強面さまの溺愛様

こんこん

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一章

地下牢

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「……――ぇ、……ツェ」

誰かが、自分を呼んでいる。起きなければと思うのに、意識はあるのに、瞼が開いてくれない。ただ、とても眠い。

「ロゼ=シュワルツェ!」
「っはい!!って、あれ」

突然耳元で自分の名前を呼ばれ、先程まであった眠気も吹き飛んだロゼは反射的に飛び起きた。あたりを見回して、どうやら神殿の病室に寝かされていたようだと分かる。

「良かった、目が覚めて。突然大声で呼んでしまってすまなかったね」
「あ、え、いえ。起こしてくださって、ありがとうございます」

ロゼの顔を覗き込むようにしてこちらを見ているのは、見目麗しい麗人、フランチェスカ=フィード第一聖副師団長だ。その顔を見た途端、ロゼは自分の身にあった出来事を思い出し、そして助けに来てくれたのがこの目の前の女性であったことを朧気ながら思い出した。

「何があったのか、思い出せるか?」
「……はい。ですが、分からないことの方が多い状態です。あの後、何か進展はあったのでしょうか?……――あっ、す、すみません!上官に対してこんな」
「ふふ、いいんだよ別に。今回君は被害者だ。偶々近くに用があった私達がいなければ、恐らく連れ去られていただろう。――感謝は、友人のリリー=マンチェスターに言いなさい。彼女が信号を送らなければ、私たちは気づくことができなかっただろうからね」

フランチェスカの言葉の途中で感謝を告げようと口を開いたロゼに、彼女はリリーのことを告げた。

信号とは、御使いの連絡用に用いられる発煙筒のことで、炎の噴射とともに火花を上空に打ち上げて使うものだ。様々な配色によって意味が異なっており、訓練生課程でそのそれぞれの意味や使い方は頭に叩き込まれている。

「……そうですか。リリーのおかげで……。後で感謝と、謝罪を伝えないと。すみません、彼女は今どこにいるか、ご存じでしょうか」

ロゼを連れ去ろうとした男の言動から考えて、今回の騒動で狙われたのは恐らくリリーではなく、ロゼだろう。子供を使ってリリーを路地裏に連れ込み、それをロゼに見せつけて陽動したのだと推察できる。だとしたら、ロゼと一緒に神殿から出ていた為にリリーは巻き込まれてしまったことになる。それに関しての謝罪は伝えないと、とロゼは思ったのだ。
だがしかし、そのロゼの言葉にフランチェスカは顔を曇らせた。

「……彼女は今、この病室よりも更に上階の病室にいる」
「――え?……上階の、病室って――なっ、何故ですか!?リリーは確かに、あの黒い外套の男を捕縛していたはず!その時は重傷を負ってなんか」
「彼女が捕縛していた男は難なく捕まったんだ。だがもう一人の男が逃げる際に大きな火炎爆発を起こし、一番近くにいたリリー=マンチェスターはそれに巻き込まれた」

暗い顔で自分の不手際だと、そう言うフランチェスカの言葉に、ロゼは驚愕した。
神殿にある白い病棟には、一階から四階までの階層がある。一階は軽症の、神力操作である程度は治る者が一応の安静として寝かせられる。そして二階から四階と、階が上がるにつれ運ばれる者の重症度は上がっていき、四階には感染病を持つ感染者を隔離する施設も併設していると聞く。
ロゼが先程部屋を見回したときに見た窓からの景色から考えるに、ここは恐らく病棟の二階。つまり、リリーは更にその上、三階か四階層にいるということだ。

「君は、この三日間で昏睡状態にあった時に処置がある程度済まされたから、昨日三階から移動したんだ。連れ去ろうとした際に君に投入された麻酔薬は随分強いものでね。昏睡作用が強く、だが自己回復作用を強めるものでもあった。違法薬物に分類されるもので間違いないと報告を受けている。……恐らくだが、君に致命傷をつけないようにしていたあたりからも、攫って何かしらの役割を君に強制させるつもりだったと推測できる」

フランチェスカの言葉も、今のロゼには聞こえない。ただ頭の中には、リリーのことだけが行きかっていた。

「……彼女は今、四階の病室にいる」

ロゼの表情から、何を考えているのかが分かっていたのだろう。麗人は上階へと続く部屋中央部の螺旋階段を見ながら、ロゼにそう教えてくれた。

「あとで君の状態を医官と確認したら、案内するから。……今は、自分のことに集中しなさい」

優しく言い聞かせるような言葉とともに、ふわりと暖かな掌がロゼの頭におちる。そのまま頭をなぜる掌に、ロゼは少し自分の気持ちが落ち着くのが分かった。

「……すみません、取り乱してしまって」
「大切な友人が重傷を負ったんだ、取り乱して当然だと思うよ。――では私は、医官を呼んでくるから。少し待っていなさい」
「……っあ、あの、フランチェスカ様」
「どうした」
「捕縛された男は、今どこに」
「―――神殿領内の収容所に送られた」
「っえ」

事件から僅か三日で。いや、三日も経ったというべきか。だがしかし、犯人側には何かしらの目論見があることは想像に容易い。通常であるならば神殿内にある地下牢に入れて、一定の期間内は聴取をする筈だ。それを三日、しかも今日で三日目というのならば恐らくは二日以内に送られたことになる。それは些か早すぎるのではないだろうか。

しかし上層部が行ったであろう決定に下っ端が意見を出せるわけもなく、ロゼはその考えを口にすることなくフランチェスカに礼だけを述べた。
ベッドの上でぺこりと頭を下げたロゼに、フランチェスカはどこか困ったような微笑をその顔に浮かべながら、亜麻色の頭をもう一度撫でて部屋を後にした。




「…………やっぱり違う」

一人病室に残ったロゼは撫でられた頭に手をのせ、そう一人ごちた。
フランチェスカにはとても失礼な話かもしれない。だが頭を撫でられた時、思ってしまったのだ。あの大きなごつごつした手とは違う、綺麗で華奢な女の人の手だと。

ロゼは小さな腕を胴にまわし、自身を抱き締めるようにぎゅっと力を入れる。


急に誘拐されそうになって、そして今リリーの容態を知らされて。きっと今自分は動揺し、不安に駆られている状態だ。だからそばにいて欲しいと思うし、そしてあの大きな身体で不安ごと、苦しいほどに強く包み込んで欲しいと勝手ながらも思ってしまうのだろう。

―――突き放すようなことを言ってしまったのは、私なのに。

シーツの上で縮こまりながら動かないロゼを、窓から覗く暖かな陽射しが照らし、その小さな身体に影をつくり出す。その小さな影は暫く動くことなく、シーツの上で縮こまり続けていた。


















陽の光も届かない薄暗い場所で、その男はある一点を見つめていた。

ぴちゃん、ぴちゃんと音がするのは、剥き出しになった水道管から地下水が漏れ出ているからだろう。おかげで辺りは湿っぽく、所々が黴臭い。

「……まだ、ここに居たのか」

開いた牢の柵から、リデナスの声がかかる。その声がけに男は柵の外に顔を向け、そして自分の上司であるリデナスの元へと歩き出した。


キィ、と上階へと続く唯一の扉が開き、もう一人男が入ってくる。コツコツと足音をたてながらリデナスに近づいたその美貌の男、レライ=ノーヴァは、先程まで男がいた牢の中を見て、目を細めた。

「師団長。……ロゼ=シュワルツェには、何と」

男がレライへと視線を向け、尋ねる。不敬とも取れるような質問の仕方に、だがしかしレライは気にすることなくありのままを口にした。

「彼女が目を覚ました時に私の副官が立ち会っていたそうで。神殿領内の収容所に送ったと、そう伝えたそうです。――ゼルド=ロード、これで満足ですか?」
「……感謝致します」

その返事に、レライは美しいかんばせを微笑みに変える。

暫く話し合っていた三人は、やがて地上へと繋がる扉の向こうへと消える。ゴゥン、と重厚な扉が閉まる音が地下に響き渡った。



誰もいない地下牢の、その奥。そこには壁にぶら下げられた二本の鉄の鎖と、ある一点から放射線状に広がる赤黒い痕だけが残されていた。






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