39 / 46
第三十八話 うちの嫁が可愛すぎる ※シン視点
しおりを挟む最近、アイリの様子がおかしい。
「アイリ」
「ひゃい!?」
名前を呼んだら挙動不審ぎみに肩を跳ねて髪をいじり出すし。
いつものように頭を撫でたら顔を赤くして不機嫌になるし。
五秒以上目が合ったら全力で明後日の方向を向いて口笛を吹きだすし。
かと思えば業務的な会話は普通に出来るし、食事は美味しそうに食べる。
以前逃げられた時は「整理したい」ということだったが。
──まぁ、嫌われてはないらしい。
そのことだけは確かだから、少しホッとする。
そんな自分がおかしくなって、俺は自嘲気味に笑ってしまった。
「くだらないと、思っていたんだがな」
俺が女性に嫌われるかどうかを気にしているなど……。
昔の自分に言っても絶対に信じないだろう。
暗殺者として女性の口説き方や房中術は学んでいるが、アイリ相手には今までの常識が一切通じない。完全に未知だ。それが面白くもあるのだが、先日のように不安に駆られてしまう時もある。不安のはけ口を求めるように、俺は窓の外を見た。
「……雨が降りそうだ」
アイリのほうは領内の有力商会との会談だったか。
窓の外を見ると、ごろごろと雷雲がうなりをあげていた。
「……行くか」
パチン、と指を鳴らして転移魔術を発動する。
辺境伯家の家紋には転移魔術陣が組み込まれており、座標特定は容易い。
無事に馬車の中に転移した俺が外に出ると、ちょうど雨が降って来た。
「し、シン様!?」
ちょうど、商会の中からアイリが出てきた。
護衛兼侍女のリーチェを従える彼女に俺は頷いた。
「迎えに来た。一緒に帰ろう」
「シン様、今日は執務室に居たのでは」
「ちょうどこのあたりに用事が出来たな。ついでに立ち寄ったのだ」
「そうですか。そうですよね。わざわざシン様が迎えに来るわけないですものね」
どことなく残念そうに苦笑するアイリ。
失敗した。
くだらない見栄を張った自分を殴り飛ばしたくなった。
妻の仕事が終わる時間を読んで迎えに来る男は少し重いと思ったのだが……。
いや、やはり重いだろ。
妻に執着しているようで気持ち悪くないか?
むう。やはり女心はよく分からん。
馬車が走り出す。
がたごと、がたごと、車輪の回る音だけが室内に響いていた。
リーチェは気を遣ったのか、御者台のほうにいる。
「商談のほうはどうだった」
「おかげさまで上手くいきました。シン様が開発した魔農薬も安定して供給できそうです」
「それはよかった」
「はい」
「……」
「……」
元来、俺は口数が多いほうではない。
アイリのほうもよく考えてから喋るほうだから物静かだ。
だが、なぜだろう。
この沈黙を心地よく感じている自分がいる。
「不思議ですね」
ふとアイリが口を開いた。
雨が降り始めた窓の外を見ながら、彼女は微笑む。
「私、こうして誰かといると沈黙が気まずくて……いつも頑張って話そうとしていたんですけど、そのたびに空回りしていたんです」
「そうなのか」
「はい。でも……」
頬を朱に染めた彼女は、上目遣いで俺を見上げた。
「シン様との沈黙は、嫌いじゃないです」
「……」
俺は口元を押さえてそっぽ向いた。
(その顔は反則だろう……!!)
二人きりの室内で、そんな可愛い顔を見せられたら。
いくら暗殺者として訓練した俺でも限度がある。
クソ、今度感情を制御する魔術を開発すべきか……!?
「シン様? どうかされました?」
「君は……自分の笑顔がどれだけの武器になるのか知るべきだ」
「はい?」
何言ってるのかしらこの人。と首をかしげるアイリ。
逆の立場なら俺でもそう思うだろう。何を言っているのだ俺は……。
その時だった。世界が光った。
──……ドゴォンッ!!
