろう。
あとお義母様には私の噂のことでたっぷり怒られた。シン様が。
何とかすると言っていたから大丈夫だろう。
「というか、見知った人ばかりだわ……」
私は招待客のリストを見て頭を抱える。
子爵令嬢時代に会ったことのある名前がずらりと並んでいた。
これ、誰にも気づかれないのかな……。
いや気付かれたら問題なのだけど、気付かれなかったらそれはそれで悲しいというか。
「シン様。影を濃くする魔術ってありますか」
「あるぞ」
「ほ、ほんとに濃くなった!」
でもこういうことじゃないのよねぇ。
「シン様」
私が抗議の視線を向けると、シン様は分かったように笑った。
「心配しなくても、君は影が薄くなんてないぞ」
「でも」
「今までは奴らに見る目がなかっただけだ」
シン様は私の髪を持ち上げて口づけを落とした。
「それにほら、こんなにも美しい」
「……っ、そ、そういうお世辞は良くないと思います」
「なぜだ。君以外に言ったことはないぞ」
「それはさすがに嘘です!」
「俺が君に嘘をついたことがあったか?」
私は頷いた。
「ありましたよね」
「……あったなぁ」
さすがにそろそろ受付にいかなければまずい。
控室から出た私たちは受付で招待客を捌いていく。
わ、早速会ったことある人!
ゴルルン伯爵令嬢。私よ。アイリよ!
「アイリ・アッシュロード様。お初にお目にかかります。わたくしは──」
…………本当に気付かれなかった。
あのゴルルン伯爵令嬢様? 私、あなたと同じクラスだったんですよ?
「気付かれないものですねぇ……」
「君の場合は前髪で目が隠れていたのもあるだろうがな」
そういうものだろうか。そういうものか。
あの頃は日々を生きることに必死でおしゃれどころじゃなかったからね。
でも、第三王子と会うときはちゃんとお化粧して髪も変えたんだけどなぁ……。
今にして思えば、あの人が私のことを見たことなんてなかったかも。
次にやってきたのは大物だった。
口元にちょび髭を生やしたダンディなおじさまである。
かなり優しげな顔立ちをしているが、こう見えてもこの国の宰相なのだ。
「ようやく会えましたな、アイリ・アッシュロード様」
「ウェスタ―・シドリー侯爵。本日はようこそおいでくださいました」
「いやはや、アッシュロード卿のような堅物が婚約したと聞いた時は飛び跳ねたものですが」
宰相は屈託なく笑う。
「まさかこんなにも綺麗な方だとは。お噂のほうも聞いておりますよ」
うん、噂のほうはともかく。
あなたとも会ったことあるんだけどね。悲しい。
「ウェスタ―様がどのような噂を聞いたかは存じませんが……」
私は首をかしげておっとり言った。
「全ては我が夫であるシン様のお力あってのもの。夫は宮廷魔術師としてさらに王国に貢献することでしょう。宰相様に置かれましては、どうぞ宮廷内で夫のことを気にかけて頂ければ幸いでございます」
領地が豊かになったからって国に盾突くことはないよ、と告げる。
結婚したあとも国に残るつもりだから安心してね、と。
「なるほど、聡明な方のようだ」
ウェスタ―様は頷いた。
「では私はそろそろ。次の招待客が待ちぼうけになってしまいますからな」
快活に笑って去っていく背中に私は一礼する。
顔を上げると、シン様が私の耳元でささやいた。
「あの男には気を付けろ、アイリ」
「え?」
思わず振り向くと、彼はぞっとするほど冷たい目をしていた。
「あの男は次の暗殺対象だ」
さ、宰相を暗殺ぅ!?
領民たちの間で広がり始めた噂に私は頭を抱えた。
曰く、荒れ地をまたたくまに農地に変えた女神の化身。
曰く、魔物を従え、意のままに操る。
曰く、曰く、曰く──。
「なんだか不本意な呼ばれ方をしているのですが」
「いいじゃないか」
「よくないですよ。姫ってなんですか。私は姫じゃありません」
「そう言う問題か?」
そういう問題じゃなかったらどういう問題?
