42 / 57
一章
夕闇での話し合い
しおりを挟む
「――神殿内で組織に関係するとマークしていた者が、姿を消した?」
「ええ。監視に付けていた者から報告が来ました。それも全員、示し合わせたように一斉に消えたと。此方の監視が温かったと言わざる負えませんねぇ」
神殿の北にある第一棟、その上階に位置する第一聖師団長執務室。一日の業務が終了した隊員達が浴場や食堂、それぞれの階のホールで賑わっている声が扉から漏れ聞こえてくる分、この部屋の冴えた空気がより一層強く感じられる。
「一斉に忽然と消えるなど、有り得ない。……組織が開発した物の力だろうか」
腕を組みながら難しげな顔をする第二聖師団長、ロンダール=エダンズに、この執務室の主であるレライ=ノーヴァはにこりと微笑んだ。
「恐らくはそうでしょう。神殿から外に出るには、訓練場を含む神殿の広大な土地を囲う不可視の壁を超えなければなりません。あの術で感知されなかったのなら、使ったのは移転術の類でしょう」
レライの説明を聞いていたもう一人、フランチェスカ第一聖副師団長は、自分の上官の言葉に成程と相槌をうつ。
不可視の壁は、何世代か前の聖師長が、前代風神から直接授かった力によって構成された高度な術式だ。その名の通り透明なため見ることは出来ず、有事の場合以外は触れることも出来ない。だがその術を神力を持った存在、つまりは人間か魔物が通り抜けると感知され、術を管理している所に知らされるという訳だ。
外出許可や通り抜け許可を事前に申請する必要があるのもこの為である。そして有事の際には何物をも阻む壁となり、神殿を防御するというその名の通りの役目も担っている。
「移転術か…………あれは相当高度なものだが、一度きりの使用であれば作れなくもない、か」
「ええ。使い捨ての物だとしても、かなり価値のある物になる。こちらが監視していた研究棟の研究員の一部、そして最も繋がりの深そうな高位神官が一名、他複数名……組織の情報を握っている彼等を脱出させるのが何よりも大切だったのでしょうねぇ。まあ、逃がしてしまったものを今更どうこう言っても後の祭りですが」
「今後は向こう側が移転術を使えるということも考慮しておいた方がよさそうだな。……それで、私が頼まれていた身元調査だが。………――ノーヴァ師団長が予想していた通り、今回逃げおおせた神殿内で組織に加担していると思われる者の複数が、ノルド出身者だった」
「――――ではこれで、決まりですね」
今まで会話に口を挟むことのなかったフランチェスカは一歩踏み出し、澄んだ空色の瞳で真っすぐに二人を見据えた。
ロゼ=シュワルツェの誘拐未遂、そして相次ぐ上位の魔物の減少と森の生態系の攪乱。一つの組織によって起こされたと考えられる一連の出来事に、当然神殿側も手を拱いてるばかりではなかった。
手掛かりとなるのは、ゼルド=ロードが討伐した魔物に微量ながら含まれていた風神の眷属の鱗粉と、誘拐未遂の際にロゼ=シュワルツェが見たと証言した神力封じの首輪。
手掛かりの一つ目に関して、風神やその眷属である伴侶が住処にしているのは、風神の子孫の国ローザリンドの北東の森だ。その森はローザリンドとここ神殿直轄地であるアデライドの国境線に接し、当然アデライドの南端に位置する商業都市ノルドにも隣接する。鱗粉がこの森で採取されたのだとすれば、そこから近い都市ノルドがまず組織の本拠地として浮上するのは当然の流れだった。
ノルドに関しては、最近神殿本部の会議でも問題視されていた危険物製造や薬物製造について、看過できないほどの蔓延や各国への流通がもとより報告されていた。この状況はノルド都市の管理者である領主が代替わりしてからのことであるので、現領主の男がこの全体の製造に加担、もしくは主導しているのではないか、と考えられていた。
このことをすべて総合し改めて神力封じの首輪の取引先を洗い出すと、ノルドの管理補佐と親密なある財政会の重鎮の名が挙がり、更に神殿内の内通者にノルド出身者が多いことが分かって、推測に信憑性が増したという訳だ。
「……ここまでの調査、今思うとよくこれ程の短期間で特定にまで至ったな」
