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シーズン1
9 流行の服はお嫌いですか?
しおりを挟むどこの地でも遺跡は全て、ある種の木に侵略されている。
葉の一枚もつけない奇妙な木は、つる草のように曲がりくねって伸び、遺跡の硬い特殊素材すら悠々と破壊して、天井を突き抜け窓に絡んで排水溝や通風口を侵していた。
鱗状の木肌には時おりポコンと膨らんだ部分があり、ぼんやりと光を放っている。そこをめくると中に発光鉱石が入っているのだ。
ウズラの卵ほどの大きさをした色とりどりの光を放つそれは、木の実なのかもしれない。
だが、どうみても石にしか見えず、埋めても何も生えない。
だから実は「発光鉱石」と呼ばれ、この木は「鉱石木」と呼ばれた。
遺跡の中は暗く、木の隙間から月明かりが漏れ入る他は、鉱石木の放つ光が幻想的に浮んでいた。
(これくらいで足りるか……)
アーウェンは採った鉱石を革袋の中に入れ、数を確認する。
赤・青・黄色がそれぞれニ十個に、緑が十五個。貴重な紫が六個。
アーウェンの血を飲んでから、ラクシュは見る見るうちに回復し、鉱石もまた自分で採りに行くと言ったが、任せてもらうことにした。
魔道具への繊細な加工は手伝えないから、せめて出来る部分を手伝わせて欲しいし……今回は大事な目的があって、発光鉱石が多めに必要だった。
今、彼の頭部は狼の形容となり、獣と人が合わさったような形に変化した身体は、オリーブ色の体毛に覆われている。
人狼の目は元から暗くても良く見えるが、こうして半獣の姿になればもっとよく見えた。
だからランプなど不要なのがありがたい。一人で遺跡に入るなんて危険なことをしている身で、余計なものを呼び寄せてしまう人工の灯りは命取りだ。
アーウェンも好戦的な人狼らしく、己の戦闘力に自信を持ってはいるが、実力を過信する気もない。
巨大な蟲や凶暴な合成獣が棲みつく遺跡は、一瞬の油断で命がなくなるのだ。
鋭い爪の生えた手は、敵を引き裂くには便利だけれど、細かい作業には苦労する。袋を破かないように気をつけて口紐を閉じ、荷物を背負った。
鉱石木は森や山にもあるが、安全な場所は、すぐに採りつくされてしまうから、アーウェンは身体が丈夫になってからは、できるだけ遺跡へ来ていた。
家からも近いこの遺跡は、入り口が崩れて塞がり、瓦礫をよじ登って中に入れるのは、人狼や九尾猫くらいだ。
そのため、あまり訪れる冒険者も少ない穴場だった。
アーウェンは枝から音もなく飛び降りる。
床は朽ちて土になった木肌が厚く積もり、地面とあまり変わらなかった。
一説に寄れば、昔の地面はもっと低い位置にあり、陸より海のほうが広かったそうだ。
天から降ってきた巨大な岩石群と、繁殖した鉱石木が、地面を高く高く盛り上げてしまった……そんな説を唱えた学者がいたらしい。
遺跡の大部分が、地底のはるか深くに埋もれていることは確かだ。
垂直にそそり立つ、背の高いこの遺跡だって、地上に顔を出しているのは、上階の一部だった。
アーウェンがいるのは地上から8階目だったが、崩れた壁に「32階」と記されているのを前に見つけた。
しかし、アーウェンに難しい歴史の真偽はわからないし、あまり興味もなかった。
とにかく遺跡で重要なのは、必要なものを手にいれて、無事に生きて帰ることだ。
瓦礫を飛び跳ねながら駆け下りたアーウェンは、白みかけた夜空に向かって気持ちよく咆哮する。もうすぐ夜明けだ。
すぐさまラクシュの待つ家に帰りたい気持ちを抑え、アーウェンは街の方角に向かって駆け出した。
***
「――ほぉ、ラクシュに服をプレゼントか」
朝陽が昇る頃に街へ着き『鈴猫屋』に駆け込んだアーウェンから事情を聞くと、カウンターに肘をついたクロッカスは、顔中にニヤニヤ笑いを浮かべた。
