強面さまの溺愛様

こんこん

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一章

本領発揮 3

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ゼルドは、目の前で蹲る男を見据えた。

地下の実験施設に突入した際、研究者たちが部屋の中を逃げ惑う中で、唯一戦闘員であるこの男だけが脱出しようとしていることに気づいたのだ。

先程、逃げようとしていたこの男の首根っこを掴んで壁に叩きつけたが、明らかに戦闘員、それもおそらくは傭兵からの叩き上げであろう体格の良い男は、意識を失うことなく血の気の引いた顔でゼルドを凝視している。

いや、凝視と言うよりは……目を離せない、という方が正しいだろう。その瞳には恐怖と絶望が揺れ動き、身体は小刻みに震え、まるで狩られる前の被食者のような雰囲気を醸し出していた。


そんな哀れさも、だがしかしゼルドの前では無いに等しかった。


ゼルドは、今自分の中に荒れ狂う感情を持て余していた。その感情は、この施設に突入する前から彼の中で燻り、そして今目の前の男のを見た時点で膨れ上がったものだった。

――ダンの、身につけている装束。それは口元までを覆う全身真っ黒の……ロゼを誘拐しようとした犯人が着ていた装束と、似た特徴を持つものだった。

しかしゼルドは分かっていた。目の前で無様に震えるこの男は、ロゼを襲った犯人ではないことを。事前に調べあげたリストには、目の前の男――ダンがこの施設の中では一番の戦闘能力を持つと記載されていたが、恐らくロゼよりは弱い。彼女を痛めつけ逃げおおせることなど不可能だろう。

しかしそれが分かっていても、否が応でも考えてしまうのだ。ロゼがこの男と同じ、黒い装束の男に、そして現場にいたという少年に、どのようにして痛めつけられたのかを。


―――ああ、そう、。あの細くて小さな愛らしい身体に痛みを与え、傷付け、3日間も昏睡状態に陥らせ――例えそれがこいつでは無いとしても、ここに居る全員が――ロゼの、敵。危害を加えようとする忌々しい者。


全身に、神力が漲るのがわかる。灼熱のもとで一気に沸騰する水のように、彼の神力は身体の中で弾け、踊り狂っていた。その力は水のように蒸発することはなく、ただただ身体の中で湧き上がり、外に出る機会を伺っている。


「やめろ!もう相手は戦闘不能だ……っロード!」

フランチェスカの制止の声も、彼には届いていなかった。周りで研究員達を拘束しようとする騒動も、他の声も、今の彼には聞こえていなかった。


「っが、ぁ」

気が付くと、男の首を締め上げていた。
自然と力の籠った手の中から、ミシリと骨の軋む感覚が伝わってくる。――これは何度も味わったことのある……自分の手のひらにいのちを握る、あの感覚だ。

男の身体が、床から浮いている。



絞め殺したい。

嬲りたい。

意識を保たせたまま、業火の中で焼き殺したい。

そう。敵を、全て。



……これは確かに、任務とは関係なしに抱いた、だった。


感情の薄い、人間として何処か欠けたところのある自分の中に初めて芽生えたそのどす黒い塊に、ゼルドは場違いにも笑いを零した。

ロゼと出会ってから、ゼルドは色々な自分を知った。間接的にではあるが、この感情も、彼女が彼にもたらしてくれたものなのだ。


―――そう考えると、なんとも心地よく、心に馴染む。

ロゼのことを考えている間だけ、彼はロゼのものとなり、彼女の為だけに行動することを許される。そこには誰の介在も、許されてはならない。


うっとりとした陶酔の感覚と共に、掌に神力が迸り、ダンの首へと伝っていく。

「っあ゛、あ゛ぁぁぁぁ、っあ゛あ゛」

喉の焼かれる苦しみにもがき喘ぐダンが、やがて声を出さなくなっても、ゼルドは依然としてその手を離さなかった。

「――救護要員、治癒を」

意識を手放したダンの身体からかくりと力が抜けた後、ゼルドは首から手を離しその身体を地面に投げ捨てた。ゼルドに呼ばれた救護要因の青年は、顔を青くしながらもダンの傍らに膝を付き、鞄から必要な薬剤と包帯を取り出す。

「……殺さないにしても、やり過ぎだ。私情を挟んだとあれば、師団長に報告せざるを得んぞ」
「――構いません。ですがこの男の尋問は、俺が努めます」

息も絶え絶えのダンの様子をじっと見つめながら、ゼルドはフランチェスカへとそう告げる。

―――この男も、研究員達も、ここで殺すのはまだ早い。

憎い相手をすぐ楽にさせてやるほど、ゼルドは良い人間ではなかった。




フランチェスカは笑う彼を見て、ぞっと悪寒を覚えた。

……彼は、御使いだ。これまで神殿の戒律を守り、その判断力と戦闘力をもってして世に貢献してきた。
――だがもし、彼が御使いでなかったら?神殿の管理の元を離れた状態で、ロゼ=シュワルツェに出会っていたら。


「……恐ろしい、存在だな」

フランチェスカの口からぽつりと零された言葉は、周りの喧騒に掻き消され、誰の耳にも届くことは無かった。









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