これまでの多忙さを思い出したように、ロンダールはしみじみと呟く。その考えには、フランチェスカも全面的に同意だ。
第一聖師団長であるレライが主導したこの調査は、神殿に内通者がいることもあって少数精鋭で行われた。事情を知る第二聖師団長とその幹部、そして第一聖師団長レライとフランチェスカ、レライ直属の御使い数名、第一聖師団第一隊長リデナス=オールディントン、そしてゼルド=ロード。
……殆どが幹部や役職持ちであるこの精鋭たちの中で唯一役職をもたないロードは、例外的な存在と言ってもよかった。
実力主義である神殿の御使いの中で、彼の祖父に対する忖度抜きにレライに抜擢され、そしてそれを周囲に納得させるだけの活躍と能力を見せられる存在。
度々行われていた会議で発言する様は二十歳とは思えず、風神の眷属の鱗粉を組織が搬入した経路についても、彼の推察や現場での活躍に導かれるかたちで仲介となる別の違法団体を突き止めることができた。
ロードはロゼ=シュワルツェの警護もあるため長期的に彼女の傍を離れることは出来ず、活動は日を跨ぐことなく短期のみのものに参加していたが、その制約をもってしてもその貢献ぶりは目を見張るものがある。
―――それもあの子が関わっているから、当然と言えば当然の事か。
フランチェスカは最近話す機会の増えた、あの可愛らしい少女を頭に思い浮かべた。
今年十八歳になる、つまり成人を迎える身体の小さな彼女は、ロードの横に立つとまるで子供のように幼く、頼りなげに見える。
だがフランチェスカは、ロゼが、いかに御使いらしいかを知っている。
御使いとは、強い神力をその身に宿す、一般市民を守るために戦う者だ。神殿組織が世界の中でも大きな権力を握っているにも関わらず覇権を握ろうと道を誤らないのは、代々の聖師長が人格者であることもそうだが、神殿の、特に御使いの信念によるものが大きい。
…………目が覚めて初めに自分の友達の事をフランチェスカに聞いた彼女は、仲間思いの優しい性格で、自分が助けられる者をより多くしようと努力することもできるような御使いだ。
―――同調性のことを抜きにしても、優秀な、大切な部下だ。そんなロゼを危険に晒したくはない。
誘拐未遂の時は、到着が遅れて彼女にもリリー=マンチェスターにも重症を与えてしまった。もうあんなことはさせまいと、フランチェスカは片拳に力を込め、見えないように握りしめた。
「ええ。監視に付けていた者から報告が来ました。それも全員、示し合わせたように一斉に消えたと。此方の監視が温かったと言わざる負えませんねぇ」
神殿の北にある第一棟、その上階に位置する第一聖師団長執務室。一日の業務が終了した隊員達が浴場や食堂、それぞれの階のホールで賑わっている声が扉から漏れ聞こえてくる分、この部屋の冴えた空気がより一層強く感じられる。
「一斉に忽然と消えるなど、有り得ない。……組織が開発した物の力だろうか」
腕を組みながら難しげな顔をする第二聖師団長、ロンダール=エダンズに、この執務室の主であるレライ=ノーヴァはにこりと微笑んだ。
「恐らくはそうでしょう。神殿から外に出るには、訓練場を含む神殿の広大な土地を囲う不可視の壁を超えなければなりません。あの術で感知されなかったのなら、使ったのは移転術の類でしょう」
レライの説明を聞いていたもう一人、フランチェスカ第一聖副師団長は、自分の上官の言葉に成程と相槌をうつ。
不可視の壁は、何世代か前の聖師長が、前代風神から直接授かった力によって構成された高度な術式だ。その名の通り透明なため見ることは出来ず、有事の場合以外は触れることも出来ない。だがその術を神力を持った存在、つまりは人間か魔物が通り抜けると感知され、術を管理している所に知らされるという訳だ。
外出許可や通り抜け許可を事前に申請する必要があるのもこの為である。そして有事の際には何物をも阻む壁となり、神殿を防御するというその名の通りの役目も担っている。
「移転術か…………あれは相当高度なものだが、一度きりの使用であれば作れなくもない、か」
