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第三十七話 加速する熱

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 他人に言われて自分の気持ちを自覚するなんて、と思うけれど、往々にして恋愛なんてそんなものかもしれない。

 私はシン様が好き。
 いつからかは知らないけれど、彼に恋をしている。

 ただ、『好き=信じられる』ではないと思う。
 別に信用していない、と言うわけではないのだけど……。
 信用しているかと言えばしているし、でも、根っこからは信じられないというか。

 ……まぁそう簡単に傷が癒えるならここまで拗らせてないわよね。

 自分で言うのもなんだけど。

 ──翌朝。

「おはようございます、シン様」
「あぁ。おはよう」

 とはいえだ。
 自分の気持ちを自覚したことで、シン様と普通に話せるようになった。
 もう顔を見ても胸が変な動悸を起こしたりしないし、目を逸らすこともない。
 一緒に朝食をとったあと、執務室に移動した。

「各農地から報告書が上がっていますので、私は収穫量のまとめと返信をしておきますね。三時間後に会談があるのでそちらも。昼食は遅くなるので先に食べておいてくださいませ」
「俺は例の仕事の段取りを組む予定だ」
「分かりました」

 私たちはそれぞれやるべきことを確認して、仕事に取り組む。
 カリカリと執務室にペンを走らせる音が響くなか、ふとシン様の手が止まった。
 こめかみをもみほぐし、身体を伸ばす動作。

(……お茶を淹れたほうがいいかしら?)

 リーチェはシィちゃんと一緒に家庭菜園の手入れをしてもらっているから私が淹れよう。私は立ち上がってポットとカップを用意した。
 こちらをじぃっと見る視線を感じる。
 魔導具があるのでお湯が沸くのもすぐだ。給湯所に行こうとすると、

「アイリ」
「はい?」

 シン様が真面目な口調で言うので私は振り返った。
 彼は組んだ手の甲に顎を乗せて言った。

「君は最近、ますます綺麗になったな」

 がしゃんっ! とティーセットが落下した。
 シン様が「大丈夫か!?」と慌てて駆け寄ってくるけど、私はその顔を直視できない。

「怪我はないか。破片が飛んだりは?」
「す、すいません。高価な茶器を……」
「こんなもの、いくらでも買い直せばいい」

 シン様は私の周りをまわって、怪我がないことを確認したようだ。
 正面に立ち、ホッとしたように胸をなでおろし、私の頭を撫でて言った。

「気を遣ってくれてありがとう。怪我がなくて良かった」
「~~~~~~っ」

 ……ぼんっ! と頭のてっぺんから湯気が飛び出す。
 茹で上がった顔を手で覆い隠した私はその場に座り込んだ。

「アイリ? やはり体調が?」
「……しです」
「なに?」
「不意打ち禁止です! シン様のばか!」

 私は理不尽にシン様の胸をぽかぽかと叩き、執務室を出ていく。
 シン様がぽかーんと置き去りになったけど、知ったことか。

 ちょっと時間を空けないと彼と同じ空間に居られなかった。
 自室に逃げ込んでベッドに座り込み、枕に顔を押し付ける。
 心臓に手を当てて、ぎゅっと身体を丸める。

 どくんっどくんっどくんっ……。

(まだどきどきしている)

 顔の熱は冷めてくれないし、なんだか頭がぼーっとする。

『君は最近、ますます綺麗になったな』
「~~~~~っ」

 綺麗、綺麗、綺麗……。
 私の魂に刻み込むようにその言葉が脳裏に反芻される。

 以前なら偽の妻に向けてと信じて疑わなかった言葉一つ。
 だけど、なぜだか今の私の胸にはすぅっとしみこんでくる。

(お茶を淹れようとしたの、分かってくれた)

 いつも自分のことを見てくれて、些細な気遣いに気付いてくれて。
 力強く抱き留めてくれた彼の胸がたくましくて……。

(どうしよう……私、シン様のこと好き過ぎでは!?)
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