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第三十六話 王の激怒 ※リチャード視点
しおりを挟む──国王が外交から帰ってくる。
エルシュタイン王国の王宮は主の帰還を祝うために慌ただしかった。
裁可待ちの書類を待つ役人、ごちそうを用意する料理人、王の機嫌をとるために参内した貴族たち……。
王の帰還を待ち望んでいたのはもちろん、彼らだけではない。
「父上が帰って来た。我ら王族もきちんとお迎えせねば」
「兄上、先日の商談のこと報告するぞ。それから先日のルーベル平野での軍事訓練だが……」
二人の兄が国内の政治について語っている傍ら、リチャードはほくそ笑んでいた。
(ついに父上が帰ってくる。国王さえ帰って来ればこちらのものだ)
父が自分に愛情を持っていないことは知っているが、同時に国王として国内の勢力バランスに気を遣っていることも知っている。ここ最近は特に辺境伯を始めとした貴族が力をつけているから、王族が臣下の傀儡になっていると噂されているのだ。その王族の品位が貶められればどうなるか? 決まっている。強権を発動してもバランスを保とうとするだろう。
(この僕を虚仮にした罪、思い知らせてやるぞ。エミリア・クロック)
第三王子である自分を弄んだ罪は重い。
思えばエミリアは顔はいいし愛嬌を振りまくが着飾ることしか能がなく、自分の夢ばかり語って、あまりにも話がつまらない女だった。その点、以前に婚約していたアイリ・ガラントは口数が少なく恰好こそみすぼらしいが、素材はいい。常に自分の後ろに控えて話を聞いてくれたし、同じ本を読んで感想を言い合うこともあった。そのたびにエミリアが邪魔をしてきたが。
(……思えばあいつだけだったな。僕と真正面から向き合ってくれたのは)
ただ、銀髪が気持ち悪いのは本当だ。
外見だけは宮廷魔術師殿に変色魔術をかけてもらえばよかった。
そうすれば、従順で顔が良くて自分に都合のいい女が出来上がったのに。
(失敗したなぁ)
惜しい道具をなくした子供のようにリチャードは思う。
罪悪感? そんなものあるわけがない。
エルシュタイン王国に住まう全ての平民はこの自分を敬って然るべき。
むしろ、利用されたことを光栄に思うべきだろう。
(ま、似たような女を見つければいいか)
そのためにもまず、エミリア・クロックに思い知らせねばなるまい。
リチャードは二人の兄が王と謁見したあと、執務室の扉を叩いた。
齢六十を超えた王は白髪が目立つものの身に纏う威風は衰えることがない。
「久しいな、リチャード」
ごくりと、生唾を呑み込んでリチャードは一礼する。
彼の胸は名前を呼ばれたことの喜びに打ち震えていた。
(父上が僕の名前を憶えていてくれた……)
これは少しばかり強く出てもいいのでは?
甘い誘惑に飛びついたリチャードは口を開いた。
「お久しぶりでございます。父上に置かれましては壮健でなにより」
「儂に話があるとか?」
「はい」
リチャードはここ数ヶ月、いかに自分が我慢してきたか、いかに自分が品位を貶められたかを語った。
アイリ・カランドとの婚約破棄はすべて仕組まれていたこと。
エミリア・クロックがいかに悪女で自分がいかに被害を受けてきたか。
「お主の話はよく分かった」
「分かってくれましたか!!」
さすが我が父だ。これぞ我が国王だ。
この自分を馬鹿にするということの意味を、よく分かってくださっている。
(待っていろエミリア。お前はもう終わりだ……!)
「まず貴様に言わねばならんな」
国王は息を吸い込み、リチャードを労う言葉を──
「この、大馬鹿者がぁああああああああああああああああ!!」
「ひっ!?」
王宮をゆるがすほどの怒声が響きわたった。
思わず悲鳴を上げたリチャードに国王はまくしたてる。
「貴様、自分がどれだけのことをしでかしたのか分かってるのか!? 儂がS級冒険者を子爵にしたのは貴族たちの力を削ぐためだ! しかもカランド子爵は国内でも有数の魔物研究家! 魔物被害に悩まされている我が国にとってその令嬢との婚約がどのような意味を持つのか分かっているのか!? 珍しく、本当に珍しくカランド子爵令嬢に近付いた貴様を認めていたものを……! さすがは我が息子だと思ったが、よりにもよって婚約破棄、しかもみすみす殺されてしまうなどと……!」
「え、あ、え?」
自分が認められていた?
アイリと婚約していたから?
「あ、アイリは」
「死んだのだろう。聞いた。よりにもよって見栄ばかりを張る馬鹿な子爵令嬢と婚約し、愚かにも別れを切り出されるなどと……あぁ、貴様は本当に儂の息子なのか? こんなにも、こんなにも愚かに育つとはっ! かくなるうえは貴様を降家……いや、追放するしかあるまい」
「ち、父上……? 嘘ですよね?」
「嘘なものか。追放では生温いくらいだ!!」
国王の怒りは止まらない。
国政のために費やした時間をすべて第三王子に台無しにされたのだ。
さらには『全裸王子』などという不名誉を王族の中から出すことになった。
一体どれだけの損失が出るのか……想像もしたくはなかった。
「追って沙汰を下す。衛兵! この男を連れ出せ!」
「そ、そんな、父上、父上ぇええええええええええ!」
リチャードの声は届かなかった。
彼の脳裏には過去のおのれの選択が繰り返し突きつけられる。
あの時、あのままアイリと結婚していたら。
あの時、エミリアではなくアイリを選んでいたら。
あの時、銀髪への蔑視を捨ててアイリの手を取っていたら。
──けれどアイリは、もうどこにも居ない。
「あ、ぁあぁ、ぼ、僕は、僕は僕は僕は僕は僕は……!」
自室へ軟禁された彼は狂ったように頭を掻きむしる。
「お前のせいだお前のせいだお前のせいだ、エミリアぁ……!」
被害者意識を肥大化させたリチャードは憎しみの炎を燃やし、窓の外を食い入るように見つめた──。
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