強面さまの溺愛様

こんこん

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一章

本領発揮 2

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「よお、ダン。今回は結構な収穫だったな」
「まあな。これで下の実験施設にいる連中も、俺らに対する払いを良くしてくれるはずだぜ。期間限定の契約とはいえ、こっちは命懸けで魔物の森を走り回っているんだからな」

ダンと呼ばれた男は、いつものようにおどけた口調でそう話した。元々各国を飛び回る傭兵である彼は、ノルドにある傭兵ギルドの伝手でこの実験施設で雇われていた。

一年という契約期間内、彼は実験施設で得体の知れない奴等が何をしていようがそれを気にしてはならないし、契約期間が終了した後でもそのことを誰かに口外してはならない。そういう契約を、と結んだ。

―――待遇だって、決していいわけじゃねえ。給料も契約書の穴に気づかなかった馬鹿な俺には丁度いいくらいに、低い。ただ、ここで臍まげて帰るわけにもいかねえ。

契約上、彼は一年という期間を過ぎるまではこの森から出てはいけない。それが彼にはもどかしかった。

行き当たりばったりでその日暮らしの生活を送る彼が、こんな危険な仕事を請け負ってまで金に執着するのは、そんな彼に惚れ、彼に着いてきてくれる妻ができたからだ。最近息子を生んだ彼女は、今はノルドの安宿に泊まって町の居酒屋で働いている。小さな、生後一年に満たない子供の世話をしながら働ける場所ができたのだと、嬉しそうに笑う顔を見たのはもう一年近く前のことだった。

「……俺は、あとひと月以内にここを出れる。今までの働き分の金を携えてな」

今まで耐えてきた時間に比べれば、あとひと月など瞬きの間だろう。もう直ぐで、こんな劣悪な環境とは違う場所で――妻の柔らかな腕の中で、息子を抱えて眠ることができるのだから。


そう言って口元に柔らかな笑みを浮かべ、手に持っていたコップに口をつけようとした、その時だった。


突如大きな爆発音が響きわたり、ダンの身体を、座っている椅子を激しく揺らした。


そのあまりの衝撃に椅子から転げ落ちそうになるも何とか耐え、続いて上から聞こえてきた聞き覚えのない幾つかの声に、その体を凍り付かせる。

「っ神殿の連中だ!なぜ場所がバレた!?おいダン、お前、つけられるようなヘマを犯したのか?!おい!」

先程まで穏やかに談笑していた男の罵声に、しかしダンは呆然とすることしか出来なかった。今彼の頭には、大きな動揺と、そして絶望が奔流となり渦巻いていた。

彼は実験施設で何が行われているのか、詳細には知らない。だがそれが、決して良いものでは無いことも、分かっていた。事情を知らされていなかったとはいえ、奴らに雇われた自分は神殿に連行され、罪に問われる。たとえ釈放されたとしても、前科持ちの彼が職に就くことは難しくなる。――自分の家族を、路頭に迷わせてしまう。

家族の顔が脳裏に過ぎ去った瞬間、ダンは迷わず彼に与えられた部屋へと足を向けた。

「っおい!どこに行く」
「決まってるだろ!逃げるんだよ」

この施設に雇われている荒くれ者の纏め役であるダンが逃げることに焦りを覚えたのだろう、男は顔を蒸気した赤から青へと器用に変え、がなり立て始めた。だがその声はダンの耳をすり抜ける。今彼に聞こえているのは、上の階からの騒音と、そしてこちらへと降りてくる複数の硬質な足音だけだった。

彼は、とっ散らかった思考の中で何とか逃げる算段を立てていた。

―――まず部屋に戻って、必要最低限の荷だけひっつかんで脱出通路から逃げる。俺の神力はそう強くないが、荷の中にあるものでなんとかするしかねえ。

脱出通路を通るには、最下層にある実験施設を通るしかない。出入りを禁じられていた場所だが、この有事にそんなことを言って咎める者もいまい。彼は階段を駆け下り、真っすぐに下へと向かった。

下は想像通り、騒然としていた。あの爆発音から続く不穏な物音に、戦闘経験などないだろう研究員たちは慌てふためき、途中入ってきたダンに安堵した様子だった。
だが、当然ダンに彼らを守るつもりなどない。契約金が支払われるかも分からない今、いたずらに自分の命を脅かそうなどと考えるほど彼はお人好しではなかった。

驚く研究員達の前を突っ切り、脱出通路へと続く扉へと向かう。錆ついた、開くのかも分からない様な扉だった。その扉の取っ手に手を掛けて下に引き下ろすも、焦っていた勢いのせいか、取っ手は無情にも根元から壊れ、鋭い音を立てて床に落ちてしまう。

「っクソが!」

悪態をつきながらも、ダンは扉に体当たりをする。それを何度か続け、体当たりの衝撃に扉がかしぎ、塞がれた未来に光が差したように思えた、その時。

突如として浮遊感を感じ、その後にダンの全身を突き上げるような痛みが襲った。

壁にたたきつけられたと、どこか頭の冷静なこところで理解しながらも、気管に詰まった血液混じりの咳を吐き出すこともできず、全身に駆け巡る衝撃の余波を逃がそうと無意味に縮こまることもできず、ただ痙攣することしか出来なかった。


朦朧とする、保てているのか定かではないような意識の中で、ダンは床に無様に蹲る自分の前に立つ男の足を見た。
のろのろと顔を上げ、目の前にある編み上げの黒ブーツ、黒いズボンと、その目線を上に移動させてゆく。これは相手を睨もうとか、そんな勇猛な発想ではなく、ただ条件反射のようにして身体が自然にしたことだった。

そして、見たことを後悔した。


ダンを見下ろしていたのは、黒光りする鎌を携えた、無慈悲で冷酷な死神だった。










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