2 / 27
本編
2 平凡容姿のハーフエルフ
しおりを挟む
――それは半月前の金曜日。
仕事を終えたエメリナは、久しぶりに親友のローザと食事をしていた。
休日前夜の繁華街は、いつにもまして賑やかだ。
目当ての魔法料理店も満席で、前々から予約してなければ、とても座れなかっただろう。魔法灯火などのインテリアが落ち着ける、雰囲気のよい店だった。
店員達はジョッキや皿を持ち、せわしなく駆け回っている。
王都では近頃、魔法で有名なロクサリス国の料理が大人気だ。薬草や養殖魔獣を使った料理は、この国ではまだまだ珍しい。
特に食用開発されたスライムは、コラーゲンたっぷりで美肌効果があると、もてはやされていた。
席に案内され、料理と酒を注文する。
「それで、店長ったらね~……」
薬草サラダや食用スライム鍋、養殖ドラゴンのステーキなど、珍しい食材を楽しみながら、互いに近況を話し合う。
ローザはファッションブランドの店員だ。長い赤毛を金髪に染め、入念にセットしている。いつもながら化粧も完璧で、最新流行のコーディネートに、十センチはあるピンヒール。
カジュアルな服装で化粧も殆どしていないエメリナとは、とことん対照的だ。
しかし、幼稚園からずっと一緒の大親友である。王都で就職して一人暮らしという夢まで一緒に叶った時は、互いに奇跡だと喜びまわった。
お互い、慣れない一人暮らしに四苦八苦しながら、時々こうやって会い、おしゃべりを楽しみながら励ましあうのだ。
「うんうん……」
ローザの話に相槌を打ちながら、エメリナも近況を話す。
職場について話す内容は、もっぱら『ギルベルト先生がいかに萌えるか』だ。
「エメリナは本当に、ギル先生が大好きだねー」
ビールジョッキを空にしたローザが、口紅を紙ナプキンで拭う。
「それで、いつ告るの?」
唐突な質問に、エメリナは派手にむせ返った。
童顔でも、エメリナはちゃんとお酒が許される歳だ。免許証さえ忘れず持参すれば、店員は軽く驚きながらも素直に酒を出してくれる。
「きゃっ!ちょ、大丈夫!?」
「ご、ごめ……けほっ……」
咳き込みが納まった後で、ようやく答えた。
「そんな予定はなし」
「えー?ルックス・性格・収入良しで、機械音痴以外はオールマイティーさんでしょ?」
「うん。おまけに先生、料理も私より得意だしね」
職場のお昼ご飯は、大抵いつもギルベルトが作ってくれるが、とても美味しい。
これをローザに話した時は、
『上司が部下にごはん作ってあげるの!?普通逆でしょ!?』と、つっ込まれたが、なにしろあそこのキッチンが問題だ。
電子レンジも保温ポットもなく、旧式のかまどだけなのだから、仕方ない。
エメリナも魔法はそこそこ使えるが、なにしろ電気の調理器具は、便利でお手軽なので、すっかりそちらに慣れている。
あんな骨董品をつかいこなせるのは、ギルベルトくらいだ。
「そんなのがフリーなのは奇跡だって!早く取っておかないと!彼氏欲しいって言ってたじゃん」
美味しそうなソーセージに勢いよくフォークを突き刺し、エメリナは首を振る。
「欲しいけど、先生はだーめ。優良物件すぎて、私にはもったいない」
「なにそれ?もっと自信もちなよ」
「だいたい、告白して断られたら?あんな二人きりの職場で、その後気まずいじゃない」
「話聞いてると、十分脈はありそうな気がするんだけどなぁ」
「ギル先生は、誰にでも愛想いいの。私だけ特別ってわけじゃないよ。それにね……」
つい、小さな溜め息が零れた。
「うっかり舞い上がって、イケメンにヤリ捨てられるのは、もう二度と御免」
テーブルの向かいで、ローザがあんぐりと口をあけている。
「……あたしさぁ、その地雷は踏まないように、気を使ってたのに」
「ありがと」
親友に微笑む。
派手な外見から軽薄に見られがちな彼女だが、こういう所はエメリナよりずっと繊細だ
「もちろん今でも腹は立つけど……高い授業料を払って、人生勉強したのよ」
まだ学校に通っていた十七の頃、一つ年上の先輩に恋をした。
ちょうどギルベルトのような、はっきりした顔立ちの美形で、スポーツも勉強も優秀。おまけに愛嬌があり、気さくで面白い。彼に恋する女の子は、当然ながら沢山いた。
だから、付き合ってくれと思いがけず言われ、有頂天になってしまったのだ。
そのままキスされ、人気のない場所で身体を求められても、拒否できなかった。
初めての行為は怖かったし、こんな急にじゃなく、もっと時間をかけて欲しいと少し思ったけれど、拒否して嫌われたくなかった。
甘い言葉を囁かれ、されるがまま弄ばれた挙句、数日後にはもう素っ気無く他人扱い。
『顔は月並みだけど、ハーフエルフだから、期待してたのにさぁ』
校舎の脇で、笑いながら友人たちに話しているのを聞いてしまった。
『体もアッチも普通だったし、あれじゃ詐欺だぜ』
フラフラとその場を離れ、ローザに全部打ち明けて大泣きした。
好みの異性と親密になるのが怖くなったのも、母親の美しさに嫉妬するようになったのも、それ以来だ。
更に次の日、学校のロッカーには、ファッション雑誌の切抜きがつっ込まれていた。
(愛されエルフの春コーデ31days)、(エルフも大注目☆激安モテワンピ)、(めさぜエルフ顔❤メイクテク20)……。
『それでも読んで、勉強すればぁ?』
『出来損ないハーフエルフが、いい気になるから』
クスクス笑いながら、聞こえよがしに吐き捨てていったのは、あの男の取り巻き女子たちだった。
(綺麗じゃないだけで詐欺って……出来損ないって……!!)
切抜きをゴミ箱に投げ捨てた。
(……フン、今さらだっての)
あんた達に指摘されなくても、もう一万回は言われてるよ!!!