「ええ。使い捨ての物だとしても、かなり価値のある物になる。こちらが監視していた研究棟の研究員の一部、そして最も繋がりの深そうな高位神官が一名、他複数名……組織の情報を握っている彼等を脱出させるのが何よりも大切だったのでしょうねぇ。まあ、逃がしてしまったものを今更どうこう言っても後の祭りですが」
「今後は向こう側が移転術を使えるということも考慮しておいた方がよさそうだな。……それで、私が頼まれていた身元調査だが。………――ノーヴァ師団長が予想していた通り、今回逃げおおせた神殿内で組織に加担していると思われる者の複数が、ノルド出身者だった」
「――――ではこれで、決まりですね」
今まで会話に口を挟むことのなかったフランチェスカは一歩踏み出し、澄んだ空色の瞳で真っすぐに二人を見据えた。
ロゼ=シュワルツェの誘拐未遂、そして相次ぐ上位の魔物の減少と森の生態系の攪乱。一つの組織によって起こされたと考えられる一連の出来事に、当然神殿側も手を拱いてるばかりではなかった。
手掛かりとなるのは、ゼルド=ロードが討伐した魔物に微量ながら含まれていた風神の眷属の鱗粉と、誘拐未遂の際にロゼ=シュワルツェが見たと証言した神力封じの首輪。
手掛かりの一つ目に関して、風神やその眷属である伴侶が住処にしているのは、風神の子孫の国ローザリンドの北東の森だ。その森はローザリンドとここ神殿直轄地であるアデライドの国境線に接し、当然アデライドの南端に位置する商業都市ノルドにも隣接する。鱗粉がこの森で採取されたのだとすれば、そこから近い都市ノルドがまず組織の本拠地として浮上するのは当然の流れだった。
ノルドに関しては、最近神殿本部の会議でも問題視されていた危険物製造や薬物製造について、看過できないほどの蔓延や各国への流通がもとより報告されていた。この状況はノルド都市の管理者である領主が代替わりしてからのことであるので、現領主の男がこの全体の製造に加担、もしくは主導しているのではないか、と考えられていた。
このことをすべて総合し改めて神力封じの首輪の取引先を洗い出すと、ノルドの管理補佐と親密なある財政会の重鎮の名が挙がり、更に神殿内の内通者にノルド出身者が多いことが分かって、推測に信憑性が増したという訳だ。
「……ここまでの調査、今思うとよくこれ程の短期間で特定にまで至ったな」
これまでの多忙さを思い出したように、ロンダールはしみじみと呟く。その考えには、フランチェスカも全面的に同意だ。
第一聖師団長であるレライが主導したこの調査は、神殿に内通者がいることもあって少数精鋭で行われた。事情を知る第二聖師団長とその幹部、そして第一聖師団長レライとフランチェスカ、レライ直属の御使い数名、第一聖師団第一隊長リデナス=オールディントン、そしてゼルド=ロード。
……殆どが幹部や役職持ちであるこの精鋭たちの中で唯一役職をもたないロードは、例外的な存在と言ってもよかった。
実力主義である神殿の御使いの中で、彼の祖父に対する忖度抜きにレライに抜擢され、そしてそれを周囲に納得させるだけの活躍と能力を見せられる存在。
度々行われていた会議で発言する様は二十歳とは思えず、風神の眷属の鱗粉を組織が搬入した経路についても、彼の推察や現場での活躍に導かれるかたちで仲介となる別の違法団体を突き止めることができた。
ロードはロゼ=シュワルツェの警護もあるため長期的に彼女の傍を離れることは出来ず、活動は日を跨ぐことなく短期のみのものに参加していたが、その制約をもってしてもその貢献ぶりは目を見張るものがある。
―――それもあの子が関わっているから、当然と言えば当然の事か。
フランチェスカは最近話す機会の増えた、あの可愛らしい少女を頭に思い浮かべた。
今年十八歳になる、つまり成人を迎える身体の小さな彼女は、ロードの横に立つとまるで子供のように幼く、頼りなげに見える。
だがフランチェスカは、ロゼが、いかに御使いらしいかを知っている。
御使いとは、強い神力をその身に宿す、一般市民を守るために戦う者だ。神殿組織が世界の中でも大きな権力を握っているにも関わらず覇権を握ろうと道を誤らないのは、代々の聖師長が人格者であることもそうだが、神殿の、特に御使いの信念によるものが大きい。
