強面さまの溺愛様

こんこん

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一章

聖師長ジル=ガルシア

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実験移設の制圧が実行された翌々日、レライを筆頭として調査を行っていた御使いは、聖殿に召集されていた。

聖殿中央部の最上階に位置する、信託の間。見上げるほどに高い天井部には巨大なステンドグラスがはめ込まれ、全面が白で覆われた空間を彩るようにしてその場に光を落としている。そのステンドグラスの中からこちらを見下ろす神々が、かつてこの間で彼らによる信託が行われたことを告げていた。

レライ達の正面には上位神官や聖師団上層部の面々が勢揃いし、彼らの報告を緊張感のある面持ちで聞いている。
レライの報告が一通り終わった後、事の重大さ故にか、誰も話すことをしなかった。ある神官は気難しげに手元の資料を読み込み、またある者は渋面で黙り込む。



――実験施設の制圧後、ゼルド達は拘束した者達と共に、その場にあった実験途中と見られるものや液体の入ったアンプル、検体、そして鎮静化した魔物などの一部を持ち帰り、神殿の研究所に調査を依頼していた。神官達の手元にあるのは、現時点での調査結果と、拘束した者に関する聴取記録である。

「……ここに書かれていることは、本当に事実なのですかな?未だ研究所で調査中とのこと、これから分かることもあるのでは……」
「ええ、これから分かることもあるでしょう。ですが、そこに記述されている大まかな見解は変わりません。――組織はノルドの管理者を中心に、魔物のを作ろうとしています」

神官の一人に対するフランチェスカの断定的な回答に、彼らはもう一度押し黙った。


キメラ、それは同一の固体内に異なる性質を持つ生命体の名称。かつてのこの世界、旧時代と呼ばれた時代に合成を試みた人間によって生成され、そして完成することなく朽ちていった人類の負の遺産。そんなものが、技術の発達したこの時代に、また作られようとしていた。


研究員たちの報告によると、持ち帰ったアンプルの中にあるものの殆どは、状態保存効果のある液体に漬けられた魔物の生殖器だった。数十種類の魔物の、それも雄雌それぞれの生殖器が揃っており、アンプルの中には受精卵の段階に入っているものも幾つかあった。しかしそれらは全て普通の卵で、そのまま細胞分裂を繰り返したとしても何かしらの特別な個体になるわけではない。――つまりは、実験は成功段階には至っていなかった。

「現時点での報告によると、彼らは魔素の融合に苦心していたようです。そして、調に目をつけ、ロゼ=シュワルツェを誘拐しようとした。魔素の源について、野生動物が体内で神力を魔素に変換するという有力な説を信じだのだと思われます」
「……しかし、疑問も多い。わざわざ誘拐するのが面倒な御使いを相手にしなくても、神力の同調性のある者は一般市民の中にも少なからず存在するのだろう?」
「ええ。ですが、その効力は神力の強さに由来し、保有する神力が強くなければ当然魔素の融合など不可能です。御使いの資質、それも第一聖師団第一隊に入れるほどの強さをもつ彼女がどうしても必要だったのでしょう。神力を多く保有し、尚且つ同調性もかなり高いとなると……今までの歴代を含めた全ての御使いの中でも、記録に残っているのは五名のみです」
「ご、五人!?神殿創設は遥か千年前だぞ!?それなのにその数とは、にわかには信じがたい」

フランチェスカの斜め前に座る男が、目を剥いて驚きを露わにする。その男ほど露骨ではないにしても、この場にいる多くの者がその事実に驚いていた。

「確かに五人とは、信じられないくらい小さい数です。一般人の中から探した場合の確率とは比較にならない程に小さい。これには同調できる神力の大きさ、つまりはその身体へかかる負荷の大きさが関係していると思われます。同調性が高いほど耐えうる神力の強さは強くなり、必然身体への負荷は強くなる。彼女は自身よりも大きな神力を持つ御使い……ここにいる、ゼルド=ロードとの同調を何度も成功させています。他の御使いとの同調は未だ行われていませんが……これだけで、十分彼女の同調性の強さを理解して頂けるでしょう」

周りの視線が一気に、後ろに控えているゼルドへと集中する。しかし彼は動じることなく、変わらずに無表情のままだ。

「……もうひとつ、質問が。都市ノルドとその実験施設が繋がっているとは、一体どのようにして判明したのでしょう」

一番最初に疑問を投げかけた神官が、また新たに挙手をする。

「それは拘束した者達への尋問が進み次第詳細に伝えますが、……――橋がけとなる者が一人、分かっています。尋問した内の何人かは彼の事を知っていたようで、特徴を聞き出して裏を取ることも出来ました。彼はノルド管理補佐官の、の少年だと――そう報告が入っています」

しょうねん、という単語を耳にした時、ゼルドの肩がぴくりと跳ねた。だがゼルドに背を向けたフランチェスカはそれに気づくことも無く、次々と飛んでくる質問に明確に応えていく。

質問が途切れて静かになり、フランチェスカが質疑応答を終えようとした時だった。


「――レライ、大義であった」


言葉を発したのは、 この会議室の上座に置かれた椅子に座る、老年の男。
白髪混じりの長い髪と少し曲がった背、笑い皺の深く刻まれた顔。レライを見るそのはしばみの瞳には愛情深さと、そして英明さが伺える。

