強面さまの溺愛様

こんこん

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一章

舞踏会へ

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「ロード?ロードというのは…………今回舞踏会に参加してロゼを守ってくださる方の名か?よくお前がよこす手紙にも彼のことが書かれていたが。――親しい、間柄なのか?」
「っえ、あ、いや」

あからさまに動揺して狼狽えるロゼに、女中に指示を出していたセーナが目を輝かせ始める。ロゼには嫌な予感しかしなかった。

「まあ!まあまあまあまあ!ロゼあなた、その男性とおつきあ――」
「か、彼は!彼は聖師長様のお孫さんで!……っそ、そう、やさしくて、後輩の私にいろいろ教えて下さるいいで!今回も私の事を案じてくれて、作戦に参加してくれたんです」

自分でも支離滅裂なことを言っていると分かっているが、どうにも口が止まらない。そしてアドルフのこちらを見る視線が痛い。

―――嘘は言っていませんよ?!お付き合いは、していないんですから!

両想いなのに付き合っていない、というよくわからない状況を利用しての言葉だったが、どうやら両親には通じなかったらしい。付き合ってはいなくとも、ロゼがゼルドに片思いしていると思ったようだった。

一気にきゃいきゃいとはしゃぎ出した母に比べて、父であるアドルフの周りだけ空気が冷たい。正直言って、怖い。

「アドルフ殿。彼は私の友で、信頼するに足る男です」
「…………それはそれは。今日お目見えするのが、とても楽しみです。聖師長様のお孫様とは、さぞや神力も強く優美な方なのでしょう」

シュデルが少しでもアドルフを和ませようとするが、彼には通じなかった。
口に薄ら笑いを浮かべながら喋るアドルフの瞳には、商品を品定めするときのような爛々とした……いや、どちらかと言うとぎらぎらとしたような光が揺らめいていた。
アドルフがゼルドを「優美」であると考えたのには理由があった。アドルフは若かりし頃、何度か聖師長であるジルを社交の場で目にしていた。その時のジルの見た目はたいそう優美で、妻をその手でエスコートしているにも関わらず周りの女性陣に秋波を送られていたのをアドルフは覚えていた。その彼の孫であるというのであれば、同じように物腰の柔らかい美青年であろうとアドルフは結論付けたのだ。
要するに、彼はゼルドを、ロゼが片思いをするような……女性が好みそうな、見た目がなよっちい男だと思ったわけである。

「ゆ、ゆうび…………とは、まぁ、言いがたいですかね」

ゼルドの人相を思い浮かべたのだろう、シュデルの口元が僅かに引きつった。
シュデルの言葉を聞いたアドルフは他にも何か言いたそうにしていたが、結局は黙り込んでしまった。
顔には出さないようにしているが、アドルフの内心が複雑な気持ちで一杯であろうことは、娘であるロゼも理解していた。それでも、ゼルドとの関係性を今詳細に話す気にはなれなかった。


いよいよロゼの身支度に取り掛かる直前、部屋を出ていこうとしたロゼにシュデルがこっそりと話しかけてきた。

「ロゼちゃん、いいの?あいつとのことをご両親に話さなくて」

振り返れば、何処か心配そうな顔でこちらを見ているシュデルと目が合った。
ロゼがなにか言えないような悩みを抱えているのではないかと、案じてくれているのだろう。ロゼとゼルドのことを一番近くで見てきたシュデルのその人の好さに、ロゼは罪悪感に似た感情を覚えた。

「話さないことに、大した理由はないんです。大事な舞踏会の前に両親を混乱させたくないというのも、まぁ、大きいんですが。………………やっぱりその、何と言っても…………は、恥ずかしくて」
「なるほどね。それは納得だよ」

ロゼの言葉を聞いた途端に、シュデルの顔から心配の色が消え、ニヤリと悪戯な笑みが浮かんだ。

「しっかし、さっきのロゼちゃんの発言を聞いていたらあいつ、なんて反応しただろうね。まぁ嘘は言っていなかったけど。いい先輩で、身を案じてくれて、だっけ?」
「あれはその、咄嗟に言ってしまっただけで…………あの、このことロードさんには」
「はは、勿論言わないよ。言ったらあいつ、多分不機嫌どころじゃ済まなくなるからね」
「…………やっぱり、そうですよね。不愉快にさせるつもりはないのです。一件がある程度収束したら…………ちゃんと、両親にも話します」
「それがいいよ。……――言うの忘れてたけどさ。あいつのこと、よろしくね」

先程までの笑みとは違う、どこか恥ずかしそうな微笑を零しながらシュデルはロゼの頭を撫でた。
ロゼは嬉しかった。彼との関係性を、彼の一番近くにいる友人が改めて認めてくれたのだから。

「はい。ロードさんは、私が幸せにします」
「――ははっ、随分と男前な発言だね。……でもそれなら、安心して任せられるよ」


それだけ言ってさっさと別室に行ってしまった背中を見送って、ロゼは自分のドレスが準備されている部屋に足を向けた。
歩きながら、緩んでいた気を引き締めるように一度目を閉じて深く息を吸い、目を開くのと同時に大きく吐き出す。