「きゃっ!」
稲妻だ。音がすごいな。近くに落ちたか?
馬が驚いて嘶きをあげ、馬車の車体が揺れる。
アイリは思わずと言った様子で俺に抱き着いてきた。
「すごい雷だな」
「は、はい。びっくりしました」
「そうか」
俺は努めて平静を保った。
「ところでその……アイリ。その体勢は、」
「ひゃう、これは、その」
アイリは俺の腕を抱くような感じで固まっていた。
問いかけると、彼女は目を泳がせてもにょもにょと口を動かしている。
いつもならこう言えば絶対に離れるのに……ん?
なんだ。震えてるのか。
(まさか、雷が怖い……?)
そう思ったが、それを聞くのは野暮だろう。
俺はアイリの腕を優しくほどき、同時に彼女の背中に腕を回した。
ぎゅっと、手のひらを合わせながら指を絡める。
「あ、あの。シン様……?」
「なに。思えば俺たちは偽の夫婦を演じるうえでスキンシップが足りないと思ってな」
「は、はひ」
「これも契約上、仕方ないことなのだ。協力してくれるか」
「……契約なら、仕方ないですね」
「そうだろう?」
アイリがぎゅっと手を握り返してくれた。
「シン様の、そういうとこ……やっぱりズルいです」
「何のことだ? 俺はただ契約を果たすよう君を脅迫したのだが」
「ふふ……えぇ。そういうことにしてあげます」
すべてを分かったうえで俺の提案に乗り、頬を染めて手を握ってくれる。
心なしか俺の腕を抱く力が強くなったと感じたのは自惚れだろうか。
「ところでその……こうして手を繋いだのは、初めてですね」
「そういえば、そうだな」
「……嬉しいな」
ぽつりと漏れたアイリの本音。
心から嬉しそうに口元を緩める彼女は耳まで赤くなっている。
………………もしかしなくても、俺の嫁は可愛すぎるのでは?
16
あなたにおすすめの小説
『婚約破棄されましたが、孤児院を作ったら国が変わりました』
ふわふわ
恋愛
了解です。
では、アルファポリス掲載向け・最適化済みの内容紹介を書きます。
(本命タイトル①を前提にしていますが、他タイトルにも流用可能です)
---
内容紹介
婚約破棄を告げられたとき、
ノエリアは怒りもしなければ、悲しみもしなかった。
それは政略結婚。
家同士の都合で決まり、家同士の都合で終わる話。
貴族の娘として当然の義務が、一つ消えただけだった。
――だから、その後の人生は自由に生きることにした。
捨て猫を拾い、
行き倒れの孤児の少女を保護し、
「収容するだけではない」孤児院を作る。
教育を施し、働く力を与え、
やがて孤児たちは領地を支える人材へと育っていく。
しかしその制度は、
貴族社会の“当たり前”を静かに壊していった。
反発、批判、正論という名の圧力。
それでもノエリアは感情を振り回さず、
ただ淡々と線を引き、責任を果たし続ける。
ざまぁは叫ばれない。
断罪も復讐もない。
あるのは、
「選ばれなかった令嬢」が選び続けた生き方と、
彼女がいなくても回り続ける世界。
これは、
恋愛よりも生き方を選んだ一人の令嬢が、
静かに国を変えていく物語。
---
併せておすすめタグ(参考)
婚約破棄
女主人公
貴族令嬢
孤児院
内政
知的ヒロイン
スローざまぁ
日常系
猫
『胸の大きさで婚約破棄する王太子を捨てたら、国の方が先に詰みました』
鷹 綾
恋愛
「女性の胸には愛と希望が詰まっている。大きい方がいいに決まっている」
――そう公言し、婚約者であるマルティナを堂々と切り捨てた王太子オスカー。
理由はただ一つ。「理想の女性像に合わない」から。
あまりにも愚かで、あまりにも軽薄。
マルティナは怒りも泣きもせず、静かに身を引くことを選ぶ。
「国内の人間を、これ以上巻き込むべきではありません」
それは諫言であり、同時に――予告だった。
彼女が去った王都では、次第に“判断できる人間”が消えていく。
