鹿翅島‐しかばねじま‐

犬河内ねむ(旧:寝る犬)

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七宿 業(ななやど ごう)の場合(◇ヒューマンドラマ◇ホラー)

七宿 業(ななやど ごう)の場合(3/3)

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 気が付くと辺りは暗く、エンジンも止まっていた。
 慌てて時計を見る。
 左手を持ち上げようとして、激痛が走った。
 腕が折れている。むりやりに腕時計のカレンダーを見て、車を取りに戻った日から一日半過ぎていることを知った。
 体を起こすと、左足にも痛みがある。
 折れてはいないようだと確認し、祈るような気持ちでキーをひねった。
 エンジンがうなりを上げ、ほっと息をつく。
 イノシシの死体を乗り越えて、俺は八十村銃砲店へとハンドルを切った。

 ◇ ◇

 暗闇に沈む八十村銃砲店につく。
 エンジン音を聞きつけて、シャッターを開けてくれるかと期待したが、店は静まり返っていた。
 シャッターぎりぎりに車を寄せ、隙間に入る。
 預かっていたカギでシャッターを開けて、俺は店へと滑り込んだ。

「八十村さん、なお、俺だ七宿だ」

 声をかけるが、返事はない。
 俺は痛む足を引きずりながら、八十村さんの寝室へと向かった。
 店のカウンターに置いてあった懐中電灯をつけ、引き戸を開ける。
 途端に、何年も昔に嗅ぎなれた血の匂いが立ち込めた。

「七宿さん……?」

「なおか、何だこの匂い――」

 向けた懐中電灯の丸い光の中、血まみれのなおが、銃を抱えて座り込んでいるのが見えた。
 震えるなおの足元から、部屋の反対側へと視線を向ける。
 そこには八十村さんが……俺の恩人である八十村さんが至近距離から散弾で腹を撃ち抜かれ、ピクリともせずに倒れていた。

「八十村さんっ!? なお! どういうことだ!?」

 もう一度懐中電灯をなおに向けると、彼女は銃を抱えたまま泣いていた。

「お前が……撃ったのか?」

「……はい」

「なんでだ!? まさかゾンビに――」

「いいえ、違います」

 なおの話はこうだった。

 俺が自宅へ向かった昨日、夜遅くなっても帰らない俺を心配し、二人は眠れない夜を過ごした。
 夜が明けると、もう水はなくなってしまった。
 食料もほとんど余裕はない。
 飲めないと聞いていた八十村さんが、のどの渇きに耐えかねてビールを飲んでいるのに気づいたのは、今日の夕方のことだった。
 さすがに二日間帰ってこないのはおかしいと、なおは明日、俺を探しに行くと八十村さんに告げた。
 慣れない酒に酔っていた八十村さんは、俺もなおも、体の不自由な八十村さんを放り出して逃げるつもりなんだろうと、彼女をなじり始める。

「掴みかかられて、ベッドに押さえつけられて、それから、八十村さんは私の服を……」

 言われて初めて気づいたが、なおの衣服は前がはだけ、破れていた。
 親子ほども年の離れたなおを、八十村さんは酔った勢いで襲おうとしたのだった。

 なんとか逃げ出して、銃を構えて近寄らないでほしいと懇願するなおに、八十村さんがもう一度襲い掛かる。
 もみあいになり、暴発した散弾が、なおの目の前で八十村さんの腹を吹き飛ばした。

「つい何時間か前まで……生きていたんです。どうして……七宿さん! どうしてもっと早く帰ってきてくれなかったんですか!?」

 泣きじゃくるなおから懐中電灯を下ろす。
 こんな状況の彼女に、俺はなんと声をかけてやればよかったんだろう。
 黙り込む俺の耳に、暗闇の中から、ガチャリと弾を装填する音が聞こえた。

「なお?」

「さようなら、七宿さん」

 その声に命の危険を感じ、思わず体を伏せる。
 八十村銃砲店の店内に、今日二度目であろう散弾銃の銃声がこだました。
 折れた左腕の痛みに呻き、懐中電灯をなおに向ける。
 そこでは、かわいらしかったはずのなおの顔が、下あごだけを残して吹き飛んでいた。

 周囲から、血の匂いと銃声を聞きつけたゾンビどもの唸り声が波のように聞こえはじめる。
 俺は背中から銃を取り出し、口にくわえて引き金を引いた。

――七宿 業(ななやど ごう)の場合(完)
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