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壱章「伊能の異能」

弐「初戦闘」

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 ゴブリンが、伊能の脳天に斧を振り下ろす――!

「うわぁあああっ!」

 ――ガキィイイイン!

 無我夢中で振り上げたわんか羅鍼らしんが、ゴブリンの攻撃を辛うじて受け止めた。
 だが、たった一度の応酬で伊能はすでに限界で、足腰がガクガクと震え、立っているのもやっとという有り様だ。
 反撃は愚か、逃げることすらままならない。

(何かないか、助かるための方法は!? 何か――そうじゃ!)

 伊能はわんか羅鍼を振り上げ、自身が使える唯一の異能を使う。

「【測量】!」

 目の前の空間がぱっと輝き、地図がウィンドウ表示された。
 が、それだけだった。

(だ、ダメじゃ! この異能、いくさでは何の役にも立たぬ!)

「ゴブゴブッ!」

 ゴブリンが、再び斧を振り下ろしてきた!

嗚呼ああっ)

 伊能は思わず、目を閉じる。
 果たして、

「ギャッ!」

 倒れたのは、伊能ではなくゴブリンの方だった。

「…………?」

 伊能は恐る恐る、目を開く。

「大丈夫かしらァん、ア・ナ・タ?」

 目の前に、大男がいた。
 身の丈二メートルを超える偉丈夫が、馬にまたがって、伊能を見下ろしていた。
 偉丈夫が携える長大な剣は、ゴブリンの血で汚れている。
 伊能を殺そうとしていたゴブリンを、倒してくれたのだ。

(倒した……いや、殺した、か)

 胴体を真っ二つにされたゴブリンの死体から、伊能は目を背ける。

(と、とにかく何か言わねば。そう、助けてもらった礼を)

「近隣の村々には、戦闘が終わるまでは外出禁止令を出しておいたはずなのだけれどォん」

 下馬した偉丈夫が、にっこりと微笑みかけてくる。

「あぁ、別に咎めているわけじゃないのよ。アナタ、このあたりの村民……には見えないわねェん」

 伊能は言葉が出ない。
 気圧されてしまっているのだ。
 伊能家当主・大店の店主・佐原村名主としての経歴が長く、何事にも物怖じしない伊能にとっては珍しいことだった。
 それほどまでに、偉丈夫の雰囲気は異常だった。
 何しろ偉丈夫は、『筋肉モリモリ』で『モヒカン頭』で『オネェ』だったのである。
 もちろん、江戸時代生まれの伊能の辞書に『モヒカン』や『オネェ』などという単語はない。
 が、伊能の中にインプットされたミズガル帝国語がそのように翻訳した。

陰間オカマ……いや、傾奇者?)

 身の丈二メートルの巨体は分厚いフルプレート鎧に包まれており、刃渡り一メートル五〇センチの両手剣ツヴァイハンダーを片手で軽々と携えている。
 モヒカンは七色に染め上げられており、いかつい顔は歌舞伎役者の隈取を思わせる強烈な真紅のアイシャドウと、口紅で彩られている。
 顔立ちは、彫りが深い異人風だ。

「あらあら、あらあらあらあら、近くで見たら、意外といい男ォ~ん」

 その巨人が、何やらクネクネとしている。

「たっ、旅の者でして」

 伊能はようやく、振り絞るようにそう言った。

「迷っておりましたところを、このとおり貴方様に助けていただきました。本当にありがとう存じますじゃ」

「旅。ふぅん、こんな何もないところを? まぁいいわ。こんな血みどろの戦場で、せっかくこうして生き残ったんだもの。生き延びなきゃ損ってなもんよね。ほら、ここは危ないからついていらしゃい」

 偉丈夫に抱き上げられた伊能は、ひょいっと馬に乗せられる。
 偉丈夫が手綱を握ると、馬は風のように戦場を駆け抜け、人間軍が本陣を構える丘の上へと至った。

「てーっ!」

 ――ドンッ! ドンッ! ドンッ! 

 大砲を撃つ砲兵隊の後ろで、伊能は馬から降ろされた。

「戦闘が終わるまで、ここにいなさいな」

 偉丈夫がにっこりと微笑む。

「敵もここまでは来ないはずよ。まァ戦争は水物だから、来るときには来るのだけれど」

「く、来るのですかな!?」

 殺されかけたときの恐怖を思い出す伊能。
 丘の上から見下ろしてみれば、先ほどまで伊能たちがいた場所以外にも、至る所で人間部隊対ゴブリン集団の戦闘が発生している。
 さらにその後方、地平線の向こうから、続々とゴブリンの軍勢がこちらへ向かいつつある。

「ま、安心なさいな。ここまで敵が迫ってくるときは、アタシたちが全滅するときだから。だとしたら、諦めもつくってなもんでしょう」

 そう言ってカラカラと笑った偉丈夫は、馬を駆って最前線へと戻っていった。
 途端、なんとも心細い気持ちになってしまう伊能。

(い、いやいやいや。何を小童のように怯えておるじゃ、ワシは)

 自分などよりもずっと年若い青年・成年たちが必死にゴブリンと戦っている風景を眺めているうちに、伊能は冷静さを取り戻していく。

(女神様も仰っておられたじゃろう。ユグドラは魔物に溢れた危険な世界なのじゃ、と)

 ならば、こうして保護してもらった自分は、せめてできることをしなければ。

(何か、ないか。非力なワシにもできることが)

 そこら中を忙しく駆け回る将兵たちの邪魔にならないよう気をつけながら、伊能は周囲を見回す。

「てーっ!」

「次弾装填急げ!」

 どうやらここは、本陣であると同時に、砲兵隊が展開している場所でもあるらしい。
 丘の上には十数機の車輪付き大砲が設置され、火を吹いている。
 が、

「【測量】! ……むぅ」

 砲弾は、ちっとも命中していないようだ。

 伊能の【測量】は今や、もうもうと立ち込める爆炎と土埃の中でも、ゴブリンたちがどこにいるのかを判別できるまでになっていた。
 道中で【測量】をさんざんに育ててきたことにより、生物の有無を地図上に点として表示させることができるようになったのだ。
 しかも、伊能が『敵』と認識する相手(ゴブリン)は赤い点、味方と認識する相手(人間の将兵)は青い点、中立と認識する相手(小動物など)は白い点として表示される優れものだ。
 女神がそのことを知ったなら、

「レーダーですか。チートですね」

 と喜んだことだろう。

(いけ、当たれ! あぁ、また外してしもぅた)

 弾が当たれば、敵が減る。
 敵が減れば、人間軍の将兵が白兵戦をする必要がなくなり、人間軍の死傷者が減る。
 だから、弾にはぜひ当たってもらいたい。
 なのに実際は、ちっとも当たらない。砲兵隊の砲術がお粗末すぎるのだ。

 人間軍が本陣を敷いている小高い丘の手前には、平野がある。
 だが『平野』とは言っても、実際には窪地もあれば岩山もあり、遮蔽物には事欠かない。
 ゴブリンたちは大砲が当たらないのをいいことに、地平線の向こうから続々と進軍し、平野の遮蔽物に逃げ込みつつある。

(【測量】。あの岩陰に潜むゴブリンは、四十。あの大木の陰には十。あの窪地には百も潜んでおるのか。他にも――)

 ざっと調べただけでも、こちらの数百メートル圏内に二百体ものゴブリンが潜んでいた。
 対する砲兵隊はたったの五十名。
 他の人間軍――歩兵や騎兵は、左右から押し寄せるゴブリン軍への対処に忙しく、助けに来てくれそうにもない。

(このままでは、ここは全滅じゃ。当然、ワシも死ぬことになる)

 そのとき、ゴブリンの集団十数体が岩陰から飛び出してきた!
 こちらを殺そうと、鬼の形相で丘を駆け上がってくる!

(何かないか!? 非力なワシでも戦う方法が――!)
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