まだ開店には早い時間で、店には二人だけだ。
赤と金をそこかしこにあしらった店内は掃除が行き届き、魔道具たちが見た目よく飾られている。
クロッカスは几帳面で綺麗好きだし、自分の店をとても大事にしていた。
「えっと、元気になったお祝いを兼ねて……」
アーウェンは言葉を濁したが、このオッサンに本当の理由はお見通しされているようで、非常に居心地が悪い。
ラクシュの数少ない衣服を二枚もダメにして、お風呂でぬるぬる焦らしプレイというお仕置きに、たっぷり反省したものの、ぼろきれと化した服が戻るわけではない。
反省したなら良いとラクシュは言ってくれたが、どうも気が引ける。
そしてラクシュに服を買ってプレゼントしようと、昨夜の遺跡で鉱石を多めに採ってきたのだ。
「……で、これを買い取ってくれます?」
余分に採った分の鉱石をカウンターに並べると、クロッカスは一つずつ真剣に眺める。
「あ。それから、これも……」
アーウェンは思い出し、ポケットから小さな薄い四角の物体を取り出した。昨日、遺跡で帰り際に見つけたものだ。
片側は真っ黒で、縁と裏面はメタリックレッドの特殊素材で覆われていた。小さなボタンのような突起がいくつかあるが、押しても何の反応も返さない。
色も形もさまざまだが、こんな奇妙なものが、遺跡ではよく見つかった。
遠くの相手と話せる機械だったと仮説も聞くが、今では理論も構造も解らない代物だ。
ただ、丁寧に分解すれば、今の技術では到底作れない、細かな機械部品が手に入る。外側の特殊素材も貴重品だ。
「ふーむ。傷も少ないし、なかなか良い色だな」
古代文明に興味を持っているクロッカスは、太古の遺品を取り上げてしげしげと眺める。
そして素早くそろばんを弾き、アーウェンが予想した以上の金額を提示した。
「こんなに?」
「鉱石の質もいいし、何よりこいつが気にいった。平服なら2、3着は買えるだろ」
クロッカスは銀貨を数えてカウンターに載せ、上機嫌で鉱石と赤銀の物体をしまいこむ。
そしてニンマリと口元を緩めた。
「それにしても、服は良い思いつきだな。ラクシュはせっかく面がいいのに、着たきりすずめで、勿体無いこった」
「着たきりじゃなくて、同じような服しか持ってないだけですよ」
アーウェンは訂正する。
ラクシュの持っている服は全て、膝丈の黒い貫頭衣ローブだ。
何年か前に、仕立て屋で服を作った時も、自分の着ているのを示して同じものをと頼んでいた。
「なんなら、一緒に行って見繕ってやりたいが、今日は忙しくってなぁ」
残念そうに言うクロッカスに、きっぱりと首を振る。
「ご心配なく。俺だって服くらい、一人で買えます」
クロッカスのセンスがいいのは認めるが、このエロ猫おっさんにまかせたら、大変なことになりかねない。
「それに、最近流行っている服装が、ラクシュさんに似合うとも思えないし……」
ちらりと窓の外へ目を向け、早朝の市街地に増えだした人々を眺める。
アーウェンも流行には疎いが、最近では女性の冒険者たちの間で、革鎧と極端に露出の高い衣服の組み合わせが流行っているのは知っていた。
それに影響されて、街の女性たちもスカート丈を短くしたり、胸元を大胆に開いたりしている。
「ああ。確かに眼の保養だが、ラクシュには似合わないな」
頷いたクロッカスは、ちょうど店の前を通った、大胆な黒革ビスチェの巨乳さんへ、鼻の下を伸ばしていた。
「なんなら、ラクシュのローブに、深いスリットでも入れてやるってのはどうだ?」
「なっ!! そ、そんな…………結構です!」
動くたびにチラっと覗く太ももが頭を過ぎり、思わず同意するところだった。
やっぱり、このオッサンに意見を聞くのは危険だと、クルリときびすを返した。
鈴の鳴る扉に手をかけた時、クロッカスが思い出したように呼び止めた。
「そうそう、昨日街に着いた客から聞いたんだが……キルラクルシュが討伐されたらしい」
「……?」
アーウェンは無言で振り替えりながら、顔が強張るのを感じていた。
「黒い森があるのはラドベルジュ王国だな。あの国は遠いから、情報の入りが遅くてな。もう一ヶ月も前の話しだった。
吸血鬼たちへの生贄制度に憤った青年が、仲間たちと挑んで倒したんだとさ。……ま、勇者さまってとこか」
「……へぇ、不死身のキルラクルシュが? 百年も、誰も倒せなかったのに?」
そう言った自分の声は、奇妙に乾いていた。
クロッカスはヒゲを軽く指先で弄り、軽く肩をすくめた。
「信じられん気もするが、ガセネタでもなさそうでな。あっちじゃ国中が祭り騒ぎだとよ。黒い仮面をつけてた女吸血鬼の死体も、広場に晒されてるらしい」
「そう……ですか」
「逃げて拡散した吸血鬼の対処に、近隣諸国で討伐隊を募りはじめたそうだ。ラクシュが巻き込まれないように、気をつけたほうがいいぞ」
咳払いを一つして、クロッカスはそう締めくくった。
「はい……ありがとうございます」
アーウェンは振り向き、満面の笑みを向ける。
「最高にスッキリしました」
「あん?」
いぶかしげなクロッカスに詮索される前に、急いで店を出た。
***
―― 仕立て屋にて、かなり時間がかかってしまい、アーウェンが家に戻ったのは、夜も遅くなってからだった。
早くラクシュに会いたくて、扉を開けて駆け込むと、なぜかラクシュは玄関口に座り込んで鉱石を彫っていた。
あやうく躓きそうになって、つんのめる。
「ラクシュさん!?」
ラクシュは立ち上がるとローブの裾を払い、いつもと同じ無表情のまま、アーウェンにそっと抱きついた。
「……おかえり」
抑揚のない声は、とても嬉しそうで、可愛らしく聞こえた。
「は、はははいっ! ただいま!」
今すぐ押し倒したい衝動を必死で堪え、居間で荷物を降ろして、鉱石を取り出す。
「……ありがとう」
大切そうに鉱石を受け取るラクシュへ、抱えて持ってきた大きな紙包みも差し出した。
「遅くなってすみません。これを作ってもらってて……」
「ん?」
ラクシュが首をかしげて包みを開き、現れた二着の服に、目を少しだけ見開く。
「ラクシュさんの服、破いちゃいましたから」
クロッカスとも懇意にしている仕立て屋の女店主は蜘蛛女で、人間のお針子より数十倍の速さで衣服を仕立てられる。
彼女は以前に作ったラクシュのローブをちゃんと覚えていて、まったく同じものを即座に製作してくれた。
「ん……ありがとう」
真新しい黒のローブを手に取ったラクシュが、満足そうに頷く。
そして、もう一枚の服を広げて首をかしげた。
「ん?」
既製品を仕立て直したものだったが、女性服に関する店主の講義を長々と聞かされながら、アーウェンが散々苦労して選んだのだ。
「それ、ラクシュさんに似合うと思うんですけど……気に入りませんか?」
「……」
アップルグリーンの生地に、ベージュ色のレースとオリーブ色のリボンを飾った衣服を、ラクシュは無言で眺めている。
背中と横のリボンで、サイズを多少は調整できるようになっており、膝丈のスカートは、薄く柔らかな布を何層も重ねてしたてあげられている。
服と揃いのフードつきケープは、赤い鉱石のボタンで前を留めるようになっていた。
店主が言うには、流行服は露出の高いものばかりでなく、こんな型の服も人気らしい。
「……」
ラクシュが無言で服をテーブルに置き、やっぱり気にいらなかったかと、アーウェンは密かに内心でため息をついた……が。
「っ!?」
ラクシュがいきなり、ローブを目の前で脱ぎ捨てた。
「ラクシュさんっっ!!??」
何回も服を脱がせて裸を見ているが、唐突に露となった素肌に、アーウェンは顔を赤くする。
「ん……?」
下着だけになったラクシュは、アップルグリーンの服に袖を通そうと、四苦八苦しはじめた。