調整役を失い、声の大きな者に振り回され、国政は静かに、しかし確実に崩壊へ向かっていった。
一方、王都を離れたマルティナは、名も肩書きも出さず、
「誰かに依存しない仕組み」を築き始める。
戻らない。
復縁しない。
選ばれなかった人生を、自分で選び直すために。
これは、
愚かな王太子が壊した国と、
“何も壊さずに離れた令嬢”の物語。
静かで冷静な、痛快ざまぁ×知性派ヒロイン譚。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
辺境の侯爵令嬢、婚約破棄された夜に最強薬師スキルでざまぁします。
コテット
恋愛
侯爵令嬢リーナは、王子からの婚約破棄と義妹の策略により、社交界での地位も誇りも奪われた。
だが、彼女には誰も知らない“前世の記憶”がある。現代薬剤師として培った知識と、辺境で拾った“魔草”の力。
それらを駆使して、貴族社会の裏を暴き、裏切った者たちに“真実の薬”を処方する。
ざまぁの宴の先に待つのは、異国の王子との出会い、平穏な薬草庵の日々、そして新たな愛。
これは、捨てられた令嬢が世界を変える、痛快で甘くてスカッとする逆転恋愛譚。
【完結】聖女を愛する婚約者に婚約破棄を突きつけられましたが、愛する人と幸せになります!
ユウ
恋愛
「君には失望した!聖女を虐げるとは!」
侯爵令嬢のオンディーヌは宮廷楽団に所属する歌姫だった。
しかしある日聖女を虐げたという瞬間が流れてしまい、断罪されてしまう。
全ては仕組まれた冤罪だった。
聖女を愛する婚約者や私を邪魔だと思う者達の。
幼い頃からの幼馴染も、友人も目の敵で睨みつけ私は公衆の面前で婚約破棄を突きつけられ家からも勘当されてしまったオンディーヌだったが…
「やっと自由になれたぞ!」
実に前向きなオンディーヌは転生者で何時か追い出された時の為に準備をしていたのだ。
貴族の生活に憔悴してので追放万々歳と思う最中、老婆の森に身を寄せることになるのだった。
一方王都では王女の逆鱗に触れ冤罪だった事が明らかになる。
すぐに連れ戻すように命を受けるも、既に王都にはおらず偽りの断罪をした者達はさらなる報いを受けることになるのだった。
婚約破棄に、承知いたしました。と返したら爆笑されました。
パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢カルルは、ある夜会で王太子ジェラールから婚約破棄を言い渡される。しかし、カルルは泣くどころか、これまで立て替えていた経費や労働対価の「莫大な請求書」をその場で叩きつけた。
地味だと婚約破棄されましたが、私の作る"お弁当"が、冷徹公爵様やもふもふ聖獣たちの胃袋を掴んだようです〜隣国の冷徹公爵様に拾われ幸せ!〜
咲月ねむと
恋愛
伯爵令嬢のエリアーナは、婚約者である王太子から「地味でつまらない」と、大勢の前で婚約破棄を言い渡されてしまう。
全てを失い途方に暮れる彼女を拾ったのは、隣国からやって来た『氷の悪魔』と恐れられる冷徹公爵ヴィンセントだった。
「お前から、腹の減る匂いがする」
空腹で倒れかけていた彼に、前世の記憶を頼りに作ったささやかな料理を渡したのが、彼女の運命を変えるきっかけとなる。
公爵領で待っていたのは、気難しい最強の聖獣フェンリルや、屈強な騎士団。しかし彼らは皆、エリアーナの作る温かく美味しい「お弁当」の虜になってしまう!
これは、地味だと虐げられた令嬢が、愛情たっぷりのお弁当で人々の胃袋と心を掴み、最高の幸せを手に入れる、お腹も心も満たされる、ほっこり甘いシンデレラストーリー。
元婚約者への、美味しいざまぁもあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる