宮廷料理官は溺れるほど愛される~落ちこぼれ料理令嬢は敵国に売られて大嫌いな公爵に引き取られました~

山夜みい

文字の大きさ
12 / 34

第十二話 私の復讐

しおりを挟む
 
「ところでシェラ、お前さん、火の宮にいたってのは本当か?」

 月の宮全体を案内され終わったところでガルファンが聞いて来た。
 意図が分からないシェラは警戒まじりに頷いた。

「……そうですけど」
「いつからだ」
「一年前」
「一年前……あー、なるほどなるほど! がはは! そういうことか・・・・・・・!」

 ガルファンは腹を抱えて笑った。
「何をしていた」と聞かれたので「下処理雑用全部」と答えた。
「だろうな」と言われたのが釈然としなかったが、やはりここでも……。

「とりま今日は洗い物で軽く済ませるとして」

 ガルファンはにやりと笑う。

「火入れ係、やってみっか?」
「……っ、はっ」

 思わず勢い込んで「はいっ」と返事をしそうになったシェラ。
 にやにやと隣で見下ろすリーネに気付き慌ててそっぽ向いた。

「べ、別に。好きにすればいいんじゃない」
「おーう。じゃあそうさせてもらうぜ。リーネ!」
「あいよー! ちょうどあたいの担当だ。火入れの奥義叩き込んでやる!」

 豪快に背中を叩かれてシェラは転びそうになった。

「あはは!もっと食って身体を鍛えないとな!」

 やはり釈然としなかった。



 ◆



 驚くことに、月の宮の仕事は夕方になる前に終わった。
 火の宮に居た時は月が中天に差し掛かるまで仕事が終わらなかったのに、驚異的な早さだ。

(まぁ、どうせ明日から大変なんだろうけど)

 火の宮の時も初日は洗い物ばかりで早く終わった気がする。
 その翌日から下処理に手を出して、地獄の日々が始まったのだ。
 でも、とシェラはリヒムの邸宅に帰りながら振り向いた。

(……あの人たちは違うのかな)

 ほんの少しだけ、そんな希望が胸にある。
 ガルファンやリーネ、他の大勢の人たちは見たことないほど温かかった。
 多少、乱暴なところもあるけれど……良い人、なのだろう。

(イシュタリア人にも、あんな人いるのね)

 じっと見上げるシェラの視線にルゥルゥは首を傾げた。

「何か?」
「……あなたはどっちなのかなと思って」
「はぁ。私は正真正銘の女ですが」
「性別は疑ってない」
「冗談です」
「だからあなたの冗談は笑えないんだって……」

 初日ということもあって火の宮の仕事が終わるとルゥルゥが迎えに来たのだ。
 まるで子供の送り迎えのようで癪だったが、一度で広い宮殿の道を覚えられるほどシェラは頭が良くない。正直助かったのも本音だがそれを口にするのは憚られた。

 結果的にむすっとしてしまうシェラにルゥルゥは頭を撫でて来た。
 だからなぜ撫でる!

「さて、あなたの仕事はこれからが本番ですよ」
「……あいつの食事?」
「私たちと、あなたの食事です」

 そういえば月の宮は全員で食事をするのだったか。
 昨日のシェラと言えば自室に飛び込んで部屋の前に置かれた冷えたスープとパンを食べただけだから、食事には参加しなかったが。

(あいつの大嫌いなものでも作ってやろうかな)

 そう思いながらリヒムの邸宅に帰ると、

「おかえりー! シェラちゃん、ラドワが来てるよ」
「はい?」

 玄関から出てきたスィリーンがシェラたちを迎えた。
 ラドワというと、シェラの前任である。
 昨日を最後に引退したはずだが、まだ何か忘れ物があったのか。
 首を傾げながら厨房へ向かうと、老料理官は「シェラさん!」と安堵に頬を緩ませた。

「わたしったら大事なことを伝え忘れていたわ。やだもう、年は取りたくないわね」
「なんですか」
「はい、これ」
「……?」

 手渡されたのは、見たところ料理のレシピのようだ。
 貴重な羊皮紙を使って書かれたその材料にシェラは眉を顰める。

「泥団子のレシピですか」
「違うわよぉ。栄養食。閣下はあまり食事が好きではない方だから、朝と夜はこれで済ませてるの」
「はぁ?」

 ひと口で身体に必要な栄養が取れる優れものらしい。
 リヒムは毎日これを食べており、シェラたち料理官の仕事は他の使用人や客人の料理を作ることだという。めちゃくちゃ重要なことを忘れていたラドワは「これ作ってあげてね。頼んだわよぉ」と言い残して去っていく。

 一人、厨房に残されたシェラは怒りに震えた。

(人を料理官として雇っといて、栄養食で済ませる……? 馬鹿にしてっ!)

