キラキラ狼は偏食の吸血鬼に喰らわれたい

小桜けい

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シーズン1

7 ○○は、ごはんに入りますか?

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 月夜の野原を、一つの影が疾走していた。闇の中にときおり、金緑の両眼がキラリと光る。
 大きさは標準的な成人男性のそれだが、普通の人間よりも遥かに速い。少しの足音も立てず、身軽に跳躍しては、水溜りや切り株を避けていく。
 やがて彼は、街から離れた場所にポツンと建つ、目当ての一軒家に到着した。




 アーウェンとラクシュが暮らしているのは、街からも離れた不便な古い家である。
 とはいえ、建物そのものは頑丈でなかなか贅沢な造りであり、残されていた家具も上等品ばかりだ。
 なんでも偏屈な金持ち老人が、余生を過ごした家らしい。貯蔵庫にしても、魔道具を使えば冷蔵も冷凍も可能なものだし、温水シャワーも使えるようになっていた。

 一階の居間には立派な暖炉もあり、上質な応接セットが一そろいある。
 黄緑のビロード張りソファーは、もっぱらラクシュが寝転がってウトウトするために使われていたが、今夜はそこに珍しい来客が腰を降ろしていた。

「ほら、ラクシュ。好きなだけ触っていいぜ。俺の、大好きだろ?」

 居間の柔らかなソファーに、ラクシュと並んで座った男が囁く。

「ん」

 ラクシュの短い返答は、とても満足そうだった。細く白い指を男のものに絡ませ、無表情ながら心底楽しんでいるのが、ありありと解る。

「ん……」

 男のそれが、ラクシュの喉をスイとなぞった。黒いローブの襟元をくすぐられ、ラクシュはうっとりと目を閉じる。

「はいっ! クロッカスさん、お茶どーぞっっ!!!!」

 渋面のアーウェンは、自分の尻尾をラクシュに絡ませてニヤけている猫耳オッサンに、ミルクティー入り紅茶カップを突き出した。
 ついでに、九尾猫ナインテールキャットの名の由来である九尾の一本を、思いっきり引っ張ってやる。

「痛ってええええ!!!」

 叫び声とともに、ラクシュに絡みついた猫尾たちが、ぶわっとブラシのように膨らみ、飛び跳ねた。

「あ」

 離れてしまった九尾を、ラクシュが残念そうに眺める。
 アーウェンは盆をテーブルに素早く置くと、ラクシュをヒシッと抱きかかえた。そして険悪な表情と声で、客用の安楽椅子を示す。

「クロッカスさんの椅子は、あっちです! ラクシュさんの半径五十センチ以内に近づかないで下さいって、昔から言っているじゃないですか!」

 まったく油断も隙もない、と犬歯をむき出してアーウェンはグルグル唸る。
 このオッサンときたら、ラクシュの尻尾好きを良い事に、すぐ自分の尾を触らせては、ハァハァ楽しんでいる猥褻猫だ。

 ……とりあえず、自分が先日、ラクシュへ性感帯である尻尾を撫でられまくられ、暴走した事実は、すっかり棚上げのアーウェンである。

「あ~ぁ、十年前にはガリガリだった小僧が、馬鹿力の狼になっちまって」

 クロッカスは紅茶を受け取り、大人しく一人用の安楽椅子に座る。
 彼は、ラクシュが品物を卸している魔道具ショップ『鈴猫屋』の店主だ。
 外見年齢は人間で言えば四十代間近の中年男で、青紫のやや長めの髪と、短い顎ひげを形よく整え、その年代の渋みが好きな女性には、垂涎ものの容貌だろう。
 均整の取れた身体つきで、身なりにも気を使い、センスの良いベストとタイを愛用している。
 そして九尾猫ナインテールキャットの彼は、人間の耳の代わりに髪と同色の猫耳が頭部に生え、腰の後ろからは九本の細身でしなやかな長い尾が伸びている。
 九本の尾は六本が雪のように白く、残りの三本は髪と同じ青紫だった。
 アーウェンのような人狼は、変身をして獣耳や尾を自由に出し入れできるが、九尾猫の耳と尾は出し入れ不可能なのだ。

「おー、イテテ……千切れるかと思ったぜ」

 尻尾の根元をさすり、口を尖らせるクロッカスに、アーウェンは思いっきり辛辣な笑みを向けた。

「そんなにラクシュさんに尻尾を触らせたいなら、一本くらい引っこ抜いて、あげちゃったらどうですか? いつでもお手伝いしますよ」

 それを聞くと、クロッカスは九本の尾をビクっと震わせ、身体の後ろへしまいこむ。

「ちっとは手加減してくれよ。おじさん、激レア魔物なんだぜ?」

 クロッカスが肩をすくめた。
 九尾猫はほぼ全て雌で、雄は千匹に一匹ほどしか発生しない。アーウェンが産まれた国でも、超高額で取引きされていた。

「激レアだろうと、ラクシュさんに猥褻行為は許しません」

 フン、とアーウェンは言い返す。

 クロッカスとの付き合いは、二人がこの地に住み始めた直後からだ。
 あの街で魔道具を扱う店は何件かあるが、魔物がオーナーをやっているのは彼の店だけで、ラクシュが選んだ理由でもあった。
 陽気で人当たりの良いクロッカスだが、商売に関しては厳しく鼻も利く。ラクシュが吸血鬼というのもすぐに見破り、最初は取引きを渋られた。
 吸血鬼は羞恥心がないと良く言われるが、それは性的な恥じらいという意味だけでなく、裏切りや卑怯な行為も平然とするからだ。
 しかし、ラクシュはその点でも異質な吸血鬼だった。
 彼女とて、恥という感覚はもっていないのかもしれない。けれどラクシュの基準と価値は、『好意』であり、好きな相手は、とても大切にする。

 当時少年だったアーウェンが、そう説得しようとしたが、杞憂に終わった。ラクシュの造った見事な魔道具のサンプルを見ると、クロッカスはすぐ取引きに応じてくれたのだ。
 魔道具の要は、鉱石に魔法文字を丁寧に彫りこむ部分だ。そこを見れば、造り手の性格や程度もわかると、彼は日ごろから公言している。
 今ではラクシュをすっかり気に入り、吸血鬼であることも黙っていてくれるし、情報通な彼は、不穏な討伐隊の動きなどがあれば、すぐ知らせてくれる。

 ラクシュの作品は、鈴猫屋でもかなり売れ筋で、時々オーダーメイドの注文までくるほどだ。
 製作者に紹介してくれと、熱心に頼む客もいるらしい。そういう輩を、のらくらとかわしつつ、率の良い注文はしっかりとってくれる手腕は、さすがと言える。

 だからアーウェンも、クロッカスには感謝し一目置いているが、ラクシュに会えば必ず、九尾を絡ませてセクハラ三昧なのが、気に喰わないところだった。
 しかもラクシュは、しなやかで数の多いクロッカスの尾が大のお気に入りなのも、余計に面白くない。

「……クロッカス。頼まれた、魔道具なら、まだ、できてない、よ?」

 アーウェンに抱えられたまま、無言で茶を飲んでいたラクシュが、不意に抑揚のない静かな声で言った。
 滅多に街を離れない彼が、突然に訪れたのを不思議に思っているのだろう。
 アーウェンも不思議に思って九尾猫を眺めると、クロッカスは苦笑して手を振った。

「いやなに。この間、ラクシュが街に来たらしいって聞いて、気になってな。元気になったんなら、店にも顔くらい見せてくれよ」

 どうやら先日、ラクシュが企画した不思議なデートを、誰かに目撃されていたらしい。ラクシュは無表情ながら、神妙な様子で頷いた。

「ん……つぎは、いく」

 この数年、クロッカスも弱り続けるラクシュを心配していたのを、申し訳ないとは思っていたのだろう。少し考えてから、彼女はポツポツと付け加えた。

「私、アーウェンの、血……飲んだ……もう、心配ないよ」

「――は?」

 紅茶カップを持ったまま、クロッカスがあんぐりと口をあけて、ラクシュを凝視している。
 彼はラクシュの本名も知らないし、魔物の血を必要とするのも知らなかったのだから、当然だ。
 アーウェンも驚いてラクシュを見た。

「言って良いんですか!?」

「ん」

 ラクシュが小さく頷き、クロッカスへ視線を戻す。

「私……人の代わりに、魔物の血、必要なんだ……でも、アーウェンが、くれたから……元気になた」

 そこまで話すと、ラクシュは口をつぐみ、また紅茶カップに視線を落としてしまった。
 さすがにキルラクルシュだったことや、その他の詳細まで話す気はないらしい。

「……俺もこの間、初めて知ったんです」

 まだ唖然としているクロッカスに、アーウェンは自分が望んで血を飲ませたことと、大した影響もなかった事を話した。
 彼も魔物なのだから、この辺りは特に誤解されたくない。

「だから心配なく。俺はラクシュさんに、他のヤツの血を飲ませるつもりは、絶対にありませんから」

 そういうと、それまで黙っていたクロッカスが、いきなり噴出した。

「おいおい、そこまで念押ししなくても良いさ。おじさんだって、そこそこ長生きして経験積んでるんだぜ? ラクシュをヤバイと思ったら、とっくに逃げてるよ」

 陽気な笑い声に、立ち込めはじめていた薄い緊張が解ける。

「ん」

 ラクシュが頷くのと同時に、アーウェンも一気に脱力した。

「……はぁ、そうですね」

 そして六本が白くなった九尾へ、チラリと視線を向ける。
 クロッカスの正確な歳はしらないが、九尾猫の寿命は長く、生にしぶとい。九つの命をもち、一つの命を失い復活するたびに、尾が一本ずつ白くなるのだ。
 つまり、彼はもう六度は死んでいることになる。
 今は小さいながらも繁盛している店で、平穏な店主をやっているが、この国に来る前は、それなりの修羅場を重ねてきたんじゃないかと思う。
 クロッカスはミルクティーを飲み干し、縦長の瞳孔をもつ眼を細めた。

「なんにせよ、ラクシュの魔道具を欲しがる客は大勢いて、俺はラクシュを気に入ってる。アーウェンの茶も美味い。これからもお前等と付き合う理由は、それで十分すぎるだろ」

 そう言った時のように、人並み以上に魅力的な顔もできるクセに、ネコ耳おっさんは次の瞬間、とりわけゲス顔でニヤつきはじめた。

「おまけにアーウェンは、大好きな相手に脱童貞できて、万事メデタシってとこか」

「な……な、っ!! なんでそこまで知ってるんですか!!!!!」

 あっけらかんと露骨な事実を指摘され、顔を真っ赤にしてアーウェンは飛び上がる。

「ん」

 ラクシュはといえば、実に平然と頷いていた。
 一人動揺しまくっているアーウェンを、クロッカスがニヤニヤと見上げる。

「吸血鬼が飲む時っていやぁ、当然そうなるだろ。アーウェンのラクシュ好きは、病気レベルだしな」

「そ、そうですけど……っ!!」

 アーウェンが頭を抱え、あたふたとしていると、ラクシュが小首をかしげた。

「アーウェン……病気で、私を、好きになった?」

 赤い胡乱な瞳の奥に、少し心配そうな色が揺れている。

「は!? いや、そうじゃありません! 俺がラクシュさんをものすごく好きってだけで……クロッカスさん! 変なこと言わないでください!」

「あー、悪い悪い、ラクシュ。病気ってのは、単なる喩えだよ」

 クロッカスが苦笑して、椅子から立ち上がる。そしてふと、ラクシュを眺めて頭をかいた。

「……しっかしまぁ、変わり者とは思ってたが難儀な体質だな。せめてサキュバスみてえに無害で補給できりゃ、もっと生きやすいだろうに」

「クロッカスさん!」

 思わずアーウェンは瞳に虹彩を浮かせ、牙を剥く。クロッカスが軽く床を蹴り、音も立てずに距離をとった。

「そう怒らないでくれ。おじさんはな、ラクシュがお前に十年も打ち明けられなかった気持ちが、ちっとは解るってだけさ」

 相変わらず人を喰ったニヤけ顔で、クロッカスはヒラヒラと手を振る。

「アーウェン。お前は俺よりも激レア品だよ。ラクシュは幸運だったな。……それじゃまた、店で待ってるぜ」

 ***

「……あーぁ。相変わらず口の悪いおっさんですね」

 来た時と同じで、クロッカスが疾風のように素早く帰ってしまうと、アーウェンはため息をつく。
 茶器を片付けようと、木の盆を手にとった時、くいくいとシャツの袖を引っ張られた。

「アーウェン……やってみよう」

 抑揚のないラクシュの声は、珍しく期待と張り切りに満ちているように聞こえた。

「え? なんの話ですか?」

「私……変な、吸血鬼。魔物なら、サキュバスみたいに、精でも、補給できるかも……アーウェンの、欲しい」

「―――――は?」

 アーウェンの手の中で、木盆が真っ二つに割れた。

「ええええ!!?? ちょ、待っ……ラクシュさん! 言ってる意味、もうちょっと詳しく聞きたいんですけど!? 俺、誤解してるみたいです!!」

 慌てふためき、ゼーハーと深呼吸を繰り返していると、ラクシュが小首をかしげた。

「私、アーウェンの血、じゃなくて、精液、飲むでも、大丈夫? か、やってみたい」

 どうやら、意思の疎通は間違っていなかったようだ。
 眩暈を堪え、アーウェンは割れた盆を放り出してラクシュを抱きしめた。

「クロッカスさんの言ったことなんか、忘れてください。無理しなくてもいいです!」

 人間と性交し、糧として精を吸うサキュバスは、吸血鬼と同じようで、大違いだ。
 彼らは魔物の中で、もっとも人間と上手く共存し、大抵の国でサキュバスは討伐対象から外されていた。
 大きな街であれば、たいていはサキュバスたちの娼館があり、多少の疲労と引き換えに得られる極上の快楽を求めて、通いつめる人間は多い。
 サキュバスは美形が多いし、緑色の皮膚や蝙蝠の羽根も、慣れれば病みつきになるそうだ。

「……精なら、アーウェン、痛くない」

 抱きしめた腕の中で、ポツリと呟く声が聞こえた。途端に、心臓を締め付けられたような気分になり、思わず腕に力を込める。

「あれくらい、平気です」

 きっぱりと断言する。
 首にラクシュの牙を突き立てた時は、正直に言えばかなり痛かった。アーウェンが痛みに強い人狼でなければ、叫び声をあげていたかもしれない。

「俺……ラクシュさんにだったら、いくら咬まれたって良いですから」

 片手で抱きしめたまま、そっと雪白になった短い髪を撫でた。
 きっと同族の血を吸っていた頃は、思い切り苦痛を叫ばれていたのだろう。

「そ、それに……他の吸血鬼と暮らしていた頃は……そっちを飲んだこととか、なかったんですか?」

 気は進まなかったが、思い切って尋ねてみた。
 嫉妬で狂いそうになるから、あえて考えないようにしていたけれど、ラクシュも血を吸っていた同族たちと、色々経験はしていると思い込んでいたのだ。

「ない」

 ラクシュが首を左右に振る。

「私が血、飲むと……皆、痛くて、気絶したから……発情は、傷を治す時はしなかったけど、そうなったら、治まるまで、我慢してた……痛み減らす、魅了も、出来なかったし……普段は、皆……私に、触らなかった……」

 最後の方になるにつれ、ラクシュの声はだんだんと小さくなってしまった。

「え、じゃあ……」

 ラクシュの相手は、アーウェンが初めてだったらしい。
 声が弾んでしまいそうになるのを、必死で堪えた。彼女は本当に傷ついているのに、勝手な喜びを押えきれない。
 ラクシュが大勢の相手と関係を持っていたとしても、大好きには変わらないが、独占欲が思う存分に満たされていく。

「ラクシュさんは、十分に魅力的ですから! それは俺だけが知っていればいいんです!」

 腕の中でラクシュがもぞもぞ動き、赤い瞳がアーウェンを見上げた。

「アーウェン……でも……しちゃ、だめ?」

 小首を傾げて、強請るように尋ねられた。

「――――っ!!」

 無表情の胡乱な顔つきなのに、なんだってこんなに可愛いく見えるのか……!!
 アーウェンはよろめき、ふらふらとソファーに突っ伏して呻く。

 ―― 駄目だ。惚れた弱みがあるんだから、勝てるわけがない。

「……お風呂、入ってきますから……その後で、お願いします」

***

 二人で交代に風呂を済ませると、もうじき夜明けという時間になってしまった。
 ラクシュの天気予報によれば、朝からずっと曇りで昼頃から雨が降るそうだ。

 アーウェンのは寝室のカーテンを閉め、寝台に座る。いつも寝る特と同じ、上を脱いでズボンだけの姿だ。
 ただし今は、広げた足の間にラクシュがちょこんと座り込んでいた。黒いローブではなく、前を木のボタンで留めた、膝丈の白いネグリジェを着ている。
 そしてなぜか……白いソックスを履いていた。

(ラクシュさん、真っ白だな……)

 床に膝をついているラクシュを眺め、アーウェンはゴクリと唾を飲む。
 白い髪に肌も白く瞳だけが赤いラクシュは、真っ白な兎のように見えた。いつもの黒いローブも好きだが、この白い夜着姿も綺麗で見惚れる。
 ラクシュの白い両手に握られた男性器は、すでにしっかり反応していた。無理しなくていいと言いながら、露骨に期待してしまっているようで、気まずくてたまらない。


 ―― 1度でいいから、ラクシュさんにもこの羞恥を味わってもらいたいですよ!!


 半ば自棄になり、アーウェンは握り締めていた両手を開いて、ラクシュの髪を撫でた。

「じゃぁ……してくれますか?」

「ん」

 ラクシュの薄く開いた唇から桃色の舌がチロリと覗き、かもしだす壮絶な色気に、うなじの毛が逆立った。
 先端にぬめる暖かい舌が触れ、亀頭を咥えられると、想像以上の快楽が背筋を駆ける。

「っは……」

 慌てて息を飲み、歯を喰いしばった。
 ひんやりした手指からは想像もつかないほど口内は熱く、含まれて舌で懸命に愛撫されると、あまりの愉悦に目の前がチカチカした。

 前の飼い主は、情婦によく口淫奉仕をさせていたが、男が一方的に楽しんで、喉奥まで性器を突っ込まれる女は苦しそうだった。
 出したものを飲めと命じられ、えづいて懸命に飲み干す姿も、苦痛そうにしか見えなかった。
 あんな風にするのを、自分が楽しめるとは思えない。せっかくラクシュを抱くなら、思い切り気持ちよくなって欲しい。
 綺麗な赤い瞳を蕩けさせて、アーウェンにすがり付いて、いつもは抑揚のない声が甘く掠れた嬌声になるまで溺れさせたいのに、自分のほうが溺れそうになる。

「あ……っ、苦しかったら……やめてくださいね……」

 必死で囁くと、ラクシュが咥えたまま、アーウェンを見上げた。
 小さな口に含むには、人狼の性器は大きすぎて辛そうだ。

「ん……ぅ」

 白い頬が淡い桜色に染まっている。目じりにも赤みがさし、赤い瞳がわずかに潤んでいた。

「らく……っ」

 頭から爪先まで、ゾクリとした感覚が走った。

 ――あ、ヤバイ。

 そう感じた時には遅かった。
 アーウェンは雪色の髪を両手で掴み、そのまま乱暴に動かしていた。意志とは無関係に、獣のように本能的に、身勝手な快楽を求める。

「ん!? ぐっ、ぅ……っ!?」

「っぁ……あ、すいません……俺、酷……っ!」

 虹彩の浮ぶ瞳をギラつかせ、呻いた。
 無理やりに頭を上下させるたびに、唾液の水音に混ざり、ラクシュの苦しげな声がたつ。こんな乱暴な扱いを止めたいと、心底から思うのに止まらない。

 人狼がうっかり他種族を愛すると、その凶暴さゆえに相手を壊してしまうケースが多いと聞く。
 自分はラクシュを大事に思っているから大丈夫などと、とんだ自惚れだった。

「はぁ……ラクシュさんを……俺だけのに、したい……全部欲しい……」

 人狼に比べれば、たいていの他種族は脆弱で簡単に死ぬ。
 それならいっそ、自分の手で壊して、血肉も骨までも全て喰らって、全部を奪い取り手に入れてしまえば……。
 壊し尽くしてしまえば、永遠に自分だけのものに出来るじゃないかと、脳裏で本能が囁きかける。
 固い性器を狭い喉の奥にまで無理やり捻じ込み、何度も乱暴に突き上げた。

「あ……っ……く……」

 雪色の頭を抱きかかえるように身体を丸め、何度も痙攣しながら精を吐き出す。
 ラクシュが逃げ場もないまま、喉奥に流し込まれたものを、必死に飲み干す音が聞こえた。

「はぁ……はぁ……けふっ……」

 ようやくアーウェンから離されたラクシュは、大きく肩で息をして何度か咽こむ。アーウェンも荒い呼吸を繰り返し、茫然とその姿を眺めていた。

「っ! 大丈夫ですか!?」

 ようやく我に返り、まだ咳き込んでいるラクシュの背中を、急いでさすった。

「ん……」

 ラクシュはこんな時まで無表情だが、上気した頬は涙で濡れていた。手の甲で口端の汚れを拭い、小さく頷く。その仕草に、また頭の芯がゾクリと痺れかかった。
 必死で顔を背け、ラクシュを組み敷きたい衝動を押さえ込もうとした。
 
「す、すみません。こんなことするつもりじゃ……言い訳ですけど……我慢できなくて……」

 自分への嫌悪に、歯がガチガチ鳴る。
 ラクシュはとても頑丈な吸血鬼らしいが、だからといって乱暴に扱って良いことにはならない。

 彼女はアーウェンに、数え切れないほど沢山のものをくれた。
 食事や衣服などの物質をくれた。優しく差し出される手や、「心配ない」と声をかけられる安心感をくれた。
 自由をくれたのも彼女だ。
 それが全て、購入した魔物の少年を食事にする目的からだとしても、結果的にアーウェンはラクシュを、自分の何もかもを喜んで差し出したいと思うほど好きになった。

 ――貴女から奪い取りたくなんかない。貴女に差し出して欲しいんだ。

「アーウェン?」

 ラクシュの細い指に頬を拭われ、ようやく自分が泣いていたことに気づいた。
 その手を取って、額に押し当てる。さらに涙が零れて、嗚咽が漏れそうになった。

「俺……自分でもどうしようもないくらい、貴女が好きです……」

 やっと気づいた。
 ラクシュが故郷を捨てたのは、自分を利用し裏切った同族を、激しく憎んだからと、勘違いしていた。
 キルラクルシュがその気になれば、力づくで彼らを屈服し、支配することもできたはずだ。
 それをせずに、一人で『ごはんを買いに行く』道を選んだのは、今のアーウェンと同じ事を思ったからではないだろうか。

 あんな目に会わされても、彼女はまだ、故郷の仲間たちを好きなのだ。

 そしてせっかく買ったアーウェンにも、血を飲ませてくれと、十年も言えなかった。
 ラクシュは皆を好きなのに、自分の異質さが、人間からも魔物からも自身を孤立させてしまうと、思い知ったから……。
 クロッカスの言う通りだ。彼女は、なんて生き辛い吸血鬼だろう。

「ん?」

 ラクシュは首を傾げ、少し考えこんだあと、もう片手を伸ばし、アーウェンの髪を子どものように撫でた。

「心配ないよ……私、とても頑丈」

「はい、知っています。でも……俺は……」

「それに……私、ちゃんと怒る」

「……え?」

 ようやく目線をあげると、胡乱な赤い目が、まっすぐにアーウェンに向けられていた。

「アーウェン、大好きだよ。だからもし、嫌なこと、されたら……私、きみを叱って……それから、許すよ」

「ラクシュさん……」

「きみと、ずっと、一緒にいたいんだ…………だから私、今度は、間違えない」

 途切れ途切れで抑揚のない声だけれど、とても力強い意志を感じた。

「心配ないよ。私……とても、強い」

 きっぱりと頷く不死身の女吸血鬼へ、アーウェンもつられて頷き、苦笑する。

「はい」

 とんだ自惚れだった。
 彼女が本気を出せば、たかだか二十歳の人狼小僧など瞬殺だ。

「……ケホッ」

 ラクシュがまた、小さくむせた。

「駄目、だった……美味しく、ない」

 抑揚のない小声は、今度は落胆の色を含んでいた。そっとラクシュの頬に両手を沿え、唇を重ねる。自分の出したもので粘ついている口内を舐めてみた。

「はは……不味いですね」

 生臭いし苦いし、変な味がする。こんなのを美味しいなんて、とても言えない。
 念のために用意しておいた水差しと洗面器を使い、二人とも口をすすいだ。

「でも、すごく気持ちよかったです……。今度は俺が、ラクシュさんにしていいですか?」

 ラクシュを抱きしめて耳元で告げると、白い耳朶が赤く染まった。

「……ん」

 頷いたラクシュは頬を 上気させ、赤い瞳を潤ませていた。太腿を擦り合わせ、ポツポツと呟く。

「アーウェンの、口でしたら、発情した……不味かったけど、嫌じゃない。私、また……したい」

 潤んだ赤い瞳で見上げられ、また理性が吹き飛びそうになるのを感じる。

「……ぅ、あ……ラクシュさ……っ!!」

 押し倒し、白い夜着に手をかける。
 ちゃんとボタンを外そうとしたのに、もどかしすぎていくつか千切れ飛んだ。下着も取り払い、片足を持ち上げて大きく足を開かせる。

「俺の舐めて、こんなにしてたんですか?」

 濡れそぼった秘所を指でなぞれば、透明な蜜がとろとろと絡みついた。

「ん……」

 消え入りそうなほど小さな声で、ラクシュが頷く。気のせいか、頬の赤みが増した気がした。
 自覚しなくても、彼女なりに恥ずかしがっているのかもしれないと思う。
 何しろ、とびきり変わった吸血鬼だ。

 柔らかな秘裂に舌を這わせると、真っ白な太腿がヒクンと震える。構わず舌を這わせ続ければ、頭上で短い声があがった。

「あ」

 いつもと違う甘い声に、興奮を煽られる。溢れてくる蜜も、同じくらい甘く感じ、夢中でむしゃぶりついた。

「んっ、あ、あ……はぁ……あ、あ……」

 ラクシュの指がアーウェンの髪に絡みつき、細い脚がぎゅうっと突っ張る。

「ん、あ!」

 背中を大きく弓なりに反らせ、激しく痙攣を繰り返した後で、ぐったりと寝台に身を落とした。
 荒い息をつき、ぼんやりと虚空を眺めているラクシュを抱きしめ、汗ばんだ額や頬に口づける。

「ラクシュさん……もう抱きたくて、狂いそう……挿れたい……」

 ラクシュの頬を包み、何度も口づけながら強請った。

「……ん」

 ラクシュの両腕が、ゆっくりと首に回される。小さく頷かれ、唇をペロリと舐められた。

「私も、アーウェン、欲しい……ちょうだい……」

 誘うように揺れる腰を抱え、熱く蕩けた入り口に、痛いほど張り詰めていた雄を押しあてた。
 クチュり、と淫靡な粘着音がし、柔らかく濡れた肉唇が先端に吸い付く。その心地良さに腰が砕けそうになった。
 一息に力をこめると、狭い蜜穴は締め付けながらも人狼の雄を柔らかく受け入れる。
 あまりにも気持ちよくて眩暈を覚え、夢中でラクシュの唇に吸い付く。舌を絡ませ歯列を舐め、余すところ無く味わった。

「ん、ん……」

 口腔を嬲りながら揺さ振ると、ラクシュのくぐもった声が互いの口内で反響する。

 ―― やっぱり、ラクシュさんの声が好きだ。

 流暢な演説にも、美しい旋律の歌にもならず、たどたどしい、欠け抜けだらけの会話が精一杯だけれど、アーウェンの一番欲しい言葉は、この声が全部くれた。
 繋がったまま、肉付きの薄い肩にも、小ぶりの胸にも唇を落とし、吸い付いて甘噛みをくりかえす。そのたびにラクシュから甘い嬌声が零れ、いっそう熱を煽られる。
 ラクシュの全部を知って、彼女にも自分を刻み込んでやりたくて、幾度も体勢を変えては、思いつく限りに堪能し、何度も欲を放った。
 しまいに窓の外で、しとしとと小雨が降り始めころ、アーウェンも残りの精を全てラクシュの中に注ぎ込み、そのまま崩れるように眠りこんだ。

 ***

 ――そして。

「めっ」

 ラクシュがアーウェンの前髪を、ペチンとはたいた。

「めっ」

 もう一回、はたかれた。

「す、すいません……」

 寝台で向かい合い正座しているアーウェンは、俯いたまま顔と声をひきつらせる。
 ラクシュの叱り方が可愛いすぎて、顔が自然とニヤケそうになるのだが、無表情ながら、彼女が真剣に怒っているのもヒシヒシと感じるし……普通に動く表情筋の扱いに、非常に困る。

 そもそも、ラクシュが怒っているのは、アーウェンがまた衣服を破ったからだ。
 夜着のボタンを幾つかちぎったとは思っていたが、よくよく見たら、ビリッビリに裂けていた。

「アーウェン」

 静かに呼ばれ、アーウェンはビクっと肩を震わせた。

「はいっ!」

「……お風呂」

「――――――え?」

「前に、言った。……お風呂、一緒に、入らせる」

 ラクシュは自分の足から、唯一身につけていたソックスを、さっと脱ぎとった。

「あ、あの、ラクシュさん。ちょっと……」

 アーウェンは焦って、彼女を推し留めようとした。


 嬉しいんですけど。 一緒にお風呂って、もの凄く嬉しいんですけど。 罰どころか、美味しいご褒美なんですけどっ!?


 黙っていたいのは山々だが、さすがにラクシュを怒らせたうえ、誤解を解こうともしないのは、騙すようで気が引ける。

「ラクシュさん! 俺、本当は……っ!」

 決死の覚悟で告白しかけた時、不意にラクシュがアーウェンに向けて、両腕を広げた。

「抱っこ」

「え?」

「歩くと、中……気持ち、悪い……」

「は、はいっ!!」

 ―― とりあえず、聞いてくれなかったラクシュさんも悪い。お風呂でたっぷり誤解だと証明して、それから改めて謝ろう。

(ラクシュさん、チョコケーキで許してくれるかな……)

 偏食な吸血鬼の好物を、ありったけ頭の中で考えながら、アーウェンはラクシュを慎重に抱きかかえ、風呂場に向かった。

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