…………目が覚めて初めに自分の友達の事をフランチェスカに聞いた彼女は、仲間思いの優しい性格で、自分が助けられる者をより多くしようと努力することもできるような御使いだ。
―――同調性のことを抜きにしても、優秀な、大切な部下だ。そんなロゼを危険に晒したくはない。
誘拐未遂の時は、到着が遅れて彼女にもリリー=マンチェスターにも重症を与えてしまった。もうあんなことはさせまいと、フランチェスカは片拳に力を込め、見えないように握りしめた。
0
あなたにおすすめの小説
人生に絶望していたら異世界のデスゲームに巻き込まれました~ヤンデレ悪魔を召還したので、最期まで楽しもうと思います!~
雨宮 叶月
恋愛
「人の「正しさ」が崩れていく瞬間って、美しいと思いません?」
学校でも家でも理不尽な扱いを受ける少女・成瀬伊澄。
ある日、クラスメイト・担任と共に異世界のデスゲームに巻き込まれた。
召喚したのは悪魔・ディオラル。
なんだか様子がおかしいが、嬉しいので気にしない。
『死』は恐怖じゃない。だから最期までデスゲームを楽しむことにする。
彼氏がヤンデレてることに気付いたのでデッドエンド回避します
八
恋愛
ヤンデレ乙女ゲー主人公に転生した女の子が好かれたいやら殺されたくないやらでわたわたする話。基本ほのぼのしてます。食べてばっかり。
なろうに別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたものなので今と芸風(?)が違うのですが、楽しんでいただけると嬉しいです。
一部加筆修正しています。
2025/9/9完結しました。ありがとうございました。
ストーカーから逃げ切ったつもりが、今度はヤンデレ騎士団に追われています。
由汰のらん
恋愛
ストーカーから逃げていたある日、ハルは異世界に召喚されてしまう。
しかし神官によれば、どうやらハルは間違って召喚された模様。さらに王子に盾ついてしまったことがきっかけで、ハルは国外追放されてしまう。
さらに連行されている道中、魔族に襲われ、ハルの荷馬車は置き去りに。
そのさなか、黒い閃光を放つ騎士が、ハルに取引を持ちかけてきた。
「貴様の血を差し出せ。さすれば助けてやろう。」
やたら態度のでかい騎士は、なんとダンピールだった!
しかしハルの血が特殊だと知った騎士はハルを連れ帰って?
いっそ美味しい血と癒しを与えるダンピール騎士団のセラピストを目指します!
お兄ちゃんは、ヒロイン様のモノ!!……だよね?
夕立悠理
恋愛
もうすぐ高校一年生になる朱里には、大好きな人がいる。義兄の小鳥遊優(たかなしゆう)だ。優くん、優くん、と呼んで、いつも後ろをついて回っていた。
けれど、楽しみにしていた高校に入学する日、思い出す。ここは、前世ではまっていた少女漫画の世界だと。ヒーローは、もちろん、かっこよくて、スポーツ万能な優。ヒロインは、朱里と同じく新入生だ。朱里は、二人の仲を邪魔する悪役だった。
思い出したのをきっかけに、朱里は優を好きでいるのをやめた。優くん呼びは、封印し、お兄ちゃんに。中学では一緒だった登下校も別々だ。だって、だって、愛しの「お兄ちゃん」は、ヒロイン様のものだから。
──それなのに。お兄ちゃん、ちょっと、距離近くない……?
※お兄ちゃんは、彼氏様!!……だよね? は二人がいちゃついてるだけです。
時間を止めて ~忘れられない元カレは完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な人でした 【完結】
remo
恋愛
どんなに好きになっても、彼は絶対に私を愛さない。
佐倉ここ。
玩具メーカーで働く24歳のOL。
鬼上司・高野雅(がく)に叱責されながら仕事に奔走する中、忘れられない元カレ・常盤千晃(ちあき)に再会。
完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な彼には、悲しい秘密があった。
【完結】ありがとうございました‼
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる