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本編
3 機械音痴の初メール
しおりを挟むその恐ろしい電話は、エメリナの就業時間が終わると同時にかかってきた。
「えっと、その……忙しくってつい……め、滅相も無い! 言い訳するつもりじゃ…………はい……はい、反省してます……ごめんなさい、お母さん」
帰り支度の途中だったエメリナは、スマホから聞こえてくる母の冷ややかな声に、ガクガク震えながら小声で必死に謝り続ける。
この二週間、実家に電話する約束をすっかり忘れていた。
しびれを切らしてかけてきた母親は、電話口の向こうで淡々と、なぜ約束を破ったのか問い詰めてくる。
大声で叱って済まされるレベルなど、とっくに超えているようだ。
「……え? で、でも、次の日は仕事だし……いや、それだけはご勘弁を……はい、はい……わかりました……行きます」
ようやく満足した母が電話を切り、エメリナはスマホを握ったまま、ビロード張りのアンティークな椅子に崩れ落ちた。
許す代わりに、来週の水曜日、実家で開くエルフの祖母(ちなみに来週で七十歳だが、外見は二十歳前後である)の誕生日パーティーに、最後まで参加するようにと命令だった。
「あ~……困った……」
机に肘をつき、頭を抱える。
純粋エルフにとって、誕生日というのはとても重要らしい。
虚弱体質者が多く、昔は短命や死産が多かったせいだろうか。
他の祝日は特に固執しないのに、誕生祝いだけは絶対に当日開く。
平日でも会議の日でもテストでも、当然のように仕事や学校を休む。
その頑なさは有名で『エルフの誕生日?ああ、なら仕方ない』と諦められているほどだ。
エメリアだって、お祖母ちゃんは好きだし、誕生日を祝うつもりだった。
実家までは、地下鉄と電車を乗り継いでニ時間弱。仕事が終わって、そのまま駅に直行すればいい。
ちょっと顔を見せてプレゼントを渡しても、終電にはなんとか間に合う。母の誕生日もそうした。
エルフの誕生日パーティーは、深夜までの宴会になる。それに最後までいろと!?
翌朝の始発で、仕事に間に合うか……いや、そもそも、すんなり帰してもらえるか……。
『帰省しない場合は、あなたが都会できちんとした生活を送っているか、職場とアパートへ調査訪問に行くからね』
高笑いと共に発せられた、そら恐ろしい母の宣言は、水曜に帰省してついでに親孝行しなければ、確実に遂行される。
げんなりしながら、エメリナは書斎扉を叩いた。
来週はそう忙しくもないはず。木曜日にお休みさせて貰えるよう、頼んでおいたほうが良さそうだ。
少し軋みながら扉が開き、ギルベルトが顔を出す。
「ああ、帰り?おつかれさま」
「いえ、あの……突然ですみませんけど……」
「え?」
ギルベルトがギクリと長身を震わせたのに、エメリナは気づかなかった。
「実は、家の都合で……」
「っ!!ほ、本当に悪かった!反省している!!」
突然、悲痛な叫び声があがり、エメリナは目を丸くする。
「いや、軽蔑されて当然だと思うし……やっぱり激怒してたんだ!?あんなメールじゃ、謝ったことにならないよな……っ」
「せ、先生?」
焦りまくっているギルベルトに、聞きかえした。
「私は実家の都合で、来週の木曜に、お休みを頂けないか聞こうとしたんですけど……メール?」
「……休み?」
ギルベルトの方も唖然とした表情を浮べた後、一気に脱力したようだった。壁によりかかり、深い息を吐く。
「はぁぁ~……てっきり、ここを辞めて家に帰る気かと……」
「ち、違いますっ!お祖母ちゃんの誕生日パーティーに行かないと、母がここに押しかけるって、脅かすんです!!」
焦って両手を振り、必死で弁明する。
「そ、それより先生こそ!メールってなんですか?」
ギルベルトのスマホは普段、ほとんど卓上に放っておかれている。
この小さな機械は彼が好んで持っているのではなく、レンジャーの仕事で遠方に出かける時、彼の位置を知るGPS機能が目的で、仕事関係の知己から強引に持たされているものだ。
それでも……これもまたギルベルトを可愛いと思う部分なのだが、彼は自分の機械音痴を内心ではかなり気にしているようだ。
ごくたまーに挑むみたいにスマホを睨み、使おうとこっそり試みている時もあるが、だいたいが電話をかけることすらままならず、あたふた弄り回しているうちに続けてロックをかけてしまうという始末。アプりはもちろん、メール機能など、存在を知っているかも怪しい。
これでなぜ、助手を募集する広告記事に自分の電話番号を載せる気になったのかは、未だに不思議だ。
実際、後で聞いたらエメリナが応募第一号で奇跡的に上手く通話を取ることができ、その後はもう全然ダメだったという。
そういうわけでギルベルトのスマホには一応、エメリナの番号とアドレスを登録してあるが、電話もメールも、一度もきたことはない。
「ほら、先々週の週末……あんな風に、自分の気持ちを押し付けたのを反省したけど、どうも顔を合わせ辛くてね」
ギルベルトは顔を赤くし、気まずそうに頭をかく。
「なんとか謝りたくて、初めてメールというのを送ってみたんだが……返事がないから、相当に怒らせたんだろうなと」
「あの、先生……」
ゴクリと唾を飲み、言い辛いことを伝える。
「メール……私に届いていませんけど」
「な!?」
ギルベルトが慌ててポケットから取り出したスマホを受け取り、メールの欄を開く。
「……先生、メールの宛て先を決めただけじゃ送れませんよ。送信ボタンを押さないと」
可笑しくて可笑しくて、必死で堪えようとしても笑いがこみ上げてくる。
いつもはスマホなど厄介者扱いのギルベルトが、最近やたらと持ち歩いていじっていたのは、来るはずもないメールを待っていたのか。
「……」
そっと送信ボタンを押す。
「そうか、送れていなかったのか……」
ギルベルトが、がっくりとうな垂れる。
「もう送りました。初メール、ありがとうございます」
自然にニヤケてしまいそうになるのを堪えながら、スマホを返した。
隣の部屋で、エメリナのスマホが受信音を奏でる。ギルベルト先生用に設定したクラシックが、ようやく鳴った。
永久保存に決定だ。
『ごういんにしてすまなかつた』
たったこれだけだったが、さぞ苦労しただろう。スマホを前に頭をひねっている姿が、目に浮かぶようだ。
「いや……慣れないことは、するもんじゃないな」
ギルベルトはスマホに顔をしかめ、机にぽんと置く。
「エメリナくんは優しいから、腹を立てていても、我慢して仕事に来てくれてるんだと、思っていた」
「あれは……驚いたけど……怒ってなんか……」
たった数文字の電子文が届かなかったせいで、互いに戦々恐々としていたわけか。
毎日顔を突き合わせていながら……ほんの一言、直接言葉を交わせば、すぐ解決したのに……。
思い返せばこの二週間、エメリナはギクシャクした態度を取り続けていた。怒っていると思われても仕方ないだろう。
ギルベルトは全く気にしていないと思っていたのに、実は多いに気にしていたようだ。
必死でいつもと変わらない口調を保ち、なんとかエメリナがまた普通に接するのを待っていたのか。
いつもだったら、『なんたる可愛さ!!ギルベルト先生萌えぇぇ!!!』と、悶えまくっているところだ。
だが、さすがにそんな気分になれなかった。
「それに私、そんなに優しくないですよ……」
二週間、自分だけ悩んでいるつもりで、ギルベルトも悩んでいたのに気づかなかった。
この人が、しょっちゅうスマホを眺めているなんて、絶対に変だったのに……。
視界がぼやけて揺れる。
「優しいさ。今どきスマホも使えない男を、怒りも呆れもしないで、いつも助けてくれるだろ?」
ギルベルトが正面へかがみ、琥珀色の穏やかな瞳が正面に来る。
「俺はフロッケンベルク人なのに、自分でも呆れるくらい電化製品が苦手で、それで笑われることも少なくなかった。そのうちに、苦手だと人に言うのも怖くてたまらなくなった。笑われたり揶揄われればプライドが傷つくとか、そんな見栄も確かにあるんだろうけれど……何よりも電化製品を使いこなして当然の場所は、俺の居場所じゃないと言われているような気になってしまってね」
悲しそうな声音に、ズキリと心臓が痛んだ。
ここに移住した経緯は知らないが、ギルベルトの故郷は北国フロッケンベルクらしい。
極寒ゆえに作物が育たず、魔法と科学を融合させた錬金術で発展した国。
世界でもっとも時代を先駆けた、機械の国だ。
蒸気機関車も電話も、フロッケンベルクから世界中に広まった。