簡単に着れる貫頭衣ローブとは違い、少し複雑なつくりなので、どうやって着るのかわからないらしい。
「えっと……確か、こうやって着るそうです」
女性の着替えを手伝っていいものか迷ったが、見かねた末にアーウェンはホックの位置を教え、リボンを結んだ。
「ん」
感心したようにラクシュが頷き、何層にもなった薄いスカート布を指先でつまむ。
仕上げにケープのボタンを留めると、真っ白な髪と赤い瞳をもつ、お人形のような愛くるしい姿になった。
「う、わ……」
アーウェンは顔を赤くしたまま硬直する。
「ん?」
首をかしげたラクシュに、気の利いた褒め言葉でもかけたいのに、うまく言葉が出ない。
ラクシュを抱きしめて、昔は闇色だったという髪へ口付けた。
「ラクシュさん……」
伝えたいことがあるのに、それ以上の声が続かない。
キルラクルシュを失った吸血鬼たちは、人間たちの思わぬ反撃に慌て、きっと仲間の一人を、彼女の偽者に仕立てたのだろう。
黒い仮面をつけた偽看板のこけおどしで、人間たちを追い払えると思ったのかもしれない。
だが、アーウェンが伝えたいのは、そんなことではない。
いずれ耳に入ってしまうだろうが、彼女は故郷の崩壊を、絶対に喜んだりしないだろう。
「ラクシュさん、俺は……」
もしも、逃げ延びた吸血鬼がラクシュの居場所を突き止め、もう一度助けてくれと頼んでも、絶対に渡さない。
万が一、討伐隊に正体がばれても、全力で守って見せる。
――人間も魔物も……世界の全部を敵に回しても、俺はずっと、貴女の傍にいたいんです。
「アーウェン?」
腕の中で、モゾモゾとラクシュが首をかしげる。
うっかり抱きしめる力が強すぎたのに気づき、あわてて離れた。
「す、すいません! その……すごく、可愛いです!!」
可憐な装いに改めて見惚れ、愛おしさがこみ上げてくる。
「つぎの曇りには、鈴猫屋に行く予定でしたよね!? その服、せっかくだからクロッカスさんにも見せてあげましょう! 危ないから、近づきすぎちゃダメですけど!」
しかし、浮かれ気分全開で告げると、ラクシュはさっと横を向いて、首を振った。
「ダメ……いつもの、ローブにする」
「え?」
「これ、好き……でも……無理、なんだ」
ラクシュはチラっとアーウェンへ視線を向けると、いそいでまた逸らし、硬く目を瞑ってしまう。
そしてアーウェンの胸元に顔を埋めるようにして、抱きついてきた。
「アーウェン……」
「あ、あの……どうしたんですか?」
「きみは…………過ぎるよ」
ぼそぼそっと呟かれた小声は、一部が聞き取れなかったが、とても幸せそうな声だった。
****
(む……)
困ったと、ラクシュはアーウェンに抱きついて目を閉じ、思い悩む。
この綺麗な服は気に入ったし、何よりアーウェンがわざわざ選んでくれたものだ。
それが何より嬉しい。
し か し 。
大喜びのアーウェンがまとう、キラキラの光が眩しすぎて、目が眩んでしまう。
残念ながら、これを着て一緒にお出かけは無理、という結論に達した。
――きみのキラキラは大好きだけど……目が、目が……っ―― !
吸血鬼の眼は、火の明りならば平気なのに、太陽の光には眩んでしまう。
アーウェンのキラキラが何なのか、未だにわからないけれど、彼がラクシュを好きと告げるたびに、キラキラは増えていく気がする。
そしてラクシュの目は、彼を見るのが辛くなる。
なんて綺麗で魅力的で残酷な光だろう。
こうして沢山抱きついていれば、いつかこの光を受けいれられるだろか。
「アーウェン……」
それとも、陽の光を浴びて吸血鬼が消滅するように、触れすぎて死んでしまうのだろうか。
それでも構わないと思うほど、欲しくなる。
口元が自然に緩み、大好きな光の素を抱きしめた。
――きみは、眩し過ぎるよ。
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