これほど辛辣ではなかったが、『これでハーフエルフ?』と、様々な人が、表情で態度で示してくれる。
エルフの美は、人間のそれとまるで次元が違う。
誰しも一瞬で目を奪われ、惹きつけられずにはいられない。しかも一番輝く美貌で身体の時が止まり、それを生涯維持できるという、究極の美。
大部分の人間から見れば、ハーフエルフも半分は血を引いているのだから、美しくて当前というわけだ。
テレビも街角のポスターも、美を磨けとけしかけてくる。「さぁ、これが見本だよ」と、エルフのモデルを展示する。これが誰からも愛される、究極の美しさだと……。
腹が立ってたまらない。
――皆、綺麗に必死だね!そんなに愛されたい!?綺麗で愛されるって、そこまで重要!?
……重要、なのだ。
歯軋りしたいほど悔しい事実だ。
エメリナだって愛されたかった。
可愛いとか綺麗とか、自分の好きな相手に賛美されたかった。だからこそ、調子と外見のいい男が吐いた嘘の褒め言葉に、舞い上がった。
そしてあっさり裏切られたのだから、救いようがない。
数学や物理の成績で主席をとっても、それがなんだ。
綺麗でないというだけで、自分を丸ごと否定された屈辱……。
エメリナは可愛いし、努力でもっと磨けると、ローザは一生懸命に説いてくれた。
実際、美貌に磨きをかけようと、日々たゆまぬ努力を続けている彼女は、本当に美しい。
それに引き換え、自分はすっかり不貞腐れてしまった。情けないと、エメリナは自覚している。
でも、もう空しくなってしまったのだ。
「エメリナは十分に可愛いよ。ハーフエルフってだけで、周りにハードル上げられちゃっただけ」
ローザが気遣わしげに言ってくれる。
「人間のあたしが言うのもなんだけど、人間は未だにエルフへ夢をもってるからねぇ。……異種族協定が結ばれたのって、いつだっけ?」
「1895年。フロッケンベルク王都で」
二杯目のビールを飲みながら、エメリナは答える。
森で暮らしていたエルフと、鉱山の地下で暮らしていたドワーフは、人間と違う部分がありながら、非常に似通っていて混血も作れる。
その三種が北国の王都にて共存を宣言し、世界各国で等しい権利を得られるよう定めたのが、異種族協定だ。
それからもう二百年以上も経ち、いまや人間の街で暮らすエルフやドワーフは大勢いる。
だけど、異種族への偏見や固定イメージというのは、こういうちょっとした所で出るものだ。完全になくすなど不可能だろう。
人間同士でさえ、他国民への偏見を少なからず持っているのだから。
「じゃぁ私、この耳さえなければ、それなりにモテたかも」
中途半端に尖った耳を引っ張ると、ローザが噴出した。
「っは!そうかもね!あははは!!」
「ちょっと~、笑いすぎ」
冗談まじりに頬をふくらませると、親友は涙を拭きながら頷いた。
「あはっ、でもさ、エメリナは本当に可愛いよ。特に、ギル先生の話をしてる顔!」
店を出てローザと別れた時には、もう夜十時を回っていた。
空には大きな満月が出ていたが、地上が明るすぎるせいか、星も月もそれほど輝かない。
今夜は特に暑く、冷房の効いた地下鉄から降りたとたん、むわっと熱気がエメリナを襲った
週末だけあり、警察や教皇庁の退魔士が、あちこちでパトロールをしていた。
吸血鬼はウィルスが原因と特定され、ワクチンができたから、今では殆ど見かけないが、たまにどっと感染が広がる事もある。
普通の強盗や犯罪者は、もちろんそれ以上に危険だ。
数年前には、死霊使いの狂信集団が、ゾンビを使っておこしたテロ事件もあった。
犯罪も魔物も、人の多い場所に、自然と集まってくるのだろう。
しかし、エメリナのアパートは明るい大きな通り添いで、この時間なら一人歩きでもそんなに物騒ではない。
玄関の鍵をあけようとした時だった。
(嘘っ!無いっ!?)
バッグやポケットを引っ掻き回しても、部屋の鍵は見つからない。
「あっ!」
不意に思い出した。
今日の帰り際、手が滑ってバッグの中身を床にぶちまけてしまったのだ。
店の予約時間が気になり、焦ってサイフなどをかき集めたのだが、あの時に回収した覚えがない。
(あ~、どうしよう……)
スマホの画面で時刻を確認すれば、すでに十時半すぎ。ここからギルベルトの家まで、徒歩二十分。 いくら仕事場兼任とはいえ、家を訪ねて忘れ物を回収するには、いささか非常識な時間である。
ローザは彼氏の家に泊まりに行くと言っていたし、他に泊めてもらえそうな友人たちも、今夜は用事があると言っていた。
(はー、しょうがない)
ギルベルトがまだ起きている事を祈り、いつもの通勤道を小走りで駆けだす。
普段あまり飲まないお酒をジョッキ二杯も飲んだからか、頭がクラクラして息が切れる。何度か途中でゆっくり歩くのを繰り返し、ようやく静まりかえった住宅街に着いた。
細い石畳の路地は、アパート近くとはうって変わり、夜の静寂に包まれている。
どの家も灯りが消えてシンと寝静まり、ところどころに設置された外灯が、長い影を作り出していた。
夏の夜風が家々の庭木をなびかせ、ビクリとエメリナは身をすくめる。さっきまでいた都会から、異世界に放りこまれたような気になる。
ギルベルトの家も、灯りが消えていた。
(先生、寝るの早いなぁ……)
エメリナなら普段、この時間はまだ余裕でネトゲ中だ。
(それとも出かけてる?)
アンティークなドアベルを眺め、どうしようか躊躇っていると、不意に後ろから肩を軽く叩かれた。
「っ!!!!ぎゃぁ………むぐっ!!??」
大声で叫びかけた口を、大きな手が塞ぐ。
「しーっ!この辺はお年寄りが多いんだから、夜は静かにしないと」
「せ、先生?」
いつのまにか背後にいたのは、ギルベルトだった。
旧式な外灯のせいか、琥珀色の目は金色に光っているように見える。だからだろうか?なんだかいつもと雰囲気が違って見えるのは……。
「こんな時間にどうしたの?」
「あ、その……すみません。鍵を忘れちゃったみたいで……」
手短に事情を話すと、ギルベルトは小声で笑った。鋭い犬歯がちらりと覗く。
「なんだ、期待したのに残念」
「え?」
聞き返したが、返答の変わりに手を引っ張られた。
「おいで。玄関は閉めてあるんだ。庭から入ろう」
家と木塀の細い隙間を通りぬけると、裏手の小さな庭へ行ける。
ギルベルトはここから抜けて背後にいたのだろう。
庭はギルベルトの書斎に面しており、大きな窓から直接出入りできるようになっている。
通りからは見えない位置なので、エメリナはよく見たこともなかったし、入ったのも今日が初めてだ。
「綺麗……」
庭に入った瞬間、目の前に見えた景色に思わず呟いた。
手入れされた草木に、大通りでは白く霞んでいた月が、不思議なほど神秘的な光を降り注いでいる。
大きな丸い月に、今日は満月だったのだと今さら気づいた。
思えば普段はスマホ画面ばかり気にして、じっくり夜空を見上げたなんていつぶりだろう。
幻想的な景色に見惚れたまま立ち尽くしていると、突然抱き締められた。
「せ、先生?」
「泊まっていけば?鍵は明日探せばいい」
耳元で低く囁かれ、背骨から腰にずくりと震えが走る。
「でも、先生……」
「ギル、だよ。仕事中じゃないんだから」
抱き締める腕が離れ、大きな両手に頬を包み込まれる。
耳の付け根に軽くキスをされた。
「っ!?」
「お酒の匂いがするけど、酔ってる?」
「えっと……少し……ちょっとだけ……」
ぼぅっとしてきた頭で、しどろもどろに答える。金色を帯びた琥珀の瞳が、エメリナを間近で捕らえていた。
猛獣に肉迫されたように、身体が動かない。
捕食者と獲物。
緩やかな会話をしながら、関係はそれだった。
逃がさないと、捕食者の視線が物語っている。
唇を同じもので塞がれる。後頭部と背中を、鋼のような手がしっかり押さえているけれど、多分それがなくても逃げられなかっただろう。
口づけは角度を変えるたびに、少しづつ深くなっていく。薄く開いた唇の間から、もぐりこんだ舌に歯列を舐められる。柔らかい口腔粘膜を嬲る水音に、背筋が甘く震えた。
大きく口をあけさせられ、上顎まで舐められる。
絡めて吸い上げられた舌が痺れるころ、やっと長い口づけから開放された。
半開きの口からヒクヒク震える舌を突き出したまま、エメリナはくたりと目の前の男にもたれかかる。
「せんせ……なんか、変……いつもと違……」
「変?自分の好きな女の子が、夜中に無防備に訪ねてきたら、襲いたくなるのは自然じゃないかな?」
「…………すき?」
舌足らずな声で聞き返してしまう。
「ああ。だから自分のものにしたい」
もう一度、唇を塞がれた。口内を蹂躙され、零れた唾液が顎を伝い首筋を流れる。
「ん、ん……」
酸欠とアルコールでジンジンと耳鳴りがする。身体の奥に燃え始めた火が、暑くてたまらない。
身じろぎすると、胸の先端が下着に擦れ、チリリと疼痛が走った。眉を潜め、もどかしい感覚に泣きたくなる。
「逃げないなら、合意と受け取らせてもらうけど」
捕食獣が囁いた。
うなじに近い部分をペロリと舐められる。くすぐったさに、頷くように頭を前後に振ってしまった。
我が意を得たり。というように、ギルベルトがニヤリと笑った。
問答無用で横抱きに抱え上げられ、窓から書斎に入る。
魔法具の棚や古書の山をすり抜け、ギシギシ鳴る階段を昇っていく。
エメリナは確かに小柄だが、まるで羽根も同然だというように軽々と運ぶ。
二階はギルベルトの寝室で、ここにもやはり初めて入った。
エアコンなんて、当然だがこの家にはない。それでも部屋が蒸し風呂にならないのは、小さな机に置かれた拳ほどの魔法石が、わずかながら冷気を発しているからだ。
簡素なベッドに押し倒された瞬間、苦い思い出がエメリナの脳裏をかすめる。
ここで流されたら、また……
「あ、あの、せんせ……でも……」
「エメリナ、大好きだ」
囁きと共に、耳朶を甘く噛まれた。
「っ!!」
背筋を快感がゾクソクと突き抜ける。
今の先生はやっぱり変だし、卑怯だ。
こんな色気のある声で、そんな事を言われたら、逆らえるはずなんかない。
キャミソールの裾を捲り上げられ、小さな胸を包む下着が晒される。ボーダーラインの簡素なブラは、我ながら色気の欠片もない。
背中と敷布の間に滑り込んだ手が、ホックを簡単に外す。尖った薄桃色の先端を口に含まれ、ひゅっと息を吸い込んだ。
「ふっ!あ、あぅ……」
引き剥がそうと伸ばした手は、暗灰色の髪に力なく指を絡めているだけだ。
胸の先端を刺激されるたび、ぬるぬるした体液が、意思と無関係に身体の奥から溢れだす。ショーツが湿り気を帯びていくのが、恥ずかしくてたまらない。
下半身の衣類を剥ぎ取られるのを、必死で止めようとした。
「やっ、だめっ!」
両手首をがっちり掴まれ、頭上で一まとめに押さえられる。もがいてもビクともせず、鋼の輪で拘束されているかと思うほどだ。
濡れた下着を見られ、あまりの羞恥に顔をそむけた。
「は、恥ずかしいのに……」
「どうして?」
濡れて張り付いた部分を指でなぞられ、息を飲む。
「ひっ、あ、あ、あ……」
強弱をつけて押され、そのたびに喉から短い声が漏れた。
「や、ぁ……だ……せ、せんせ……」
「ギルだって」
布の脇から潜り込んだ指に、秘所を直接なぞられる。
「ああっ!!!!」
思い切り喉を反らし、悲鳴のような声をあげた。突っ張った両足がビクビク震える。
今度は体内に差し込まれ、粘着音をたててかき回される。
敏感な肉芽を、体液を塗りつけるようにしごかれ、身体の奥不覚の疼く場所から、何かがせりあがってくる。
激しく頭を左右に振り、歯を喰いしばった。下肢を嬲られる合間に、鎖骨や首筋へ軽く歯をたてられる。
また唇が合わさった時に、全身を快楽が突きぬけ、まぶたの裏が真っ赤に染まった。
背中が大きく弓なりに反り、信じられないほど汗が噴き出る。
ドクドクと全身が脈打ち、何も考えられない。短く浅い呼吸を繰り返し、呆然とシーツに沈む。
「エメリナ……すごく可愛い」
額に張り付いた前髪を払い、ちゅっと唇を落とされた。
「あ……あ……」
舌も脳も痺れて上手く動かない。また何度も下肢を嬲られ、甲高い声で繰り返し絶頂を知らせた。
両手の拘束が、いつのまに解けたのかもわからない。シーツを両手で握り、嬌声を上げつづける。
しまいに覆いかぶさっていた体が離れ、小瓶の蓋を開ける音がした。
取り出した錠剤を、ギルベルトがガリッと噛み砕く。
「避妊薬は飲んだから、安心して」
男性が飲む避妊薬は高いし味も不味いので、今では女性用の避妊薬が主流だ。それだってあまり美味しくはないけど、最終的にリスクを負うのは女だから、切実度が違う。
初めての時、相手の男もエメリナに飲めと、当然だという調子で言った。
茹った頭の片隅で、不意にそんな事を思い出した。
しかし熱い塊が脚の間に押し付けられ、過去のどうでもいいことを霧散させる。
「はっ、あ、あ……」
濡れそぼり蕩けきっているのに、侵入を始められると、あまりの圧迫感に息がつまる。
少しづつねじこまれ、痛み混じりのジンジンした痺れがエメリナを襲う。腹の中を、熱い凶器で食い荒らされるようだ。
夢中で両手を伸ばし、ギルベルトの首筋にしがみついた。
「や、せんせ……ギル……」
「やっと呼んでくれた」
薄く目を開けると、目の前でギルベルトが笑っていた。いつもの人懐こい大型犬のような笑顔ではなく、獰猛な捕食者の笑みで。
犬歯の覗く口が軽く開いた。一瞬、鋭い牙で喉を食い割かれる自分が脳裏に浮かぶ。
怖いのに、やっぱり逃げたいと思えない。
妄想は現実にならず、唇が合わさる。舌を絡めると、まだ薬の苦味がかすかに残っていた。
知らずに大きく脚を開き、根元まで迎え入れる。
中をかき回され、ぐちぐちと粘質音があがる。膣内で感じる摩擦の刺激に、悲鳴じみた喘ぎ声が止まらない。
がむしゃらに腰を打ち付けられ、エメリナの細い体が揺れる。
暗い室内に、二つの荒い呼吸が満ちる。
呼吸音と身体のぶつかる音と、体液の攪拌される水音、それからひっきりなしにあがるエメリナの嬌声。いやらしい音たちに聴覚を刺激され、余計に感度が高まっていく。
何度も達した中が、ヒクヒクと痙攣を繰り返す。
腰を抱えなおされ、最奥を激しく突かれた。数え切れないほど散った火花に、また目が眩む。覆いかぶさる男に両手足を絡め、全身でしがみついた。
全身で体内の雄が膨らみ、熱い大量の液が注ぎ込まれる感覚に、幾度も震える。
翌朝、エメリナが目を覚ました時、ギルベルトの姿は無かった。
全裸だったし、二の腕やわき腹にはくっきりと情事の痕が刻まれていたから、夢ではないだろう。
身体は簡単に拭われていたようで、それほどベタつきはなかった。
掛けられていたタオルケットを巻きつけ、そろそろと起き上がる。
用心深く扉を開けたが、階下も静まり返っていた。一まとめにされていた自分の衣類を大急ぎで身につけ、勇気を出して階段を降りる。
やはりギルベルトはおらず、エメリナが使っている机に、落とした鍵が乗せてあった。
鍵を掴んで外に飛び出し、アパートへ走って帰った。
(バカみたい!!私……!!)
偉そうに親友へ宣言した数時間後に、同じ過ちを繰り返したわけだ。
ローザへ相談したものか、スマホを握ったまま土・日を悶々と過ごし、結局誰にも言えないまま月曜の朝を迎えた。
「はぁ……」
溜め息をつき、とぼとぼと通いなれた石畳の道を歩く。
ギルベルトの家に行くのが、こんなに憂鬱だったのは初めてだ。扉をあけるのに、玄関の前で何度も深呼吸をしなくてはならない始末だった。
「お、おはようございます……」
おそるおそる顔を突き出すと、古書を山と抱えたギルベルトがこちらを向いた。
「ああ、おはよう。エメリナくん」
いつもとまったく変わらない調子で挨拶され、拍子抜けする。
琥珀色の瞳からは、あの凶暴な色が嘘だったように抜け、ニコニコと穏やかに笑っていた。
***
それから二週間。
あいかわらず、ギルベルトは以前とまったく変わらないし、あの夜の事を触れようともしない。
非常にすっきりしない、じれじれと生殺しの気分だ。
しかしまさか、『私を抱いた感想はどうでしたか?』なんて聞くわけにも行かない。
(先生……無かった事にしたいのかな?)
あの時のギルベルトは、どう考えても様子が変だった。
酒の匂いはしなかったけど、ひょっとしたら酔っていたエメリナが気付かなかっただけで、ギルベルトも飲んでいたのかもしれない。
失敗したと後悔しているのだろうか……?
(はぁー……ま、しかたない。あの時、ニンニクとか食べてなくて良かった~)
考え続けると際限なく落ち込んでしまいそうなので、アホらしいプラス思考に切り替える。
『このあと、お泊りデートだから♪』と、匂いの強い料理を全却下したローザに、感謝だ。
(さ、お仕事お仕事!)
論文の打ち込みを再開する。
別に初めてでもないし、避妊もしっかりしてくれた。
それに、どう思い返してもあれは和姦に入るだろう。
今の労働条件は申し分ないし、一夜の過ちなんて、今時珍しくもなんともない。
……すっきりしない灰色決着でも良いじゃないか。
世の中、はっきり白黒つけないほうが幸せな事の方が多い。
仕事を終えたエメリナは、久しぶりに親友のローザと食事をしていた。
休日前夜の繁華街は、いつにもまして賑やかだ。
目当ての魔法料理店も満席で、前々から予約してなければ、とても座れなかっただろう。魔法灯火などのインテリアが落ち着ける、雰囲気のよい店だった。
店員達はジョッキや皿を持ち、せわしなく駆け回っている。
王都では近頃、魔法で有名なロクサリス国の料理が大人気だ。薬草や養殖魔獣を使った料理は、この国ではまだまだ珍しい。
特に食用開発されたスライムは、コラーゲンたっぷりで美肌効果があると、もてはやされていた。
席に案内され、料理と酒を注文する。
「それで、店長ったらね~……」
薬草サラダや食用スライム鍋、養殖ドラゴンのステーキなど、珍しい食材を楽しみながら、互いに近況を話し合う。
ローザはファッションブランドの店員だ。長い赤毛を金髪に染め、入念にセットしている。いつもながら化粧も完璧で、最新流行のコーディネートに、十センチはあるピンヒール。
カジュアルな服装で化粧も殆どしていないエメリナとは、とことん対照的だ。
しかし、幼稚園からずっと一緒の大親友である。王都で就職して一人暮らしという夢まで一緒に叶った時は、互いに奇跡だと喜びまわった。
お互い、慣れない一人暮らしに四苦八苦しながら、時々こうやって会い、おしゃべりを楽しみながら励ましあうのだ。
「うんうん……」
ローザの話に相槌を打ちながら、エメリナも近況を話す。
職場について話す内容は、もっぱら『ギルベルト先生がいかに萌えるか』だ。
「エメリナは本当に、ギル先生が大好きだねー」
ビールジョッキを空にしたローザが、口紅を紙ナプキンで拭う。
「それで、いつ告るの?」
唐突な質問に、エメリナは派手にむせ返った。
童顔でも、エメリナはちゃんとお酒が許される歳だ。免許証さえ忘れず持参すれば、店員は軽く驚きながらも素直に酒を出してくれる。
「きゃっ!ちょ、大丈夫!?」
「ご、ごめ……けほっ……」
咳き込みが納まった後で、ようやく答えた。
「そんな予定はなし」
「えー?ルックス・性格・収入良しで、機械音痴以外はオールマイティーさんでしょ?」
「うん。おまけに先生、料理も私より得意だしね」
職場のお昼ご飯は、大抵いつもギルベルトが作ってくれるが、とても美味しい。
これをローザに話した時は、
『上司が部下にごはん作ってあげるの!?普通逆でしょ!?』と、つっ込まれたが、なにしろあそこのキッチンが問題だ。
電子レンジも保温ポットもなく、旧式のかまどだけなのだから、仕方ない。
エメリナも魔法はそこそこ使えるが、なにしろ電気の調理器具は、便利でお手軽なので、すっかりそちらに慣れている。
あんな骨董品をつかいこなせるのは、ギルベルトくらいだ。
「そんなのがフリーなのは奇跡だって!早く取っておかないと!彼氏欲しいって言ってたじゃん」
美味しそうなソーセージに勢いよくフォークを突き刺し、エメリナは首を振る。
「欲しいけど、先生はだーめ。優良物件すぎて、私にはもったいない」
「なにそれ?もっと自信もちなよ」
「だいたい、告白して断られたら?あんな二人きりの職場で、その後気まずいじゃない」
「話聞いてると、十分脈はありそうな気がするんだけどなぁ」
「ギル先生は、誰にでも愛想いいの。私だけ特別ってわけじゃないよ。それにね……」
つい、小さな溜め息が零れた。
「うっかり舞い上がって、イケメンにヤリ捨てられるのは、もう二度と御免」
テーブルの向かいで、ローザがあんぐりと口をあけている。
「……あたしさぁ、その地雷は踏まないように、気を使ってたのに」
「ありがと」
親友に微笑む。
派手な外見から軽薄に見られがちな彼女だが、こういう所はエメリナよりずっと繊細だ
「もちろん今でも腹は立つけど……高い授業料を払って、人生勉強したのよ」
まだ学校に通っていた十七の頃、一つ年上の先輩に恋をした。
ちょうどギルベルトのような、はっきりした顔立ちの美形で、スポーツも勉強も優秀。おまけに愛嬌があり、気さくで面白い。彼に恋する女の子は、当然ながら沢山いた。
だから、付き合ってくれと思いがけず言われ、有頂天になってしまったのだ。
そのままキスされ、人気のない場所で身体を求められても、拒否できなかった。
初めての行為は怖かったし、こんな急にじゃなく、もっと時間をかけて欲しいと少し思ったけれど、拒否して嫌われたくなかった。
甘い言葉を囁かれ、されるがまま弄ばれた挙句、数日後にはもう素っ気無く他人扱い。
『顔は月並みだけど、ハーフエルフだから、期待してたのにさぁ』
校舎の脇で、笑いながら友人たちに話しているのを聞いてしまった。
『体もアッチも普通だったし、あれじゃ詐欺だぜ』
フラフラとその場を離れ、ローザに全部打ち明けて大泣きした。
好みの異性と親密になるのが怖くなったのも、母親の美しさに嫉妬するようになったのも、それ以来だ。
更に次の日、学校のロッカーには、ファッション雑誌の切抜きがつっ込まれていた。
(愛されエルフの春コーデ31days)、(エルフも大注目☆激安モテワンピ)、(めさぜエルフ顔❤メイクテク20)……。
『それでも読んで、勉強すればぁ?』
『出来損ないハーフエルフが、いい気になるから』
クスクス笑いながら、聞こえよがしに吐き捨てていったのは、あの男の取り巻き女子たちだった。
(綺麗じゃないだけで詐欺って……出来損ないって……!!)
切抜きをゴミ箱に投げ捨てた。
(……フン、今さらだっての)
あんた達に指摘されなくても、もう一万回は言われてるよ!!!
これほど辛辣ではなかったが、『これでハーフエルフ?』と、様々な人が、表情で態度で示してくれる。
エルフの美は、人間のそれとまるで次元が違う。
誰しも一瞬で目を奪われ、惹きつけられずにはいられない。しかも一番輝く美貌で身体の時が止まり、それを生涯維持できるという、究極の美。
大部分の人間から見れば、ハーフエルフも半分は血を引いているのだから、美しくて当前というわけだ。
テレビも街角のポスターも、美を磨けとけしかけてくる。「さぁ、これが見本だよ」と、エルフのモデルを展示する。これが誰からも愛される、究極の美しさだと……。
腹が立ってたまらない。
――皆、綺麗に必死だね!そんなに愛されたい!?綺麗で愛されるって、そこまで重要!?
……重要、なのだ。
歯軋りしたいほど悔しい事実だ。
エメリナだって愛されたかった。
可愛いとか綺麗とか、自分の好きな相手に賛美されたかった。だからこそ、調子と外見のいい男が吐いた嘘の褒め言葉に、舞い上がった。
そしてあっさり裏切られたのだから、救いようがない。
数学や物理の成績で主席をとっても、それがなんだ。
綺麗でないというだけで、自分を丸ごと否定された屈辱……。
エメリナは可愛いし、努力でもっと磨けると、ローザは一生懸命に説いてくれた。
実際、美貌に磨きをかけようと、日々たゆまぬ努力を続けている彼女は、本当に美しい。
それに引き換え、自分はすっかり不貞腐れてしまった。情けないと、エメリナは自覚している。
でも、もう空しくなってしまったのだ。
「エメリナは十分に可愛いよ。ハーフエルフってだけで、周りにハードル上げられちゃっただけ」
ローザが気遣わしげに言ってくれる。
「人間のあたしが言うのもなんだけど、人間は未だにエルフへ夢をもってるからねぇ。……異種族協定が結ばれたのって、いつだっけ?」
「1895年。フロッケンベルク王都で」
二杯目のビールを飲みながら、エメリナは答える。
森で暮らしていたエルフと、鉱山の地下で暮らしていたドワーフは、人間と違う部分がありながら、非常に似通っていて混血も作れる。
その三種が北国の王都にて共存を宣言し、世界各国で等しい権利を得られるよう定めたのが、異種族協定だ。
それからもう二百年以上も経ち、いまや人間の街で暮らすエルフやドワーフは大勢いる。
だけど、異種族への偏見や固定イメージというのは、こういうちょっとした所で出るものだ。完全になくすなど不可能だろう。
人間同士でさえ、他国民への偏見を少なからず持っているのだから。
「じゃぁ私、この耳さえなければ、それなりにモテたかも」
中途半端に尖った耳を引っ張ると、ローザが噴出した。
「っは!そうかもね!あははは!!」
「ちょっと~、笑いすぎ」
冗談まじりに頬をふくらませると、親友は涙を拭きながら頷いた。
「あはっ、でもさ、エメリナは本当に可愛いよ。特に、ギル先生の話をしてる顔!」
店を出てローザと別れた時には、もう夜十時を回っていた。
空には大きな満月が出ていたが、地上が明るすぎるせいか、星も月もそれほど輝かない。
今夜は特に暑く、冷房の効いた地下鉄から降りたとたん、むわっと熱気がエメリナを襲った
週末だけあり、警察や教皇庁の退魔士が、あちこちでパトロールをしていた。
吸血鬼はウィルスが原因と特定され、ワクチンができたから、今では殆ど見かけないが、たまにどっと感染が広がる事もある。
普通の強盗や犯罪者は、もちろんそれ以上に危険だ。
数年前には、死霊使いの狂信集団が、ゾンビを使っておこしたテロ事件もあった。
犯罪も魔物も、人の多い場所に、自然と集まってくるのだろう。
しかし、エメリナのアパートは明るい大きな通り添いで、この時間なら一人歩きでもそんなに物騒ではない。
玄関の鍵をあけようとした時だった。
(嘘っ!無いっ!?)
バッグやポケットを引っ掻き回しても、部屋の鍵は見つからない。
「あっ!」
不意に思い出した。
今日の帰り際、手が滑ってバッグの中身を床にぶちまけてしまったのだ。
店の予約時間が気になり、焦ってサイフなどをかき集めたのだが、あの時に回収した覚えがない。
(あ~、どうしよう……)
スマホの画面で時刻を確認すれば、すでに十時半すぎ。ここからギルベルトの家まで、徒歩二十分。 いくら仕事場兼任とはいえ、家を訪ねて忘れ物を回収するには、いささか非常識な時間である。
ローザは彼氏の家に泊まりに行くと言っていたし、他に泊めてもらえそうな友人たちも、今夜は用事があると言っていた。
(はー、しょうがない)
ギルベルトがまだ起きている事を祈り、いつもの通勤道を小走りで駆けだす。
普段あまり飲まないお酒をジョッキ二杯も飲んだからか、頭がクラクラして息が切れる。何度か途中でゆっくり歩くのを繰り返し、ようやく静まりかえった住宅街に着いた。
細い石畳の路地は、アパート近くとはうって変わり、夜の静寂に包まれている。
どの家も灯りが消えてシンと寝静まり、ところどころに設置された外灯が、長い影を作り出していた。
夏の夜風が家々の庭木をなびかせ、ビクリとエメリナは身をすくめる。さっきまでいた都会から、異世界に放りこまれたような気になる。
ギルベルトの家も、灯りが消えていた。
(先生、寝るの早いなぁ……)
エメリナなら普段、この時間はまだ余裕でネトゲ中だ。
(それとも出かけてる?)
アンティークなドアベルを眺め、どうしようか躊躇っていると、不意に後ろから肩を軽く叩かれた。
「っ!!!!ぎゃぁ………むぐっ!!??」
大声で叫びかけた口を、大きな手が塞ぐ。
「しーっ!この辺はお年寄りが多いんだから、夜は静かにしないと」
「せ、先生?」
いつのまにか背後にいたのは、ギルベルトだった。
旧式な外灯のせいか、琥珀色の目は金色に光っているように見える。だからだろうか?なんだかいつもと雰囲気が違って見えるのは……。
「こんな時間にどうしたの?」
「あ、その……すみません。鍵を忘れちゃったみたいで……」
手短に事情を話すと、ギルベルトは小声で笑った。鋭い犬歯がちらりと覗く。
「なんだ、期待したのに残念」
「え?」
聞き返したが、返答の変わりに手を引っ張られた。
「おいで。玄関は閉めてあるんだ。庭から入ろう」
家と木塀の細い隙間を通りぬけると、裏手の小さな庭へ行ける。
ギルベルトはここから抜けて背後にいたのだろう。
庭はギルベルトの書斎に面しており、大きな窓から直接出入りできるようになっている。
通りからは見えない位置なので、エメリナはよく見たこともなかったし、入ったのも今日が初めてだ。
「綺麗……」
庭に入った瞬間、目の前に見えた景色に思わず呟いた。
手入れされた草木に、大通りでは白く霞んでいた月が、不思議なほど神秘的な光を降り注いでいる。
大きな丸い月に、今日は満月だったのだと今さら気づいた。
思えば普段はスマホ画面ばかり気にして、じっくり夜空を見上げたなんていつぶりだろう。
幻想的な景色に見惚れたまま立ち尽くしていると、突然抱き締められた。
「せ、先生?」
「泊まっていけば?鍵は明日探せばいい」
耳元で低く囁かれ、背骨から腰にずくりと震えが走る。
「でも、先生……」
「ギル、だよ。仕事中じゃないんだから」
抱き締める腕が離れ、大きな両手に頬を包み込まれる。
耳の付け根に軽くキスをされた。
「っ!?」
「お酒の匂いがするけど、酔ってる?」
「えっと……少し……ちょっとだけ……」
ぼぅっとしてきた頭で、しどろもどろに答える。金色を帯びた琥珀の瞳が、エメリナを間近で捕らえていた。
猛獣に肉迫されたように、身体が動かない。
捕食者と獲物。
緩やかな会話をしながら、関係はそれだった。
逃がさないと、捕食者の視線が物語っている。
唇を同じもので塞がれる。後頭部と背中を、鋼のような手がしっかり押さえているけれど、多分それがなくても逃げられなかっただろう。
口づけは角度を変えるたびに、少しづつ深くなっていく。薄く開いた唇の間から、もぐりこんだ舌に歯列を舐められる。柔らかい口腔粘膜を嬲る水音に、背筋が甘く震えた。
大きく口をあけさせられ、上顎まで舐められる。
絡めて吸い上げられた舌が痺れるころ、やっと長い口づけから開放された。
半開きの口からヒクヒク震える舌を突き出したまま、エメリナはくたりと目の前の男にもたれかかる。
「せんせ……なんか、変……いつもと違……」
「変?自分の好きな女の子が、夜中に無防備に訪ねてきたら、襲いたくなるのは自然じゃないかな?」
「…………すき?」
舌足らずな声で聞き返してしまう。
「ああ。だから自分のものにしたい」
もう一度、唇を塞がれた。口内を蹂躙され、零れた唾液が顎を伝い首筋を流れる。
「ん、ん……」
酸欠とアルコールでジンジンと耳鳴りがする。身体の奥に燃え始めた火が、暑くてたまらない。
身じろぎすると、胸の先端が下着に擦れ、チリリと疼痛が走った。眉を潜め、もどかしい感覚に泣きたくなる。
「逃げないなら、合意と受け取らせてもらうけど」
捕食獣が囁いた。
うなじに近い部分をペロリと舐められる。くすぐったさに、頷くように頭を前後に振ってしまった。
我が意を得たり。というように、ギルベルトがニヤリと笑った。
問答無用で横抱きに抱え上げられ、窓から書斎に入る。
魔法具の棚や古書の山をすり抜け、ギシギシ鳴る階段を昇っていく。
エメリナは確かに小柄だが、まるで羽根も同然だというように軽々と運ぶ。
二階はギルベルトの寝室で、ここにもやはり初めて入った。
エアコンなんて、当然だがこの家にはない。それでも部屋が蒸し風呂にならないのは、小さな机に置かれた拳ほどの魔法石が、わずかながら冷気を発しているからだ。
簡素なベッドに押し倒された瞬間、苦い思い出がエメリナの脳裏をかすめる。
ここで流されたら、また……
「あ、あの、せんせ……でも……」
「エメリナ、大好きだ」
囁きと共に、耳朶を甘く噛まれた。
「っ!!」
背筋を快感がゾクソクと突き抜ける。
今の先生はやっぱり変だし、卑怯だ。
こんな色気のある声で、そんな事を言われたら、逆らえるはずなんかない。
キャミソールの裾を捲り上げられ、小さな胸を包む下着が晒される。ボーダーラインの簡素なブラは、我ながら色気の欠片もない。
背中と敷布の間に滑り込んだ手が、ホックを簡単に外す。尖った薄桃色の先端を口に含まれ、ひゅっと息を吸い込んだ。
「ふっ!あ、あぅ……」
引き剥がそうと伸ばした手は、暗灰色の髪に力なく指を絡めているだけだ。
胸の先端を刺激されるたび、ぬるぬるした体液が、意思と無関係に身体の奥から溢れだす。ショーツが湿り気を帯びていくのが、恥ずかしくてたまらない。
下半身の衣類を剥ぎ取られるのを、必死で止めようとした。
「やっ、だめっ!」
両手首をがっちり掴まれ、頭上で一まとめに押さえられる。もがいてもビクともせず、鋼の輪で拘束されているかと思うほどだ。
濡れた下着を見られ、あまりの羞恥に顔をそむけた。
「は、恥ずかしいのに……」
「どうして?」
濡れて張り付いた部分を指でなぞられ、息を飲む。
「ひっ、あ、あ、あ……」
強弱をつけて押され、そのたびに喉から短い声が漏れた。
「や、ぁ……だ……せ、せんせ……」
「ギルだって」
布の脇から潜り込んだ指に、秘所を直接なぞられる。
「ああっ!!!!」
思い切り喉を反らし、悲鳴のような声をあげた。突っ張った両足がビクビク震える。
今度は体内に差し込まれ、粘着音をたててかき回される。
敏感な肉芽を、体液を塗りつけるようにしごかれ、身体の奥不覚の疼く場所から、何かがせりあがってくる。
激しく頭を左右に振り、歯を喰いしばった。下肢を嬲られる合間に、鎖骨や首筋へ軽く歯をたてられる。
また唇が合わさった時に、全身を快楽が突きぬけ、まぶたの裏が真っ赤に染まった。
背中が大きく弓なりに反り、信じられないほど汗が噴き出る。
ドクドクと全身が脈打ち、何も考えられない。短く浅い呼吸を繰り返し、呆然とシーツに沈む。
「エメリナ……すごく可愛い」
額に張り付いた前髪を払い、ちゅっと唇を落とされた。
「あ……あ……」
舌も脳も痺れて上手く動かない。また何度も下肢を嬲られ、甲高い声で繰り返し絶頂を知らせた。
両手の拘束が、いつのまに解けたのかもわからない。シーツを両手で握り、嬌声を上げつづける。
しまいに覆いかぶさっていた体が離れ、小瓶の蓋を開ける音がした。
取り出した錠剤を、ギルベルトがガリッと噛み砕く。
「避妊薬は飲んだから、安心して」
男性が飲む避妊薬は高いし味も不味いので、今では女性用の避妊薬が主流だ。それだってあまり美味しくはないけど、最終的にリスクを負うのは女だから、切実度が違う。
初めての時、相手の男もエメリナに飲めと、当然だという調子で言った。
茹った頭の片隅で、不意にそんな事を思い出した。
しかし熱い塊が脚の間に押し付けられ、過去のどうでもいいことを霧散させる。
「はっ、あ、あ……」
濡れそぼり蕩けきっているのに、侵入を始められると、あまりの圧迫感に息がつまる。
少しづつねじこまれ、痛み混じりのジンジンした痺れがエメリナを襲う。腹の中を、熱い凶器で食い荒らされるようだ。
夢中で両手を伸ばし、ギルベルトの首筋にしがみついた。
「や、せんせ……ギル……」
「やっと呼んでくれた」
薄く目を開けると、目の前でギルベルトが笑っていた。いつもの人懐こい大型犬のような笑顔ではなく、獰猛な捕食者の笑みで。
犬歯の覗く口が軽く開いた。一瞬、鋭い牙で喉を食い割かれる自分が脳裏に浮かぶ。