その老人の言葉に、レライは頭を垂れた。

「お褒めのお言葉、有難き限りです。しかし、全ては聖師長様のご采配によるもの」
「ほほ、隠居手前の耄碌じじいを褒めてもなんの得にもなりゃせんぞ」

そう言って、神殿の最上位に君臨する男――――ジル=ガルシアは、好々爺といった様子で笑い、その肩を揺らした。

「さあ、ここまで掴んだのであればあとは前進あるのみよ。我ら神殿の者が一体となって、闘わなければいかん。――お前にはの者としての、より一層の精進を期待しておる」

その言葉に、場の空気がざわついたものとなる。それもそのはず、これまでジル=ガルシアは、第一聖師団長であるレライ=ノーヴァを重用してはいたが、公的な場で次期聖師長に据えると明言したことはなかったのだ。

「……――ご期待に、必ずや応えて見せます」
「うむ。では、これをもって解散とする」

聖師長である彼の言葉で会議が締めくくられた以上、聖師長継承に関して誰も口を出すことはできない。ざわつく信託の間をそのままに、レライとジルはその場を後にした。




「……急に、大きな爆弾を落とさないで頂きたいのですが」
「ほほっ、まあええじゃろ。老人の暇つぶしだとでも思っておくれな…………しかし、本当によいのか?あれ程に聖師長の座を拒んでおったのに」

廊下を並んで歩きながら、ジルはその瞳を隣のレライへと向けた。レライはその問に、苦笑しながら答える。

「ええ、もう腹は決めました。本当は要職に就かずにだらだらとしたいところですが、――それでは中々手に入らないものも、あるので」

目を細め、どこか遠くを恍惚と眺めるようにしてそう呟くレライに、ジルはポリポリと頬をかいた。

「まあ、逃げられないことが前提だの。あの副官の立場上、おぬしに地位が無ければ彼女に求婚することも出来んが、それで囲いこもうとしたらまず間違いなく逃げるじゃろうて」
「やだなあ、彼女に気づかれない事こそが前提ですよ。それに彼女が私から逃げるだなんて、そんな怖いこと仰らないでください」

ふふふと笑いを零す美丈夫は、その言葉に反して全く怖いとは思っていないようだった。

その笑いを見ながら、ジルは溜息をつく。

「どうせ逃げようとしてもとっ捕まえるだけじゃろ。ゼルドといいお前といい、なんでこんなに危険極まりない奴ばっかなんじゃい」
「おや、彼の事情をご存知でしたか?」
「当たり前じゃ。あんなに無愛想でも、わしのかわいいかわいい孫じゃぞ?孫の恋愛なんぞ、気にならんわけなかろうて。……しかし、ロゼちゃんと言ったかの?あの子には迷惑をかけるのう。…………幼少からしごいてきたつもりだったが、あやつまだしごき足りんか」

最後に付け足すようにして呟かれた言葉に、レライはふと歩みを止め、ジルの顔へと目線を下げた。

「……もしかして、今の彼の性格があるのは、貴方の影響もあるのですか?」
「直球じゃのう。だがそれは違うぞ。あれをしごきはしたが、まあ唯一の孫だしな。人間として大切なことも、愛情も、全て与えてきたつもりじゃ。わしの愛娘――つまりはゼルドの母だな。あの子は優しくて愛情深い、いい子だ。旦那もまあ、認めたくはないがあっけらかんとした、漢気のある良い奴じゃ。だのになぜゼルドがあんなにひねくれまくった性格になったのか、わしにもさっぱり分からん。他の弟妹は普通なんじゃがのぉ……」
「…………それは、何ともまあ……」
「まぁひねくれたと言っても、今まではちょーっと感情に乏しいなーくらいだったんじゃぞ?それが最近急に変わりおった。いや本当に、恋は人を盲目にする」

そう言いながら自分へと視線を向けてくるジルの笑顔に含みを感じて、レライは不可解だとでも言うように眉間に僅かに皺を寄せる。この男にしては珍しいそのしぐさに、しかしジルはほっほっほと上機嫌に笑うだけだった。

「自らの変化に最も疎いのは、大抵の場合は自分じゃ。客観的にものごとを捉えるように、自らを省みることは難しい。おぬしとてそれは例外ではないぞ?」
「……私が盲目的になっていると?それほどまでに、貴方の目に映る私は愚かでしょうか」
「そこまでは言っとらんさ。盲目になるには、おぬしは世に慣れすぎじゃ。狡猾に獲物を狙うことを盲目とは呼ばん。……じゃがな、その狡猾さでもってして隠していても、あの敏い娘はそのうちおぬしの心内に気づくじゃろう。―――逃げられたくないのであれば、徹底的にやることさな。ほほっ、もしうまくいかなくなっておぬしが暴れでもしたら、それこそ神殿の大惨事じゃからのぉ」

真顔から一転、おどけた調子でしゃべり出す老人の、前よりも少し小さくなった背を、レライは苦笑しながら見つめていた。

尊敬する恩師には一生勝てないのだろうと、そう思いながら。






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