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一章
お値段は気にしてはいけません
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それからロゼとゼルドは、予定通り週2で落ち合い、訓練をした。
しかしゼルドは最初から共闘訓練をするのではなく、ロゼの訓練をつけることに時間を割いた。
それ自体は有難いのだが、何せ容赦がないのでロゼは必死についていくしかない。加えて変わらずの言葉少なさで、最初は戸惑っていたロゼももうすっかり慣れてしまった。
そして2人が出会って1ヶ月ほどたった頃。いつも使っている訓練場から少し離れた、森林に隣接する神殿敷地内の庭に2人はいた。
「弓は使えるか?」
「………弓、ですか?いえ、使ったことはないです」
「今日はそれを試す」
そう言ってゼルドが差し出したのは、ロゼの半分以上はありそうな長さの弓と矢だ。飾り気は無いが、蔦の文様が美しい上品な銀色の弓だった。とてもお値段が張りそうだとロゼは慄く。
「こ、これどうしたんですか?壊してしまったら腎臓を売れとか言われませんか?」
「壊しても金は取らん。見ていろ」
そう言ってゼルドは、森林の方に向けて矢を番える。ロゼにとっては少し大きいくらいの弓だが、ゼルドにとっては窮屈に思えるほどに小さかった。弓がまるで子どもの玩具のように見えてしまう。
ゼルドが弓をしならせる度、弓からはギギギィィと悲鳴が上がっていた。
――フォームがすごい綺麗だし、お手本を見せて貰えるのはありがたいんですけど……壊れそうな弓と縮こまっている体が異様でそれどころじゃない!ああ、あの弓、ゼロが何個並ぶんでしょう……
やはりというか、ロゼは弓の心配をしていた。
ゼルドが右手を弦から離した瞬間、綺麗な音と共に番えていた矢が飛んでいく。
飛んでいった、と思う。何せ早すぎてロゼには見えなかったのだ。
森の中の、ここから大分離れたところから動物の鳴き声が上がる。ロゼはそこでようやく矢の飛んでいった方向を把握した。
弓を背負ったゼルドが、すぐに鳴き声のした方向に歩き出す。獲物を回収しに行くのだと思い、ロゼはそのまま待つことにした。
1分もしないほどでゼルドは帰ってきた。そしてその片手には、角が立派な鹿が逆さまに吊り下がっていた。
――この人、手に何かを吊り下げるのが好きなのかな。普通は担いでくるような大きさですけど。
1度吊り下げられた事のあるロゼは鹿を哀れに思った。
「やってみろ」
「っえ、急にですか?」
背負っていた弓を下ろし、次はお前だというようにロゼに差し出す。
「えと、やったことないので変だとは思いますけど、笑わないでくださいね」
「問題ない」
弓を番えようとするロゼの後ろに回り、ゼルドがロゼの両肘を大きな手で掴む。
「もっと右肘を突き出せ。重心は少し前……そう、それで左手の内を前に押す」
「……こうですか?」
「腰は固定しろ。そこから上に筋を通すような感覚だ」
「はい」
「……よし、そのまま弾いて離せ」
少し緊張しながら、ロゼは弦を弾き矢を発射する。間の伸びた音がすると思っていたロゼは、響き渡る澄んだ弦音に目を瞬いた。
「――やはり、筋がいい」
ゼルドが、少し誇らしげに呟く。
矢が当たったのは狙った的から掌ひとつ分ほど下だが、こちらから的への距離がそこそこにあることを考えると大分上手くいったように思う。
「遠距離型だったら弓は習得した方がいい」
「……私、遠距離型ですか?」
「防御能力が高い上に、風使いだからな。――それに弓だと、火使いとの共闘には何かと便利だ」
「――成程」
確かに、ロゼは力を維持する事に長けており、それは刹那的な攻撃よりも敵の圧迫や防御展開に向いていると言えるだろう。この1ヶ月、ロゼが思っているよりもゼルドはロゼの特性を見て、考えてくれていたらしい。
それがとても嬉しくて、同時に擽ったく感じてしまい、自然と頬が綻んでしまう。
頬を染めてはにかむロゼを見た大男は、思わずといった様子で片手をロゼの頭に伸ばし――――。
ぽん、と頭においた。
ロゼは驚き、ばっと顔を上げると、何故か同じように驚いたような顔をしたゼルドと目が合った。
榛色の三白眼を見開きながらも、ロゼの頭に置いた大きな褐色の手を退けることは無い。
それどころか、ゆっくりと撫で始めたではないか!
――――!、!?ほぇっ??え、っつ、潰される!?
またまた失礼なことを考えるロゼ。確かに、ゼルドの手はロゼの小さい頭全体の半分以上を覆えるほどに大きくて厳つい。それ故に、撫でているというよりは握っているという感じだ。
「っあ、あの」
「嫌か?」
「っえ」
「触られるのは嫌か」
「あ、いえ嫌では……ないんです、けど…………は、恥ずかしいです」
ロゼは自分の身長が低いせいでたまに子供に間違われる。例えば、街で買い物をしていた時。店主にこれを下さいと言うと「お嬢ちゃん、お母さんからお金を貰っているかい?お金が無いとあげられないんだよ」と言われたことがある。それは2年ほど前のことで、当時ロゼは15歳であったのだが…………幼女に間違われるのは凄く、もの凄く嫌だった。
胸だって平均並みにはあるし、顔だって少し童顔なだけだ。それなのにこの身長が全てを幼く見せるらしい。
だからロゼは、子供扱いをされるのを嫌う。まあこの歳で子供扱いとか、誰でも嫌だとは思うが。
――だからやめさせようとしたのだが。
……嫌かと聞かれれば、不思議と嫌ではないことに気づく。
――――で、でもやっぱり恥ずかしい!
羞恥にプルプルしているロゼを見ると、
「――じゃあ、いいな」
そう言って、今度は両手でロゼの頭をわしゃわしゃと撫で始めた。
よくない、良くないです!と言うロゼを見ながら手を動かすその姿はとても楽しそうだ。
――――まあ、誰にも見られなければいいですよね。ちょっと気持ちいいし。
安心してされるがままのロゼは気づかなかった。
――触られるのが嫌ではない、と答えてしまったことに。
しかしゼルドは最初から共闘訓練をするのではなく、ロゼの訓練をつけることに時間を割いた。
それ自体は有難いのだが、何せ容赦がないのでロゼは必死についていくしかない。加えて変わらずの言葉少なさで、最初は戸惑っていたロゼももうすっかり慣れてしまった。
そして2人が出会って1ヶ月ほどたった頃。いつも使っている訓練場から少し離れた、森林に隣接する神殿敷地内の庭に2人はいた。
「弓は使えるか?」
「………弓、ですか?いえ、使ったことはないです」
「今日はそれを試す」
そう言ってゼルドが差し出したのは、ロゼの半分以上はありそうな長さの弓と矢だ。飾り気は無いが、蔦の文様が美しい上品な銀色の弓だった。とてもお値段が張りそうだとロゼは慄く。
「こ、これどうしたんですか?壊してしまったら腎臓を売れとか言われませんか?」
「壊しても金は取らん。見ていろ」
そう言ってゼルドは、森林の方に向けて矢を番える。ロゼにとっては少し大きいくらいの弓だが、ゼルドにとっては窮屈に思えるほどに小さかった。弓がまるで子どもの玩具のように見えてしまう。
ゼルドが弓をしならせる度、弓からはギギギィィと悲鳴が上がっていた。
――フォームがすごい綺麗だし、お手本を見せて貰えるのはありがたいんですけど……壊れそうな弓と縮こまっている体が異様でそれどころじゃない!ああ、あの弓、ゼロが何個並ぶんでしょう……
やはりというか、ロゼは弓の心配をしていた。
ゼルドが右手を弦から離した瞬間、綺麗な音と共に番えていた矢が飛んでいく。
飛んでいった、と思う。何せ早すぎてロゼには見えなかったのだ。
森の中の、ここから大分離れたところから動物の鳴き声が上がる。ロゼはそこでようやく矢の飛んでいった方向を把握した。
弓を背負ったゼルドが、すぐに鳴き声のした方向に歩き出す。獲物を回収しに行くのだと思い、ロゼはそのまま待つことにした。
1分もしないほどでゼルドは帰ってきた。そしてその片手には、角が立派な鹿が逆さまに吊り下がっていた。
――この人、手に何かを吊り下げるのが好きなのかな。普通は担いでくるような大きさですけど。
1度吊り下げられた事のあるロゼは鹿を哀れに思った。
「やってみろ」
「っえ、急にですか?」
背負っていた弓を下ろし、次はお前だというようにロゼに差し出す。
「えと、やったことないので変だとは思いますけど、笑わないでくださいね」
「問題ない」
弓を番えようとするロゼの後ろに回り、ゼルドがロゼの両肘を大きな手で掴む。
「もっと右肘を突き出せ。重心は少し前……そう、それで左手の内を前に押す」
「……こうですか?」
「腰は固定しろ。そこから上に筋を通すような感覚だ」
「はい」
「……よし、そのまま弾いて離せ」
少し緊張しながら、ロゼは弦を弾き矢を発射する。間の伸びた音がすると思っていたロゼは、響き渡る澄んだ弦音に目を瞬いた。
「――やはり、筋がいい」
ゼルドが、少し誇らしげに呟く。
矢が当たったのは狙った的から掌ひとつ分ほど下だが、こちらから的への距離がそこそこにあることを考えると大分上手くいったように思う。
「遠距離型だったら弓は習得した方がいい」
「……私、遠距離型ですか?」
「防御能力が高い上に、風使いだからな。――それに弓だと、火使いとの共闘には何かと便利だ」
「――成程」
確かに、ロゼは力を維持する事に長けており、それは刹那的な攻撃よりも敵の圧迫や防御展開に向いていると言えるだろう。この1ヶ月、ロゼが思っているよりもゼルドはロゼの特性を見て、考えてくれていたらしい。
それがとても嬉しくて、同時に擽ったく感じてしまい、自然と頬が綻んでしまう。
頬を染めてはにかむロゼを見た大男は、思わずといった様子で片手をロゼの頭に伸ばし――――。
ぽん、と頭においた。
ロゼは驚き、ばっと顔を上げると、何故か同じように驚いたような顔をしたゼルドと目が合った。
榛色の三白眼を見開きながらも、ロゼの頭に置いた大きな褐色の手を退けることは無い。
それどころか、ゆっくりと撫で始めたではないか!
――――!、!?ほぇっ??え、っつ、潰される!?
またまた失礼なことを考えるロゼ。確かに、ゼルドの手はロゼの小さい頭全体の半分以上を覆えるほどに大きくて厳つい。それ故に、撫でているというよりは握っているという感じだ。
「っあ、あの」
「嫌か?」
「っえ」
「触られるのは嫌か」
「あ、いえ嫌では……ないんです、けど…………は、恥ずかしいです」
ロゼは自分の身長が低いせいでたまに子供に間違われる。例えば、街で買い物をしていた時。店主にこれを下さいと言うと「お嬢ちゃん、お母さんからお金を貰っているかい?お金が無いとあげられないんだよ」と言われたことがある。それは2年ほど前のことで、当時ロゼは15歳であったのだが…………幼女に間違われるのは凄く、もの凄く嫌だった。
胸だって平均並みにはあるし、顔だって少し童顔なだけだ。それなのにこの身長が全てを幼く見せるらしい。
だからロゼは、子供扱いをされるのを嫌う。まあこの歳で子供扱いとか、誰でも嫌だとは思うが。
――だからやめさせようとしたのだが。
……嫌かと聞かれれば、不思議と嫌ではないことに気づく。
――――で、でもやっぱり恥ずかしい!
羞恥にプルプルしているロゼを見ると、
「――じゃあ、いいな」
そう言って、今度は両手でロゼの頭をわしゃわしゃと撫で始めた。
よくない、良くないです!と言うロゼを見ながら手を動かすその姿はとても楽しそうだ。
――――まあ、誰にも見られなければいいですよね。ちょっと気持ちいいし。
安心してされるがままのロゼは気づかなかった。
――触られるのが嫌ではない、と答えてしまったことに。
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