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一章
夕闇での話し合い
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「――神殿内で組織に関係するとマークしていた者が、姿を消した?」
「ええ。監視に付けていた者から報告が来ました。それも全員、示し合わせたように一斉に消えたと。此方の監視が温かったと言わざる負えませんねぇ」
神殿の北にある第一棟、その上階に位置する第一聖師団長執務室。一日の業務が終了した隊員達が浴場や食堂、それぞれの階のホールで賑わっている声が扉から漏れ聞こえてくる分、この部屋の冴えた空気がより一層強く感じられる。
「一斉に忽然と消えるなど、有り得ない。……組織が開発した物の力だろうか」
腕を組みながら難しげな顔をする第二聖師団長、ロンダール=エダンズに、この執務室の主であるレライ=ノーヴァはにこりと微笑んだ。
「恐らくはそうでしょう。神殿から外に出るには、訓練場を含む神殿の広大な土地を囲う不可視の壁を超えなければなりません。あの術で感知されなかったのなら、使ったのは移転術の類でしょう」
レライの説明を聞いていたもう一人、フランチェスカ第一聖副師団長は、自分の上官の言葉に成程と相槌をうつ。
不可視の壁は、何世代か前の聖師長が、前代風神から直接授かった力によって構成された高度な術式だ。その名の通り透明なため見ることは出来ず、有事の場合以外は触れることも出来ない。だがその術を神力を持った存在、つまりは人間か魔物が通り抜けると感知され、術を管理している所に知らされるという訳だ。
外出許可や通り抜け許可を事前に申請する必要があるのもこの為である。そして有事の際には何物をも阻む壁となり、神殿を防御するというその名の通りの役目も担っている。
「移転術か…………あれは相当高度なものだが、一度きりの使用であれば作れなくもない、か」
「ええ。使い捨ての物だとしても、かなり価値のある物になる。こちらが監視していた研究棟の研究員の一部、そして最も繋がりの深そうな高位神官が一名、他複数名……組織の情報を握っている彼等を脱出させるのが何よりも大切だったのでしょうねぇ。まあ、逃がしてしまったものを今更どうこう言っても後の祭りですが」
「今後は向こう側が移転術を使えるということも考慮しておいた方がよさそうだな。……それで、私が頼まれていた身元調査だが。………――ノーヴァ師団長が予想していた通り、今回逃げおおせた神殿内で組織に加担していると思われる者の複数が、ノルド出身者だった」
「――――ではこれで、決まりですね」
今まで会話に口を挟むことのなかったフランチェスカは一歩踏み出し、澄んだ空色の瞳で真っすぐに二人を見据えた。
ロゼ=シュワルツェの誘拐未遂、そして相次ぐ上位の魔物の減少と森の生態系の攪乱。一つの組織によって起こされたと考えられる一連の出来事に、当然神殿側も手を拱いてるばかりではなかった。
手掛かりとなるのは、ゼルド=ロードが討伐した魔物に微量ながら含まれていた風神の眷属の鱗粉と、誘拐未遂の際にロゼ=シュワルツェが見たと証言した神力封じの首輪。
手掛かりの一つ目に関して、風神やその眷属である伴侶が住処にしているのは、風神の子孫の国ローザリンドの北東の森だ。その森はローザリンドとここ神殿直轄地であるアデライドの国境線に接し、当然アデライドの南端に位置する商業都市ノルドにも隣接する。鱗粉がこの森で採取されたのだとすれば、そこから近い都市ノルドがまず組織の本拠地として浮上するのは当然の流れだった。
ノルドに関しては、最近神殿本部の会議でも問題視されていた危険物製造や薬物製造について、看過できないほどの蔓延や各国への流通がもとより報告されていた。この状況はノルド都市の管理者である領主が代替わりしてからのことであるので、現領主の男がこの全体の製造に加担、もしくは主導しているのではないか、と考えられていた。
このことをすべて総合し改めて神力封じの首輪の取引先を洗い出すと、ノルドの管理補佐と親密なある財政会の重鎮の名が挙がり、更に神殿内の内通者にノルド出身者が多いことが分かって、推測に信憑性が増したという訳だ。
「……ここまでの調査、今思うとよくこれ程の短期間で特定にまで至ったな」
これまでの多忙さを思い出したように、ロンダールはしみじみと呟く。その考えには、フランチェスカも全面的に同意だ。
第一聖師団長であるレライが主導したこの調査は、神殿に内通者がいることもあって少数精鋭で行われた。事情を知る第二聖師団長とその幹部、そして第一聖師団長レライとフランチェスカ、レライ直属の御使い数名、第一聖師団第一隊長リデナス=オールディントン、そしてゼルド=ロード。
……殆どが幹部や役職持ちであるこの精鋭たちの中で唯一役職をもたないロードは、例外的な存在と言ってもよかった。
実力主義である神殿の御使いの中で、彼の祖父に対する忖度抜きにレライに抜擢され、そしてそれを周囲に納得させるだけの活躍と能力を見せられる存在。
度々行われていた会議で発言する様は二十歳とは思えず、風神の眷属の鱗粉を組織が搬入した経路についても、彼の推察や現場での活躍に導かれるかたちで仲介となる別の違法団体を突き止めることができた。
ロードはロゼ=シュワルツェの警護もあるため長期的に彼女の傍を離れることは出来ず、活動は日を跨ぐことなく短期のみのものに参加していたが、その制約をもってしてもその貢献ぶりは目を見張るものがある。
―――それもあの子が関わっているから、当然と言えば当然の事か。
フランチェスカは最近話す機会の増えた、あの可愛らしい少女を頭に思い浮かべた。
今年十八歳になる、つまり成人を迎える身体の小さな彼女は、ロードの横に立つとまるで子供のように幼く、頼りなげに見える。
だがフランチェスカは、ロゼが、いかに御使いらしいかを知っている。
御使いとは、強い神力をその身に宿す、一般市民を守るために戦う者だ。神殿組織が世界の中でも大きな権力を握っているにも関わらず覇権を握ろうと道を誤らないのは、代々の聖師長が人格者であることもそうだが、神殿の、特に御使いの信念によるものが大きい。
…………目が覚めて初めに自分の友達の事をフランチェスカに聞いた彼女は、仲間思いの優しい性格で、自分が助けられる者をより多くしようと努力することもできるような御使いだ。
―――同調性のことを抜きにしても、優秀な、大切な部下だ。そんなロゼを危険に晒したくはない。
誘拐未遂の時は、到着が遅れて彼女にもリリー=マンチェスターにも重症を与えてしまった。もうあんなことはさせまいと、フランチェスカは片拳に力を込め、見えないように握りしめた。
「ええ。監視に付けていた者から報告が来ました。それも全員、示し合わせたように一斉に消えたと。此方の監視が温かったと言わざる負えませんねぇ」
神殿の北にある第一棟、その上階に位置する第一聖師団長執務室。一日の業務が終了した隊員達が浴場や食堂、それぞれの階のホールで賑わっている声が扉から漏れ聞こえてくる分、この部屋の冴えた空気がより一層強く感じられる。
「一斉に忽然と消えるなど、有り得ない。……組織が開発した物の力だろうか」
腕を組みながら難しげな顔をする第二聖師団長、ロンダール=エダンズに、この執務室の主であるレライ=ノーヴァはにこりと微笑んだ。
「恐らくはそうでしょう。神殿から外に出るには、訓練場を含む神殿の広大な土地を囲う不可視の壁を超えなければなりません。あの術で感知されなかったのなら、使ったのは移転術の類でしょう」
レライの説明を聞いていたもう一人、フランチェスカ第一聖副師団長は、自分の上官の言葉に成程と相槌をうつ。
不可視の壁は、何世代か前の聖師長が、前代風神から直接授かった力によって構成された高度な術式だ。その名の通り透明なため見ることは出来ず、有事の場合以外は触れることも出来ない。だがその術を神力を持った存在、つまりは人間か魔物が通り抜けると感知され、術を管理している所に知らされるという訳だ。
外出許可や通り抜け許可を事前に申請する必要があるのもこの為である。そして有事の際には何物をも阻む壁となり、神殿を防御するというその名の通りの役目も担っている。
「移転術か…………あれは相当高度なものだが、一度きりの使用であれば作れなくもない、か」
「ええ。使い捨ての物だとしても、かなり価値のある物になる。こちらが監視していた研究棟の研究員の一部、そして最も繋がりの深そうな高位神官が一名、他複数名……組織の情報を握っている彼等を脱出させるのが何よりも大切だったのでしょうねぇ。まあ、逃がしてしまったものを今更どうこう言っても後の祭りですが」
「今後は向こう側が移転術を使えるということも考慮しておいた方がよさそうだな。……それで、私が頼まれていた身元調査だが。………――ノーヴァ師団長が予想していた通り、今回逃げおおせた神殿内で組織に加担していると思われる者の複数が、ノルド出身者だった」
「――――ではこれで、決まりですね」
今まで会話に口を挟むことのなかったフランチェスカは一歩踏み出し、澄んだ空色の瞳で真っすぐに二人を見据えた。
ロゼ=シュワルツェの誘拐未遂、そして相次ぐ上位の魔物の減少と森の生態系の攪乱。一つの組織によって起こされたと考えられる一連の出来事に、当然神殿側も手を拱いてるばかりではなかった。
手掛かりとなるのは、ゼルド=ロードが討伐した魔物に微量ながら含まれていた風神の眷属の鱗粉と、誘拐未遂の際にロゼ=シュワルツェが見たと証言した神力封じの首輪。
手掛かりの一つ目に関して、風神やその眷属である伴侶が住処にしているのは、風神の子孫の国ローザリンドの北東の森だ。その森はローザリンドとここ神殿直轄地であるアデライドの国境線に接し、当然アデライドの南端に位置する商業都市ノルドにも隣接する。鱗粉がこの森で採取されたのだとすれば、そこから近い都市ノルドがまず組織の本拠地として浮上するのは当然の流れだった。
ノルドに関しては、最近神殿本部の会議でも問題視されていた危険物製造や薬物製造について、看過できないほどの蔓延や各国への流通がもとより報告されていた。この状況はノルド都市の管理者である領主が代替わりしてからのことであるので、現領主の男がこの全体の製造に加担、もしくは主導しているのではないか、と考えられていた。
このことをすべて総合し改めて神力封じの首輪の取引先を洗い出すと、ノルドの管理補佐と親密なある財政会の重鎮の名が挙がり、更に神殿内の内通者にノルド出身者が多いことが分かって、推測に信憑性が増したという訳だ。
「……ここまでの調査、今思うとよくこれ程の短期間で特定にまで至ったな」
これまでの多忙さを思い出したように、ロンダールはしみじみと呟く。その考えには、フランチェスカも全面的に同意だ。
第一聖師団長であるレライが主導したこの調査は、神殿に内通者がいることもあって少数精鋭で行われた。事情を知る第二聖師団長とその幹部、そして第一聖師団長レライとフランチェスカ、レライ直属の御使い数名、第一聖師団第一隊長リデナス=オールディントン、そしてゼルド=ロード。
……殆どが幹部や役職持ちであるこの精鋭たちの中で唯一役職をもたないロードは、例外的な存在と言ってもよかった。
実力主義である神殿の御使いの中で、彼の祖父に対する忖度抜きにレライに抜擢され、そしてそれを周囲に納得させるだけの活躍と能力を見せられる存在。
度々行われていた会議で発言する様は二十歳とは思えず、風神の眷属の鱗粉を組織が搬入した経路についても、彼の推察や現場での活躍に導かれるかたちで仲介となる別の違法団体を突き止めることができた。
ロードはロゼ=シュワルツェの警護もあるため長期的に彼女の傍を離れることは出来ず、活動は日を跨ぐことなく短期のみのものに参加していたが、その制約をもってしてもその貢献ぶりは目を見張るものがある。
―――それもあの子が関わっているから、当然と言えば当然の事か。
フランチェスカは最近話す機会の増えた、あの可愛らしい少女を頭に思い浮かべた。
今年十八歳になる、つまり成人を迎える身体の小さな彼女は、ロードの横に立つとまるで子供のように幼く、頼りなげに見える。
だがフランチェスカは、ロゼが、いかに御使いらしいかを知っている。
御使いとは、強い神力をその身に宿す、一般市民を守るために戦う者だ。神殿組織が世界の中でも大きな権力を握っているにも関わらず覇権を握ろうと道を誤らないのは、代々の聖師長が人格者であることもそうだが、神殿の、特に御使いの信念によるものが大きい。
…………目が覚めて初めに自分の友達の事をフランチェスカに聞いた彼女は、仲間思いの優しい性格で、自分が助けられる者をより多くしようと努力することもできるような御使いだ。
―――同調性のことを抜きにしても、優秀な、大切な部下だ。そんなロゼを危険に晒したくはない。
誘拐未遂の時は、到着が遅れて彼女にもリリー=マンチェスターにも重症を与えてしまった。もうあんなことはさせまいと、フランチェスカは片拳に力を込め、見えないように握りしめた。
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