―――幸せにするとは、言いましたけど。私はまだ彼にありのままの思いを伝えてはいません。彼からも、直接的な言葉をもらったわけではないけど……それでも、あの約束が今の私の道しるべになってくれる。

ロゼの全てを、彼のものにしてくれる。その言葉が、幸福にあふれるであろう夢見た未来が、ロゼに暖かさを与える。身体に巡る力の源をより大きく鼓動させてくれている、そんな気がする。


「……――ロゼ、いい顔をするようになったわね」

部屋に入ってきたロゼの顔を見て、セーナが微笑みながらそう言葉を零した。久々に見るセーナの目には、とびきりの愛情と、喜びと、そして少しの寂しさが揺れ動き、こぼれそうな程になって膜を張っている。
ロゼは少し震えているセーナの呟きに、くしゃりと不器用な微笑みを返した。






ロゼたちを乗せた馬車が会場に到着したのは、日が傾き茜が空を染めはじめた頃だった。ロゼの実家、シュワルツェ商社が拠点を構えるアデライドからローザリンドにある舞踏会の会場まで、おおよそ五時間ほどの行程を馬車の中で揺られての到着だった。そのため、訓練で鍛えられているロゼはともかく、アドルフとセーナは少々疲れをにじませた表情で腰と尻のあたりをさすっている。

シュワルツェ一家をのせた馬車が正門を抜ける。ロゼは事前に知らされていた邸宅内の構造を頭に思い浮かべながら、窓ガラスから邸宅を見渡した。
白を基調とした邸宅は大きく、幾つかある大小の窓額には空色が施されている。ロゼの実家の二倍以上はあるのではないかという邸宅も、それを囲む広大な庭も、資材を惜しみなく投入したのだろうと分かるほどに豪華なものだ。自分の実家も大きい方だと思っていたロゼでさえも驚くほどだった。

エントランスに到着すると、この邸宅のフットマンの一人らしき男性が馬車に近寄り、恭しく礼をしてからロゼに手を差し出した。ロゼはあたりを注意深く観察しながらその手を取り、馬車のステップを降りる。

かつん、とヒールが音を立てる。普段踵の高い靴を履かないロゼにとってこのヒールはとても動きづらいものだった。

このヒールを履くように言われた時、ロゼは、これでは有事の際に動くことができないとセーナに主張した。しかし母は、踵の低い靴はドレスにあわないと聞く耳を持たず、なによりも社交の場では女性は踵の高い靴を履くのが慣習なのだと言って聞かなかった。
それよりも有事の際の対応が大事だと、なおも言い募るロゼに対し、セーナはにんまりとどこか得意げな笑みを浮かべた。

なんとこの靴、踵が取り外し可能らしいのだ。自慢げなセーナの考案して作ったこの靴は、ヒールの軸となる踵部分を回転させることによって取り外しが可能という、たいへん優れたモノだった。この靴はシュワルツェ商社でも人気の商品らしく、買い手としては社交の場に出る女性の層が大部分を占めるそうだ。どうやらロゼのように、踵の高い靴を苦手とする女性は多いらしい。


「招待状を拝借いたします。……シュワルツェ様ご一家ですね。本日は遥々お越しいただき、ありがとうございます」

開け放たれた正面扉から邸宅に入ったロゼたちを、今度はロングテールコートを着た老齢の男性が出迎える。
会場へと続くロビーの中には少なくない人がおり、女性はドレスを、男性は正装をして談笑している。ロゼたちの後に続いてロビーに入ってくる者はおらず、どうやらロゼたちが最後に来た招待客のようだった。

「招待状に記載されていた時間の一時間前なのに……皆さん舞踏会が始まる随分前から会場入りしているのですね」
「まぁ舞踏会と言っても名ばかりのもので、今回は商談やコネづくりを目的にした人たちが多いでしょうからね。恐らく、商社関係の知り合いも何人かいるはずよ」

セーナの言葉に、ロゼは成程と頷いた。確かに、広いロビーに設置された幾つかの向かい合わせのソファから聞こえてくる内容も、商談を持ちかけているようなものだった。商社を営んでいるらしき男性が、隣に座る美しい女性の身に着ける宝飾品を正面に座る男性に紹介している。

「商談の常套手段ね。美しい女性が身に着けるとなんでも輝いて見えるから、商談の時に連れてくるのよ。ちなみにロゼが今身に着けているものも、全てうちの会社のものよ」
「なるほど。ふふっ、どおりでかあさまの好みにぴったりな訳ね」
「まっ、含みのある言い方はやめて頂戴。私のセンスは抜群なんだから!」

