異種間交際フィロソフィア

小桜けい

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本編

2 平凡容姿のハーフエルフ

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 ――それは半月前の金曜日。

 仕事を終えたエメリナは、久しぶりに親友のローザと食事をしていた。
 休日前夜の繁華街は、いつにもまして賑やかだ。
 目当ての魔法料理店も満席で、前々から予約してなければ、とても座れなかっただろう。魔法灯火などのインテリアが落ち着ける、雰囲気のよい店だった。

 店員達はジョッキや皿を持ち、せわしなく駆け回っている。
 王都では近頃、魔法で有名なロクサリス国の料理が大人気だ。薬草や養殖魔獣を使った料理は、この国ではまだまだ珍しい。
 特に食用開発されたスライムは、コラーゲンたっぷりで美肌効果があると、もてはやされていた。
 席に案内され、料理と酒を注文する。

「それで、店長ったらね~……」

 薬草サラダや食用スライム鍋、養殖ドラゴンのステーキなど、珍しい食材を楽しみながら、互いに近況を話し合う。
 ローザはファッションブランドの店員だ。長い赤毛を金髪に染め、入念にセットしている。いつもながら化粧も完璧で、最新流行のコーディネートに、十センチはあるピンヒール。
 カジュアルな服装で化粧も殆どしていないエメリナとは、とことん対照的だ。
 しかし、幼稚園からずっと一緒の大親友である。王都で就職して一人暮らしという夢まで一緒に叶った時は、互いに奇跡だと喜びまわった。
 お互い、慣れない一人暮らしに四苦八苦しながら、時々こうやって会い、おしゃべりを楽しみながら励ましあうのだ。

「うんうん……」

 ローザの話に相槌を打ちながら、エメリナも近況を話す。
 職場について話す内容は、もっぱら『ギルベルト先生がいかに萌えるか』だ。

「エメリナは本当に、ギル先生が大好きだねー」

 ビールジョッキを空にしたローザが、口紅を紙ナプキンで拭う。

「それで、いつ告るの?」

 唐突な質問に、エメリナは派手にむせ返った。
 童顔でも、エメリナはちゃんとお酒が許される歳だ。免許証さえ忘れず持参すれば、店員は軽く驚きながらも素直に酒を出してくれる。

「きゃっ!ちょ、大丈夫!?」

「ご、ごめ……けほっ……」

 咳き込みが納まった後で、ようやく答えた。

「そんな予定はなし」

「えー?ルックス・性格・収入良しで、機械音痴以外はオールマイティーさんでしょ?」

「うん。おまけに先生、料理も私より得意だしね」

 職場のお昼ご飯は、大抵いつもギルベルトが作ってくれるが、とても美味しい。
 これをローザに話した時は、

『上司が部下にごはん作ってあげるの!?普通逆でしょ!?』と、つっ込まれたが、なにしろあそこのキッチンが問題だ。
 電子レンジも保温ポットもなく、旧式のかまどだけなのだから、仕方ない。
 エメリナも魔法はそこそこ使えるが、なにしろ電気の調理器具は、便利でお手軽なので、すっかりそちらに慣れている。
 あんな骨董品をつかいこなせるのは、ギルベルトくらいだ。

「そんなのがフリーなのは奇跡だって!早く取っておかないと!彼氏欲しいって言ってたじゃん」

 美味しそうなソーセージに勢いよくフォークを突き刺し、エメリナは首を振る。

「欲しいけど、先生はだーめ。優良物件すぎて、私にはもったいない」

「なにそれ?もっと自信もちなよ」

「だいたい、告白して断られたら?あんな二人きりの職場で、その後気まずいじゃない」

「話聞いてると、十分脈はありそうな気がするんだけどなぁ」

「ギル先生は、誰にでも愛想いいの。私だけ特別ってわけじゃないよ。それにね……」

 つい、小さな溜め息が零れた。

「うっかり舞い上がって、イケメンにヤリ捨てられるのは、もう二度と御免」

 テーブルの向かいで、ローザがあんぐりと口をあけている。

「……あたしさぁ、その地雷は踏まないように、気を使ってたのに」

「ありがと」

 親友に微笑む。
 派手な外見から軽薄に見られがちな彼女だが、こういう所はエメリナよりずっと繊細だ

「もちろん今でも腹は立つけど……高い授業料を払って、人生勉強したのよ」


 まだ学校に通っていた十七の頃、一つ年上の先輩に恋をした。
 ちょうどギルベルトのような、はっきりした顔立ちの美形で、スポーツも勉強も優秀。おまけに愛嬌があり、気さくで面白い。彼に恋する女の子は、当然ながら沢山いた。
 だから、付き合ってくれと思いがけず言われ、有頂天になってしまったのだ。

 そのままキスされ、人気のない場所で身体を求められても、拒否できなかった。
 初めての行為は怖かったし、こんな急にじゃなく、もっと時間をかけて欲しいと少し思ったけれど、拒否して嫌われたくなかった。
 甘い言葉を囁かれ、されるがまま弄ばれた挙句、数日後にはもう素っ気無く他人扱い。

『顔は月並みだけど、ハーフエルフだから、期待してたのにさぁ』

 校舎の脇で、笑いながら友人たちに話しているのを聞いてしまった。

『体もアッチも普通だったし、あれじゃ詐欺だぜ』

 フラフラとその場を離れ、ローザに全部打ち明けて大泣きした。
 好みの異性と親密になるのが怖くなったのも、母親の美しさに嫉妬するようになったのも、それ以来だ。

 更に次の日、学校のロッカーには、ファッション雑誌の切抜きがつっ込まれていた。

(愛されエルフの春コーデ31days)、(エルフも大注目☆激安モテワンピ)、(めさぜエルフ顔❤メイクテク20)……。

『それでも読んで、勉強すればぁ?』

『出来損ないハーフエルフが、いい気になるから』

 クスクス笑いながら、聞こえよがしに吐き捨てていったのは、あの男の取り巻き女子たちだった。

(綺麗じゃないだけで詐欺って……出来損ないって……!!)

 切抜きをゴミ箱に投げ捨てた。

(……フン、今さらだっての)


 あんた達に指摘されなくても、もう一万回は言われてるよ!!!


 これほど辛辣ではなかったが、『これでハーフエルフ?』と、様々な人が、表情で態度で示してくれる。

 エルフの美は、人間のそれとまるで次元が違う。
 誰しも一瞬で目を奪われ、惹きつけられずにはいられない。しかも一番輝く美貌で身体の時が止まり、それを生涯維持できるという、究極の美。
 大部分の人間から見れば、ハーフエルフも半分は血を引いているのだから、美しくて当前というわけだ。

 テレビも街角のポスターも、美を磨けとけしかけてくる。「さぁ、これが見本だよ」と、エルフのモデルを展示する。これが誰からも愛される、究極の美しさだと……。
 腹が立ってたまらない。

 ――皆、綺麗に必死だね!そんなに愛されたい!?綺麗で愛されるって、そこまで重要!?

……重要、なのだ。
 歯軋りしたいほど悔しい事実だ。
 
 エメリナだって愛されたかった。
 可愛いとか綺麗とか、自分の好きな相手に賛美されたかった。だからこそ、調子と外見のいい男が吐いた嘘の褒め言葉に、舞い上がった。
 そしてあっさり裏切られたのだから、救いようがない。
 数学や物理の成績で主席をとっても、それがなんだ。
 綺麗でないというだけで、自分を丸ごと否定された屈辱……。
 
 エメリナは可愛いし、努力でもっと磨けると、ローザは一生懸命に説いてくれた。
 実際、美貌に磨きをかけようと、日々たゆまぬ努力を続けている彼女は、本当に美しい。
 それに引き換え、自分はすっかり不貞腐れてしまった。情けないと、エメリナは自覚している。
 でも、もう空しくなってしまったのだ。


「エメリナは十分に可愛いよ。ハーフエルフってだけで、周りにハードル上げられちゃっただけ」

 ローザが気遣わしげに言ってくれる。

「人間のあたしが言うのもなんだけど、人間は未だにエルフへ夢をもってるからねぇ。……異種族協定が結ばれたのって、いつだっけ?」

「1895年。フロッケンベルク王都で」

 二杯目のビールを飲みながら、エメリナは答える。
 森で暮らしていたエルフと、鉱山の地下で暮らしていたドワーフは、人間と違う部分がありながら、非常に似通っていて混血も作れる。
 その三種が北国の王都にて共存を宣言し、世界各国で等しい権利を得られるよう定めたのが、異種族協定だ。
 それからもう二百年以上も経ち、いまや人間の街で暮らすエルフやドワーフは大勢いる。
 だけど、異種族への偏見や固定イメージというのは、こういうちょっとした所で出るものだ。完全になくすなど不可能だろう。
 人間同士でさえ、他国民への偏見を少なからず持っているのだから。

「じゃぁ私、この耳さえなければ、それなりにモテたかも」

 中途半端に尖った耳を引っ張ると、ローザが噴出した。

「っは!そうかもね!あははは!!」

「ちょっと~、笑いすぎ」

 冗談まじりに頬をふくらませると、親友は涙を拭きながら頷いた。

「あはっ、でもさ、エメリナは本当に可愛いよ。特に、ギル先生の話をしてる顔!」
 
 
 店を出てローザと別れた時には、もう夜十時を回っていた。
 空には大きな満月が出ていたが、地上が明るすぎるせいか、星も月もそれほど輝かない。
 今夜は特に暑く、冷房の効いた地下鉄から降りたとたん、むわっと熱気がエメリナを襲った

 週末だけあり、警察や教皇庁の退魔士エクソシストが、あちこちでパトロールをしていた。
 吸血鬼はウィルスが原因と特定され、ワクチンができたから、今では殆ど見かけないが、たまにどっと感染が広がる事もある。
 普通の強盗や犯罪者は、もちろんそれ以上に危険だ。
 数年前には、死霊使いの狂信集団が、ゾンビを使っておこしたテロ事件もあった。
 犯罪も魔物も、エモノの多い場所に、自然と集まってくるのだろう。
 しかし、エメリナのアパートは明るい大きな通り添いで、この時間なら一人歩きでもそんなに物騒ではない。

 玄関の鍵をあけようとした時だった。

(嘘っ!無いっ!?)

 バッグやポケットを引っ掻き回しても、部屋の鍵は見つからない。

「あっ!」

 不意に思い出した。
 今日の帰り際、手が滑ってバッグの中身を床にぶちまけてしまったのだ。
 店の予約時間が気になり、焦ってサイフなどをかき集めたのだが、あの時に回収した覚えがない。

(あ~、どうしよう……)

 スマホの画面で時刻を確認すれば、すでに十時半すぎ。ここからギルベルトの家まで、徒歩二十分。 いくら仕事場兼任とはいえ、家を訪ねて忘れ物を回収するには、いささか非常識な時間である。
 ローザは彼氏の家に泊まりに行くと言っていたし、他に泊めてもらえそうな友人たちも、今夜は用事があると言っていた。

(はー、しょうがない)

 ギルベルトがまだ起きている事を祈り、いつもの通勤道を小走りで駆けだす。
 普段あまり飲まないお酒をジョッキ二杯も飲んだからか、頭がクラクラして息が切れる。何度か途中でゆっくり歩くのを繰り返し、ようやく静まりかえった住宅街に着いた。

 細い石畳の路地は、アパート近くとはうって変わり、夜の静寂に包まれている。
 どの家も灯りが消えてシンと寝静まり、ところどころに設置された外灯が、長い影を作り出していた。
 夏の夜風が家々の庭木をなびかせ、ビクリとエメリナは身をすくめる。さっきまでいた都会から、異世界に放りこまれたような気になる。
 ギルベルトの家も、灯りが消えていた。

(先生、寝るの早いなぁ……)

 エメリナなら普段、この時間はまだ余裕でネトゲ中だ。

(それとも出かけてる?)

 アンティークなドアベルを眺め、どうしようか躊躇っていると、不意に後ろから肩を軽く叩かれた。

「っ!!!!ぎゃぁ………むぐっ!!??」

 大声で叫びかけた口を、大きな手が塞ぐ。

「しーっ!この辺はお年寄りが多いんだから、夜は静かにしないと」

「せ、先生?」

 いつのまにか背後にいたのは、ギルベルトだった。
 旧式な外灯のせいか、琥珀色の目は金色に光っているように見える。だからだろうか?なんだかいつもと雰囲気が違って見えるのは……。

「こんな時間にどうしたの?」

「あ、その……すみません。鍵を忘れちゃったみたいで……」

 手短に事情を話すと、ギルベルトは小声で笑った。鋭い犬歯がちらりと覗く。

「なんだ、期待したのに残念」

「え?」

 聞き返したが、返答の変わりに手を引っ張られた。

「おいで。玄関は閉めてあるんだ。庭から入ろう」

 家と木塀の細い隙間を通りぬけると、裏手の小さな庭へ行ける。
 ギルベルトはここから抜けて背後にいたのだろう。
 庭はギルベルトの書斎に面しており、大きな窓から直接出入りできるようになっている。
 通りからは見えない位置なので、エメリナはよく見たこともなかったし、入ったのも今日が初めてだ。

「綺麗……」

 庭に入った瞬間、目の前に見えた景色に思わず呟いた。
 手入れされた草木に、大通りでは白く霞んでいた月が、不思議なほど神秘的な光を降り注いでいる。
 大きな丸い月に、今日は満月だったのだと今さら気づいた。
 思えば普段はスマホ画面ばかり気にして、じっくり夜空を見上げたなんていつぶりだろう。
 幻想的な景色に見惚れたまま立ち尽くしていると、突然抱き締められた。

「せ、先生?」

「泊まっていけば?鍵は明日探せばいい」

 耳元で低く囁かれ、背骨から腰にずくりと震えが走る。

「でも、先生……」

「ギル、だよ。仕事中じゃないんだから」

 抱き締める腕が離れ、大きな両手に頬を包み込まれる。
 耳の付け根に軽くキスをされた。

「っ!?」

「お酒の匂いがするけど、酔ってる?」

「えっと……少し……ちょっとだけ……」

 ぼぅっとしてきた頭で、しどろもどろに答える。金色を帯びた琥珀の瞳が、エメリナを間近で捕らえていた。
 猛獣に肉迫されたように、身体が動かない。
 捕食者と獲物。
 緩やかな会話をしながら、関係はそれだった。
 逃がさないと、捕食者の視線が物語っている。

 唇を同じもので塞がれる。後頭部と背中を、鋼のような手がしっかり押さえているけれど、多分それがなくても逃げられなかっただろう。
 口づけは角度を変えるたびに、少しづつ深くなっていく。薄く開いた唇の間から、もぐりこんだ舌に歯列を舐められる。柔らかい口腔粘膜を嬲る水音に、背筋が甘く震えた。
 大きく口をあけさせられ、上顎まで舐められる。

 絡めて吸い上げられた舌が痺れるころ、やっと長い口づけから開放された。
 半開きの口からヒクヒク震える舌を突き出したまま、エメリナはくたりと目の前の男にもたれかかる。

「せんせ……なんか、変……いつもと違……」

「変?自分の好きな女の子が、夜中に無防備に訪ねてきたら、襲いたくなるのは自然じゃないかな?」

「…………すき?」

 舌足らずな声で聞き返してしまう。

「ああ。だから自分のものにしたい」

 もう一度、唇を塞がれた。口内を蹂躙され、零れた唾液が顎を伝い首筋を流れる。

「ん、ん……」

 酸欠とアルコールでジンジンと耳鳴りがする。身体の奥に燃え始めた火が、暑くてたまらない。
 身じろぎすると、胸の先端が下着に擦れ、チリリと疼痛が走った。眉を潜め、もどかしい感覚に泣きたくなる。

「逃げないなら、合意と受け取らせてもらうけど」

 捕食獣が囁いた。
 うなじに近い部分をペロリと舐められる。くすぐったさに、頷くように頭を前後に振ってしまった。
 我が意を得たり。というように、ギルベルトがニヤリと笑った。

 問答無用で横抱きに抱え上げられ、窓から書斎に入る。
 魔法具の棚や古書の山をすり抜け、ギシギシ鳴る階段を昇っていく。
 エメリナは確かに小柄だが、まるで羽根も同然だというように軽々と運ぶ。

 二階はギルベルトの寝室で、ここにもやはり初めて入った。
 エアコンなんて、当然だがこの家にはない。それでも部屋が蒸し風呂にならないのは、小さな机に置かれた拳ほどの魔法石が、わずかながら冷気を発しているからだ。
 簡素なベッドに押し倒された瞬間、苦い思い出がエメリナの脳裏をかすめる。
 ここで流されたら、また……

