宮廷料理官は溺れるほど愛される~落ちこぼれ料理令嬢は敵国に売られて大嫌いな公爵に引き取られました~

山夜みい

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第十四話 大嫌いなのに。

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 リヒム・クルアーンの邸宅では将軍の部下や使用人たちが集まっていた。
 決して広いとはいえない食堂に五人ほどの男女がテーブルについている。
 そのうちの一人、蒼髪の女が不満そうに言った。

「新入りの名前ってシェラだっけ? どうなの? 料理できるわけ?」
「アナトリア出身だし、ある程度は出来るんじゃないかしら」
「食堂を見る目つきがプロのそれ。間違いなし」

 スィリーンの言葉に女は顔を顰めた。

「あたしがいない間に変なの拾って来たわね。刺客じゃないの」
「シェラちゃんはそんなのじゃありませんよ。とってもいい子なんです」
「ふん。変なのが出てきたら殺してやる」
「──それは許さんぞ、サキーナ」

 凛とした声で入ってきたのはこの屋敷の主。
 黄獣将軍アジラミール・パシャリヒム・クルアーンは厳しい顔で言った。

「あの娘は俺が招いた。いかな方法であれ手を出すのは俺への敵対行為と知れ」

 蒼髪の女──サキーナは背筋を正して言い返す。

「小官は将軍補佐ギレイ・アジラミールです。あなたの危険を排除する義務があります」
「俺が非力な娘一人に殺されると?」
「そうは言ってませんが」
「ならば何も言うな……ところで、食事はまだか?」
「そろそろ来る頃かと思うけどぉ」

 スィリーンが厨房に振り向いた時、ちょうどルゥルゥが入って来た。
 今日の配膳当番であるルゥルゥの後にシェラが続く。

「お待たせしました」

 銀色のドームカバーをかぶせたまま皿が配られていく。
 シェラはリヒムの前に皿を置いた。

「……俺もか? いつものはどうした」
「料理官は私」

 明らかに不満を漏らすリヒムにシェラはそっぽ向いた。

「あんなものが食事なんて認めない。文句があるなら私を解雇すれば」
「……」
「あなた、誰に向かって口きいて──」
「サキーナ、いい」

 リヒムは副官を黙らせたあと、シェラに向き直った。

「確かに俺が君を雇ったのだ。食事は君が決めるのが筋だろう」
「分かればいいの」

 シェラは勝ち誇ったように胸を張り、

「まぁ、メニューを見て同じことが言えるならだけど」
「なにこれ!?」

 スィリーンが驚きの声を上げた。
 すかさずシェラはドームカバーを外してリヒムに見せる。
 ふわりと、独特なにおいが食堂中に立ち上った。

「これは──」
五角羊肉ラム肉のローストカツ。バジルソース添え」

 黄金色に輝く骨付き肉だった。
 バジルソースが皿の上に垂らされ、彩りを添えている。

「わぁ、美味しそう」
「ん。でも確かこれは」

 一同の視線が頬を引きつらせたリヒムに向けられる。

「あなたが大嫌いなもの・・・・・・だと聞いた」

 シェラは冷然と言い、膝を曲げて一礼する。

「どうぞご賞味くださいませ。旦那様・・・
「……いただこう」
「ちょ、本気ですか!? こいつの目見てください! 毒が入ってるかもしれませんよ!?」

 立ち上がったサキーナの言葉にシェラは心外だと口をへの字に曲げた。

「アナトリアの女は料理に嘘をつかない。馬鹿にしないでください」
「どこに信用できる要素があるのよ!?」
「少なくとも、宣戦布告もせずにアナトリアを滅ぼしたイシュタリア人よりはよっぽど」

 それを言われるとサキーナも何も言えなくなるようだった。
 開いていた口を閉じて、すごすごと椅子に座り直す。

「では」

 その場にいる全員で食前の祈りを行い、フォークに手を付ける。
「リヒム様」普段は毒見など行わないのだが、明らかに敵対意志のあるシェラの態度に耐えかねたサキーナが先陣を切った。これが妥協案だと言わんばかりにリヒムを制した彼女は、いの一番にラム肉を口に運ぶ。そして、

「ん!?」

 彼女は口元を押さえ、目を見開いた。
 もぐもぐ、もぐもぐ……と、サキーナが咀嚼する様をその場の全員が注目し、



「お、美味しい……!」



「!?」

 サキーナの発した一言で、ようやく周囲の空気がやわらいだ。
 スィリーンなどは早く手を付けたくて仕方がなかったようだが、サキーナの顔を立てて待っていたようだ。普段は自宅で食事をしているスィリーンも、シェラの初めての料理が気になるのか勢い込んでロースト肉を頬張る。

「ん~~~~~~! すごい! シェラちゃん、これすごく美味しいわ!」
「ん。百点満点中百二十点」

 周りの反応を見て驚くリヒムに、シェラは挑発的に言った。

「まさか怖いんですか? 天下の黄獣将軍アジラミール・パシャともあろう者が?」

 口元に手を当て、小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。

「大嫌いなものに手を付けられないなんて、意外とお子様なんですねぇ」
「言うではないか」

 リヒムは口元を吊り上げ、ロースト肉にフォークを突き刺した。
 パン粉をまぶして薪窯で仕上げたロースト肉は、サクッ、と音を立てる。
 続けて、じゅわぁあ、とリヒムの口内で脂が弾けたはずだ。

「……っ、これは……臭みが、ない?」

 羊肉や猪肉をはじめとした野獣肉は臭みが強い。
 イシュタリア人でも肉はもっぱら豚だと言って食べることが多いらしい。
 だからシェラはあえて癖の強い五角羊肉を使った。

「獣臭いにおいがどうしてもだめだったんだがな……しかも、この衣は?」
「パンを砕いて衣にした。アナトリアでは一般的な調理法なの」
「ですが、それだけではこの臭みの無さは説明できませんよね?」

 ルゥルゥの言葉にシェラは頷いた。

「今回使った五角羊肉は特に臭みが多い食材よ。それは普通の羊に比べて血液量が倍以上に多いから。普通は解体の段階で血抜きを徹底するものだけど、ここの食材はそうじゃなかった。だから私は塩をまぶしてから五時間ほどエールに浸していたの」
「……! なるほど。塩につけたら食材の水分が抜けるのと同じ理屈で……」

 納得したように頷くルゥルゥ。
 他の者達が分かっていないようなのでシェラは説明を続けた。

「そうすることで羊肉の臭みはほとんど消える。だけどまだ足りない。そのためにパン粉の中に香草を練り込み、チーズでまぶした。さらにバジルソースの強い香りが羊肉の厭らしさを完璧に消してくれる」
「じゃあ、羊肉がまずい理由は?」
「怠惰。勉強不足、臭みすら操れないなんて、料理官失格だもの」
「へぇ~~~~~~~~~すごい。勉強になるわぁ」

 イシュリーンが頬に手を当てて微笑んだ。

「私も家でやってみようかしら」
「あぁ。いいんじゃないか。これなら俺でも食べられそうだ」

 リヒムはシェラに振り向き、少年のように笑った。

「こんなに美味いものは食べたことがない。君はすごいな」
「……っ」

 精悍な顔つきが見せるギャップに、思わずシェラの心臓が跳ねた。
 全力で明後日の方向に目を逸らし熱くなった顔を扇のように手であおぐ。

(なによ、その顔。そんな顔をしたって……)

 心に落ちた水滴は波紋を立て、どんどん広がっていく。

(初めて、褒められた。美味しいって……言ってくれた)

 じぃ……んと胸が熱くなる。
 ニヤつきそうになるのを押さえてぐにょぐにょと口元が歪む。
 顔面の筋肉を必死に制御しようとするシェラの瞼にリヒムの顔が焼き付いていた。

(ちょっとかわいいところも……いや何言ってるの私! 褒められたくらいで!)

 この男は姉の仇なのだ。自分の敵なのだ。
 すべてはこの男の胃袋を堕落させるための復讐。
 決して心を許してはならない。

(だいっきらい……そう、大嫌いなんだから!)

 シェラは自分にそう言い聞かせるのだった。


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