強面さまの溺愛様

こんこん

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一章

本領発揮 1

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アデライド南方に位置する、魔獣の蔓延る森。近隣の村の住民さえ恐れて近寄らない森の奥に、その男達はいた。

「グルル……、ガァッ」
「うわっ、……っこの、ケダモノが!」

一人の男が、捕縛してきたらしい、猿轡を噛まされた魔獣を蹴りつける。蹴り付けられた魔獣はギャッ、と潰れるような声を出し床に叩きつけられ、腹を伏せるようにして蹲った。それを見ていた仲間の一人が男に声を掛ける。

「おいおい、まじか。鎮静剤打ったんじゃねえのか?まだこんなに元気なのかよ」
「こんなの蹴って殴れば黙るって。なんせこいつは他のよりも小さくて弱いしな。だったらには使われないだろ?それで捨ててあるところを、俺が貰うわけさ」
「ああ、確かにこいつの毛皮と臓器は高額で売れるからな!はは、お前は悪知恵だけは働くな」

下卑た笑いを上げながら、五人ほどの男達はそれぞれの手に魔獣の首から伸びた鎖を巻き付け、施設へと歩いてゆく。

この施設は壁を土とツタの葉で覆われており、上空から見ても、一部分盛りあがった草木が生えているようにしか見えない。更に土のおかげで建物の匂いは消え魔獣が寄り付くこともなく、男達はこうして順調に魔物を捕縛しては施設に運んでいた。


先頭の男が施設の壁に手の甲を当て、独特のリズムで四度、叩く。そして反対の手に首にかけていた金属のネックレスを握り、壁に生えているツタの葉の間に手を差し込んだ。差し込んだところには金属の網で覆われている、一見すると通気口にも見えるような正方形の穴があった。

「俺だ。ダンだ」

すると、ダンと名乗った男の目前にある壁の土に亀裂が走り、人が一人入れるくらいの長方形型にくり抜かれ、重い音を立てながらゆっくりと奥へ下がっていった。

「しっかしこの手順、本当に意味あんのか?毎回内側から外側の壁に新しい土を塗りたくるの、土属性の俺でも結構疲れるんだけど」
「まあしょうがないって。外からこの施設が見つかっても人のいない廃墟だと思われる必要があるから、入口の所だけぽっかり空いてると不自然なんだよ。最初にそう説明されたろ?」

渋々といったかたちで奥に入っていく男の肩を、ダンはばんばんと叩きながら軽快に笑い声を上げる。そうして手馴れたように、内側から後ろ手で扉を閉めたのだった。








施設から少し離れた物陰で、ゼルドは今しがた閉められた扉を見つめていた。


「…………事前に聞いていたより、建物の規模が小さいが」
「地上に出ている施設部分は恐らく全体の四分の一にも満たないでしょう。探査したところ、地下に三倍ほどの空間があります。主要な実験施設はそこにあるかと」
「探査か……そういえば、フィード第一副団長は土使いだったな。地盤の固いこの土地で地下に存在する空間の広さを把握するとは、さすが偵察に長けていると言われるだけのことはある」
「こちらの指揮を預かった身としても、それくらいの貢献はさせて頂きますよ」

同じく物陰に身を潜めているエダンズ第二聖師団長が、横で屈んでいるフィード第一聖副師団長へと小声で話し掛ける。フランチェスカ=フィードはそう答えながら、片手を挙げてその場にいる隊員たちを配置につかせた。その数は、僅か十人ほど。しかし、ここにはいないノーヴァ第一聖師団長が選んだだけのことはあり、この場にいる全員が腕の立つ精鋭たちだ。


フランチェスカが前進の合図を出したのと同時に、それぞれが足音一つも経てずに施設へと近づいていく。その中でも突出して体格の良いゼルドは、先程土によって覆い隠された扉の真横についた。


……この扉の仕組みは、先日この施設を発見した土使いの隊員が会議で報告していた。外部から戻ってきた仲間が扉を特定のリズムで叩き、中にいる人間に扉の横の小窓から本人であることを示すものを見せ、内側から鍵を開けてもらう仕組みだ。
しかしこの扉は内側からしか開くことができず、外側にはカギを差し込むような場所もない。恐らくこの扉は、施設の中に仲間がいる前提で作られたものだ。他にも入口がある可能性はあるが、それを探し出すことはその隊員には不可能だった。


だからゼルドが、を任された。


フランチェスカが合図を出したのを横目に捕らえ、ゼルドは掌に火力を集中させる。


―――この扉の向こうに、組織の手掛かりがある。やっとだ。やっと……ロゼを、守ることができる。


薄らと口元に笑いを浮かべながら、ゼルドは扉の真ん中を、神力を込めた拳で殴った。

ガォン、という地に響くような爆発音とともに扉が吹き飛び、目の前に粉塵が吹き荒れる。

らしくなく気分が高揚しているせいか抑えていたはずの神力は自分で思っていたよりも強く、隣にいた風使いの隊員が慌てて自らを守る風壁ウィンドウォールを展開させたのが分かった。だがそれを気にすることもなく、中へと突入する。


中は予想通り騒然としていた。
先程魔獣を連れて中に入っていった男の内二人が先程の爆風によって吹き飛ばされ、壁に身体を叩きつけられたようにして床にずり落ちている。爆発の際扉の近くにいたのだろう、それぞれの背中と腹部には熱で皮膚が爛れた部分が広がっていた。

硝子が割れ、椅子や机がひっくり返るようにしてごちゃごちゃになった室内に、もう一人、明らかに戦闘員では無いようなやせ細った男が床にへばりついたまま、逃げ腰でこちらを見ていた。

その男へ、ゼルドはつかつかと歩み寄る。

「――っひ、な、何だおまっあ゛っあ゛あ゛ァァァ!!!」
「地下への通路が見当たらない。何処だ」
「っあ゛、あ゛」

腹這いにさせ両腕を捻りあげ、肩関節を外すまでに抑えた。

…………非戦闘員には、極力武力を行使してはならない。その神殿の掟を、ゼルドはこの瞬間、生まれて初めて忌々しいと感じた。

「っロード!やり過ぎだ!地下通路への道は見つけた。そいつを気絶させてから、お前も続け」

焦ったようにそう言うエダンズに、ゼルドは一度自分の下にいる男を一瞥してからその首に手刀を落とし、地下へと降りていく。



その後ろ姿を、意識の薄れる中、手刀を落とされた男は見た。その後ろ姿は、こちらを見る顔は、こちらへと向かってくるあの足音は、これからその男を悪夢として苛むだろう。


片手に持った、鎌状の大きな得物。歩く度に地が揺れるような巨体と、その鋼の筋肉を覆う黒い戦闘服。そして端正な顔にはめ込まれた、瞳孔の開いた瞳。

その鎌を振り上げる様は、鬼神か、……それとも死神か。


その男の行動全てがただ一人の少女の為のものだとは、誰も思うまい。


















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