強面さまの溺愛様

こんこん

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一章

レライ=ノーヴァという男

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「それで、フィード副師団長。例の調査については?」

少女のことを考えていたフランチェスカは、ロンダールの問い掛けにひとつ頷き、執務机に広げられた神殿直轄地周辺の地図の近くに移動し、その地図のある一点に白く細長い指を置いた。

「未だ魔物の撹乱が報告されていない神殿直轄地内の森で幾つかを絞り、各所の近くの村にノーヴァ団長の部下数名を待機させました。そのうちの一つ、このノルドから少し離れた森で、魔物に対しての罠が見つかり、直接犯人達が魔物を捕獲している現場も確認済みです」
「……では予定通り、犯人の確保ではなく尾行を?」
「はい。近くに施設がありました。大きさは……そうですね、この第一棟の二倍程でしょうか」
「大きさからして、おそらく組織の本部ではないな。どうするノーヴァ、そこを叩くか?」
「神殿から内通者が出た時点で此方が組織の事に勘づいたことは知られていますから、こちら側が忍ぶ必要もない。証拠を探す為にも、制圧して然るべきでしょう。向かわせる人員は既にこちらで決めています。あなたの部下にも行って貰うことになる」
「了解した。詳細を聞き次第、各自に伝達しておく。…………それで、今回はあの男は行くのか?」
「……?あの男、ですか」

何故か慎重に尋ねるロンダールに、首を傾げる。

「第一聖師団第一隊のゼルド=ロードのことだ。……あいつがいるのといないのとでは、現場の状況も異なるだろうからな」
「――ああ成程。 彼は今回、参加しますよ。この大事な時に、あの戦闘力は欠かせませんしね」
「そうか。彼には、もう伝えたのか?」
「ええ勿論。そもそも彼からの志願もありましたから。とてもな様子でした」
「……楽しみ?私は彼を良くは知らないが――……楽しみというのは、些か不謹慎ではないかな」
「ああ、失礼。楽しみというのは少し語弊がありますね。言い換えるなら、待ちきれない、でしょうか。いやあ、当日の活躍ぶりが楽しみですよ」

朗らかそうに笑う己の上司の黄金の瞳は、珍しく喜色に彩られている。そのことに多少の驚きを感じながらも、フランチェスカは我知らず眉間に僅かに皺をよせた。

「ロンダール団長、夜は私用があると言っていましたね?そろそろ帷の降りる時間ですよ」
「――あぁ、すまない。思ったよりも長居してしまっていたらしい。それでは後日、改めて詳細については話し合おう」

そう言って、エダンズが執務室から出ていく。その背が見えなくなった時、目線を扉の方へと向けたままレライが口を開いた。

「――別に、ゼルド=ロードの反応を楽しんでるだけではないですよ」
「………何も、言ってないですよ。私」
「お前は顔に出やすいですから」

回り込んで自らの執務机に座りながら喋るレライには先程までの笑顔はなく、フランチェスカの良く知る彼の顔があった。外で優しく笑う上司を見ると、フランチェスカはいつも悪寒を覚える。それは、普段の彼の、皮肉気にしか笑わない顔や、時たま見せる表情が削げ落ちたような顔を知っているからだ。

フランチェスカは、小さくため息をついた。

……別に、この男がただ楽しんでいるだけなんて、フランチェスカは考えていない。そんな単純な思考だったら、副官の自分はどれだけ楽だっただろうかとは考えるが。

「…………でも、彼の、……の気持ちを知っているから、「楽しみ」なんて皮肉な表現が出てきたのでしょう。彼は、ゼルド=ロードは、あの子を傷つける者も害をなす者も許さない筈です。……それをそんな風に言うとは、不謹慎は彼ではなく団長、あなたなのでは?」
「随分と生意気ですねぇ、私の副官は。最初は私の顔色を窺っているような小娘だったのに」
「何年前の話をしているのか……大体、そんな私を気持ち悪いと言ったのは貴方でしょう」
「おや、根に持つタイプですか。性格が曲がっていると嫁の貰い手は現れませんよ」


その言葉に、次の頭に浮かんでいた台詞で応戦しようとしていたフランチェスカの口がぴたりと止まり、閉じられる。

―――この方は、どこまで私の神経を逆撫でしたいんだ。私のを知っていて、嫁の貰い手、などと。

「――――嫁の貰い手など、いなくて結構。そもそも、自分で決められるものでもありませんから」


自分が諦めたものを、繋がれている見えない首輪を、どうしてこの人は思いださせるのか。


奥歯をかみしめ自嘲するフランチェスカを見る、無機質そうな瞳。だがその瞳には、男の本心が揺れるようにして見え隠れしていた。初対面で彼の素を見抜いたフランチェスカでさえ分からないようなその揺れ。だがこの執念深い男は、それを気づかせるほどの愚は侵さない。



――狩りの上手い動物程、慎重に行動するのだ。
獲物が己にむかれた牙に気づく頃には、もう逃げ場など残してはならないのだから。



「……話を戻します。あの子の、ロゼのことについてもそうです。私には、師団長がどうなさりたいのかが分かりません」
「どうしたいのか、ですか?」

脱線した話を元に戻すフランチェスカの顔に、先程のような陰りはない。先程の話をなかったかのようにふるまう彼女の言葉に、レライは質問で返した。

「……前の、暗殺の件。収容所への立ち入り許可証、第一隊長伝いで渡しましたよね?あの子に自分の名前は出さずに。でないとあの管理の厳しい場所に入れるはずがありません。…………本当に、意図が分かりかねます。隊の部下まで収容所までの道中の監視に着けて、どうしてそこまで」
「分かっていたのならなぜ止めなかったのです?」
「…………師団長が私に言わないことなどごまんとありますから。なにか、意味があるのではないかと思っただけです」
「これは手厳しい」

言葉に反してくすくすと笑うレライは、どうにも機嫌が良さそうだ。その金色の瞳を自身の副官へと向け、告げる。

「……別に、意味などありませんよ。ただ彼が――いえ、ゼルド=ロードが何やら考えているようでしたからね。拗れないように助け舟を出しただけです」
「彼の意思では隠し通す事が望みであったはずなのに……暴くことが助け舟、ですか?」
「今日は随分と口答えしますねぇ」
「いえ、申し訳ありません。…………ただあの子には、不幸になって欲しくないのです」
「…………赤の他人に感情移入とは、なんともお優しい。美徳でもありますが、私はお前のそういうところが嫌いですよ」
「一言余計です」
「ふふ、まあ嘘では無いのですがね。…………安心しなさい、私はあの二人の未来に影を差すようなことはしない。暗殺の件だって、結局あの二人は和解したのでしょう?」
「それはそうですが……そもそも、なぜ許可など出したのです」
「――ロードはまだ若く、シュワルツェに関しては直情的です。それは美点でもある。心そのままにぶつかる方が二人の為でしょう」

レライは机の上にある、透明なペン立てへと視線を移す。ガラス製のその表面には執務室で煌々と輝くランプと、そして窓から見える闇夜が映し出されていた。

「……師団長が誰かをなど、珍しい」

フランチェスカが、不意にぽつりと言葉を零す。その声音には揶揄うようなものはなく、ただ純粋に落ちてきた疑問を言葉にしたようだった。

「失礼なことを。私だって人間ですからね、誰かを気にかけることだって多少なりともありますよ。――まあ、ロードに関しては他と違うかもしれませんね」

その含みのある言い方に、フランチェスカは首を傾げる。

「言葉で表すのであれば……同族嫌悪ならぬ同族のよしみ、でしょうかねぇ」
「…………同族、ですか?失礼ながら師団長とロードは、随分と気性も性質も異なるようにお見受けしますが」

……あの青年はまだ若く、一部のこと、主にロゼのことに関しては気性も荒く思ったことを行動に表す。そんな青年と目の前に優雅に座る男が"同族”とは、フランチェスカにはどうしても思えなかった。

「ええ。――お前は当分、分からなくていいですよ」

椅子を回転させて窓から此方に目線を移し、その黄金の瞳をフランチェスカへと向ける。心做しか、その瞳孔は先程よりも細まっている。
当分、という言葉にまたも首を捻るフランチェスカであったが、触らぬ神に祟りなしと口を噤むことにしたのだった。









·······················································

リデナス「···················程々にな」

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