宮廷料理官は溺れるほど愛される~落ちこぼれ料理令嬢は敵国に売られて大嫌いな公爵に引き取られました~

山夜みい

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第二十六話 愛に焦がれて

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「いやぁ。これでも苦労したんだぜ?」

 雰囲気をがらりと変えたラークは深く長いため息をついた。

「月の宮の連中を出し抜いたり、君の周りの警備をかいくぐったりさー。本当はもうちょっと後でバレる予定だったんだけど……使えねぇゴミが暴走するから、こっちの計画が狂っちゃったよ」
「あなた……なに、言ってるの」

 ラークが自分に向けているのは敵意ですらなかった。
 通り道に邪魔者が居るから殺しておこう、そんなどうでもいいものに対する目だ。これまで彼が見せてきた気さくな雰囲気はどこにもなくて。

「……私を騙したの?」
「騙してないよ? だって嘘ついてないもん」
「詭弁ね」

 意図的に真実を隠していたならそれは嘘と同じだ。
 嘘の仮面でリヒムの部下を演じてシェラをここまで連れて来たのだから。

(逃げ道は……ない。横を通り過ぎる? 無理。捕まる)

 シェラは少しでも時間を稼ごうと口を動かしながら思考する。
 地下室への入り口は一つだ。
 ラークが塞いでいる道を通れるか、いくつものパターンを考えてみるが。

(……無理ね。これだから男は)

 武器を持っている相手を出し抜ける手立てはない。
 シェラに出来ることは相手に喋らせて時間を稼ぐことだけだった。
 手足が震えそうになるのをぐっと堪えて、シェラは言う。

「それで……なんで私をここに連れてきたの」
「決まってるじゃん。『ゴルディアスの秘宝』だよ」
「……またそれ」

 思えばラークは初めて出会った時も同じことを言っていた。
 ゴルディアスの秘宝。アナトリアに伝わるおとぎ話。
 すべての料理の始まりであり終わりでもあるという伝説の料理。

「あんなの作り話だって言ってるでしょ」
「いいや。ゴルディアスの秘宝は存在する」
「……」
「どうして分かるのかって? 簡単さ」

 ラークは言った。

「僕の真名はラージオ・イディク・ウル・アナトリア──滅びた王国の第二王子だからだよ」

 シェラは絶句した。
 頭が混乱して思考が追いつかなかった。

「……王子? あなたが?」
「そうだよ?」

 自嘲するように彼は笑う。

「アナトリア国王が不義を働いて産まれた子供──それが僕だ。七年前まで、僕はアナトリアの国王の下で暮らしていた」
「……」

 アナトリアの第二王子だったラークは派閥争いに負け第一王子に宮廷を追われたのだという。暗殺から逃れるために名を捨て、イシュタリア帝国の兵士として生まれ変わったのだ。確かに、元が王子という身分であれば伝説の真偽を知るのは容易だろう。


「……じゃあこの壁画は」
「ゴルディアスの秘宝のレシピだよ。この国の各地に存在している」
「……」
「でも、この文字を読める人が見つからなくてさ。古代アナトリア語を読める先代姫巫女は死んじゃったし。今代姫巫女に期待していたわけだよ」

 シェラの脳裏に電撃が走った。
 アナトリアの姫巫女といえば神に捧げる食事を作る、最も尊い身分だ。
 比類なき才能と気品が求められる、今代姫巫女は──

「まさか」
「そう、君の姉さ!」

 愉しげに、楽しげに、彼は両手を広げる。

「ほんと~~に苦労したんだぜ? 後継者が君の姉であることを突き止め、彼女と交流のあったリヒム・クルアーンの部下として信頼を勝ち取り皇帝に接触して、アナトリアへ戦争を吹っ掛ける! そこでよーやく手に入る筈だったんだ。ゴルディアスの秘宝が!」

 なのに、と彼は肩を落とした。

「まさか死んじゃってるなんてさー。計算外だよほんと」
「……あ、あなたは」

 叩きつけられる情報の渦に頭がくらりとして倒れてしまいそうだ。
 リヒムと姉に交流があったこともそうだし、ラークの正体のこともそう。
 何より、彼は言ったのだ。
 アナトリアへ戦争を吹っ掛けさせたと。
 ならば間接的に姉を殺したのは、ラークということになるわけで──

 燃え滾るような怒りが沸き起こった。

「そんなことのために、お姉ちゃんを……!」
「そんなこととか言うなよ。アナトリアの連中は僕を認めなかったんだ」

 ラークは顔を歪めた。

「僕こそが優秀なのに兄にばかり目を向けて、僕を居ない者扱いした。ただ生まれが卑しいというだけで!」
「……っ」
「だから滅ぼすことにした。ゴルディアスの秘宝を手に入れ、すべてを屈服させるためにね。これは復讐なんだよシェラザード。君にも覚えがあるだろう!?」

 くだらない、と一言で切り捨てるのは簡単だった。
 だけどシェラは出来なかった。
 常に姉と比べられ誰にも見向き去れなかった日々を思い出したから。

(お姉ちゃんが居なかったら、私も……)

 いや、とシェラは首を振る。

「……あなたは間違ってる」
「なんだと?」
「確かに、認めてくれないのは苦しい。誰かが見つけてくれないと自分がどこにいるかもわからなくなる……でも、それでも」

 この足で、この手で、前へ進むことしか道は開けない。
 シェラがどれだけ虐げても、愚直に進み続けてきたように──

「誰かのせいにして、八つ当たりして、それで何になるの?」
「お前……」
「あなたがやってるのは、構って欲しくて泣いてる子供と同じことよ」
「……!!」
「そんなことのためにお姉ちゃんを殺したあなたなんか、私は絶対に認めない!」
「ははっ、どうでもいいよ」

 ラークが剣を振り上げた。

「どうせお前はここで死ぬんだから」

 白刃が、松明の明かりに反射して閃いた。
 シェラは悲鳴を上げながら飛び退くが、よけきれずに服が裂けた。
 肌に赤い線が浮かび、血があふれてくる。

「……っ」

 痛みを堪えて逃げ回るも、いかんせん室内が狭すぎる。
 すぐに壁際に追い込まれてじりじりとラークが迫って来た。

「安心して。俺にいたぶる趣味はないから」
「……い、いや」
「姉と一緒の墓に埋めてやるよ。死ね、シェラザード!」

 一瞬が永遠にも感じるほど引き延ばされたその瞬間、

「死ぬのはお前だ。裏切り者」
「!?」

 ──……ガキンッ!!

 金属と金属がぶつかり合う衝撃音が響き、ラークの身体が揺らぐ。
 その隙を逃さんとした足蹴りが彼の脇に直撃し、ラークは壁に激突した。

「げほ、げほ、あぁ、早かったじゃないですか……」
「ようやく見つけたぞ。ラーク」
「リヒム!!」
「シェラ。今度は間に合ったな」

 リヒムは微笑んだ。

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