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一章
心持ちの問題、です
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「ハンスから報告があった。ファイアードラゴンと対峙した際、お前と上手く連携できなかったと」
「…………はい」
ここは神殿直轄地にある神殿本部の部屋。前の執務机に座るのは、この部屋の主であるリデナス=オールディンドンだ。
先日の討伐は、加勢を受けたことにより一時間もたたず収束を見せた。本来なら新人隊一個隊で行くような場所でもなく、また何かしらの撹乱によりいつもは森の奥にいるレベルの魔物が多く出現したのだ。いくらリデナスが強いとはいえ、引き連れているのがロゼ達のような新人では時間稼ぎほどにしかならない。加勢が無ければ死んでいたかもしれないのだ。
今回の討伐はそもそも、ボーンベアが対象であった。しかしそのボーンベアも錯乱にあい、人里を襲ったり普段行かないような森の奥にまで足を運んだのだと推測された。その推測の根拠として、同じように錯乱したと思われるファイアードラゴンの1匹が、交戦中に急にもがき苦しみ始め、血と泡を吐いて倒れたらしい。それは異様な光景だったと同期の隊員がこぼしていた。
森の魔物を錯乱させる何かがある。
そんな不穏な爪痕を残して討伐が終了したため、討伐参加者は見たこと全てを報告書にまとめるよう言い渡された。
もちろんロゼも例に漏れず、このリデナスの執務室に報告書を届けに来たのだが………。
いつものように眉間に皺を寄せ、机に両肘をつきながらリデナスが述べた第一声に、ロゼは今日一番どんよりとした気分になった。
「……あれは、私の失敗でした。咄嗟に援護しようとして、それで……」
「詳細は報告にも書いてあった。お前がハンスの槍に風を纏わせたのだと。自分ではどう分析したんだ?」
「分析、という程のものではありませんが…………。おそらく、向きに問題があったのかと」
「向き?」
「は、はい。私が纏わせた風は直線に伸びる円柱の筒のようなものです。だからその、直線の向きがハンスが炎槍を発射しようとした方向と少しでもズレていれば炎槍の勢いは必然、弱まり消えてしまいます。……私の未熟さで、全体にもご迷惑をおかけしてしまったかと思います。申し訳ありませんでした。」
自分のせいで、ハンスにもとても迷惑をかけてしまった。加勢があの時来なければ、ハンスも死んでいたのだ。結果論だけ言うと助かっただけで、実際は死に近かった。
いつもそうだ。自分はよく他の人の足を引っ張る。役に立ったと、人の為になったと胸を張れるような大きなことをロゼはした記憶が無い。
自己嫌悪に陥るのが悪いことなのは分かっている。分かっているが、やめようと思ってやめられるものでもない。
俯いて見える自分の足と執務机が、ふいに滲む。喉の奥が痛い。
ロゼのできることといえば、俯きながら目をめいいっぱいに開けて雫が零れないようにすることだけだ。
――ほら、すぐに泣きだす。なんでこんなに私は弱いのでしょうか。
心もそう、技術もそう。何ものにも挫けない、強さが欲しい。
はぁ、とリデナスがため息をついた。ロゼの肩がびくっと震える。
呆れられてしまったのだろうか。
「…………そんなに落ち込むこともない。これしきのことで、というのも何だが……。お前は自己肯定感が低い。そこは直せ」
「す、すみま」
「謝るな。……いいか、お前はな、自分が思ってるよりも人を助け、役に立ち、そして笑顔にしているよ。それに気づかないのは、その人に失礼だ。そうじゃないか?」
リデナスにしては優しく、子どもに言い聞かせるように話す。ロゼは思わず、こくんと子供のように頷いた。
「未熟さは、お前が若いゆえにだ。いくらでもこれから改善出来る。そのための訓練だ。今回のことを忘れろと言っているわけじゃない、糧にしろということだ。出来るか?」
「……はいっ!」
ずび、と鼻を啜る。なんと間抜けな音。顔も絶対に間抜けだ。もうもはや考えない方がいい、うん。
「さて、では提案なのだが、私の隊の火使いと共闘訓練をするのはどうだ?」
「……第一聖師団第一隊の、ですか」
「そうだ」
リデナスはロゼが現在所属する新人隊の第二隊の隊長でもあるが、本職は第一聖師団第一隊の隊長だ。
世界の最大権威を誇る神殿の組織は、神殿直轄地に本部、他国に支部があり、そのそれぞれにはロゼのような神力が一般の人より強い"御使い”――ロゼはその中でも風を操る風使い――と、事務職に着く"神官”が数多く所属している。訓練生、新人期間を終えた御使いが所属するのは、聖師団と呼ばれる組織だ。聖師団は、本部には三師団、各支部にはそれぞれ一師団存在する。ロゼが入ることを希望するリデナスの隊は、第一聖師団の第一隊。実績の多い第一聖師団の中でも実力揃いとされる、まさにエリート。
「よ、よろしいのですか?そんな機会を頂いて」
「だからこうやって提言している。ハンスのような火使いとお前のような風使いは元来、共闘において相性がいい。上手くいけば何倍にも攻撃力をあげることが出来る。今回の経験を生かす、いい機会だと思うが?」
「……はい」
経験、と言ってくれたことに胸が軽くなる。
そうだ。私は強くなりたい。人を助けるために、笑顔を作るために。今までもそうやって頑張ってきたではないか。
――――こんな、小さなところで立ち止まるとはなんて恥ずかしい。気をしっかり持たないと!
俯いていた先程と似たような、だが決して違う心持ちでロゼは笑った。
「はい!その提案、謹んでお受け致します!」
「…………はい」
ここは神殿直轄地にある神殿本部の部屋。前の執務机に座るのは、この部屋の主であるリデナス=オールディンドンだ。
先日の討伐は、加勢を受けたことにより一時間もたたず収束を見せた。本来なら新人隊一個隊で行くような場所でもなく、また何かしらの撹乱によりいつもは森の奥にいるレベルの魔物が多く出現したのだ。いくらリデナスが強いとはいえ、引き連れているのがロゼ達のような新人では時間稼ぎほどにしかならない。加勢が無ければ死んでいたかもしれないのだ。
今回の討伐はそもそも、ボーンベアが対象であった。しかしそのボーンベアも錯乱にあい、人里を襲ったり普段行かないような森の奥にまで足を運んだのだと推測された。その推測の根拠として、同じように錯乱したと思われるファイアードラゴンの1匹が、交戦中に急にもがき苦しみ始め、血と泡を吐いて倒れたらしい。それは異様な光景だったと同期の隊員がこぼしていた。
森の魔物を錯乱させる何かがある。
そんな不穏な爪痕を残して討伐が終了したため、討伐参加者は見たこと全てを報告書にまとめるよう言い渡された。
もちろんロゼも例に漏れず、このリデナスの執務室に報告書を届けに来たのだが………。
いつものように眉間に皺を寄せ、机に両肘をつきながらリデナスが述べた第一声に、ロゼは今日一番どんよりとした気分になった。
「……あれは、私の失敗でした。咄嗟に援護しようとして、それで……」
「詳細は報告にも書いてあった。お前がハンスの槍に風を纏わせたのだと。自分ではどう分析したんだ?」
「分析、という程のものではありませんが…………。おそらく、向きに問題があったのかと」
「向き?」
「は、はい。私が纏わせた風は直線に伸びる円柱の筒のようなものです。だからその、直線の向きがハンスが炎槍を発射しようとした方向と少しでもズレていれば炎槍の勢いは必然、弱まり消えてしまいます。……私の未熟さで、全体にもご迷惑をおかけしてしまったかと思います。申し訳ありませんでした。」
自分のせいで、ハンスにもとても迷惑をかけてしまった。加勢があの時来なければ、ハンスも死んでいたのだ。結果論だけ言うと助かっただけで、実際は死に近かった。
いつもそうだ。自分はよく他の人の足を引っ張る。役に立ったと、人の為になったと胸を張れるような大きなことをロゼはした記憶が無い。
自己嫌悪に陥るのが悪いことなのは分かっている。分かっているが、やめようと思ってやめられるものでもない。
俯いて見える自分の足と執務机が、ふいに滲む。喉の奥が痛い。
ロゼのできることといえば、俯きながら目をめいいっぱいに開けて雫が零れないようにすることだけだ。
――ほら、すぐに泣きだす。なんでこんなに私は弱いのでしょうか。
心もそう、技術もそう。何ものにも挫けない、強さが欲しい。
はぁ、とリデナスがため息をついた。ロゼの肩がびくっと震える。
呆れられてしまったのだろうか。
「…………そんなに落ち込むこともない。これしきのことで、というのも何だが……。お前は自己肯定感が低い。そこは直せ」
「す、すみま」
「謝るな。……いいか、お前はな、自分が思ってるよりも人を助け、役に立ち、そして笑顔にしているよ。それに気づかないのは、その人に失礼だ。そうじゃないか?」
リデナスにしては優しく、子どもに言い聞かせるように話す。ロゼは思わず、こくんと子供のように頷いた。
「未熟さは、お前が若いゆえにだ。いくらでもこれから改善出来る。そのための訓練だ。今回のことを忘れろと言っているわけじゃない、糧にしろということだ。出来るか?」
「……はいっ!」
ずび、と鼻を啜る。なんと間抜けな音。顔も絶対に間抜けだ。もうもはや考えない方がいい、うん。
「さて、では提案なのだが、私の隊の火使いと共闘訓練をするのはどうだ?」
「……第一聖師団第一隊の、ですか」
「そうだ」
リデナスはロゼが現在所属する新人隊の第二隊の隊長でもあるが、本職は第一聖師団第一隊の隊長だ。
世界の最大権威を誇る神殿の組織は、神殿直轄地に本部、他国に支部があり、そのそれぞれにはロゼのような神力が一般の人より強い"御使い”――ロゼはその中でも風を操る風使い――と、事務職に着く"神官”が数多く所属している。訓練生、新人期間を終えた御使いが所属するのは、聖師団と呼ばれる組織だ。聖師団は、本部には三師団、各支部にはそれぞれ一師団存在する。ロゼが入ることを希望するリデナスの隊は、第一聖師団の第一隊。実績の多い第一聖師団の中でも実力揃いとされる、まさにエリート。
「よ、よろしいのですか?そんな機会を頂いて」
「だからこうやって提言している。ハンスのような火使いとお前のような風使いは元来、共闘において相性がいい。上手くいけば何倍にも攻撃力をあげることが出来る。今回の経験を生かす、いい機会だと思うが?」
「……はい」
経験、と言ってくれたことに胸が軽くなる。
そうだ。私は強くなりたい。人を助けるために、笑顔を作るために。今までもそうやって頑張ってきたではないか。
――――こんな、小さなところで立ち止まるとはなんて恥ずかしい。気をしっかり持たないと!
俯いていた先程と似たような、だが決して違う心持ちでロゼは笑った。
「はい!その提案、謹んでお受け致します!」
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