「あ、あの、せんせ……でも……」

「エメリナ、大好きだ」

 囁きと共に、耳朶を甘く噛まれた。

「っ!!」

 背筋を快感がゾクソクと突き抜ける。
 今の先生はやっぱり変だし、卑怯だ。
 こんな色気のある声で、そんな事を言われたら、逆らえるはずなんかない。

 キャミソールの裾を捲り上げられ、小さな胸を包む下着が晒される。ボーダーラインの簡素なブラは、我ながら色気の欠片もない。
 背中と敷布の間に滑り込んだ手が、ホックを簡単に外す。尖った薄桃色の先端を口に含まれ、ひゅっと息を吸い込んだ。

「ふっ!あ、あぅ……」

 引き剥がそうと伸ばした手は、暗灰色の髪に力なく指を絡めているだけだ。
 胸の先端を刺激されるたび、ぬるぬるした体液が、意思と無関係に身体の奥から溢れだす。ショーツが湿り気を帯びていくのが、恥ずかしくてたまらない。
 下半身の衣類を剥ぎ取られるのを、必死で止めようとした。

「やっ、だめっ!」

 両手首をがっちり掴まれ、頭上で一まとめに押さえられる。もがいてもビクともせず、鋼の輪で拘束されているかと思うほどだ。
 濡れた下着を見られ、あまりの羞恥に顔をそむけた。

「は、恥ずかしいのに……」

「どうして?」

 濡れて張り付いた部分を指でなぞられ、息を飲む。

「ひっ、あ、あ、あ……」

 強弱をつけて押され、そのたびに喉から短い声が漏れた。

「や、ぁ……だ……せ、せんせ……」

「ギルだって」

 布の脇から潜り込んだ指に、秘所を直接なぞられる。

「ああっ!!!!」

 思い切り喉を反らし、悲鳴のような声をあげた。突っ張った両足がビクビク震える。
 今度は体内に差し込まれ、粘着音をたててかき回される。
 敏感な肉芽を、体液を塗りつけるようにしごかれ、身体の奥不覚の疼く場所から、何かがせりあがってくる。
 激しく頭を左右に振り、歯を喰いしばった。下肢を嬲られる合間に、鎖骨や首筋へ軽く歯をたてられる。
 また唇が合わさった時に、全身を快楽が突きぬけ、まぶたの裏が真っ赤に染まった。
 背中が大きく弓なりに反り、信じられないほど汗が噴き出る。
 ドクドクと全身が脈打ち、何も考えられない。短く浅い呼吸を繰り返し、呆然とシーツに沈む。

「エメリナ……すごく可愛い」

 額に張り付いた前髪を払い、ちゅっと唇を落とされた。

「あ……あ……」

 舌も脳も痺れて上手く動かない。また何度も下肢を嬲られ、甲高い声で繰り返し絶頂を知らせた。
 両手の拘束が、いつのまに解けたのかもわからない。シーツを両手で握り、嬌声を上げつづける。
 しまいに覆いかぶさっていた体が離れ、小瓶の蓋を開ける音がした。
 取り出した錠剤を、ギルベルトがガリッと噛み砕く。

「避妊薬は飲んだから、安心して」

 男性が飲む避妊薬は高いし味も不味いので、今では女性用の避妊薬が主流だ。それだってあまり美味しくはないけど、最終的にリスクを負うのは女だから、切実度が違う。
 初めての時、相手の男もエメリナに飲めと、当然だという調子で言った。
 茹った頭の片隅で、不意にそんな事を思い出した。
 しかし熱い塊が脚の間に押し付けられ、過去のどうでもいいことを霧散させる。

「はっ、あ、あ……」

 濡れそぼり蕩けきっているのに、侵入を始められると、あまりの圧迫感に息がつまる。
 少しづつねじこまれ、痛み混じりのジンジンした痺れがエメリナを襲う。腹の中を、熱い凶器で食い荒らされるようだ。
 夢中で両手を伸ばし、ギルベルトの首筋にしがみついた。

「や、せんせ……ギル……」

「やっと呼んでくれた」

 薄く目を開けると、目の前でギルベルトが笑っていた。いつもの人懐こい大型犬のような笑顔ではなく、獰猛な捕食者の笑みで。
 犬歯の覗く口が軽く開いた。一瞬、鋭い牙で喉を食い割かれる自分が脳裏に浮かぶ。
 怖いのに、やっぱり逃げたいと思えない。
 妄想は現実にならず、唇が合わさる。舌を絡めると、まだ薬の苦味がかすかに残っていた。
 知らずに大きく脚を開き、根元まで迎え入れる。
 中をかき回され、ぐちぐちと粘質音があがる。膣内で感じる摩擦の刺激に、悲鳴じみた喘ぎ声が止まらない。
 がむしゃらに腰を打ち付けられ、エメリナの細い体が揺れる。
 暗い室内に、二つの荒い呼吸が満ちる。
 呼吸音と身体のぶつかる音と、体液の攪拌される水音、それからひっきりなしにあがるエメリナの嬌声。いやらしい音たちに聴覚を刺激され、余計に感度が高まっていく。
 何度も達した中が、ヒクヒクと痙攣を繰り返す。
 腰を抱えなおされ、最奥を激しく突かれた。数え切れないほど散った火花に、また目が眩む。覆いかぶさる男に両手足を絡め、全身でしがみついた。
 全身で体内の雄が膨らみ、熱い大量の液が注ぎ込まれる感覚に、幾度も震える。


 翌朝、エメリナが目を覚ました時、ギルベルトの姿は無かった。
 全裸だったし、二の腕やわき腹にはくっきりと情事の痕が刻まれていたから、夢ではないだろう。
 身体は簡単に拭われていたようで、それほどベタつきはなかった。
 掛けられていたタオルケットを巻きつけ、そろそろと起き上がる。
 用心深く扉を開けたが、階下も静まり返っていた。一まとめにされていた自分の衣類を大急ぎで身につけ、勇気を出して階段を降りる。
 やはりギルベルトはおらず、エメリナが使っている机に、落とした鍵が乗せてあった。
 鍵を掴んで外に飛び出し、アパートへ走って帰った。

(バカみたい!!私……!!)

 偉そうに親友へ宣言した数時間後に、同じ過ちを繰り返したわけだ。
 ローザへ相談したものか、スマホを握ったまま土・日を悶々と過ごし、結局誰にも言えないまま月曜の朝を迎えた。

「はぁ……」

 溜め息をつき、とぼとぼと通いなれた石畳の道を歩く。
 ギルベルトの家に行くのが、こんなに憂鬱だったのは初めてだ。扉をあけるのに、玄関の前で何度も深呼吸をしなくてはならない始末だった。

「お、おはようございます……」

 おそるおそる顔を突き出すと、古書を山と抱えたギルベルトがこちらを向いた。

「ああ、おはよう。エメリナくん」

 いつもとまったく変わらない調子で挨拶され、拍子抜けする。
 琥珀色の瞳からは、あの凶暴な色が嘘だったように抜け、ニコニコと穏やかに笑っていた。

 ***

 それから二週間。
 あいかわらず、ギルベルトは以前とまったく変わらないし、あの夜の事を触れようともしない。
 非常にすっきりしない、じれじれと生殺しの気分だ。
 しかしまさか、『私を抱いた感想はどうでしたか?』なんて聞くわけにも行かない。

(先生……無かった事にしたいのかな?)

 あの時のギルベルトは、どう考えても様子が変だった。
 酒の匂いはしなかったけど、ひょっとしたら酔っていたエメリナが気付かなかっただけで、ギルベルトも飲んでいたのかもしれない。
 失敗したと後悔しているのだろうか……?

(はぁー……ま、しかたない。あの時、ニンニクとか食べてなくて良かった~)

 考え続けると際限なく落ち込んでしまいそうなので、アホらしいプラス思考に切り替える。

『このあと、お泊りデートだから♪』と、匂いの強い料理を全却下したローザに、感謝だ。


(さ、お仕事お仕事!)

 論文の打ち込みを再開する。
 別に初めてでもないし、避妊もしっかりしてくれた。
 それに、どう思い返してもあれは和姦に入るだろう。
 今の労働条件は申し分ないし、一夜の過ちなんて、今時珍しくもなんともない。


 ……すっきりしない灰色決着でも良いじゃないか。
 世の中、はっきり白黒つけないほうが幸せな事の方が多い。

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