強面さまの溺愛様

こんこん

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一章

やめるという選択肢はないそうです

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「今朝は、あの、ありがとうございました。お引越し手伝っていただいて」
「……ああ」
「えと…………あ!遅くなりましたが、これからお世話になります。改めまして後輩として精進しますので、雑用でもなんでも使ってください!」


小さな掌をぎゅっと握りこみ誠意を見せようとばかりに意気込んでみても、相手がいつにも増して無言であるためどうにも雰囲気が空回りしてしまう。

―――そういえば、隣に座ったということは私に何か話があったのでは?

「あの、何かお話がありましたか?」
「特にはない。…………ちゃんと、食べているか」
「はい。このサンドイッチも、とても美味しいです」


二人が座るソファの前には、ロゼが取ってきたチーズやローストハムなどの簡単なつまみ、そして魚や果物、クリームや肉など様々な種類の具材が挟まっているサンドイッチが数個、テーブルに置かれていた。神殿の食堂で作られたものであろうそれらは、綺麗に挟み込まれた食材からてらてらと輝くソースに至るまで拘って作られたことが分かる逸品である。

テーブルマットの上に行儀よく並べられたそれらを見たゼルドはしばし考える様に黙り込み、そして白身魚のフライとホワイトソースの挟まったサンドイッチに手を伸ばす。
お腹がすいていたのかな、とその様子を見ていたロゼは、そのサンドイッチを持つ手が自分の口元に伸ばされるのを見て、一瞬意図がつかめず間の抜けた声を上げてしまう。

「へ?」
「そのまま開けていろ」

口を開けて間抜けな顔をしているロゼの顔に、食べろとばかりに近付けられる白いサンドイッチ。
ロゼは混乱しながらも両手を揃えて差し出し、受け取る意思をゼルドに示そうとする。だが男はその無言の申し出に答えようとはせず、サンドイッチを離す様子もない。

「っひ、一口で食べれないです!!自分で、自分で食べますから」
「これならいいだろう」

なんとかやめさせようとするロゼの言葉に、サンドイッチを一口大に千切って食べさせようと迫るゼルド。
その勢いに押されたロゼの重心は後ろに傾き、背中がソファの肘掛けにあたる程までに仰け反るかたちとなる。あともう少し背を曲げれば、バルコニーに繋がる窓から先程まで見ていた星空が見えてしまう。
いつぞやのように覆いかぶさられているような状況のロゼは、焦りを露に覆い被さる男ゼルドへ必死に主張を続ける。

「子供扱いしないでください!」
「していない」
「~~っ思いっきり、してるじゃないですか!」
「……なら何扱いならしていいんだ」
「………………とにかく、子供扱いは嫌だし、何扱いでも駄目です!自分で食べるので離れてください」

普段よりも強く突っ撥ねるロゼに、ゼルドの纏う空気が次第に凍てついたものになっていく。

ゼルドは舌打ちでもしそうな眉間にしわの寄った顔で徐ろにロゼの顎を掴み、あるようでなかった距離をゼロにまで縮めてくる。顎を掴まれたロゼは驚いたものの、ぎゅっと口を閉じ、果敢にもゼルドを睨みつけた。

「開けろ」

その命令口調に少々むっとしたロゼは、普段の弱気は何処へやら。頑固になって口を開こうとせず、依然としてへの字に曲げたままだ。
そんなロゼをゼルドは熱い目線でめつけるように見つめながら――――顎を掴んでいた手を、細い首筋へと伸ばした。

さす、と首の後ろ、項のあたりを指でさすられ、急所とも言える部分への急な刺激に身体がびくりと跳ねて硬直状態になってしまうロゼ。

―――ああもう心臓うるさい!……こっ、こんな触られ方されたら誰だって緊張します!!決して負けたわけではないのです!

……勝負事ではない筈なのだが、ロゼはどうしても負けたくないらしい。

大きな手は首筋、鎖骨、肩、二の腕とその柔らかさを手で感じるようにロゼの輪郭を辿り、そして背中の中心を撫ぜるようにして首筋へと戻ってゆく。
している事のみで考えたら間違いなくセクハラ案件であるのだが…………まあ、好いている異性に触られて嫌悪を感じる者もそういまい。現にロゼも、ここまでされても嫌悪感など微塵も感じず、ただ自身の身体の中心に蓄積されてゆく熱を持て余し、ゼルドの腕の中で縮みこまって震えているだけだ。元々小さい体は更に小さく見える。しかし頑として口を横一文字に引き結ぶその姿はゼルドの嗜虐心を煽るものであることを、当の本人は気付かない。

好き勝手に動く手によって与えられる刺激に耐えられずにふるふると震えてしまう己を恥じながら、涙目を細め口をぎゅっと引き結ぶロゼ。
しかしその努力虚しく、長いようで短い攻防の末に、遂に小さく口を開いてしまった。

すぐさま、その小さく開けられた隙間目掛けてサンドイッチの欠片が詰め込まれる。

「ごフッ!んむむ」

ゼルドは先程までの様子とは異なり、したり顔でロゼを見詰めており、それがまた癪に障るロゼである。

こうなってはもう、次から次へと運び込まれるものを咀嚼して飲み込み、そしてまた放り込まれというループだ。
ロゼはもう諦めの境地だった。幸いここは部屋の隅の方で、ソファーに座るゼルドの大きな身体のおかげでロゼは周りからは全く見えず、此方を見た者がいたとしてもゼルドの前のめりな背中が見えるだけだ。
手ずから食べさせられるだけで充分恥ずかしいが、誰か他の者にこの状況を見られて憤死するよりはマシである。

―――でも流石にこの体勢だと、腰と背中が痛くなってきます。とにかく苦情を申し立ててやめてもらわないと……

「す、すみません。この体勢ちょっと辛いんで、もうやめてもらっ……………ファッッッっっっ!?ななななななにを」
「見たままだろう。体勢が辛いのならこれで良い」
「やめるという選択肢は!?」
「無い」

ロゼが苦情を申し立てようとした時、ゼルドがロゼをひょいと持ち上げ、………………ぽすんと、膝の上に置いたではないか!!!
鋼鉄のような硬さの筋肉とがっしりとした片腕に拘束され全身を背中から抱き込まれるかたちで座らされているロゼは、指先から足先に至るまで全く身動きを取ることができずに、もはや悶絶することしかできない。

――――なんで?なんでっ!?何故こんな、処理しきれない状態にぃぃぃっ!!てゆか膝に乗せられてもまだ顔が余裕で上にあるって、どんだけですか!

「下ろしてください!これは流石におかしいでしょう!?」
「触られるのが嫌ではないと言った」
「前にそんな感じのことは言いましたがそれ以前の問題ですとにかく下ろしてください!あっちょ、どこ触って」

自身のもつ最大の力で抗おうと全身に力を込めるも、やはり動くことは叶わず囚われの状態から逃げ出すことは不可能だった。
全く解ける様子のない拘束にしばし抗うもその小さな体は直ぐに疲れ果て、数分後にはぐったりと疲れた様子の少女と、その少女を後ろから抱き込んで給仕する巨躯の男の図が完成した。

そしてそんな目立つ構図が誰にも気付かれないはずもなく。

「……なんだろう。可愛がってるのは分かるんだけど…………見てはいけないものを見てしまった感が拭えない」
「あれほんとにあいつか?お、悪寒が……ほら見ろよこの鳥肌」
「……まさか中身が入れ替わったんじゃないよな」
「くっそー……ゼルドめ、ヒック。一人だけにゃんにゃんしやがって!ヒェック、こちとら先輩だぞ!彼女いないんだぞ気ぃ使えやぁぁぁぁ」
「あちょっ、モリさんさすがに今行ったら死ぬって」

酔いが回っているのだろう。ロゼ達の居る方に近付いてきた男の足取りはフラフラで、顔から首まで真っ赤な状態だ。
ゼルドと同期らしい隊員にモリさんと呼ばれていた男は、引き攣れたようなしゃっくりをしながら大股で2人の座るソファーまで近付き、そしてサンドイッチの次はチーズとばかりに机の上に手を伸ばしていたゼルドを見下ろす。

「おいゼルド!お前っ、強い上に可愛い彼女持ちとは、ヒック、なんという差別!どれかひとつくらいは俺に寄越せやぁぁっヒック」

普段からゼルドに目を掛けているのだろう、人好きのしそうなモリという男からはゼルドに対しての気安さを感じる。……まあ、言っているのはほとんど妬み事なのだが。
――そんな先輩の言葉にゼルドは。


「あ゛?」


ほんのちょっっとキレ気味にそう答えたのだった。



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