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第三話 スローライフの始まり
しおりを挟む吹きすさぶ風が肌を撫でる優しい場所に、オリバーはいた。
周りを見渡せば、どこまでも続く草原。地平線には山脈が見て取れる。
「敵影なし、と」
剣聖時代の癖で周りに敵がいないことを確認。
それから、自分の身体を確かめる。
「ふむ、どこも異常ないみたいだな」
魔王にやられた傷は回復しているようだ。
戦いの時に着ていたミスリルの鎧も脱がされ、平民と変わらない服を着ているように見えたが。
《大いなる心眼が発動します》
「ん?」
心眼は、女神の欺瞞すら看破する。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
名前:スレイプニルの革上衣
等級;神話級
風よりも早く走ると謳われたスレイプニルの革を使った上衣。
最高神イルディスの魔力が込められた糸で編まれている。
着用者に風の加護を与え、風圧の影響を最小限にとどめる。
切り裂かれた部分は自動的に再生可能。但し炎に弱い。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「おいおい、御大層なもん着せてくれてんじゃねぇか……」
思わず呆れ顔になったオリバー。
(過保護というか、なんというか)
戦地に送り込んだかと思えば、このように贈り物をしたり。
あの女神の真意は正直なところよく分からない。
ただ、貰えるものは貰っておこうとオリバーは思った。
「剣聖時代に身に着けていたものは……これと、これか」
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名前:虚空の指輪
等級:伝説級
他者の認識に干渉し、顔を個人だと特定できないようにする。
但し、一定以上に絆を深めた相手には効果が薄くなる。
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名前:聖剣デュランダル
等級:神話級
女神イルディスより下界に贈られた聖なる剣。
あらゆる魔を切り裂き、魔神を斬るためだけに打たれた。
魔神にまつわるものを斬る時に真価を発揮し、使い手の力を限界以上に引き出す。
女神に認められたものだけが鞘から抜くことが出来る。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「やれやれ。またお前と一緒になるとはなぁ」
オリバーは聖剣の柄を小突きながら嘆息した。
もう使うことはないと思うし、出来れば他のものに渡してほしいのだが。
「あの女神のことだ。そういうわけにもいかんのだろう」
さて、とオリバーは地形を見て現在地を確認する。
「……ふむ。アドアステラ帝国のエヴァ―ル草原か」
オリバーの生まれ故郷であり、魔神領域から最も近い人類の生存圏だ。
ここから少し北へ向かうと人類生存の最前線──戦場に出る。
一通りの現状確認を終えたオリバーは歩き始めた。
「とりあえず、荷物を取りに行こうかね」
戦場とは逆方向へ。
◆
──アドアステラ帝国。
──帝都ルイーナ。住居区画。
『虚空の指輪』のおかげですんなりと検問をすり抜けたオリバーは王都の街並みを歩いていた。
長きに渡る魔王との戦いが終わり、夜だというのに街はすっかり戦勝ムードに包まれている。
そこに家族の姿はないが、彼らの笑顔を守れたのだと思うと気分は悪くない。
「──剣聖様、万歳! 歴代最強の剣士に天界の導きあれ!」
ふと、声が耳に届いた。
見れば、酒場のバルコニー席で男たちが酒を煽りながらだべっている。
「惜しい方を亡くしたよなぁ。俺、あの人に助けてもらったことがあってよぉ」
「おれもおれも! あの方の剣を間近で見たことがあってさ!」
「もう一ヶ月か。あの方が亡くなって……魔王を倒してから……」
(ん?)
オリバーは首を傾げた。
(なんだ、一ヶ月経ってたのか)
自分の認識では魔王を倒してすぐに神域へ行き、それから下界に戻されたから、時間の感覚が周囲と違うようだ。
天界と下界では時間の流れが違うというし、そもそもイルディスが気を遣って一か月後に身体を再生させてくれたのかもしれない。
「ん? おい、何見てんだ、兄ちゃん」
注視しすぎたのか、酒場の男たちがこちらに気付いた。
しかし、彼らは自分たちの話している男が剣聖であることには気づいていない様子だ。
(虚空の指輪はちゃんと機能しているみたいだな)
オリバーは内心で満足しつつ、
「あぁ、悪い。あんまり美味そうなにおいがしたもんだからさ」
「がははっ! そりゃそうだ! ここの大将の料理は絶品だぜ!」
「なんせ塩も胡椒も使ってるしな! 剣聖様のおかげで街道が復活したし!」
「剣聖万歳! 四英雄万歳! 滅びろクソッタレな魔王軍!」
わはははははは! と騒ぎ始めた男たちを見てオリバーも腹の虫が鳴る。
そういえば下界に戻ってから何も食べていなかったな、と思い、酒場に入った。
五分後。
「──おまちどう! 『まほろば酒場』特製の魔鳥焼きだよ!」
「おー」
給仕に頼んで出てきたのは鳥の照り焼きのようだった。
香ばしく焼かれた鳥の上にはヒイラギの葉が飾りで乗せられている。
「いただきます」
オリバーは手を合わせ、食事を始める。
今世に生まれてからこの料理がオリバーの好物だったのだ。
スパイスの効いた鳥を食べながら染み出した油でパンを食べるのが最高で……
(あれ?)
もぐ、とオリバーは咀嚼し。
(~~~~~~~~~~~~~~~~っ!)
思わず吐き気がこみ上げてきて、口元を押さえた。
顔から血の気が引いて真っ青になっているのが自分でも分かる。
(ここで吐くのはまずい!)
魔王を倒した時の気合を見せる時だ。
自分を奮い立たせたオリバーはなんとか飲みこみ、水を流し込んだ。
ふぅ、と俯いて。
(まっず~~~~~~~~~~~~~~~!)
声にならない声でそう叫んだ。
(味が薄すぎる。触感がゴムみたいだ。食べられたもんじゃない!!)
思えば、前世の記憶を思い出してから食事をしたのは初めてだ。
まるでゴミ箱に捨てられていた鶏肉に酒を振りかけて味を付けたような、僅かな腐臭と酒臭さ。
臭みを消すためにつけたスパイスの香りが、味をごちゃごちゃにしている。
(俺は、こんなものを食べていたのか……)
異世界で前世の記憶なんて思い出すものじゃない、とオリバーは思った。
この分だとまともな料理にありつけるのは難しそうだ。
(そもそも、前世が豊かすぎるんだよなぁ……)
先ほどの男たちがしていた会話を思い出す。
『なんせ塩も胡椒も使ってるしな! 剣聖様のおかげで街道が復活したし!』
そう、この帝国では塩を使っているだけでちょっと良い料理の扱いなのだ。
大陸の北方、海産輸出国と大きく離れたこの国には塩がない。
岩塩の産出も魔王軍の台頭で難しかった現状だ。
胡椒が実るような熱帯地域からもほど遠い。
ならば外国から輸入すればいいのだが、コストが尋常ではない。
国の周りがすべて『ダンジョン』と呼ばれる魔物の巣窟に囲まれているからだ。
『凍てつき山』、『奈落の谷』、『魔の霧』、『逆さ渓流』、『精霊大森林』。
世界七大ダンジョンのうち五つに隣接している人が強くならざるおえない環境。
そのおかげもあって、軍事力に関しては他の追随を許さない強国だ。
強さこそが第一と呼ばれる大帝国。しかし──。
(今思い出すと……料理で感動した記憶はなかったな)
この店の料理も塩は貴重だから慎重に使っているのだろうと思う。
前世の料理のようにインパクトが出るほど塩を使ってしまうとあっという間に枯渇しそうだ。
塩は料理の命だと聞く。
前世の世界では塩や胡椒をめぐって争いが起きたほどだ。
恵まれた日本で生きていた頃は分からなかったが、今は納得できる気がする。
(うう、これを食い続けるのはきつい……)
そう思いつつも、残すことだけはしまいとオリバーは完食する。
すると、
《ステータスが上昇しました》
「ん?」
魔獣を倒したわけでもなく目の前に半透明のウィンドウが浮かび、オリバーは目を瞬かせた。どういうことかと気になるのだが、ここではステータスを確認することが出来ない。ギルドなどを通じて鑑定師に依頼するか、特殊な道具を用いねばならないのだ。
「家に戻るか」
会計を済ませ、急いで家に戻る。
住居区画の中でも一等地と呼ばれる場所は魔導警報器などが設置されていることが多く、オリバーの家も例外ではないのだが、本人である自分ならば警報を解除して中に入ることは容易い。
「ただいまっと」
部屋の中はベッドやクローゼットなど少ない荷物しかない。
特に思い出もない部屋を無造作に歩きながら、オリバーは机の中から一枚のカードを取り出した。
ミスリル製のカードは所有者のステータスウィンドウを浮かび上がらせてくれる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
レベル:1
名前:オリバー・ハロック
天職:美食家
種族:人族
技能:なし
体力:F→F+
魔力:F
敏捷:F
幸運:F
《転職者特典》
大いなる心眼:あらゆる欺瞞を見破り、対象のステータスを看破する。
不可視の拒絶:日に一度、不意打ちによるダメージを無効化する。
イルディスの加護:ステータスの成長速度が上昇する。
在りし日の剣聖:月に一度だけ聖剣を呼び出し、剣聖の力を使うことが出来る。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「お、なんかプラスが付いてる」
本当にステータスが上がっていたようだ。
だが、そのきっかけに心当たりがなくてオリバーは首を傾げた。
「別に魔獣は倒してないんだけどなぁ」
一般的にステータスは魔獣を倒した時に上昇する。
一体の魔獣を複数人で倒した場合はどの程度の命を削ったかをシステムが自動で判断し、内部数値を振り分けるのだとイルディスは得意げに語っていた。その詳しい内部数値を見るには神殿に行くか《鑑定士》に頼むしかないが、ともあれ、オリバーが魔獣を倒した覚えがないのは事実だ。
「……………………もしかして、飯を食ったから?」
自分は今、剣士ではなく美食家だ。
美食と名がつくからには、食に関することでステータスが上がってもおかしくはない。
「よし、行くか」
そう考えたら試さずにはいられない。
オリバーはデザートを食べに行こうと踵を返して、
扉の外に気配を感じた。
「………………!」
迫る足音、逃げ場のない室内、扉に手をかける音。
(──やばい、誰か来た!)
がちゃり。
扉が開かれた。
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