お父さんも冒険者としての二つ名を持っているし、別に二つ名は珍しくないわ。
「ただ、すごいのは私じゃないんですよねぇ……」
私が領地改革に手を出してから荒れ地が農地に変わったのは事実だ。
でもそれだって二週間か一ヶ月くらいかかったし、方法を伝授して各地に監督官を配置する手続きを取っただけ。確かに多少、魔物をしつけるために餌を用意したりちょっと痛い目を見てもらったのはあるけど、最初の蛇牛のようにシィちゃんが大活躍した場面のほうが圧倒的に多い。だからこの功績はすべてシィちゃんのものなのだ。つまりもふもふは至高である。
「なんだかすごいことになりましたね、シン様」
「一番すごいのは君なんだがな……」
シン様は頭が痛そうに言った。
今度頭痛に効く薬草でも煎じてあげようかしら。
「領民の方たちが喜んでくれて嬉しいです」
「……うむ。それは確かに。諸々の問題は俺たちが片付ければいいしな」
「アイリさん、シン。そろそろ受付に来てちょうだいな」
「はい、お義母様」
現在、私たちは再び王都に訪れていた。
領民たちの顔見せは一通り終わったから、今度は国内に向けて大々的な婚約披露宴だ。婚約してからずいぶん時間がかかってしまったけど、まぁ辺境伯という大事な位についているシン様なので、準備はしっかりしなければいけないとのことだった。私への夫人教育も終わったばかりだしね。普通の婚約でも結婚までは準備期間として時間を空けるらしいし、こんなものだろう。
あとお義母様には私の噂のことでたっぷり怒られた。シン様が。
何とかすると言っていたから大丈夫だろう。
「というか、見知った人ばかりだわ……」
私は招待客のリストを見て頭を抱える。
子爵令嬢時代に会ったことのある名前がずらりと並んでいた。
これ、誰にも気づかれないのかな……。
いや気付かれたら問題なのだけど、気付かれなかったらそれはそれで悲しいというか。
「シン様。影を濃くする魔術ってありますか」
「あるぞ」
「ほ、ほんとに濃くなった!」
でもこういうことじゃないのよねぇ。
「シン様」
私が抗議の視線を向けると、シン様は分かったように笑った。
「心配しなくても、君は影が薄くなんてないぞ」
「でも」
「今までは奴らに見る目がなかっただけだ」
シン様は私の髪を持ち上げて口づけを落とした。
「それにほら、こんなにも美しい」
「……っ、そ、そういうお世辞は良くないと思います」
「なぜだ。君以外に言ったことはないぞ」
「それはさすがに嘘です!」
「俺が君に嘘をついたことがあったか?」
私は頷いた。
「ありましたよね」
「……あったなぁ」
さすがにそろそろ受付にいかなければまずい。
控室から出た私たちは受付で招待客を捌いていく。
わ、早速会ったことある人!
ゴルルン伯爵令嬢。私よ。アイリよ!
「アイリ・アッシュロード様。お初にお目にかかります。わたくしは──」
…………本当に気付かれなかった。
あのゴルルン伯爵令嬢様? 私、あなたと同じクラスだったんですよ?
「気付かれないものですねぇ……」
「君の場合は前髪で目が隠れていたのもあるだろうがな」
そういうものだろうか。そういうものか。
あの頃は日々を生きることに必死でおしゃれどころじゃなかったからね。
でも、第三王子と会うときはちゃんとお化粧して髪も変えたんだけどなぁ……。
今にして思えば、あの人が私のことを見たことなんてなかったかも。
次にやってきたのは大物だった。
口元にちょび髭を生やしたダンディなおじさまである。
かなり優しげな顔立ちをしているが、こう見えてもこの国の宰相なのだ。
「ようやく会えましたな、アイリ・アッシュロード様」
「ウェスタ―・シドリー侯爵。本日はようこそおいでくださいました」
「いやはや、アッシュロード卿のような堅物が婚約したと聞いた時は飛び跳ねたものですが」
宰相は屈託なく笑う。
「まさかこんなにも綺麗な方だとは。お噂のほうも聞いておりますよ」
うん、噂のほうはともかく。
あなたとも会ったことあるんだけどね。悲しい。
「ウェスタ―様がどのような噂を聞いたかは存じませんが……」
私は首をかしげておっとり言った。
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結婚したあとも国に残るつもりだから安心してね、と。
「なるほど、聡明な方のようだ」
ウェスタ―様は頷いた。
「では私はそろそろ。次の招待客が待ちぼうけになってしまいますからな」
快活に笑って去っていく背中に私は一礼する。
顔を上げると、シン様が私の耳元でささやいた。
「あの男には気を付けろ、アイリ」
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