 ラドワは気にしていないようだが、これは料理官への挑戦状だ。
 お前の作る料理には栄養がないから指示通り作れと言っているのだ。

 ふざけるな。誰が言うことを聞いてやるものか。
 食事が好きじゃない? なら、好きにさせてやる。

 私の食事が欲しくて欲しくてたまらないように。
 食べたすぎて禁断症状が出るくらいになった時、ここから出て行く。
 決意を秘めたシェラは包丁を握った。

「これが、私の復讐よ」
しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

【書籍化】番の身代わり婚約者を辞めることにしたら、冷酷な龍神王太子の様子がおかしくなりました

降魔 鬼灯
恋愛
 コミカライズ化決定しました。 ユリアンナは王太子ルードヴィッヒの婚約者。  幼い頃は仲良しの2人だったのに、最近では全く会話がない。  月一度の砂時計で時間を計られた義務の様なお茶会もルードヴィッヒはこちらを睨みつけるだけで、なんの会話もない。    お茶会が終わったあとに義務的に届く手紙や花束。義務的に届くドレスやアクセサリー。    しまいには「ずっと番と一緒にいたい」なんて言葉も聞いてしまって。 よし分かった、もう無理、婚約破棄しよう! 誤解から婚約破棄を申し出て自制していた番を怒らせ、執着溺愛のブーメランを食らうユリアンナの運命は? 全十話。一日2回更新 完結済  コミカライズ化に伴いタイトルを『憂鬱なお茶会〜殿下、お茶会を止めて番探しをされては?え?義務?彼女は自分が殿下の番であることを知らない。溺愛まであと半年〜』から『番の身代わり婚約者を辞めることにしたら、冷酷な龍神王太子の様子がおかしくなりました』に変更しています。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

ブサイク令嬢は、眼鏡を外せば国一番の美女でして。

みこと。
恋愛
伯爵家のひとり娘、アルドンサ・リブレは"人の死期"がわかる。 死が近づいた人間の体が、色あせて見えるからだ。 母に気味悪がれた彼女は、「眼鏡をかけていれば見えない」と主張し、大きな眼鏡を外さなくなった。 無骨な眼鏡で"ブサ令嬢"と蔑まれるアルドンサだが、そんな彼女にも憧れの人がいた。 王女の婚約者、公爵家次男のファビアン公子である。彼に助けられて以降、想いを密かに閉じ込めて、ただ姿が見れるだけで満足していたある日、ファビアンの全身が薄く見え? 「ファビアン様に死期が迫ってる!」 王女に新しい恋人が出来たため、ファビアンとの仲が危ぶまれる昨今。まさか王女に断罪される? それとも失恋を嘆いて命を絶つ? 慌てるアルドンサだったが、さらに彼女の目は、とんでもないものをとらえてしまう──。 不思議な力に悩まされてきた令嬢が、初恋相手と結ばれるハッピーエンドな物語。 幸せな結末を、ぜひご確認ください!! (※本編はヒロイン視点、全5話完結) (※番外編は第6話から、他のキャラ視点でお届けします) ※この作品は「小説家になろう」様でも掲載しています。第6~12話は「なろう」様では『浅はかな王女の末路』、第13~15話『「わたくしは身勝手な第一王女なの」〜ざまぁ後王女の見た景色〜』、第16~17話『氷砂糖の王女様』というタイトルです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

王妃は涙を流さない〜ただあなたを守りたかっただけでした〜

矢野りと
恋愛
理不尽な理由を掲げて大国に攻め入った母国は、数カ月後には敗戦国となった。 王政を廃するか、それとも王妃を人質として差し出すかと大国は選択を迫ってくる。 『…本当にすまない、ジュンリヤ』 『謝らないで、覚悟はできています』 敗戦後、王位を継いだばかりの夫には私を守るだけの力はなかった。 ――たった三年間の別れ…。 三年後に帰国した私を待っていたのは国王である夫の変わらない眼差し。……とその隣で微笑む側妃だった。 『王妃様、シャンナアンナと申します』 もう私の居場所はなくなっていた…。 ※設定はゆるいです。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。

香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。 皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。 さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。 しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。 それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?

仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!

ぽんちゃん
恋愛
 ――仕事で疲れて会えない。  十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。  記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。  そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?

処理中です...