確かに世間一般で、フロッケンベルク人は機械が得意という認識がある。
「でも、先生は他は何でも得意じゃないですか!料理も魔法も運動も!論文だって、考古学に興味が無かった私も夢中になるほど面白いし、字も綺麗だし、それに、それに……」
ギルベルトはいっぱい出来ることがあるのだから、一つくらい苦手なものがあったっていい。
夢中で並べると、ギルベルトは可笑しそうに笑った。
「ほら、やっぱり優しい。エメリナくんがここに来てくれたから、もう少し王都で学者を続けてみようと思ったんだ」
「……え?」
「募集広告は賭けだったんだよ。あれで上手く連絡をとることができれば、俺をこの時代と都会に適応させてくれる理想の助手を見つけられるんじゃないかなんて、夢みたいな思いつきだった。それで、見つからなかったら、もういっそどこか秘境にでも引き篭もろうと思っていた」
ハハ、と苦笑して頬を掻くギルベルトに、エメリナは目を丸くした。
「な!?あの広告、そんなに重かったんですか!!??」
ギルベルトはレンジャーとして、よく電気も水道もない秘境にも行くから、そういう場所は余裕だろう。
むしろ都会より、はるかに生き生きしてしまうに違いない。
「ま、思いつきだけど上手く当たって良かった。エメリナくんのおかげで引っ越さずに済んだよ。都会は嫌いだけど、この家は気に入っているんだ」
呑気に頷くギルベルトの前で、エメリナは力が抜けていく。
「はぁ……先生、そこまで思いつめてたなんて……」
実家の食卓で、トースト片手に眺めた新聞広告が、まさかギルベルトの人生をそこまで左右するとは……。
(ああ、でも、先生は本気だったんだろうな……)
スマホやパソコンを使いこなして当前な世界は、ギルベルトのような人間には、さぞ生き難い時代だろう。
フロッケンベルク人であれば余計に、『できて当たり前』と見られ続けたに違いない。
「それから……まぁ、順番が逆になったんだが……」
ギルベルトがふと、表情と声を改める。顔が少し赤い。
「エメリナくんが好きだ。改めて、仕事以外でお付き合いを申し込んでもいいかな?」
「えええええっ!?」
思いがけない言葉にたじろぎ、エメリナは真っ赤になった顔の前で両手を振る。
「せ、先生は大好きですけどっ!でも、わ、わたしっ、エルフっぽさが全然ないんですよ!?」
「そりゃ、確かにエメリナくんは人間寄りだな」
「う、」
自分で言っておきながら、ギルベルトに同じことを言われると、グサリとつきささる。
「でも俺は、エルフじゃなくて、エメリナくんと付き合いたいんだが?」
ポカンと、間抜けに口をあけてギルベルトを見上げた。
「……先生……そのセリフ……萌える……」
「は?」
「い、いえっ!!こちらこそ、お願いします!!私も先生が大好きです!!」
****
ショッピングモールは、勤め帰りの人間で賑わう時間になっていた。
外はもう薄闇に差し掛かっているが、無数の照明で建物の中は煌々と輝き、リズミカルな音楽があちこちから流れてくる。
「ありがとうございました~♪」
ローザはテナントの出口でお客さまに袋を渡し、お辞儀して見送る。
(さーて、閉店まであと一時間!)
気合を入れ、棚に並んだ服を直していると、後ろから急ぎの足音が聞えた。
(ん?これは……)
ピーンとアンテナが鳴った。
金曜のこの時間は、週末のデートに来ていく服が無いと、焦って駆け込む客がたまにいる。
ローザはこれを嗅ぎつける勘が鋭い。
(上下一式お買い上げの予感!)
満面の営業スマイルを浮かべ、振り返る。
「いらっしゃいま……」
「ローザぁぁぁ!!!」
「エメリナ!?」
息を切らせて飛びついてきた親友ごと、ひっくり返りそうになった。
「お、お願い、助けて……」
ずっと走って来たのか、頬は上気し、大きく肩で息をしている。
「ちょ、なに!?どうしたの!?」
他の客や店員が注目する中、ただ事でない様子のエメリナを両手で支え、問い質した。
「あ、あ……あと、十六時間で……少しでもいいの……もう、いじけない!頑張るから……っ!」
唇をわななかせ、息を切らせながら、エメリナは切れ切れに訴えた。
「わ、わたし……綺麗になりたいのーーーーー!!」
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