確かに、セーナのセンスはかなり良い。ロゼは改めて自分の装いを見た。

薄桃色を基調とした、身体のラインを強調するマーメイドドレス。スクウェアカットによって露出しているデコルテはロゼの女性らしさを引き立て、胸元で上品に輝く亜麻色の宝石ととてもよくあっている。ドレスは下にいくにつれて白い花の刺繍が施され、脚のところにある深く切り込んだスリッドからは繊細な花柄レースが覗いている。

ロゼは最初この服を見たとき、大人っぽいデザインに腰が引けた。しかし薄く念入りに化粧を施し、髪も蔓のような形をした金の髪飾りで纏め上げた自分を鏡で見てみれば、意外にもその装いが似合っていることに気がついた。

普段は美しいというよりは可愛いさが目立つロゼの容姿だが、飾り方を変えればその印象は大きく変わる。普段のロゼは、形の良い大きな二重の目が瑞々しく光を反射して輝き、きめの細かい肌と小さい鼻、そしてちょこんとした唇によって無垢な子供のような印象を人々に与える。しかし今夜はそれと同時に、人々を引き寄せるような危険な魅惑も秘めていた。

そもそもロゼの身体だって出るところはちゃんと出ているのだ。日常的に鍛えている身体にはしなやかな筋肉がついているため、姿勢も文句なしに綺麗である。

つまり何が言いたいかと言うと、全力で着飾ったロゼはとても、とても魅惑的な美少女だった。現にロゼの姿を二度見したり、後で話し掛けようと気を窺っている男がロビーの中にちらほらといる。

しかし本人は、まぁドレスが似合ってよかったと思っている位で、特段驚いたり喜んだりなどしなかった。あまりのその無頓着ぶりに、着付けを手伝っていたセーナと女中は眉間に手を当て溜息をついたほどだ。
そんな親の心をロゼが知るはずもなく。今その頭の中には、今後の行動予定と、どのようにゼルドと合流するのかといった事しかなかった。


右手側に美しい庭園の見えるガラス窓、左手側に幾つかの部屋の扉があるのを横目で確認しながら、ロゼ達は会場となるホールへと足を運ぶ。

ホールの入り口に着き会場に足を踏み入れた瞬間、ロゼは息をのんだ。

二階構造になっているホールは、沢山の人で賑わっていた。美しいドレスで着飾った女性たちは笑顔で談笑したり、美しい足さばきでドレスを翻しながら移動したりして、まるでそれぞれが一つの華のようにこの空間を彩っている。高い天井には大きなシャンデリアが輝き、大理石が惜しみなく使われたホールを照らしていた。
二階に続く踊り場の近くには演奏者たちが揃い、舞踏会の始まる前にふさわしい、穏やかに流れるような曲を演奏している。二階にはいくつかの席があり、そのどれもに豪華な装飾が施されていた。恐らく今回参加する者の中でも特別な者、例えば王族のように地位の高い者のための席なのだろう。

「……こんなに大規模の、それも豪華な夜会なんて……」
「ロゼは初めてかしら?まあこれは慣れるしかないわよね。最初の頃は、私も驚いたわ」

肩をすくめながら話すセーナに、ロゼは苦笑した。セーナの語る話が想像できないくらいに、今の彼女は美しく堂々とした佇まいをしている。

「……それで、合流する予定のロードとかいう男はどこにいるんだ」

会場入りしてから言葉数の少ないアドルフが、どこか不機嫌そうに聞いてくる。

「これだけ沢山の人がいるんですもの。どこか、場所を指定しているのではないの?」
「いいえ、その必要はないです。彼は目立ちますから」
「…?目立つ?それは、どういう――」

アドルフの疑問を滲ませた声が、不自然に途中で途切れる。アドルフの視線の先を辿ったロゼは、あ、と声を漏らした。

「いました。彼です」
「――――は?…………………っ、――……っひっひと、ひと違いではっ」
「?いいえ、彼が合流予定の、ゼルド=ロードさんです」

普段落ち着き払っているアドルフにしては珍しく声を荒げたことを、ロゼは不思議に思った。
ロゼの言葉に、アドルフの顔は蒼白になり、身体も小刻みに震えはじめた。傍らにいる、先程から何も言葉を発さない母を見てみると…………なんと、顔を真っ青にしてがたぶるに震えているではないか。

その様子を見て、ロゼは思いだした。
ゼルドの容姿が、放つ威圧感が、どれだけ恐ろしいかを。
神殿の中でも彼を恐れていた者が殆どだったのだ、一般人ならばその比ではないだろう。その巨体は会場の中ではとにかく目を引く。なんせ、一般の背の高い男性でも彼の胸元くらいの身長しかないのだ。現にこちらに歩み寄ってくる彼の周りには人が不自然におらず、皆彼と顔を合わせないようにしながらさっと道を開けていた。

ロゼはちらりと、自分の両親を振り返る。どちらも未だに顔色は悪いし、セーナなんかは特に、今にも倒れそうだ。

―――ま、まぁ、大丈夫でしょう。小心者の私が慣れたくらいです。二人もすぐ慣れます

それは存外肝の座っているロゼだからこそできたことなのだが、本人はそれを知る由もなかった。
















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