怖いのに、やっぱり逃げたいと思えない。
妄想は現実にならず、唇が合わさる。舌を絡めると、まだ薬の苦味がかすかに残っていた。
知らずに大きく脚を開き、根元まで迎え入れる。
中をかき回され、ぐちぐちと粘質音があがる。膣内で感じる摩擦の刺激に、悲鳴じみた喘ぎ声が止まらない。
がむしゃらに腰を打ち付けられ、エメリナの細い体が揺れる。
暗い室内に、二つの荒い呼吸が満ちる。
呼吸音と身体のぶつかる音と、体液の攪拌される水音、それからひっきりなしにあがるエメリナの嬌声。いやらしい音たちに聴覚を刺激され、余計に感度が高まっていく。
何度も達した中が、ヒクヒクと痙攣を繰り返す。
腰を抱えなおされ、最奥を激しく突かれた。数え切れないほど散った火花に、また目が眩む。覆いかぶさる男に両手足を絡め、全身でしがみついた。
全身で体内の雄が膨らみ、熱い大量の液が注ぎ込まれる感覚に、幾度も震える。
翌朝、エメリナが目を覚ました時、ギルベルトの姿は無かった。
全裸だったし、二の腕やわき腹にはくっきりと情事の痕が刻まれていたから、夢ではないだろう。
身体は簡単に拭われていたようで、それほどベタつきはなかった。
掛けられていたタオルケットを巻きつけ、そろそろと起き上がる。
用心深く扉を開けたが、階下も静まり返っていた。一まとめにされていた自分の衣類を大急ぎで身につけ、勇気を出して階段を降りる。
やはりギルベルトはおらず、エメリナが使っている机に、落とした鍵が乗せてあった。
鍵を掴んで外に飛び出し、アパートへ走って帰った。
(バカみたい!!私……!!)
偉そうに親友へ宣言した数時間後に、同じ過ちを繰り返したわけだ。
ローザへ相談したものか、スマホを握ったまま土・日を悶々と過ごし、結局誰にも言えないまま月曜の朝を迎えた。
「はぁ……」
溜め息をつき、とぼとぼと通いなれた石畳の道を歩く。
ギルベルトの家に行くのが、こんなに憂鬱だったのは初めてだ。扉をあけるのに、玄関の前で何度も深呼吸をしなくてはならない始末だった。
「お、おはようございます……」
おそるおそる顔を突き出すと、古書を山と抱えたギルベルトがこちらを向いた。
「ああ、おはよう。エメリナくん」
いつもとまったく変わらない調子で挨拶され、拍子抜けする。
琥珀色の瞳からは、あの凶暴な色が嘘だったように抜け、ニコニコと穏やかに笑っていた。
***
それから二週間。
あいかわらず、ギルベルトは以前とまったく変わらないし、あの夜の事を触れようともしない。
非常にすっきりしない、じれじれと生殺しの気分だ。
しかしまさか、『私を抱いた感想はどうでしたか?』なんて聞くわけにも行かない。
(先生……無かった事にしたいのかな?)
あの時のギルベルトは、どう考えても様子が変だった。
酒の匂いはしなかったけど、ひょっとしたら酔っていたエメリナが気付かなかっただけで、ギルベルトも飲んでいたのかもしれない。
失敗したと後悔しているのだろうか……?
(はぁー……ま、しかたない。あの時、ニンニクとか食べてなくて良かった~)
考え続けると際限なく落ち込んでしまいそうなので、アホらしいプラス思考に切り替える。
『このあと、お泊りデートだから♪』と、匂いの強い料理を全却下したローザに、感謝だ。
(さ、お仕事お仕事!)
論文の打ち込みを再開する。
別に初めてでもないし、避妊もしっかりしてくれた。
それに、どう思い返してもあれは和姦に入るだろう。
今の労働条件は申し分ないし、一夜の過ちなんて、今時珍しくもなんともない。
……すっきりしない灰色決着でも良いじゃないか。
世の中、はっきり白黒つけないほうが幸せな事の方が多い。
0
あなたにおすすめの小説
贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる
マチバリ
恋愛
貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。
数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。
書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
ちっちゃくて可愛いものがお好きですか。そうですかそうですか。もう十分わかったので放してもらっていいですか。
南田 此仁
恋愛
ブラック企業を飛び出すように退職した日菜(ヒナ)は、家で一人祝杯を上げていた――はずなのに。
不意に落ちたペンダントトップへと手を伸ばし、気がつけばまったく見知らぬ場所にいた。
周囲を取り巻く巨大なぬいぐるみたち。
巨大化したペンダントトップ。
あれ?
もしかして私、ちっちゃくなっちゃった――!?
……なーんてね。夢でしょ、夢!
と思って過ごしていたものの、一向に目が覚める気配はなく。
空腹感も尿意もある異様にリアルな夢のなか、鬼のような形相の家主から隠れてドールハウスで暮らしてみたり、仮眠中の家主にこっそりと触れてみたり。
姿を見られたが最後、可愛いもの好きの家主からの溺愛が止まりません……!?
■一話 800~1000文字ほど
■濡れ場は後半、※マーク付き
■ご感想いただけるととっても嬉しいです( *´艸`)
婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!
柿崎まつる
恋愛
世継ぎの王女アリスには完璧な婚約者がいる。侯爵家次男のグラシアンだ。容姿端麗・文武両道。名声を求めず、穏やかで他人に優しい。アリスにも紳士的に対応する。だが、完璧すぎる婚約者にかえって不信を覚えたアリスは、彼の本性を探るため侯爵家にメイドとして潜入する。2022eロマンスロイヤル大賞、コミック原作賞を受賞しました。
【完結】お父様(悪人顔・強面)似のウブな辺境伯令嬢は白い?結婚を望みます。
カヨワイさつき
恋愛
魔物討伐で功績を上げた男勝りの辺境伯の5女は、"子だねがない"とウワサがある王子と政略結婚結婚する事になってしまった。"3年間子ども出来なければ離縁出来る・白い結婚・夜の夫婦生活はダメ"と悪人顔で強面の父(愛妻家で子煩悩)と約束した。だが婚姻後、初夜で……。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる